第94話 大和才府
繊細なカットが格子状に入り、差し込む日の光を乱反射して輝くぎゃまん製の馬上杯、なみなみと注がれた鮮血のような赤き飲物をクィッと一息に飲み干した男が杯を卓上にコトリと置いて宣言する。
「……で、ある。わけさぁー」
「「………はぁ?真三郎様(朝公様)、何が何であるか、よくわかりませんが……」」
既に夏の気配ただよう琉球、いきなり南蛮渡来の天鵞絨マントを汗をたらしながら纏っていた真三郎に鴉那御殿の政庁中広間に召集された家臣一同が目をぱちくりさせる。
「……ま、まぁ、つまり、冤罪であったが、万歳は万歳。部下の管理不行き届きで主上よりの叱責、穏便に済ませる替わりに懸案となっている大和関係の役目を仰せつかってきたって訳さぁ!」
やはり暑いのか厚手のマントは直ぐに外して赤い桑の実を搾った飲料をお代わりする。
「で、あるか…って!実質流罪の様なものではないですか!」
「ひょっひょひょ、左遷………じゃな」
「戦の絶えぬ大和なんぞにのこのこ出向いたら真三郎なんか一撃で斬殺っすよ!」
「大和に行くとなると風を考えて直ぐに立つにしろ、来年にしても一年近くは留守に……」
「使者は円覚寺から正使の使僧に副使を親雲上、薩摩に出した綾船よりは格上の親雲上、某でよろしければ代わりに参りますが」
近臣達が揃いに揃って反対に危惧を表し、安李が真三郎の大和行きの身替わりを提案する。
「まさかやぁ、卯屋の商いでツテのある商人も多い。そこまで物騒じゃないだろ?それより問題は京の都を押さえた織田が薩摩の島津にかつての主筋に当たる先の関白、太閤近衛前久を使者として遣わし、九州各地の大名達に和議を結ぶよう昨年から活発に動いているということだ。
太閤に対抗して御主自ら京の都に参る訳にもいかん。明には王舅の位で慶賀使い等の使節を派遣している。大和には王弟たる俺が御主の名代として出向いて問題なかろう?」
島津の興りは平安の御代、藤原氏の荘園、薩摩の島津荘に代官を派遣し地名である島津を姓に名乗ったのが始まりである。
やがて藤原氏は氏の名乗りから近衛、九条、一条、鷹司等に屋敷地や官職から取った名を名乗り各家に別れたが島津は近衛家を主筋の本家として戦国の世になっても屋敷の警備の為に家人を派遣し続ける程の結び付きがあったのだ。
「ま、まぁ格的には……いや、しかし、もう旬日で御子が……」
「準備には一月はかかろう。初めての子だ、名付けてから出立する。留守居は安李に任せる。おそらく今年の冬に直ぐに帰ることは出来んだろう。卯屋の支店を堺か京に置きたいし、少々商いもしながら一年半近くは留守となる。同行する者を後ほど選抜するが、意向も聞いて覚悟して支度を急ぐように」
「「「はっ」」」
◆
久米唐営 シキ場
グアアァーン!グアアァーン!パオォーウォン!
「首里天加那志のおーなーりぃ!」
グアアァーン!グアアァーン!
絢爛たる御轎が牛ブラや鐘を奏でる御座楽の楽団を先頭に長虹堤をゆっくりと渡り、小型舟による荷揚げ場となっている久米唐営の砂浜、シキバに仮設で設けられた桟敷にその玉体を降ろす。
王に続いて三司官、主要な官吏に大和風だが黒い籠に乗った聞得大君、三平等所のアムシラレら二十人を超える神女の列が続く。
「大金武王子朝公 前に!」
筆者主取の朗々たる声が響き渡る。
「はっ!」
「王弟、大金武王子朝公、うむ、では改めて命じる。大金武王子朝公。そなたを新たに設ける令外の官、大和才府に任ず、才府とは大和との外交及び通商の全権を任せる重要な役職である」
「はっ!身に余る大役、この朝公、首里加那志の永遠の忠誠を誓いまする」
壇下に進み出た真三郎が三跪九叩の最上級の礼を執り行う。
「瑞獣たる麒麟の意匠が施された唐衣装に、聞得大君加那志が旅の安全を祈願した宝剣を授ける。そしてこれは大和での活動に必要な銀子や、貢品。そして琉球国王の名代としての証しにそなたに御轎の使用を許可する」
麒麟というところで微かに笑う尚永、竈の改良で麒麟児とまで評された真三郎が苦笑いしているのを楽しんでいる。
「「「おおっ!」」」
壇上で衆人環視の許、女官らの補助をうけて冊封使が王に下賜した胸に麒麟の刺繍が施された藍色の唐衣装に着替える。桟敷の周囲には長持に詰められた南海の産物が山と積まれていく。一番端には王や王妃のみが使用する神輿のような御轎、幾分質素なつくりであるが、間違いなく余人に使用が許されない象徴たる輿が並べられ居並ぶ群臣たちにどよめきが走る。
御轎の使用許可とは王に準じる存在であり、万歳事件はなんら罪ではなく、唯一血をわけた弟として他の王子(王族)とは一段違う扱いであることを高らかに表明したことと同意であった。これは王太子である中城王子(東宮)にすら許されない特免の地位を大和との外交に関して得たことを示すものであった。
「して、これは大和の帝及び畿内を治める織田家当主に宛てた書状じゃ。そしてこれは京の都の名刹、大徳寺において前堂首座に就いておる元円覚寺の住持菊隠宗意琉球使の副使とそなたへの力添えを願う書状じゃ。万難を排し迫りくる国難を救ってくれ」
「はっ!大和との修好。そして島津の制肘、交易の促進。琉球国大和才府としてのお役目しかと果たしてみせまする!」
「では、続いては教練の成果を、大和才府に随行する旗下の者を!」
ドンドンドンドン!ドンドンドンドン!ドンドンドンドン!
