〇〇な彼女とX'mas
チョコには依存性がある。
身に覚えはないだろうか。あとひとつだけ──と思いながらも止まらずに、何個も何個も口に運ぶ仕草を。
僕の彼女はチョコ依存症だ。彼女の場合、単位は袋や枚数に至る。
ただ、幸いなことに。それで体重が増加したり、肌に異常が現れたりする現象は今のところ皆無らしい。
「おいし~」
感極まる、至福の声。
「あ~……でも、そろそろ止めないと」
これは口癖だ。
僕が思うに、この口癖が依存症を招いた気がする。
「思う存分、食べてみたら?」
「え~」
否定しながらも、彼女はいいの? と言いたげな表情を浮かべる。
「抑制しようとするから、余計に欲しくなるのかもしれないよ? ほら、人間って禁止されている物事ほどしたくなるじゃん。あれと一緒じゃない?」
「ああ~、そうかも」
パリパリ音を立てながら言うが、それも束の間。
「あ~、でもダメ。止めなきゃ!」
止めろとあおったつもりはなかったが、彼女は増々過敏になってしまったようだ。目の前に広げていたご褒美を両手で抱え、冷蔵庫へと行ってしまった。
同棲して二年が過ぎた。
二年──多くの女性はその間に『結婚』という二文字が浮かぶものではないだろうか。少なくとも彼女には、それがないように思える。
僕が鈍感なわけじゃない。彼女が求めるもの──それは、いつもチョコだ。
誰でもない、生き物でもないチョコに、僕は嫉妬している。僕はチョコの次点だ。そう──僕は次点なのだ。
いっそ、彼女はチョコと結婚してしまえばいいさ!
季節は巡る。
チョコが溶けるからという理由で彼女の嫌いな夏が終わり、チョコの適温だと彼女のテンションが上がる冬がくる。すると、あっという間にクリスマス、年末、年明けがやってくる。
年が明ければ、彼女が愛してやまないチョコが主役のバレンタインデーがやってくる。彼女にとっては、愛を伝える日ではない。町中の至る所でチョコに囲まれる、夢の期間だ。
「はぁ……」
クリスマスの近づく寒空に、白い息が漂う。
「どうしたの?」
チョコ色に髪を染めた彼女が覗き込む。可愛く身にまとった白い手袋も帽子も、マフラーも──僕にはもう、ホワイトチョコにしか見えないよ。
「なんでもない」
彼女は首をひねる。おかしなのと呟き、続けて、ねぇと言った。
「明日はイブでしょ? 家でパーティーしよ」
弾んだ声。だが、僕の気分は浮かない。
「ケーキはなににしよっか」
彼女は楽しそうだが、選択肢がチョコケーキ以外にあるのだろうか。
「なんでもいいよ」
「本当に?」
目を輝かした彼女は、パンダの顔のケーキを選んだ。
──ほら、僕の思った通りだ。
その夜、僕はあまり得意ではないお酒を飲んだ。飲んで飲んで、気づくと翌日の昼を過ぎていた。
ぼんやりと白いニットワンピを着た彼女の後ろ姿が見える。──そうだ。昨日は祝日。連休で、ヤケ酒をしてしまった。
ぼんやりと見ていた彼女の後ろ姿は、なんだか懐かしい。同棲し始めたころもこんな風に背中を見て──ああ、可愛いなと思った。カーテンを開ける仕草に胸を熱くして、こんな子と一生一緒にいられたら、生活を送れたら幸せだろうな──と、思ったんだっけ。
「あ、おそよう」
ふり返った彼女が笑い、僕を見る。
はやくないから、おはようではなく、おそようだ。
「おそよう……おやすみ」
僕は再び布団へともぐる。
こんなでは次点でもいられないかもしれない──次点。次点じゃ嫌だなんて、情けなくて言えない。いや、現状も充分情けない。
──どのくらい眠ったのだろう。布団から顔を出すと、真っ暗だ。
そうだ、彼女は?
僕は恐る恐るリビングへと向かう。
テレビで賑やかなリビングに、彼女はひとりで座っていた。テーブルの上にはチキンやピザ、パスタなどが乗っている。
「ごめん、寝すぎた」
彼女が振り返る。
「あ、起こしに行こうと思ってたところ。ちょうどよかった!」
彼女は笑顔で立ちあがる。──やさしいな。
「食べよ」
言われてみれば、どの料理にもほんわりと湯気が上がっている。
弾む彼女の声。僕はとなりに座る。珍しいかもしれないが、僕はこう座るのが好きだ。この方がふたり共テレビが見やすいし、互いのちいさな声だって聞こえる。
食事を終えると、彼女はケーキを出した。そして、ちいさな箱。
おずおずとそれを差し出し、
「開けて?」
と、催促される。
──なんだろう。
言われるがままに開けると、輪っか状のチョコが入っていた。──指輪?
「私と、結婚して下さい」
あまりのことに声が出ない。すると、
「すごく好きなものを渡したかったの。あ、でも、一番好きなのは、あなたよ?」
彼女は僕の嫉妬を知っていたのだろうか?
「僕も、一番好きなのは……君だ。えと、はい。お願いします」
たどたどしい言葉に、彼女は満面の笑みを浮かべる。
いそいそと出されたパンダの顔は、片目だけになり実に無残だ。──だけど。
「おいしい」
「ひさしぶりだよね。あ、おいしい」
ケーキはホワイトチョコではなく、僕の大好きな生クリームだった。
2016年は、23日(金)が祝日、24日(土)という現実設定を入れて執筆しました。