shoes-03「巨人種を見上げる老人」
「……ふぅ、ふぅ、はぁ、はぁ、ぜぇ、ぜぇ。ふいーーー、もー無理じゃ! もー動けん!」
ワシは限界とばかりに、地べたに座り込む。
「ふぅーー、な、なんとか撒いたようじゃのぅ。はぁ、はぁ」
肩で息をしながらも、リュックの中から酒瓶を取り出し蓋を取ると、直に口をつけ、グイグイッと一気に飲み干していく。
「んぐ、んぐ、んぐ……ぷはぁ! あーーー、生き返るわ!」
疲れて座った途端に酒とは、どれだけ酒好きなのかと思うかも知れないが、ワシも好きで飲んでるワケではない。
いや、好きじゃよ? 大好きじゃよ?
酒は大好きだが、今は夜通し走ったおかげで喉がカラカラに乾いている。
本当は水が飲みたいところだが、その水が無いので、しかたなく酒を飲んでいるのだ。
リュックの中は、今ワシが飲んでいる酒瓶を含め、残り三本。これはゆゆしき事態なのだが、さらに問題が発生している。
それは……、二週間分あったはずの食糧が、あれからたった三日でほぼ無くなってしまった事だ。
三日前——
魔物どもが殺し合っていたあの場から移動さワシは、出口を目指し歩き続けた。
初めは、いつまた魔物どもに遭遇するのではないかとビクビクしていたものだったが、ワシの日頃の行いが良いせいか、あの時以降、魔物らに出会う事はなかった。
予想よりも早く進む事が出来たワシは、歩いて二日目に、これまた運よく上の階層へ行ける段差を見つける事が出来たのだ。その時は年甲斐もなく、思わずはしゃいでしまったよ。
だが、その段差を登りきったところで状況が一変した。この迷宮には、巨大な魔物しか居ないと思っていたのだが、ここにもいたのだ。ネズミどもが。
ワシの住む村の近くの森に出没する悪しき生物。とてつもない繁殖力と、どんな物でも食べようとする悪食。そやつが居たのだ。
ただ、見た目はワシが知っているものと違い、目が赤く、毛がなく灰色の肌が露出している。だがあのチューチューと言う不快な鳴き声、ワシを見た時の嬉々とした反応、まさしくヤツらだった。
森で出くわしていた頃は、ヤツらの嫌いな匂いである、ハッカやミントの葉をすり潰して丸めた玉で撃退していたが、そんな物はここには無い。いや、ある事はあった。
ワシが食糧の調達時に用意していた数個程だったが。
ヤツらは、ワシを見た途端に飛びつき襲ってきおった。匂い玉はその時に使い切ってしまったのだ。
それでもヤツらの強襲は止まず、しかたなく食糧をエサとして投げてみた。エサにつられた隙を狙って上手く逃げる事が出来たが、その後再び強襲に出会い、しまいにはワシの大事な酒瓶を四本も消費してしまった。
くそネズミどもが!
この迷宮を出たら、迷宮の入り口から死ぬほど匂い玉を放り込んでくれるわ!! 覚え取とれよ!!
——まぁ、そんな訳で、
残る食糧は、投げても効果が無さそうだった、葉や根っこ、小さな木の実くらいしかない。……これでどれだけもつのか。正直なところ、不安しかない。
…………だが!
酒瓶がせがんでくるのじゃ! ワシに飲んでくれと! 今飲んでくれないと、美味くないぞと!
そこまで言われればワシも折れるしかない!
「仕方ないのう! お主がそこまで言うなら飲んでや——」
……ドドォーーンッ!
せがむ酒瓶に口をつけたその時、思わず倒れそうになるほどの振動が壁を伝い、寄りかかっていたワシを襲った。
「ひょ!? っとと……」
ふぅーー……あぶない、あぶない。
ってなんじゃ!? もう少しでワシの貴重な酒瓶を落とす所だったではないか!
