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みらいばなし

作者: Crawyaw1


あるところに賢者と子供たちがいました。

賢者は森の奥に住んでいて子供たちは皆、両親をなくした孤児ばかりで

元はあちこちの家々からパンや果物を盗んでいましたが、

賢者と出逢ってからは彼の下で一緒に楽しく暮らしています。


子供たちは遊び道具がなかったので石ころを蹴って遊びました。

賢者はときどき子供たちの為にケーキを焼きました。

やがて子供たちは賢者の教えを受け、立派な若者に成長しました。

ある夜、賢者は星空の下、彼らを集めてみらいばなしをはじめました。


これはとおいとおい未来のおはなしです。

いつかわたしたちの国はケーキを切り分けるようにいくつもに分かれて

誰がどの大きなケーキを食べるかで喧嘩をするようになります。

いつかわたしたちは鉄の翼を持つ鳥で空を駆けるようになります。

いつか火を噴く鉄の弓が甲高い叫び声を挙げて丸い矢を雷の如く撃ち放ちます。

いつか黒く大きな雨が降り、地を濡らすどころか炎で燃やし尽くしてしまいます。


いつか、いつか、あるところに一人の男の子がいませんでした。

彼は弾丸の雨が大地を穿つ戦争の最中、落下傘で空から爆弾を持って飛び降り

まるで流れ星が燃え尽きるように儚く、瞬く間に一筋の炎となって消えたのでした。


彼はこの仕事を自ら志願しました。自分がやらなければ

他の誰かがこの仕事をやらなければならないことをよく知っていたからです。

それは彼にとって命よりも耐え難いことでありました。

彼は人のことで心を痛めるあまりによく自分のごはんを食べるのを忘れたりしました。


落下傘を操って抱えた爆弾を確実に人々にぶつけることが彼に与えられた任務です。

何でそんなことをしなくてはならないのかと思うでしょうが、未来の人たちは大真面目なのです。

それはとてもとてもおそろしい威力を持った爆弾でした。

それひとつあれば、自分たちは戦争に勝つことができると軍の人々は信じていました。

そして、男の子はとうとう鉄の鳥から飛び降りました。任務開始です。


ですが、男の子は風を切る音以外は何も聞こえぬ空の上で

どうか地上の人に自分の爆弾に当たらないようにと誰にも聞こえない声で祈りました。

眼下には逃げ惑う人々が粒のようになって見えています。


彼は落下傘の紐を手繰り、風に乗って

既に戦いを終えた後の誰もいない廃墟と化した街へと大きく進路を変えました。

それでも重力に逆らうことは出来ません。落下傘はどんどん加速していきます。

景色が瞳の中に吸い込まれるように近付いて大きな音がした瞬間、

すべては沈黙と闇の中に包まれました。

それからもう二度と彼の瞳は、落下傘は、開くことがありませんでした。


彼は最後まで、この役目を引き受けたのがつくづく自分で良かったと心から思っていました。

誰より上手に失敗する自信があったのです。なんせ彼はとてもとても優秀な兵士でした。

訓練ではいつも一番でこれまでにない成績を修めていたのです。

彼は誰より一生懸命に練習して偉い人たちの言うことは

なんでも聞く忠実な兵士のふりをし続けました。

その甲斐あって一番大事な作戦を任されることに決まったのです。


そして、そんな彼が大それた失敗をしてしまったので、

軍の偉い人はそれまた偉い人に大層怒られました。

その爆弾は一個作るのにとてもたくさんのお金がいるのです。

こっぴどく叱られて落ち込んだ偉い人はすっかり自信をなくし

あんなに優秀で忠実な兵士が失敗したのだから、きっと他の誰にも

この作戦を成功させることはできないだろうと考え

爆弾を持って空から落下する計画は中止にしてしまいました。

そういう訳でそれ以降、その国で爆弾を持って飛び降りる人は一人もいませんでした。


おまけに男の子が爆弾で壊した廃墟で出来た巨大な瓦礫の山は

地上の兵士が敵国へ進軍する為の道を完全に阻んでしまい、

両国の軍は大きく大きく迂回せざるを得なくなりました。


兵士たちの戦場に到着するのが大幅に遅れたため、

敵国の市民たち全員が逃げるだけの十分な時間が与えられました。

彼は本当に上手に失敗したのです。


また両国の偉い人たちの計算によると瓦礫の山を迂回したとき

そのまた別の敵国の領土を通らなければならないこと、

そして、はじめに計算していたよりもっとたくさん、

国のお財布では賄えない程のお金がかかることが分かりました。


それは決してどちらの国にも良い結果をもたらすものではありませんでした。

そして悩んだ挙句、両国は停戦条約を結び、一時休戦となりました。

しかし、どうしても納得が行かない両国の偉い人たちは

戦争を再開するべく、共に自国の民に瓦礫の山を撤去するように命じました。


