第92話 疑獄
1577年 万暦五年 天正五年 三月中旬
金武 鴉那御殿
琉球各地で急速に拡大した砂糖黍畑で、寒さによって茎に蓄えられる糖度が上がる収穫の時期を逃さぬよう夜通し行われていた刈り取りに絞り汁を煮詰める黒砂糖への精糖作業。
そしてハブが短い冬眠から覚める前に急いで行われる山仕事に一期作の田植えと真三郎を含めた鴉那御殿の面々も農繁期の忙しさはまさしく山猫(真三郎)の手も借りたいほどであった。
ザザー、ザザー
「うっ、うぅん、あははぁん」
入り江の奥に広がる波打ち際に打ちつけるさざ波に紛れて艶かしいかすかな声が零れる。
「ううっ!っふぅー、はぁーどうにか収穫も植え付けも終わり。やっと一息つけるなぁ。はぁー極楽、極楽」
鴉那御殿の周辺海域では先日まで農作業の応援に駆り出されていた水夫達が南蛮帆を装備したサバニと告天二号による操船訓練を繰り返し行っており、煌めく水面に白銀の軌跡を描いている。
そして敷地内に弧を描くように広がる白砂の浜には幾つも並べられた穢捨台に琉球藍で青く染められた大型の布傘が立ち並ぶ。その下で青切りシークワーサァーとミントに黒砂糖で甘みをつけた冷えてはいない漢那産の緑茶注ぎ、赤花(ハイビスカス)を飾ったガラスの杯に、ストロー替わりの麦藁を寝ながら啜っているのが御殿の主、真三郎である。
「鈍りきった身体にはいい鍛錬になったのでは?」
「ふぃーっつ!」
「あがっ!」
疲れ切った近臣達、護衛役の真牛も含めて施術中である。
「まぁな、溜まりに溜まってた書類の決裁もやっと済んだし、大和の商人への荷も全て予定通り納品できた。後は婚儀の手配だけだな、あーそこ、そこ!うンっ!」
涼しい朝方から午前中までに文書仕事を終えた真三郎が新に定めた御殿の習慣お昼休憩、夏場の農閑期に向けてたっぷり二刻のバカンスである。
久米唐営の店から指導役に招いた穢捨者に高価な椿油を全身に塗られながらの捌理(下級役人)達の報告を聞き流す。
「そうだなぁ、式が終わったら慶良間の視察を新婚旅行にでも、いや、五月の中頃には馬さんに子供が産まれるし、浮わついたことはできんな。名前も考えないと、女の子ならやはり真の字をとって、真鈴、真凛んー、男なら真羅、、太郎はいろいろとまずいか?、成人したら朝 立、達、いやいや真面目に考えないとな」
「そうですよ、午後からは研究工房の試作品の確認もありますし」
「いえ、それより先ほど王府より領内の視察の問合せがございます」
秘書役の捌理が一通の書状を差し出す。
「視察?まさか……」
「いえ、砂糖黍の普及の為や、領内の橋等の土木技術、殿下の奏上された測量を琉球全体で実施するにあたり、先日納めた金武間切の測量図と現地の確認。それに幼保老院等を見学したいとあります」
書状を受け取った樽金が中を改める。
「うん、うん、そうか、金武間切だけじゃ開発、開墾にも限界があるし、黒砂糖にウコンも大和に飛ぶように売れるしな、琉球全体の景気の底上げになるな。協力すると日程の確認の返事をしろ!あぁ受け入れ時期は婚礼の後と、石鹸だけは機密にしないとな」
「大砲はいかにしましょうか?」
「あれは主上から製造、試作許可は貰っているが、明の冠船に備え付けられていた仏浪機の写しだったな………がれおん船からの砲は?」
「四門ありました大砲は一門は見本として鍛冶工房、三門は御殿の蔵に保管。四門ありました中砲も同じく、十六門ありました小砲は四門ずつ告天一号から三号の武装に、御殿の蔵と工房に二門ずつ。
鍛冶工房で鋳造した完成品、試射はまだじゃが、大砲二門、中砲二門、小砲は五門、明の仏浪機型の小砲が四門あるのぅ」
真三郎の横に小走りで駆け寄った図南が抜ける気配もないじじぃ言葉で報告する。
「うーん、いきなり大型砲はちょっと目立つな?大砲は念の為に隠しといてと、御主に報告する前情報として小砲と仏浪機型は試し撃ちでも見せるか。港の防衛用ぬ旧式の臼砲しかない三重城、屋良森城、後は運天港の港口にも備え付けることを提案するか」
◆
四月中旬
「これはこれは、金武王子殿下、自らの出迎えとは」
近づくやいなや華麗な動きでひらりと下馬した紫冠の大官が明式に袖に手をいれる礼をとる。
金武間切と読谷間切の境界、以前に飛蓮が妖怪置いてけとして追剥騒ぎを起こしていた多幸山の麓、王府の国頭巡視の籠担ぎがその役目を交代する駅に真三郎達一行が出迎えに来ていた。
「いやいや、三司官となられた浦添朝師殿の巡視とあればな」
暑い中、額に玉のような汗を滲ませた真三郎は比較的薄絹とはいえ帯をつけた黒い略装である。