……また魔物同士の争いか?
耳をすますと、今までにない激しい戦いの音が壁を伝って聞こえてくる。
再三にわたる金属音、掛け合う声。
「ふむ……。魔物だけじゃないようじゃの。……もしや?」
壁からは継続して振動がおきているが、はるか向こうに見える突き当りを曲がった先で争っているらしく、様子は分からない。
警戒をしつつ、ゆっくり近づく事にする。
次第に大きくなっていく金属音、ときおり漏れる明滅する青白い光、激しさを増す振動。
ようやくその場にたどり着くと、岩陰から顔だけをだし覗いてみる。
その光景は予想通り、巨人種と魔物どもが戦っている最中であった。
『巨人種』。
ヤツらは自らの事を『ヒト』と呼ぶ。
一人一人の力はさほどでもないが、協力する事で世界を掌握する程の力を得た、生物の覇者。
それは迷宮の中でも健在で、常に四、五人の群れで行動し、個人個人が役割を持つ事で、巨人種よりも大きく凶悪な魔物と同じかそれ以上の力を発揮する事が出来ると言う。
巨人種は、多種多様な職業をもつが、迷宮で魔物の討伐を生業とする者は『冒険者』と呼ばれているらしい。
知恵と武力で全てを手に入れた忌まわしき存在。それが巨人種だ。
ん? ワシの説明がまるで巨人を憎んでいるようだと?
ああ、その通りだとも。なんせヤツらは、ワシを街から追い出した種族なんだからな。
まぁ、それは今話す事ではない。
それよりも今はこっちが重要だ。
運良く冒険者どもに遭遇したのだ。
当初の計画どおり、今目の前で争っている冒険者どもと魔物らの力量を比較し、迷宮の位置を把握せねば。
まずはこの迷宮で見慣れた魔物から強さを予想してみる。
今、冒険者どもと争っている魔物は、
操り人形のような木の魔物、
『ウドノタイボク』が二体。
目が赤く光るヒトの形をした黒い影の魔物、
『ネクラコゾウ』が三体。
の合計五体だ。
地面には、既に冒険者どもに倒されたと思われる魔物が散らばっているが、あまりにバラバラになっている為、数えない事にする。
魔物の名前はたった今ワシが勝手につけた。
名無しでは説明しにくいからな。
『ウドノタイボク』は、見た目同様、操られた人形のように動きながら、時折勢い良く腕や足を振り回して攻撃をしている。接近戦タイプのようだ。
『ネクラコゾウ』は、遠くからそれを見守り、隙をついて何かの魔法を冒険者どもにぶつけている。魔法が形として見えないのは、冒険者どもの状態を悪化させるような何か、なのだろう。
この魔物らとワシが見てきた魔物を比較するに、ワシが見てきた魔物よりは動きが雑で凶暴性も弱い気がする。
一層上がるだけでこれだけ魔物の恐ろしさが変化するものなのかは疑問だが、とりあえずは置いておこう。
対する冒険者どもは……
二本の剣を巧みに操り、攻撃の回数によって火力を補うスピードを重視した近距離戦闘型の冒険者『剣士』。
大盾で攻撃を防ぎつつ、隙をみて槍で急所に強烈な突きを与える安定した戦闘を行う中距離戦闘型の冒険者『戦士』。
剣士や戦士が稼いだ時間で魔術を唱え、敵全体を巻き込む大きな一撃を放つ攻撃の魔術に特化した遠距離型の冒険者『攻魔師』。
状態異常の回復や、体力、傷の回復を仲間にかけながら戦場をかける補助魔法に特化した遠距離型の冒険者『治癒師』。
……ふむ。
攻撃が三人に、回復ひとりか。
若干、攻撃に偏りすぎている気がするが、危なげなく戦っているところを見るに、新人ではないのだろう。
だが、このパーティーでは治癒師に負担が掛かり過ぎる気がするが……。
ん? 今の光はなんだ!?
