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ブルターニュ

「ブルターニュ、止まる気配がありません」


 帆の張り具合と針路から止まる気配が無い事をマストの見張員が報告する。

 警告したにも関わらず、バルカンから逃れようとするブルターニュ。


「どうしますか?」


 副長であるエドモンドがカイルに尋ねてきた。


「私が止めてあげようか?」


 いつの間にか隣にいたクレアがカイルに提案してきた。


「却下」


 だがカイルは直ぐさま姉の提案を却下する。


「えー、役に立ちたいのに」


「……ちなみにどんな方法で止めるつもり?」


「ファイアーボールで一撃」


「ダメ」


 予想通りの回答にカイルは即座に却下した。

 船は木と布と油で出来ている可燃物だ。

 船体は木造、帆は布、ロープや滑車は滑りやすいように油が塗ってある。

 火が付けばあっという間に大炎上する。

 故に船にとって火は大敵だ。

 ファイアーボールを撃ち込めば大火災。特に魔力のデカいクレア姉さんなら一撃でブルターニュは消し炭と化すだろう。

 それでは証拠品の押収どころか捕獲も出来ない。下手をすればバルカンにも延焼して相打ちだ。

 海底に沈んだ証拠物を拾い上げる技術などない。海に沈めたらこの世界では完全な証拠隠滅となる。


「命令に従ってブルターニュを止めて捕獲する。レナ!」


「いるわよ」


 赤髪の女性士官は元気よく返事をした。


「砲撃して止めるの?」


「いや、そこまではしない。臨検隊を用意。止め綱を準備して右舷で待機! 狙撃手もマストに上げるんだ」


「狙撃手はともかく、なんで右舷? 相手は左舷にいるのよ」


 左舷側をすり抜けようとするブルターニュを指してレナが尋ねる。


「いや右舷で待機。準備しておくんだ。補助の水兵も忘れずに」


「分かったわ。海兵隊! 右舷に待機! 臨検隊! 集合せよ!」


 レナの号令で、派遣されてきた海兵隊と臨検要員として予め選抜していた水兵が甲板に集合した。


「よし、行くぞ。ポート! 同時にタッキング用意」


 取舵を命じて、カイルは艦首を更に左に向け、ブルターニュの針路を遮るコースをとる。

 両者が接近してきた瞬間、ブルターニュは突如取舵を切り、バルカンの右舷へ逃れようとする。


「ブルターニュ右舷を通過します」


「まあ、そうだろうね」


 ブルターニュが逃れようとするなら風上側だ。縦帆船の為切り上がり角度が良く、風上に逃れる事が出来る。

 一方のバルカンはバーク型の横帆船。ブルターニュより切り上がり性能が劣る。

 風上に逃れられたら追いつけない。


「針路を遮りますか?」


「遮ってもまた逃げられるよ」


 ブルターニュはバルカンの追跡を逃れようとしている。そのためには風上に逃げるしか道は無い。だがバルカンが風上を抑えているため、逃げ切るのは難しい。

 そこでブルターニュはバルカンを出来る限り近づき、その脇をすり抜けようと画策していた。事実、ギリギリまで寄せて右脇を抜けようとしている。


「どうしますか艦長」


 脇を逃げようとするブルターニュが近づいて来るのを見てエドモントが尋ねる。彼だけでなく乗員全員がカイルを見ていた。

 このままでは風上に逃れられてしまう。

 そこでカイルは命令する。


「タッキング用意! ハード・スタボー!」


 右に舵を一杯に切って風上側へ向かわせる。ブルターニュの針路を遮る進路だ。

 しかも上手回し、風上側に艦首を向けて回頭させる方法だ。

 一瞬風上側に艦首が向くため、失敗すれば速力が無くなり漂流してしまう。

 しかもブルターニュが接近している。下手をすればタッキングに失敗したところにブルターニュがバルカンの横っ腹に衝突してくる。


「正気?」


 カイルの危険な命令に思わずレナは尋ね返した。


「大丈夫だ! この速力なら出来る!」


 だがカイルは自信たっぷりに言う。確かに風下に向かって走っていたため速力が出ている。

 速力が十分にあるならタッキングは可能だ。

 バルカンが針路を遮るのを見て、ブルターニュは針路をバルカンの左舷側に変更した。おかげで衝突の危険は無くなる。

 その間にバルカンは右への回頭を続け、艦首を風上に向ける


「ジブスパンカー・ホールイン! 艦尾を流せ!」


 艦尾の縦帆を張って風を受ける。速力は低下するが、艦尾が流れて艦の向きが変わる。

 丁度その時、ブルターニュがバルカンの右舷側を通過しようとした。


「スタボー! ジャイブ開き変え! トリム調整!」


 右に舵を切ってブルターニュに接近、帆の向きを変えて速力を調整する。


「凄い」


 一連の動きを見ていたレナは感嘆した。

 停船しないブルターニュの動きを見て、舳先を掠めるように上手回し。

 これでブルターニュの風上をとりつつ並走出来る。

 しかし、止まらないブルターニュをどうやって止めるのだろうか。

 レナが心配していると、ブルターニュの速力が見る見るうちに低下していく。全ての帆が出ているのに、風が無くなったようにばたつきが出ている。


「トプスル・ア・バック! 停止する!」


 速力が落ちたブルターニュより前に出そうになったバルカンを止めるべく、カイルは前のマストに張った帆を風上に向け、裏帆を打たせてブレーキを掛けて停船させる。

