shoes-16「最下層に辿り着いたワシ」
ワシは今、魔創迷宮の中層最大の難関とされる魔物——牛頭のミノタウロスと戦っている。
確かに難関と言われるだけあって、なかなか手強い。巨大な体躯から繰り出される斧での振り下ろし攻撃は、ぶつかった地面の裂け方から見てかなり強烈じゃ。万が一防ごうものなら、その腕ごと一瞬で“すり身”になる事は間違いない。それに、一般冒険者の三倍近くある大きな身体のせいで、一見すると動作が鈍く見えるが、実際にはヒトと大差なく、リーチの分だけ牛頭の方が有利。攻撃では踏み込まずとも当てることができ、ヒトが三歩かけて避けても一歩で追いついてしまう。自らと同じ大きさか、自らより小さい物としか戦ったことの無い者としては、脅威としか言いようがないであろう。
まぁじゃが、ワシにとってみれば大した強さではない。自らより大きな生き物など見飽きるほど見てきておるしな。ましてや今はワシの作った乗り物もある。リーチがあるとはいえ所詮ヒトと同様の関節を持つコヤツでは、全ての関節を360度回転出来るワシの乗り物の動きを予測することなど不可能じゃろう。攻撃に関しても、最下層の化け物を倒した今となっては、コヤツなど本気を出せば一瞬で粉砕することも可能じゃ。
じゃが今は面倒なことに、“ある目的”の為に手加減をしなければならない。今も着々とコヤツの“皮膚を傷めず”に弱らさせている最中じゃ。
「グゥ…ロオオオオオォォォ!!」
眼前のミノタウロスは既に満身創痍。見た目は傷ひとつないが、腕や脚の骨を砕き、動くのも難しい。それが悔しいのか、耳障りな咆哮をあげる。まぁこれでようやくトドメを刺せそうだと、安堵した時、周りが妙に騒がしい事に気づく。
「……おひょ? なんじゃ、このヒトだかりは?」
ミノタウロスは魔創迷宮の地下50階層の主。ここの冒険者どもはそこまで強く無い為、普段は50階層まで潜ることも出来ないはずだが……。
そんなワシの疑問をよそに、ワシとミノタウロスを取り囲むように観戦している。そんな中、観戦していた冒険者らしき者の一人が叫ぶ。
「お、おい! あの紋様!」
「え? あれって……ジューゾウの紋様と同じじゃねーか!?」
「ジューゾウって、あの勇者ジューゾウ?」
「……て事は、あの子が新しい勇者なのか!?」
「遠くだからよく見えねーけど……なんか可愛くね?」
「マジかよ! 勇者が可愛いなんて最高じゃねーか!」
「おおおおぉぉおお! 勇者! 勇者!!」
冒険者らの視線の先は、ワシ……ではなく、ワシの乗り物の左腕。バレぬようにと羽織っていた外套がミノタウロスとの戦闘によって破け、そこからは魔法陣のような紋様——“勇者の証”がほのかに輝いている。
「……くっ、原因はこれか! ……勇者め。くだらん印をつけおって!」
観衆から逃れる為、倒したミノタウロスを軽々と担ぎ上げたワシは、人混みをかいくぐり一目散に下層へと駆けぬける。
——あれから半年。
あの“訳の分からん呪い”にかかったワシは迷宮に潜り、どうにか呪いを治める事には成功したが、代わりに“新たな呪い”を背負う事になってしまった。
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半年前、魔物と戦いたい衝動にかられるという訳の分からん呪いにかかったワシは、自ら作った乗り物を操作し迷宮に潜った。
その呪いは魔物が弱かろうが強かろうが関係なく戦いを挑んでしまう為、ワシも乗り物もいつ壊れてもおかしくない状況じゃったが、改造に改造を繰り返し、ひたすら魔物と戦い続ける事数ヶ月……ついに迷宮の最下層にたどり着いた。
そこにいたのは大きな竜の化け物。
