ホームズ沖
開闢歴二五九四年四月三日 ホームズ沖
「前方に陸地が見えます! ホームズです!」
「了解!」
マストの見張り台に乗っている見張員が甲板に立つ当直士官のレナに報告した。
先日の昇進試験で海尉に正式に任命されれおり、当直に付くことが出来る。
海尉心得の時も観測航海の後半で当直士官を勤め上げた実績も経験もある。
ただカイルが心配だとか言って、レナの当直に合わせて甲板に上がってきて適宜見ていた。
本当は自分が航海に参加したくて出てきただけだという事は知っている。照れ隠しのために指導とか言ってレナに付きっきりで航海術の勉強を教えていた。
お陰で海尉昇進試験に合格して見事海尉となったが、それ以降指導という建前でカイルが近づいて来ることは無くなった。
信頼されているのだろうが寂しいとも思う。しかし感情的に認めたくないレナであり意地を張っている。
何より気になるのは出港してカイルはずっと艦長室に籠もりっきりであることだ。
航海が三度の飯より大好きなカイルなら、一日中甲板に立ちかねないくらいだ。体調を崩すと当直に立てないと言って適宜休息しているが、大概は甲板にいる。
そんなカイルがチャールズタウンを出港して以来、ずっと艦内に籠もりきり。
これは今までにないことだ。
「何も船長、何も艦長」という言葉があるように艦長に当直は無く、指揮を執るのは入出港と非常時の時だけだ。
出港して以来、緩やかな西風が吹き続け、波も穏やかで航海は順調。カイルが出てくる必要はない。
カイルが甲板に上がってこないのは平穏な証拠だが、上がってこないのも不安になるレナだ。
意地を張るのも程々にしようと、カイルが上がってくることを期待して到着報告を行う事にした。
「艦長に報告を」
「艦長了解!」
伝令を出そうとしたとき、カイルが階段を駆け上がって甲板に出てきた。
「……聞こえていたの?」
あまりにも早い登場にレナは驚いた。ただ、早過ぎる。
艦長室にいてリラックスしていたにしては制服をしっかりと着ている。
間もなく陸地が見えると予想していたかのようだ。
「航海は順調だからね。そろそろホームズを視認できる頃合いだと思って準備していたんだよ」
「そう」
相変わらず、航海に関しては完璧なカイルだ、とレナは半ば呆れ、自分の行いを後悔した。
「大丈夫みたいだね」
カイルは空と海を眺めて状況を確認する。
風は相変わらずの西風で、陸から吹いており、バルカンが陸地に近づく心配はない。
海も波は小さく穏やかだ。
「ホームズ湾内を確認する。スタボー!」
面舵を命じてカイルは北東方向へ艦を走らせる。一旦湾口を横切ってからタッキング――上手回しを行い、南西へ向かわせ内部を確認する。
「ホームズに船は居るか?」
マストの見張り台にいる見張員にカイルは大声で尋ねた。
「小型船が多数入港しています」
ホームズ周辺は陸地によって風に遮られるため、天然の良港として栄えている。
そのため多数の船が入港していた。大半はニューアルビオンの都市間で交易をする船だ。
南部から綿花などの原料を運び込み、それをホームズ周辺で加工してチャールズタウンなどに運び込んで、さらに本国やエウロパ諸国に運び込む。
「目的の船は見えるか」
「全て二本マストです! 情報のような三本マストはありません」
「所属は分かるか?」
「全てアルビオン国旗を揚げています!」
「入港しますか?」
陸地視認を聞いて甲板に上がってきた副長のエドモントが尋ねた。
当直の時間ではないが、任務地の確認をしておきたいのだろう。同時に艦長であるカイルの方針も確認しておくようだ。
「いや、余計な混乱は避けたい。入港せずに洋上から監視に留める」
カイルの本心は入港したい。だが、このあたりは独立派が多い。独立派を刺激することは避けたい。
考えたくないが、入港した途端に独立派の襲撃される可能性さえある。
危険は避けるに限る。
それに洋上のほうが直ぐに動きやすい。
「入港していないと判断する。洋上を哨戒してユニティを待つ」
その時、見張員が大声で報告した。
「左に南方より接近する船影を発見!」
「船の形は分かるか!」
接近する船の形をカイルは見張員に尋ねた。
「三本マストのスクーナーです!」
「あたりね」
報告を聞いたレナが嬉しそうに言う。
「まだ決まった訳じゃない。確認に向かう! ポート! スクーナーに接近せよ」
カイルは取舵を切らせ、艦の針路を左に変え、スクーナーを左に見ながら風上より接近させる。
こうすれば直ぐにスクーナに近寄ることが出来る。
風を受けて航行する帆船は風上に向かって航行するのは不可能。そして風上に向かって左右一定の角度へは航行できない。
スクーナーが風上に逃げてバルカンが風下から接近できなくなることをカイルは恐れて、風上側から接近させた。
「所属は判るか!」
「マストにはガリアの国旗が掲げられています」
それを聞いて、カイルは渋い顔をした。下手に諸外国を刺激するなと言われている。
だが、確認しなければ。
「信号員、マストに上がりガリア船に信号! 船名と出港地、目的地、目的、積み荷を聞き出せ」
カイルは信号員をマストに上げ、手旗信号でガリア船に尋ねる。
暫くしてガリア船より応答があった。
「船名はブルゴーニュ、出港は新大陸ガリア領、目的地はガリア本国。積み荷は砂糖と米です」
「ガリア船か。厄介な事になったな」
出港してからのブリーフィングでサクリング提督よりの命令と、本国からの訓令はエドモントもレナも聞いている。
諸外国との関係悪化に繋がるような行動は極力避けるように命令されている。
「臨検する。信号旗で停船信号を送れ!」
「良いの?」
心配そうにレナが尋ねる。
「国際法上は問題無いよ」
臨検を行う権利は各国の軍艦に認められている。他国籍の商船でも拒否は出来ない。
「直ちに臨検隊の準備を」
「分かったわ」
「ブルゴーニュより返信。嵐による損傷のため早急に入港したいと言っています」
信号員がブルゴーニュからの返信を報告する。
「停船するよう伝えろ。さもなくば砲撃すると」
「良いのか?」
エドモントが尋ねてくる。出来る限り証拠品を残すように、回航するようにサクリング提督から命令されている。
砲撃で損傷しないだろうか、とエドモントは心配した。
何よりガリア船を攻撃して良いのか、確認する。
「砲撃はしないよ。出来る限り無傷で捕獲する。砲撃すると脅して臨検に入る」
「しかし、ガリアから抗議が来ないか?」
「大丈夫だよ。あれは国籍を擬装しているだけだ。問題無いよ」
「何故分かる?」
「修理ならチャールズタウンの方が設備は良いからね。それにここ最近は嵐など来ていない。勿論海域によって違うだろうけど、ここ周辺の海域は波も風も穏やかだから近くで嵐が起こった可能性は低い。損傷していたら救援を要請するはずだが、救援の信号を送ってきていない。何より、損傷しているにしては速力が速い」
「ブルターニュ変針、本艦の左舷に回ろうとしています」
「やっぱりな」
軍艦による臨検を恐れてか、ブルゴーニュはバルカンを避ける行動を取っている。
何かやましいことがあるのは確実だ。
出来る限り、バルカンを避けようとブルターニュは針路を変更しようとしている。