ピィーー!ピッ!! ザッザッ
打ち鳴らされる太鼓に合わせて左御文の大旗と日章旗を先頭に左右の浜から総勢五十人、革の上衣の丈を半分程に切り詰め、急所であるはずの腹部を晒した鴉那御殿の略軍装に革長靴といった夏場には厳しい一式を纏った一軍が砂浜を縦横に駆けたあとに整列する。
「ほぅ」
「あれが金武の略武装」
「革の上衣か、しかし……」
「水夫が殆どでないか」
パチパチパチ!
「全体、整列!前ぇー倣え!」
ザッザッ
「甲!」ドン!
全体が一糸乱れぬ動きで直立不動の体制をとる。
「乙!」ドン!
手を後ろに組み、右足を斜め前。いわゆる休めの体制だ。
「丙!」ドン!
先頭に真牛、縦横七列に並びなおし、小さく前に倣い前後左右の間隔をぎゅっと小さく整える。
「丁っ!」
「丁っ!」「丁っ!」「丁っ!」「丁っ!」「丁っ!」「丁っ!」「丁っ!」「丁っ!」…………
まぶしい南国の日差しをまるで遮るように手の平をくるりと翻えした一団の満面のどや顔とチャラい声が順にシキバに木霊する………
「………う、うむ。練度はわかった。朝公の護衛はまかせた。随行の者はさがってよい。
して、次ははそなたが冠船(冊封使の御座船)の武装兵器、仏浪機の写しとその改善品を披露するとのことだが」
「はっ!先年来試作を続けた新式の砲になります。まずはこちら、明の仏浪機をそのまま写した砲になります」
真三郎の合図に上部が開閉式となり砲弾と火薬を詰め込める所謂後ろ詰め砲、豊後の大友氏が国崩しとして城に備え付けた大砲とほほ同一大砲荷車に乗せ砂場に車輪を取られながらも桟敷前に運ばれる。
「ほう、港口に備えつけた臼砲と見た目はかなり違うな?」
臼砲は正月に餅をつく臼そのまんまのずんぐりした砲であるのに対し、仏浪機はちゃんとした大砲の形をしている。
「かなり長く大きいですな?弾はいかほど飛ぶのか?かなり重そうだか」
ずかずかと近寄った三司官のひとり国頭親方が興味深げに砲身を撫でる。
「はい、二町程度は飛びますが、砲弾や玉薬を詰める蓋に発射の際に不具合が生じやすく、五発程も撃つと暴発の恐れすらあります。これは明の書物にも書かれており、実際に試作の試験中に蓋が一度吹き飛んでおります」
「そ、それは危険じゃな」
撃ってもないのに慌ててその黄金色に輝く砲金の肌から恐る恐る手を離す。
「はい、それを改良したのが此方、連射はできませんが、一体式で鐘のように鋳造しておりますのでかなり強度を増しております。玉薬を増やして三町(300メートル)程は飛ばせます」
真三郎が指さした三十間程離れた場所に米俵の土嚢で台座を作った小砲と準備を進める一団を指し示す。
「ほう」
「此方のはさらに簡単には動せぬ程重い砲になり、飛距離は三町半から四町になります」
「早速、試射してみよ!」
「はっ!」
真三郎が手渡された白旗を合図に大きく左右に振る。
「てーー!」
ドッカーン!ドピュー
「てーー!」
ドドッカーン!ドピューー
安全対策に設けられた桟敷からかなりの離れた位置の台場から漫湖の中心に向けて順に発射される。
それぞれ的として繋がれていた目印の旗を立てた古いサバニから七~十間程離れた湖面に水柱を立てる。
「あっ、あーー」
「惜しい!」
「いやいや、十分な精度じゃぞ」
「うむ、あれがジャンク船なら十分当たるな」
「こ、これは凄い煙ではないか、ゴホッ!ゴホッ!」
砲撃後の白煙がゆっくりと桟敷の方に流れ込む。
「ゴホッ!ゴホッ!は、はい。玉薬自体は南蛮や明からの品ですので大して違いはないはずですが」
「このような役立たずは音だけで煙いではないか!コホッ、あー臭い、煙たいのぅ」
上質な絹服の袖で口元を抑えた聞得大君がかなり不服な声で不満をぶつける。愛息である尚永の命で真三郎の航海の安全を宝剣に祈願させられ、出航の際には引き連れた神女達を指示して航海の安全の旅クェーナという神歌を歌わなければならないのが癪に障るのである。