前に出会ったデビルマンモスよりも大きな身体をそれよりも大きな翼を使って縦横無尽に飛びながら、炎を吐きまくる厄介な化け物じゃったが、約一ヶ月の長き激闘の末に勝利を手にした。……まぁ途中でヤツの大きな尻尾をぶった切り、その中に侵入して少しずつ中身を削って行ったのがナイス判断じゃったようだ。ワシの乗り物の内部は、その頃には生活するには苦にならない程の快適な空間になっておったからの。寝そべって酒を飲んでつまみを食いながらの片手間にちょいちょい削ってやったわい。しかも、削った竜の肉がやたら美味かったの! 生肉は流石に不安じゃったから、なるべく強めに焼いたのだが、それでもあの口に入れた途端に溶け出すような食感と風味。鼻に抜けるほんのりと甘い香りがなんとも言えんかった。 生まれてこのかた主食のほとんどが木ノ実や草だったが、これなら肉に乗り換えても良いと思えるぐらい美味かった。まぁ味の話は置いておいて、ワシが中で悠々と過ごしている間にヤツがもがき苦しむ様子を見るのは中々に爽快じゃったな。外からその様子が見れなかったのが残念じゃが。
まぁそんなこんなで竜を倒すと、新たに地下への階段が現れたのじゃ。それは今までとは違い、階段の部分だけ空気を歪ませたような奇妙な階段じゃった。それを降りると、そこは雰囲気の異なる空間だった。自然に出来た洞窟ではなく、明らかに人工的な四角い空間。仄暗さは変わらないが、床にいくつかの魔法陣のようなものが並べられて光っている。
そしてその中央には、巨人種が立っていた——
「お? 来たか。えっと……13599時間と21分か。随分はえーな?」
そう言いつつ、ワシの方へ振り向く。
それを見たワシは無意識のうちに臨戦態勢をとってしまう。
見た目は巨人種の若者と言った所。前にこの迷宮内を共にした冒険者どもと同じくらいの年齢に見える。身体は細く魔法使いが鎧を着たような印象で、見た目だけならば弱々しい。だが身に付けている物は、恐らく超一級品。何の金属なのかは分からんが、所々青白く輝く銀色の軽鎧。鎧の端々には白光りする蔦のような模様が細かく浮き彫りにされており、それが気品と力強さを感じさせる。帯刀している鞘も同様に献上品レベルの装飾が施されており、目が痛くなるくらい宝石が飾り付けられている。そしてそれらの武具が単なる飾りでは無い事が、この迷宮の下層までたどり着いたワシにも分かる。それ程の強者のオーラを放っていた。
「キ、キュゥゥ〜……」
その証拠に操縦席横の臆病毛玉も怯えて巣籠の中に閉じこもり、出ようとしない。
この臆病毛玉——通称コシヌケは、迷宮に生息する最弱の魔物じゃが、それゆえか危険察知能力だけは他の魔物より秀でている。それを知ってからワシは臆病毛玉を操縦席に乗せて、その臆病度合いによって魔物の強さを判断してきたのだが、ここまで怯える姿を見たのは初めてだ。先程倒した竜の化け物の時でさえ、ワシにしがみついて震える程度だったと言うのに。
この臆病毛玉の最も優秀な点は、単に危険を察知するだけでなく、“自らの立場”と比べて目の前のモノがどれくらい危険かを測れる所じゃ。臆病毛玉は今ワシの乗り物に乗っている。という事は“ワシの乗り物”と“目の前の相手”のどちらかが強いかを計測したことになるのだが……答えを言うまでも無く、目の前の巨人種の方が恐ろしいという事になる。
「むう……」
あまりの強大なオーラに思わず臨戦態勢をとってしまったが、失敗したかも知れん。もしこやつが魔物同様に戦闘を好む者だとしたら、こちらの態勢は戦闘開始の合図と取られかねない。しかもマズイことに、声をかけられたとしてもワシは返事が出来ない。なぜなら、まだ声を発する機能を作っていないからじゃ。
巨人の街に居た時の話だが、巨人種らにとってワシら小人妖精の声は、小声のくせに早口で、かつ甲高い為にものすごく聞き取りづらいらしいのだ。ワシの作った靴の販売を請け負っていた業者などは、この声に慣れているので問題は無かったらしいが一般人はまず聞き取れないようだ。確かにワシらからしてみれば、巨人種の声は大きく鈍いのだから真逆に感じてもおかしくはない。ましてや今は乗り物の中、よほど耳が良くないと声を発していることすら分かるまい。おそらくこの巨人種もそうであろう。こうなるのがわかっていれば、せめてワシの声を拡張する機能でも取り付けておけばと思ったが後の祭りじゃ。
どうしたものかと悩んでいると、巨人種が口を開く。
「そう怖がらなくてもいーぜ? 俺は美貝銃象。知ってるかもしれないが、この世界では、勇者ジューゾーって呼ばれてる」




