年表② 第二部 天正5年以降
大和編の年表になります。
1577年 天正5年 真三郎17歳
6月 兄王、尚永への大逆の疑いは晴れたものの、大和才府(交易担当)に補され日本本土に赴くことになる。 聞得大君となった梅岳(尚永の生母)の呪いか黒潮大蛇行の影響で航路を外れ紀伊(和歌山)熊野へ漂着、堀内氏善ら熊野の海神三人の伝手で熊野修験者 三羽烏を配下に 梅干しっ!☆彡
7月 堺に到着、油屋と懇意になり、本願寺に拉致られるも京、大徳寺に到着。旧師の菊隠和尚と再会、琉球副使を頼む。醍醐寺住持を通して摂家で現関白二条晴良と知己を得、参内のコネをつくる。
8月 近江長浜で上杉攻めから独断で戦線離脱した秀吉に会い、信長の小姓らに贈る資金や甘味を貸すことで強力なコネを得る。また、穴生兄弟に月拝塔頭と和使多館を大徳寺境内の外れに建立してもらう。
9月 信長の実妹お犬の方と細川京兆家の婚礼に秀吉の手伝いとして参加、年輪酥なる菓子で信長に直接面会する機会をつくる。
この頃、加賀で柴田勝家が上杉謙信に大敗 手取川の戦い
10月 安土で信長に謁見、餡子に鱒を乗せたあんつけ鱒なるゲテモ、珍しき料理を振る舞われる。島津掣肘の為に信長の趣味である相撲の神事化を提案する。
この頃、大和では松永弾正が謀反 信貴山の戦い ボンバー!
11月 朝廷より従五位下 大膳亮の官位を授かる。 唐名で光録卿と称されるようになる。 宮中にて氷室の氷を使った氷菓を作る。永樽女王は作り方が気になるんです。
12月 二条家家臣の吉田司家や美濃の手力神社と組み、現代風の相撲神事を披露する。褒美として十一番藤四郎と名付けた脇差を授かり、何故か二月末に行う相撲大会の相撲奉行の一人に任ぜられる。帝の信長の親書や交易品を託た樽金を天号で一足早く琉球に戻す。
1578年 天正6年 真三郎こと金武王子 大和才府にして従五位下大膳亮(光録卿)朝公 18歳
2月 無事に安土山場所を終え、告天三号で博多経由で琉球へ向かう。
3月 鞆の浦で足利義昭に拉致られそうになる。既に風向きが変わっており、博多では琉球行きの船が見つからず、立花山城の雷神や戸次誾千代と知己を得、更に唐津にて疎開中の神屋貞清から井戸茶碗などを購入する。
この頃、九州では大友対島津の耳川の戦いの前哨戦が始まる。
4月 鞆の浦で元関白 九条植家を乗せて堺に戻る。
この頃、播磨では別所氏が謀反、上月城、三木城の戦いが始まる。




