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拿捕命令

 開闢歴二五九四年三月三〇日


 先日の皇太子襲撃事件は後味の悪い結末となった。

 治安当局は襲撃犯を全員射殺。持ち物から独立派の人物である特定したと発表された。

 そのため植民地政府は独立派に対する捜査を開始。陸軍部隊を中心に独立派と見なされる人物の家を家宅捜索した。

 ダヴィントンの近衛騎兵連隊も加わり、騎馬を駈って家宅に入り込み捜索し武器を見つけると容赦なく連行、財産を没収した。

 これによりニューアルビオンの住民の間で反感が高まっている。

 情勢悪化のためウィリアムは早々に本国に帰国が決定。現在は船の出発待ちである。

 海軍内も情勢悪化により警戒レベルを上げている。

 そんな折に、カイルはサクリング提督に呼び出されて司令部に出頭した。


「来てくれたかミスタ・クロフォード」


「命令とあらば。緊急ですか?」


「そうだ。緊急だ」


 先日の襲撃事件で海軍は混乱している。ニューアルビオン全体も動揺し混乱している。

 特に独立派のなかでも特に過激なグループの動きが激しくなっていると噂になっている。社交的なエドモントが補給や事務で上陸した際に集めた話であり、まず間違いないだろう。

 今回の任務もその延長線上にあるとカイルは考えた。


「独立派がホームズで武器を手に入れようとしているという情報が入った。君は指揮下にあるバルカンでホームズ周辺を哨戒、独立派の武器輸送船を発見し拿捕せよ」


「よく独立派の計画を掴みましたね」


「襲撃事件の捜査で捕らえたメンバーが吐いたそうだ」


 何しろ皇太子殿下襲撃事件の捜査であり、治安当局は失点から挽回するべく、かなり強引な捜査が行われた筈だ。

 逮捕者の数も多く、その中には有力な情報を持っているメンバーもいるはず。

 それだけに情報には自信があるのだろう。


「使用される船は分かりますか?」


「ユニティという名前の三本スクーナーだ。船籍はアルビオン。停船させ、臨検せよだ」


「やけに具体的ですね。本当でしょうか」


「情報部からの報告だ。間違いないと太鼓判を押している。あと注文があってな、出来る限り証拠品として武器と一緒に船を回収して欲しいとのことだ」


「情報部は無茶を言いなさりますね」


 海軍士官にとって船を押収、捕獲する任務も当然ある。臨検は海上覇権の基本であり、臨検によって、海上輸送をコントロール出来る。臨検こそ海軍の存在理由の一つに挙げることが出来る。

 だが独立派の武器密輸船ともなれば、当然、武装しているだろう。

 相手の出方によっては戦闘になる。砲撃の結果、相手を撃沈してしまうことも十分にある。

 証拠品を必ず持ち帰ることなど保証できるわけがない。


「出来る限り、ご要望に応えるように致しましょう。しかし、そもそも密輸船の話は本当でしょうか? 無駄足になりませんか?」


「動かなければ本国に報告し、しかるべき対処をすると情報部は言っている」


 渋い顔をしてサクリング提督が言う。

 いつになく強硬な情報部に対して言外に不信感を抱いている。そのサクリング提督の思いにカイルも共感した。

 しかし、下された命令は達成しなければならない。

 表向きは情報部の要請だが、本国を盾にして強要しようとしている。


「……分かりました。何処まで任務で許されるでしょうか?」


「……君の任務は武器が独立派に渡るのを防ぐ事だ。そしてその証拠となる武器を押収することだ。そのために必要と思われる手段を用いるように。この事は命令書にも書いておく」


「ありがとうございます」


「それに密輸船うんぬんはともかく、北部への警戒が必要なのは事実だ。情報収集、哨戒のための艦が必要だ。行ってくれるか」


「勿論です」


 情報部ではなくサクリング提督からの頼み、命令であるのでカイルは心良く受諾した。


「あと、非常に言い難いことなのだが」


 サクリングは渋面の皺をより深くして命じる。


「本国から二つの訓令を受けた。一つは、内乱にならぬようニューアルビオンの住民と友好関係を維持発展させよだ」


「今更ですか」


 本国の言っている事は正しいが、先日の皇太子襲撃事件の後では白々しい。

 ただ、本国とニューアルビオンまでの距離が遠く、最短でも連絡が届くのに三週間掛かることを考えれば仕方ない。

 先日皇太子襲撃の報告を乗せた連絡船を出したばかりだ。本国に到着するのはおよそ一ヶ月後。新たな指示が届くのは更に一月先だ。対応を巡って協議が挟まれれば、更に延びる。