「まぁ、まぁ、母う、聞得大君様。明や南蛮の船にも積んでおる最新の武装じゃ、余の命でわざわざ朝公に製作させたものじゃぞ」
「……ふん、金食い虫じゃな、そのような野蛮な代物に国の守りを頼るでない!まぁ大和に行くなら盛大に見逝ってやらんことも……」
「弟の出立の慶事だぞ!」
「旧式の臼砲の替わりに三重城や屋良森城に順次設置せよ。まずはそなたの馬艦船、なんといったかな?」
「あれに、旗艦にした告天三号にございます」
出航準備の整ったジャンク船を指さす。帆は畳まれているが、先ほどの一軍が振っていた左御紋に日章旗、帆柱には前にしか進めないムカデをかたどった流し旗が既に掲げられている。
「うむ、よき名じゃその告天号に搭載せよ!大和までの航路を無事にな!そうそう、年にいかほど造れるか?」
「材料の銅は選銭である程度確保しておりますが、合金にする錫が……マラッカ王国との交易が途絶えており、明経由や、大和から入る錫では年にあわせて二、三門がやっとで」
「まぁ、そんなものか、玉薬の確保も大変じゃしな、おおぅ、そうじゃ、そうじゃ!あの砲の名前はなんという」
(えーと、カルバリン、いや、カノン?キャノンいやいや不味いな)
本来はイングランドの私掠船の武装砲、ぺトラ砲にミニオン砲という名であることを真三郎は知らない。
「な、名は是非主上が」
「そうか……ふむぅ、では小さき砲は文を武が越える力の象徴たることから文愁砲、文を愁う砲。大きな砲はそうじゃな、玉薬の樽一つ購うに銀子が飛ぶように消えることから日銀砲。どうじゃ?よき名であろう」
「素晴らしい名かと、この朝公、安心して大和に発てまする」
「ムラヤー ゥンジ クェーナ ナライガ チュン スイヌ ブンカサイヌ クェーナー ディッパ ヤン!」」
引き潮の時刻に合わせて漫湖からゆっくり帆を下したままの告天が四隻のサバニの曳舟に引かれて外洋へと進む。
シキバの桟敷の周囲には巨大なかがり火が焚かれ、中央には最高位の神女の証である巨大な金細工の簪を挿した聞得大君、取り囲むように三平等のアムシラレが並び扇をゆっくりと振る。白い巫女装束の神女達は腰まで海に入るとフラのように手招きしながら不思議な物悲しい裏声で旅の無事を船が消えるまで歌い続けたのだった。
◆
慶良間諸島 座間味島 安護の浦
那覇の港を出航した告天三号は那覇より西に約40キロ、真三郎の采地であり、黒潮に乗る為の汐待の停泊港である安護の浦にいた。
「おおっ!規格を材料に合わせざるを得なかったとはいえかなりの大きさだな!」
「下命通りに西表島から運びました石の炭を蒸し焼きにした黒蜜の様な粘液体を船底に塗っております。木酢液より海水を弾くようです」
「うん、うん、火には弱いから波が掛からん所にはこれまで通り木酢だな」
「帆も明からの丈夫な木綿を藍で丹念に染めて南蛮帆に仕立ております。潮風や日差しにも強く、海や空に溶け込んで海賊等に見つかりにくい工夫となりました。随伴する告天三号はいそぎ艤装を南蛮帆に交換します」
那覇の港を旧式の馬艦船、告天三号で出航した真三郎達であったが、ここ座間味で船を乗り換え、二隻体制、他に大和に向かう船と船団を組んでの出立するのが当時の慣例であった。
「司天官殿から明日、明後日には順風になると、まぁうふあがり島に流された時の予報は大外れだったが、まぁ少しはあてになるだろう。荷はどうだ?」
「はい、荷も馬艦船の倍は積めますし、大砲に銀もすでに」
「そういえは主上より中砲と小砲にそれぞれ日銀砲、文愁砲と銘を付けて頂いたとか、機密にして開示せなんだ大砲とこの南蛮とジャンクの合の子船の型銘を付けていただかねばなりますまい」
建造に関する船方衆を代表して留守居となる安李が命名を願い出る。
「そうだなぁ………砲は王衛縫砲、船はうふあがり島の産物、アホウドリ、信天翁に因んで信天号、どうだ?」
「王衛縫。信天、真よき名で、この安李。真李武様の傅役として朝公様のご帰還まで勤めさせて頂きます!」
