第93話 嵐
鴉那御殿
「仲泊村の院長については半年程前に首里より招いたそうですが、肝心の大屋子も捕らわれており残された家人達も子細については……」
「あの掛け声(万歳三唱)や、異様な踊り等は先月より幼児達に仕込んでいたとの証言が集まりました」
「首里でもあの者正体はつかめておりません。今の状況でこれ以上大っぴらに探査するわけにも……」
万歳大逆事件の日より三日、鴉那御殿に集まる情報は芳しくなく、真三郎達はまさに頭を抱えていた。
「うーん、二人は平等所の牢の中かぁ」
「殿下!首里よりの早馬がこれを!」
中庭に設けられた東屋で善後策を練る真三郎達に文子(下級役人)が文をさっと差し出す。
「真三郎様なんと?」
「………家宰の池城安李は甥の羽地親方預かり。近臣である程隆成(樽金)、漢那可良(三良)はそれぞれの生家、座波正臣(真牛)は師匠筋である保栄茂親雲上預かりでそれぞれ謹慎。御殿の政務は老齢であるが先の家宰、新城安桓が指示あるまで差配せよとあるな」
パラリと広げた書を畳まずにかんジィにそのまま手渡す。
「「「なっ!」」」
「き、気をつけてな」
真っ先に真牛の肩をポンポン叩いて心配してみせる真三郎、真牛の身体(尻)を心底案じるまっこと心優しき主人である。
「冗談をいっている場合ではありません!朝公様の御身は?」
老眼からか書を離して読もうとするかんジィから引ったくりながら安李が叫ぶ。
「俺か、俺は七日以内に首里屋敷に入り王府より沙汰のあるまでとりあえず謹慎しろとあるな、はぁあ、どうしよう」
今さらのように頭を抱えて蹲る真三郎。平和でのんびりした琉球にすっかり染まったが、大和はまさに血で血を洗う群雄割拠の戦国の世、危機管理がまるでなっていない。
「まったく、何を悠長な!なんくるなくにはなりませんよ!」
「そうです!まずは身の潔白を!院長の背後関係を」
「いや、仕込まれたものであればまず見つかるまい、それよりは嫌疑を晴らし赦免の口添えを」
「かぎやで風の演舞には事情の説明を、他の士族の婚儀でも披露したとの話もありますし」
「歌詞からみても不敬には」
「そうじゃ!踊奉行の米須伊原親雲上に弁護を」
「あっ!確か!安頼と名護親方の息女の婚礼の席でも誰か舞っておったぞ!」
はっと気付いた真三郎がピシャリと痛いぐらいの音を立てて膝を叩く。
「おお!そうじゃ、そうじゃた!朝公様の余興の出来があまりにひどかったことばかり印象に残っとったが、確か名護親方の親族が舞ったはずじゃ!羽地に行く前に口添えと証言を頼もう」
「うむ」
「王府への貢納については帳簿をみても問題ないはずです」
樽金が提出すべき帳面の入った櫃の山を指さし、一覧に纏めた決算資料を広げてみせる。
「新に開墾した土地に関しては?」
「金武間切での地割は適切に済んでおります。慣例では開墾地も収穫が安定するまではこちらの差配で処分が可能です」
「それが通用するか?」
「悪意のないことは先日奏上した間切の測量図にも現れているではないか?うちに隠し田などないぞ」
三角点を用いた測量図には山の上の方まできちんと描かれ、田畑の種類による色分けまでされ怪しげな地図記号までついたまさに一級品の地図である。
「しかし、王府ではこれまでの畑に対する、麦や豆での現物納付を止め、砂糖やウコン等といった高価な作物を植え付ける場合の税率を上げるか、専売で王府に利が集まるよう計画していると噂たぞ?」
「まさか、法を遡及させて適用するなど」
「いや、遡及について兎も角、確かに三司官の選抜総選挙での浦添親方の公約がそうであった」
真三郎以外に選挙権を持ち首里城での選挙に参加した安李が樽金の疑念に答える。
「うむぅーここはやはり穏便に済むよう嘆願や工作を」
「し、しかしどなたに?我らにもそれぞれに謹慎の命が」
「首里……天界寺の母上は…………うーん、俺の婚礼にすら出家の身として顔を見せんかったしなぁ」
正しく苦虫を噛み潰したような真三郎が呟く。
「兄、いや主上には直接文を送る、が、届くかが問題か……」