 ブルターニュの方もバルカンに合わせるように速度を落として止まってしまった。


「どうして、ブルターニュは止まったの」


「バルカンが風上を取ったからブルターニュに吹く風を遮ったんだよ」


 レナの疑問にカイルは答えた。

 帆船は風を受けて進む。だが、風が帆に当たらなければ動けない。

 バルカンが風上に入り込んで風を遮ったため、ブルターニュに風が当たらなくなり推進力を失って速力が低下、最後には停船した。


「しかし、無茶をするわね。風下からタッキングして、ブルターニュの針路を横切り風上へ行って、風を遮って止めるなんて」


 言うのは簡単だが、一歩間違えば大失敗となる。

 遅ければ側面に衝突して損傷、最悪の場合は沈没してしまう。早過ぎれば、ブルターニュとの距離が遠すぎて風を遮れず取り逃がす。


「逃げられて追いかけっこになるのを避けたかったからね。一発で決めるにはこの方法しか無かったよ」


 レナの不安を余所に淡々とカイルは言う。

 徐々に距離を詰め、追い込んで停船させる方法もある。安全で確実だが、時間が掛かり過ぎる。現状では時間を掛けるのは望ましくなく、一発で決まる方法を採用した。

 勿論、ブルターニュがバルカンを振り切るべく風上に針路を変更すると考えいた。むしろ、そう考えるようにカイルは誘導していた。


「艦長室で籠もりきりで考えた甲斐があったぜ」


 一人どや顔でカイルは言い切った。

 風向やブルターニュが来る方角など、十数のパターンを思いつく限り想定してそれぞれに合う方法を考えるのに時間が掛かった。そのために出港してからずっと籠もる必要があった。カイル本人は楽しかったし、成功させる事が出来てより嬉しかったが。


「レナ! 止め綱を出してブルターニュに接舷するんだ。接舷と同時に臨検隊を送り込め! 狙撃手は甲板を警戒! 怪しい動きをする者がいたら、狙撃しろ!」


「あ、アイアイサー! 海兵前へ!」


 カイルの指示を受けてレナが動き出す。

 右舷甲板に待機していた海兵隊員が鉤の付いたロープを投げ込んでブルターニュの船体に食い込ませ引き寄せる。近づいて距離が縮まったところで板を渡して臨検隊をブルターニュに送り出す。予め右舷に待機させていた上、接舷したため一瞬で臨検隊を送り込んでブルターニュの甲板を制圧した。

 不審な動きを見せる船員にも、マストに昇った狙撃兵が睨みを利かせて牽制する。

 全て制圧したところで、カイルはブルターニュに乗り移って宣言した。


「アルビオン帝国皇帝陛下より預かりしアルビオン帝国海軍士官の権限を以て貴船を臨検する。整列し臨検を受けよ!」


 カイルが命じると、ブルターニュの船員達は黙って甲板に整列した。

 乗員を制圧したカイルは矢継ぎ早に命じる。


「各部を抑えるんだ! 船長室、船倉へ臨検隊を送れ!」


 カイルの命令で臨検隊が動き出す。レナは乗員の監視と隠れ潜んでいる乗員がいないか確認しに行く。強制徴募――商船からベテラン水夫を見つけ出す事は何度もおこなってきたため、この手の作業に水兵達は手慣れている。直ぐさま隠れていた船員を見つけ出して甲板に押し上げる。

 ものの数分でブルターニュはカイル達によって制圧された。


「……航海日誌を押収しました」


 船長室に入っていたウィルマが航海日誌を見つけ出してカイルに差し出した。


「何処の港から出てきたか分かるか?」


 ウィルマから航海日誌を受け取り、パラパラとページを捲りながら尋ねる。


「……やはり、我々が追いかけているスクーナーのユニティでした。アンティル諸島バタビア領で武器を積み込み出港。ホームズに入港する途中だったようです」


 ウィルマは既に斜め読みして内容を把握していた。

 カイルが改めて読み返しても、間違ったことは言っていない。

 ウィルマに読み書きを教えていたのはカイルだが、速読までは教えていない。このアルビノの少女は何処まで成長するのだ。

 カイルは、背筋が凍る思いだ。


「ステファン! 尋問の方はどうだ?」


「へえ、吐きましたぜ」


 下士官のステファンが船員達から話を聞いた結果を伝える。


「やはりユニティでさあ。俺たちを見つけたんで慌ててガリア船ブルターニュに偽装してホームズに逃げ込もうとしたようでさあ」


「そうか」


 逃げるような行動を取ったのも今の証言で説明が付く。


「各部の制圧完了しました」


 そのときマイルズが報告に出てくる。船の構造に詳しく、何処に隠し場所があるか理解しているので、目的の物を見つけることが得意だ。


「で? 見つかったか?」


「はい、商品に偽装して船倉に置いてありました。ご案内します」


 マイルズの案内でカイルが船倉に入ると、堆く樽や木箱が積み込まれていた。

 そして手近な箱を開いていると、中から藁をクッション材にして梱包されていたフリントロック銃が出てきた。


「他にも鉛の塊や銃弾の製造用品、掃除用具、ガンベルト、弾薬嚢などが出てきています。樽の中は火薬でした」


 武器の密輸を企んでいたのは明白だ。

 あとはチャールズタウンに持ち帰って当局に引き渡すだけだ。


「エドモント、回航要員を選定して回航するぞ」


 カイルが引き上げようとブルターニュの上甲板に上がってきたとき、悪い知らせが入ってきた。


「ホームズより多数の船舶が接近してきています!」

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