「若輩者ゆえ、金武間切の発展ぶりを伺い、法官として殿下のご指導を是非に受けたく」
「ははっ、北谷、読谷山と皆様にも同じことを仰ってないですか?この後は名護、羽地、今帰仁と国頭まで視察予定であろう?」
ビロウ木陰に広げた簡易的な席に湧き水で冷やした茶を喫しながら人足達の荷移し作業を見守る。
「いえ、いえ、北谷は王妃殿下のご実家、ご機嫌伺いですよ。読谷山では明への進貢に必要な馬を増やす為に牧の適地や、飼育に関する意見を伺ってまいりました。殿下からは治世全般に砂糖黍を是非」
昨年夏に就任したばかりとはいえ琉球国の宰相の一人でもある浦添親方が年下の王子に低姿勢で頭を下げる。もっとも弱冠にも達しないわずか十九の親方である、いくら才能があろうとも低姿勢でないと極官にまで選出されることはないだろう。
「今日は先日奏上した琉球國図の測量について印部石や間切の図と比較しながらゆるりと進み、仲泊では砂糖黍の畑と精糖作業を、まぁ収穫の時期を過ぎておりますので参考までに」
「今宵は仲泊大屋子の屋敷にてご宿泊になります。明日は幼保育老院を視察後、鴉那御殿にて昼食、休憩後に安冨祖の焼き物と木炭の窯場。明後日は汐待ちながら船工房を見学、名護まで殿下の御座船でお送りいたします」
秘書のように付き従う樽金が今後の予定を読み上げる。
「うむ、ではお世話になります。金武王子殿下」
◆
「こちらが砂糖黍畑です。浦添でもかなり増えていると聞いておりますが、どうですか?」
冬に収穫しても根株を残してもう一年発芽させる株だしはすでに背丈ほど、竹のように節のあるサトウキビの茎を二節程に切断し、発芽させる春植えでも既に腰ほどの高さに成長していた。
「うむー、土が違うからでしょうか、生育がいいですな」
采地である浦添と金武の土壌の違いに気付いた浦添親方が農方の三良に尋ねる。
「それは逆かと、赤土は土が肥えておらず、固くて耕すのも一苦労、雨が降るとぬかるんで仕事になりません。肥料として腐葉土や牛馬の糞をすきこむ、植え付けの時期を適切に行っておるだけです、そうそう塩を抜いた海藻なども漉き込んだりしております。まだまだ試行錯誤中です」
久しぶりに正装を纏った三良が事前の打ち合わせ通りだが、やや緊張の面持ちで答えるがついいつもの口調が混ざる。
(まぁ、出所不明な金武肥(グアノ)については口外できんしなぁ)
「良い黍を選抜して翌年の苗にしております。聞得大君様の五穀豊穣のご加護もありまして年々良くなりつつあります」
◆
「ほう、ここが幼保老院ですか?」
新築の大屋子屋敷で遅くまで続いた酒宴で頭が痛い真三郎をよそに興味津々の浦添親方は確認してくる。
金武間切の富国政策で木材や竹材に余裕ができ領内の農家住宅は当然の雨漏り、ハブすら出入り自由、大風が吹けば柱を残して吹き飛ぶ、まさにあばらやから少しばかりは改善していた。
また、地区の庄屋たる大屋子の屋敷は改築、建て替えが進み、首里の士族の屋敷でもいまだ十分には普及していない米処でもある金武の稲わらに琉球藺草でつくられた大和からの輸入品ではない琉球畳の敷かれた広間のある屋敷も多くなってた。
仲泊の幼保老院はそんな旧大屋子屋敷を改装した施設であった。
「ハブ等で手足に不自由がある人や、年をとり野良仕事が困難になった老人が世話のかかる三歳から七歳までの童の面倒をここでまとめてみております。」
「あれは?」
「ああ、童達に鮫の肝油に黒砂糖で甘味を付けたものを飲ませておるのです、子供の健康に良いとかでここ数年はやり病にかかる子もへっております。まぁ甘いもの目当ての子が多いのですが」
一列に並んだ幼児達に雛鳥に餌をやる親鳥のように手にした小壺から匙で掬った液体を順に口に流しこんでいる。
口に入れた甘味を堪能し、ほっぺを指でぐりぐり捩じりこみながら「まーさんどー!」、「まさーさんど!」と叫んでは飛び跳ねる童。中には思わずつい飲み込んじゃったと泣き出す子も見受けられる。
「農民の子に貴重な黒砂糖を?」
薬に等しい黒砂糖をもったいないとついこぼす浦添親方
「いやぁ、あれは黒砂糖をくせのない茶糖に精製する際にでる黒蜜、いや廃糖蜜ですよ。発酵させ酒も造っているのですが。
まぁ、そもそも鮫の肝油というが幼児の生育・健康に良いと医学書にあったと冊封使様の随行医師団の者が指南してくれまして、ものは試しと。まぁそのままでは生臭くてとても飲めたものでなく、無理やりに飲ませますともう嫌がって泣き叫ぶものですから、あははは」