「真三郎様の岳父となりました上間親方長胤様も家職を遠縁の子を養子として譲り、既に半隠居の身。元々それほど首里に影響力のある方でも……」
三良も頭を抱える。
もともと王城ではなく離宮勤務の上間親方には首里で裏工作出来るような人脈は期待できない。
母方の毛氏池城一族以外に王族や有力な士族と縁を結べなかった真三郎のアキレス腱である。
「安李は羽地村での謹慎だな?従弟の安頼は今や表十五人(王府の最高評議会メンバー)の一人だ、やはり首里では頼りになるだろうし、先程の話しにあったように先年三司官筆頭である名護親方良豊の長女を娶ったばかり、まずはその線で行こう」
「しかし、くっうー!安棟兄上さえ……」
三司官であった兄が生きておればと安李が歯を食い縛り言葉を飲み込む。
「久米の商人達に少し銀子をばらまこう、首里の士族には人気や伝手はないが、久米唐営、特に色町、廓の女辺りを通して王府の高級役人達に町の雰囲気と俺の冤罪を訴えよう!ちょっと脚色してな」
琉球王府の政策として王族が直接国政に関与することは避けられており、後に若い国王を補佐するために百年以上空席である摂政に時の王弟が就任するまで禁忌とされた程である。
真三郎も王の代理として地方に赴いた他は宮廷祭祀の時のみの首里滞在、親類筋の王族達との付き合うか、こっそり久米な行くばかりで有力なコネの一つすらない真三郎である。
「そうじゃなぁ、今一番頼るべきは一枝様じゃな。王家の政治に関わることであるし、をなり神とはいえ身重な馬様にはお知らせ出来ん。一枝様は御主の実姉じゃし、確か真三郎様をそれは可愛がっておったしな」
可愛がるというより玩具にされていた思い出しかない真三郎である。
「「し、しかし……」」
「なーぁ」
樽金に真牛、三良が思わず顔を見合わせ、息の合った相槌で返す。
「ん?なんだ?一枝姉の義理の弟が浦添親方だから問題でもあるのか?」
いやぁ、一枝様の実母が聞得大君なんですが?という言霊をぐぐっと飲み込み、きょとんとした表情の真三郎を呆れた、いや可哀想な子をみるような近臣達。
とりあえずの善後策をまとめ安李が北の羽地、三良が西の漢那、そして真三郎に樽金、真牛が告天二号で那覇経由でそれぞれの謹慎地に出立しようとした時
「ま、間にあったぁ!」
「飛漣!」
またしても早馬並の早さで伝書鳩便では出せぬ文を持参した飛漣が東屋に飛び込み、先ずは卓上の飲物を勝手に奪っては一息に煽る。
「ぷはぁー!はひぃお、、王子様!まにあったぁ。羽友様から急ぎこれをと!仲泊幼保老院 籠院長、平等所(裁判所兼警察署)の獄舎内にてハブに咬まれて死亡!」
「「「!!なっ!なにぃ?」」」
◆
首里屋敷 座敷
コン、ココン、コン!
「けろっ」
「りんぱっ!」
夕暮れ時にも関わらずクバの葉で作られた笠をクルリんと回してかぶり直す。
「飛漣か、よし入れ」
「って、王子様!あれはかえって目立ちますよ!」
「そ、そうか?それより報告は?何かあったのか?」
蟄居とは言えゆるーい琉球、各段見張りがつくわけでもなく、とりあえず首里屋敷で大人しく滞在している真三郎。
対外的には首里屋敷でも鳩小屋の世話係兼小者として勤務をしている飛漣は普段通りに出入りを繰り返しながら情報収集と連係を図っていた。
「平等所で先日雇ったばかりの苦瓜、糸瓜、赤瓜の野菜三人衆が籠院長毒咬殺の疑いで拘束、連行はされてないのですが、金武鍾乳洞の酒蔵で作っているハブ酒について捕まえたハブの管理状況についても聞き取りをおこなっていると」
「って、いくら超戦闘民族徳之島人といえ、いやあっちじゃハブを武器に番屋に投げ込むぐらい気性が荒いと………いやいや借金の型に門番として雇っただけだし、首里の地理はわかんないだろ? ハブについてはうーん、大量…… 」
捕獲したハブのうち、傷のないハブは甕の中で水だけ与えて数ヵ月間飼育、胃の内容物が完全に無くなってから初めて古酒に浸ける。
(ううっ、猛毒の、凶器の入手は容易だなぁ……ヤバッ)
コン!コン!