二十日程前に生まれた真三郎の庶長子、童名を真李武。実母はをなり神である今帰仁ノロの馬であるが、池城安李の養女となって真三郎の側室となった嘉樽の子として認知されていた。乳母と共に鴉那御殿に来たのが十日前、わずか七日程の親子の時間を過ごしただけでの旅路となったのだ。
「まぁ、嘉樽さんは安李の養女だろ?、そうなるとやはり安李は義理の父にして真李武のおジィだな、しかと頼むぞ!」
オジィ呼ばわりに感動した安李がうるうると零れだした涙をそっと拭う。
「真三郎様!荷の積み換えは順調ですが、港の番所より南蛮より参った船の船長がお目通りを願っているそうですが、」
船での荷役作業を指示していた三良が駆け寄ってくる。
「俺に?まぁ、明日の出航までには時間もあるが、南蛮は何処から……まぁ会おう。大和で高値がつく良き品があるかもしれん」
◆
「長らくご無沙汰をしておりました。スール王国の商人、秦陽至にございます」
※中国語 樽金が通訳中
「お、おっ!おっ?」
「お忘れにございますか?以前海燕の秘法を授かった秦にございます!」
真っ黒に日に焼けた武人にしか見えない商人が明式の礼で挨拶してくる。
「お、お、おー!思い出した、久しいな。一瞥来、琉球に商いに来てなかったようだが、海燕の飼育はどうであった?」
「お陰を持ちまして今では千を越える配下と五隻のジャンクを持つ身となりました。これも殿下のお陰、やっと恩を返すべく琉球に参った次第。大和に向けて明日にも出立なさるとことか。ここでお会い出来たのも正しく天祐!パンパン!ここに!」
秦が両手を打ち鳴らすと櫃に壺、樽があっという間に砂浜に山積みになる。
「来年以降も毎年一隻は琉球までお出しし、殿下の卯屋との商いを優先します。さらに御約束通り燕窩での利益の一割に少々色を着けてお納めいたします。してこれは琉球に参るのが遅くなり、無礼に対するお詫びの品にございます。大和にいけばさらに高値で捌けましょう」
秦の本拠とするボルネオ島の東隣、今はポルトガルが長年求め続け、大航海時代の引き金ともなった黒胡椒を大量に産することから香料諸島とも呼ばれ植民地となったモルッカ諸島。そこから運ばれた大量の丁子(クローブ)。今ではカレーなどの香辛料の一つでしかないが、当時は丁子の精油が最高級の刀の錆止め油として使われ、医薬、染料としても使われ家紋に採用される等重要な交易品。これが二十樽。
当然ながら美容に効果がある燕窩、楊貴妃も愛したという最高級の品が真三郎のチート知識を基に作られた五層の空き家での繁殖が成功し、真っ暗で落下の危険のある洞窟ではなく安全に大量に産することが可能となったものだ。これは巨大な櫃に三つ。
さらにボルネオ島に産する苦味、鹹味が特色の沈香、樟脳の上位互換の最高級竜脳、その他南方の珍しき産物を次々に示しながら目録に記載していく。
「おおっ、これこれ!殿下!此方を御覧下さい。これはボルネオより遥か南東、バリ島よりも更に東の果てにありました島より届いたばかりの龍卵にございます!」
まるでダンジョンに発生しそうな彫刻にコーランの文字を螺鈿装飾で飾った宝箱を開けて見せる。
「こ、これは、駝鳥の卵?いや、鶏肉をくっ付けたら追いかけてくる竜の卵?」
テレビで見た覚えのある駝鳥の卵を超える大きさの乳白色の卵が三つ、丁寧になめされた毛皮と南方の色鮮やかな鳥の羽に包まれていた。。
「某にもよく解りませねが、この大きさ、話に聞く竜種には間違いありませぬ。何しろ殿下に献上しようと倍の重さの銀で購った珍品にございます!是非にお納めくだされ」
(竜卵が、全部で三つ。まさか一緒に火炙りされないと孵化しないとか、死亡フラグじゃねーよなぁ)
誰が直ぐにノッブ登場といった?
龍卵のネタバラシはすみませーん。 来週こそは大和にいけるかな?
※大和才府は実在しませんが、南蛮才府という役職に日本人の川崎という商人が任命されベトナム等との交易に従事していたそうです。