そうして二つの国の民は作業を始めたのですが、協力し合って瓦礫を片付けている間に

お互いのことを知って随分と仲良くなってしまいました。

それと同時にこれまで相手に怒っていたことの多くが誤解であることに気が付いたのです。


数年後いよいよ瓦礫が撤去され、偉い人たちが戦争を再開できるぞ、と息巻いた時

両国の民の中に武器を持つ人はもう誰一人としていませんでした。


支持者を失った偉い人たちは失脚し、新しい民主的な指導者が選ばれました。

二つの国は同盟を結んで瓦礫を撤去した時みたいに力を合わせ、

一緒に壊れた街を少しずつ立て直し始めました。

二つの国の平和と友好の証として、瓦礫の山はほんのちょっぴりだけ残されました。


これはその後、百年に渡って親が子に語る笑い話になりました。

もし、あの兵士が失敗しなかったら我々は今でも喧嘩していたんだ。

信じられないだろう、今ではこんなに仲が良いのに。間抜けな兵士も役に立つんだよ。

そういう訳で「間抜けな兵士」という物語をその国々で知らない人はいないのです。

それでも本当に勇敢で賢いあの兵士の男の子は

きっと自分が間抜けと呼ばれることを心から喜ぶでしょう。


これが私の知っているとある未来の物語。信じようとも、信じなくとも構わない。


むかし、むかし、あるところに知恵の泉の水を飲み、未来を見通す目を授かった青年がいました。

彼は恐ろしい未来の出来事の数々に震えあがり、森の奥へ隠れ、ひっそりと暮らすようになりました。

未来を知ることはあまりよいことではなかったのです。

これから起きることの何にもわくわくしないし、どきどきしないのに、いつもびくびくしているのです。


そうして何年も臆病に過ごしたある日、青年の家は泥棒に遭いました。彼は大変驚きました。

未来を見通せるはずの自分にとって予想外の出来事だったからです。

それは何人かの小さな小さな泥棒でした。

お腹を空かせていた泥棒たちに青年はケーキを焼いてみました。

泥棒たちはケーキをあっという間に平らげてしまいました。

その様子があまりに満足げだったので、青年は久しぶりにどこか嬉しい気分になりました。


このとき以来、青年は今でも元泥棒たちにケーキを時折焼いてあげています。

それどころか一緒に暮らしているのです。どうしてか、いつでも君たちのすることは予想がつきません。

それはきっと君たちがずっと生きる為に今だけを一生懸命に見つめてきたからだと私は信じています。


ここに、ここに、私の目の前に、まだ見ぬ未来へ胸躍らせる小さな地上の星々が輝いています。

君たちと過ごすうちに気付きました。未来に囚われ、自由を失っていた自らの愚かさに。

あの未来の男の子が手繰った落下傘の紐がすべてを変えたように

今、君たちが蹴飛ばす小さな石ころにだって何かを変える力があるのだと今の私は信じます。


いつか、いつか、あるところに一人の男の子がいませんでした。

この意味が分かりますか。遠い日に君たちが新しい未来を切り拓くと私は信じています。

行きなさい、生きなさい、私の子供たち、未来ある者たち。

私の瞳に映るものこそが笑い話になる日をここで待っています。


そして若者たちはそれぞれ賢者の下を去り、異国の地へと旅立ちました。


むかし、むかし、あるところに森の賢者がいました。

彼は未来の全てを見通す目を持っていました。

彼は大いなる争いが国々を襲うことを人々に告げました。


いつか、いつか、あるところに一人の男の子がいませんでした。

だってほんとうにそんな男の子はどこにもいなかったのです。

彼らが迎えた未来には国々の争いも爆弾を抱える人も廃墟も瓦礫の山もありませんでした。

そして賢者は未来など見えなかったと言われ、人々の笑い者にされました。


彼らに石を投げられ、罵られ、それでも賢者は笑っていました。

人々はとうとう賢者は気が狂ってしまったのかと思いました。


今はあらゆる国に仕え、人々が道を踏み外さぬよう平和を導く神官となった

かつての小さな泥棒たちだけがその笑いの本当の理由を知っていました。

賢者の心を充たした真の歓びの意味を。


そして、この賢者の物語は「嘘つき賢者」として

その後100年に渡って、国中の親から子へと語り継がれました。

人を騙してばかりいるとお話の嘘つき賢者みたいになって

笑いが止まらなくなっちゃうよ、と母親が子供を叱るのです。


ここに、ここに、あるところに一人の男の子がいます。

勇敢でも優秀でもなく兵役もなく爆弾を持って落下傘で空から落ちることもない

ありふれた日々を楽しく過ごす友達想いの優しい男の子です。


おしまい。


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