ここにたどり着く前にも見えたようだが……な!?
魔物を全て倒し、疲弊した冒険者どもを優しく包みこむ青白い光。
その光の中心には、透明の羽根を持った青髪の少女——『水の元精アキュア』が、冒険者どもの中心で祈りのポーズをとりながら、宙を舞っていた。
……なるほど。
この冒険者どもにはヤツがいるのか。
それなら、このアンバランスなパーティー構成にも納得がいく。
元精は、この世界の誕生と共に生まれたとされる、古代妖精だ。
ヤツらは、ワシらと比べると全般的に非力で知能もかなり低いが、属性魔法だけで言えば全種族の中で右に出る者はいないだろう。
なんせ、自然の力を味方にして魔法を使うのだから、魔力の限度がない。
自然があるかぎり、ヤツらは疲れる事や、眠くなる事、腹が減る事も絶対に無いのだから。
だが、ヤツらはその能力をもつゆえか、生きる事に執着せず、常に『面白い事』を探し求める傾向にある。
食べ物に興味を持てば、食べる必要も無いのに世界中を駆け巡りありとあらゆる料理を求め。
寝る事に興味を持てば、寝る必要も無いのにひたすら眠る。
それが、他人に迷惑をかけないレベルならまだ良いが、一旦火が着くと、ヤツの熱が冷めるまで永遠に続いてしまう。
言わば、一生遊んで暮らしても尽きる事の無い資産をもつ道楽息子のような存在だ。
そんな道楽妖精が、冒険者どもと組んで迷宮にまで来るとは……、何に楽しみを見出したのだろうか。
なんにせよ、元精がいるだけで、あの冒険者どものレベルはかなり高い物と見て良いだろう。ワシが下の階で見てきた魔物らを相手にしても、二体くらいなら良い戦いが出来るのではないかと思う。
しかも、こやつらなかなかに良い装備をしているように見える。
ワシが巨人の街にいた五十年前頃の記憶でしかないが、あの頃のベテラン冒険者どもと遜色ない装備だ。
あくまで主観でしかないが、まとめるとこうなる。
下の階の魔物の強さを『上』とすると、
・この階の魔物 → 中
・冒険者の強さ → 上の下
ワシが巨人の街にいた頃の、冒険者の装備を思い出しながら、目の前の冒険者の装備と比較する。
・昔の冒険者のベテラン装備 → 上
・目の前の冒険者どもの装備 → 上の下
ここまでだと、この場所は、迷宮の下層か中層かと言ったところだろう。
だが、弱いクセに数だけは多いネズミもどきもこの層にいると考えると、下層に近い中層と言ったところか?
……ふむ。
このワシでさえ、なんとか歩き回れるのだから、迷宮の上層だと思っていたが、これは相当ピンチかもしれない。
水も食糧もなく、ここからどれだけ登らなければいけないかも分からない。
ネズミもどきに食われる可能性もある。
完全に終わったな……。
そう思いながらふと前を見ると、冒険者どもの姿はすでになく、前には魔物の残骸が残されていた。
だがそれは、下の階の魔物の残骸のような血みどろの惨たらしいものではなく、倒された『ウドノタイボク』が単なる大量の木片となったものばかり。
『ネクラコゾウ』は倒された瞬間に霧散していたので、死骸にはならなかったようだ。
確定した自らの死と、目の前で死骸となった『ウドノタイボク』。
両者を照らし合わせ、ワシもこうなるのかと暫く呆然としていた。
……が、魔物の形が保たれたまま倒れていた『ウドノタイボク』の胸部に置かれたある物をみた瞬間、今までの疲れが嘘のように抜け、逆に力が湧いてくるのを感じた。
「……ッ!! ……あ、あれは!!」
ワシは長い人生の中で最速ではないかと思うほどの速さで『ウドノタイボク』にむかって走り出した。
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_I≡≡I_ 次からは毎週火と土に
(˙灬˙)<更新する予定じゃぞい!