「しかし、住民と友好を保つ必要はある。住民を刺激しないように行動してくれ」


「出来る限り努力します。それでもう一つは」


「対アルビオン包囲網が更に広がっている。エウロパ諸国を刺激せぬよう注意せよとのことだ」


「やはり悪化していますか」


 アルビオン本国にいた頃、カイルは本国艦隊の様子を耳にしている。

 対ガリア戦争終結後、膨大な債務を償還するために、軍事費を抑えている。

 そのためアルビオン海軍艦艇の多くが予備艦入りし、現役艦も補修費を削減されて行動が不自由になっている。

 これでは洋上に出て行くことは難しい。

 このような状態では諸外国、戦争で多くの艦艇を失ったガリアはともかく、他の諸国と対立するのは宜しくない。


「ニューアルビオン周辺はエウロパ諸国が新大陸から帰国するときに通るコースに近い。また避泊地としても有益で、現にチャールズタウンにも他国の艦船が停泊している。特に貿易の盛んなニューアルビオン北部は多数の船舶が航行している。諸外国への礼節を怠らぬように」


「はい」


 ややこしい任務で、カイルは意欲が萎んで行くのを自覚した。

 独立派とはいえ、現地住民が密輸しようとしている武器を押収するのだ。

 諸外国船が入港しているところに臨検を行えば、諸外国の船を巻き込む危険が大きい。

 与えられた無理難題にカイルは頭を抱えたくなった。

 カイルの表情を見てサクリングは助け船を出した。


「なに、心配するなミスタ・クロフォード。君の任務は武器密輸船の摘発だ。これを最優先にせよ。他の訓令に関しては、出来ればの話だ。責任は私がとる。任務達成に全力を尽くせ」


「ありがとうございます」


 煩わしい条項を無視できるようにお膳立てしてくれる上官にカイルは感謝し、命令書を受領すると司令官室を後にした。




 命令を受けた翌日、北部にあるホームズに向かってカイルはバルカンを率いて出撃した。

 目的地は比較的近くにあるため、風にもよるが数日で到着する事が可能だ。


「しかし、ホームズか……」


 艦を航路に乗せてから、航海指揮をレナと交代し、カイルは艦長室に入った。

 レナは航海指揮を任せられる程には成長している。

 なのでカイルは安心して艦長室で一人、ホームズ周辺の海図を見ることが出来る。


「何かありましたか? 神様?」


 オバリエアが艦長室に入って来て尋ねる。


「いや、目的地がホームズと聞いてね」


「何か都合が悪いのですか?」


「我々を心良く思っていない人達が多い場所なんだ」


 ホームズは北部でも特に独立派の多い地域であり、帝国本土の手先である海軍を心良く思っていない。


「しかも、海岸線が入り組んでいて島が多いんだ」


 何より、リアス式海岸で島と半島が多く、海流も複雑な場所だ。

 特にホームズ沿岸は幾筋もの川が流れこむ湾を形成しており、湾の内外に島が多い。

 陸から延びた幾筋もの峰が海まで続き、暗礁も多い。そのため船の行動を阻害される。ここを航行するのは非常に困難だ。

 それでも周囲を陸地に囲まれている上に、浅いが錨泊地が多いため、湾の周りには小さい港町が幾つもあり貿易拠点となっている。

 主にニューアルビオン沿岸の町を結ぶ船が多い。

 そのため目的の船を見つけるのは難しいだろう。


「神様でも難しいのですか?」


「僕は神じゃないよ」


「海の地図を作ったのでしょう。それなら安心でしょう?」


「確かに海図は出来ているよ。けど島の形だけだよ」


 一応、測量して海図を作ってはあるが、陸地の測量が主で水深は曖昧だ。岸辺だけは測深しているが、ボートに乗って錘を垂らすだけで、正確な暗礁の位置を全て記載している訳ではない。

 このため、ホームズ周辺の航行には細心の注意が必要だ。


「神様でも難しいのですか」


「神様じゃないよ。だから難しい。それに海図以外にも不安な事があるしね」


「大丈夫ですか?」


 オバリエアは不安そうに怯えた目をし、カイルに向けた。その瞳を見てカイルは首を振って、不安の出ている表情を取り払い笑顔で答えた。


「大丈夫。神様じゃないけど、出来る限り、頑張ってみることにするよ」

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