「失礼致します殿下!何やら客人がお訪ねですが」
「客人?何の前触れもないが、はて?」
「それが、服装から高位な女官様のようでして、もしや御内原(後宮)からではないかと」
首里屋敷の門番が垣間見たことがあるだけの知識で伺いをたてる。
「御内原?もっ!もしや主上からでは?直ぐに一番座にお通ししろ!とりあえず湯茶でも、俺も直ぐに着替えて向かう!」
◆
「お待たせいたしました。主の朝公にございます」
無礼なきようにと準正装に慌てて身支度を整えた真三郎が襖をそっと開け、おもてなしにと贅沢にも幾つもの蝋燭を灯した室内ににじり入る。
「遅いぞ 真三郎!いや朝公!」
「えっ!あっ、あっ、あうっ、あ兄上?いや、ええっー!」
思わず二度見した真三郎が両手で目をこすると大勢頭(高級女官)の衣装を纏った女人が頭から被っていた羅を払う。
現れたのは口許に紅をさしてはいるものの、紛れもなく琉球国王 首里天加那志 尚永王その人であった。
「どうだ?驚いたか。余も城を抜け出すとしてかなり気合を入れて化粧までして来たのだぞ?ふりっ?どうだ?似合うであろう?」
高級な絹の袖を左右に振るたびに焚き染めた香がふわりと室内に立ち昇る。
「い、いやいやいやいや、似合う似合わないでなく、お城を?抜け?」
真三郎のあんぐりした口があうあうと閉まらなくなる。
「そうだ左掖門、暗シン御門で衣装を変えて女官の振りをしてだなぁ、彼処は内からしか開かん仕組みになってるからなぁ。いずれ側室の中から男装してでも役人として琉球の為に働きたい者でもおったら………ふむぅ使えるなぁ」
琉球中だけでなく感想欄すら嵐に見舞われるようなことを呟く尚永。
「お、お、お城では大騒ぎになっているんだなぁ」
「大丈夫、大丈夫だ。書院で朝師と密談中ということになっておる。御酒もつまみも二人分運ばせたし、人払いも済んでる。あ奴に任せておけばまず問題ない。
なぁに、今回はあ奴が騒ぎを大事にしたせいじゃからそれくらいは責任をとらせんと、身から出た錆じゃ、クックックッ」
「主上…?」
朝師が仕組んだのか、少なくとも一枚は噛んでいると考えていた真三郎の意表をつく。
「して、朝公、いや真三郎。そなたには真、大逆の意はあったのか?」
「い、いえ!冤罪にござる!冤罪にござるっす!」
大きく両の手を振り力一杯否定する真三郎
「だろうな、恐らくあれは母上の手の者、すまぬなぁ、真三郎」
「ええっ!」
「元々異母弟で才を見せるお前を少々煙たがっておったようだが……先年、そなたが病に伏した際に不穏な動きを見せた叔父上達を含めて一気に余の王権を強化しようしたようだ。
牧の管理で馬を隠していた読谷山や、不作を理由に貢納をくすねていた勝連の叔父上達にはある程度の処分、まぁ采地の一部削減程度だろうが、下す事になるだろう。これは朝師の調べで裏も証拠も十分に揃っておる」
女装姿で真面目な表情で語る王に話しの流れが読めず話半分の真三郎
「問題はそなたの大逆の無実を証明する良き手がないことだ」
(無実の証明、まさしく悪魔の証明じゃん)
口封じされた籠院長、朝師の調ではハブの咬傷の他に口を塞ぎ背中から肩口を力で押さえつけた痕跡が確認されている、下手人が見つからないかぎり、誰が口封じしたかによってその判決が左右されるのだ。
「もはや父の子は我ら兄弟のみ、余に娘しかおらん今、朝師の様に臣籍に下り王府でその内政の手腕を奮わせる訳にも……まぁ、よけいに目の敵にされよう」
誰にとは言わず苦悶の表情を浮かべるマザコン気味の尚永
「また、無実の証明は難しく、叔父上達を見せしめに処分する中、そなただけを特別扱いしてみせる訳にもいかん」
真三郎がゴクリと生唾を飲み込むのを見て、出された湯を啜る尚永
「さてと、話は変わるが、以前より大和は畿内の織田家との修交を申していたな?」
「は、はい!堺や京の都を押さえ商いを重視する織田家と琉球の修交により、最近とみに圧力をかけてくる島津を牽制すべきと存じます」
「そうか……機密だか、博多からの商人や、京の都におる学僧からの文によると織田は毛利攻めに備え、豊後の大友や薩摩の島津の所に先の関白近衛前久なる貴人を遣わし何やら修交を図っておるらしい」
「!」
「島津に対し下手な空手形を出されるのは不味い。何年も前から畿内勢力との修交をうたってたそなたじゃ、どうだ?やれるか」
(の、の、の信長キターーー!!!)
一捻りいれて見ました。
タイトルはやっぱ不味いかなぁ