人体実験、いや幼児虐待を笑って語る真三郎に引きまくる浦添親方、チート知識の真三郎に虐待や人体実験の意識は微塵もない。
「二年程試しておりますが、これといった副作用もなく、はやり病や風邪で亡くなる子供かなり減っております。薬効の確認が済めば首里や、主上にも献上したいと思っております」
「み、明の医師がのう、鮫にそれほどの滋養があるのか。あぁ、あれか?」
庭に気を取られていたものの屋敷の内部に目を向ける。
「はい、五歳ぐらいから順に平仮名にカタカナ、簡単な足し算、引き算。後は名前に使われるような簡易な漢字を百程度ですか覚えてもらおうと」
もとは大屋子屋敷である板間にアダンの葉で編んだ座布団を敷いた座敷では赤土の粘土で作ったノートを使ってに小枝の筆で仮名を書いて、いや掘っている。
「もの覚えの良い子にはさらに商家や捌理達の手伝いが出来るようにもう二、三年ほど勉学を、こちら喜瀬武原の旧金武御殿に集めております。まぁ野良仕事を手伝わせぬ対価にこちらが雑穀を親に給する羽目になっております、まぁほとんどが大屋子達の子弟ですが」
「ふむぅ」
「「「ちょーこー!ちょーこー!ちょこちょこちょーこー!だいきんちょーこーこー!!」」」
「あ、あれは何を?不敬にも殿下の名前を唱えておるよーな」
「さ、さぁ?拉児雄体操なる勇ましい男に成るために筋や関節を伸ばす運動を教えといたはずですが……」
餌付け、いや、肝油の給餌が終了した庭で五歳までの幼児たちが怪しげな歌と動きのお遊戯を開始する。
(あ、あの歌詞にあの動き、、、どっかでみたよーな、うーん 思い出せんな)
真三郎の腋から毒ガスのような悪臭を放ついやーな汗が滴りおちる。
「はーぁい!みんなー整列ぅ!! みなさーん!今日は首里からえらーい人達に皆さんのでーじ大好きな王子様も見学に来てまーすよぉ!ただしぃーぃ、いつもと同じく元気に唱和しするさぁー!」
仲泊幼保老院の院長が座学を終えた年長組も庭に下して整列させ真三郎達に挨拶を促す。
「「「はぁーい!!」」」
「微笑ましいですな、殿下」
「「「大金武王子殿下!ご結婚おめでとうございます! 世継の王子が生まれますように!仏浪機製造良かったです!大金武王子殿下!万歳!万歳!万々歳!!若太陽王子!!万歳!万歳!万々歳!!」」」
庭にきれいに整列した幼児達が両手を高く上げながら万歳を三唱する。意味も分からぬ幼児幼女の無邪気な笑顔がある意味不気味である。
「はっ!こ、これは!」
「な、何をしている!誰がこんなことを!」
「「「大金武王子殿下!ご結婚おめでとうございます! 世継の王子が生まれますように!仏浪機製造良かったです!大金武王子殿下!万歳!万歳!万々歳!!若太陽王子!!万歳!万歳!万々歳!!」」」
「へいっ、殿下の偉大さを称えんと、わてがやりまんがな」
「だ、黙れぃ!直ぐに辞めさせろ!」
「ぐわしっ!」
「、、、」
案内役として真三郎達に随行していた仲泊大屋子が得意満面な笑顔と揉み手で真三郎たちの元にしゃしゃり出てきた幼保老院院長を思い切り蹴とばす。
それを見た幼児幼女達が固まり一拍の間をおいて次から次と泣き叫叫びだし、辺り一面収集がつかない惨劇の場と化す。
「朝公殿下。これは由々しき問題ですぞ、仮にも王族とはいえ臣下の身で自らの領民からその身に王にしか許される万歳を三唱させるとは、、、」
本来は明の皇帝にしか許されぬはずの万歳であるが、あくまで琉球国内では国王にしか許されていない。
「あわわわ」
浦添親方の秀麗が顔が酷薄に変わり、詰問に対応できぬ真三郎が手の置きどころもなく困惑しだす。
「お、お待ちください、浦添親方!陪臣の身で直言いたしますが、これは殿下には係りなき事、子細は我らで、」
状況の変化に慌てた樽金が院長を蹴飛ばしたあとに土下座していた仲泊大屋子に並んで額をこするように平伏する。
「ふっ、しかし、先日御殿で行われた殿下の婚礼において家宰たる恩納親雲上安李殿が首里天加那志の婚礼にしか用いられぬ「かぎやで風」を一指し舞ったと伝え聞いておる。かの舞は確かに殿下の祖父君にして恩納親雲上が父上、大新城安基様が尚元王様の即位のめでたさに舞った故事がその基となったとは言え不敬の極み、殿下には他にも不正蓄財の噂もありますれば」
「う、浦添親方?」
「随行団には平等所の執り方役人も控えております。この痴れ者と大屋子はこちらで一旦首里まで拘束します。殿下に置かれましても御主加那志の御下命あるまで御殿で待機を願います。 さっ!この両名をひっ捕らえろ!」
浦添親方が随行団のうち棒を装備していた護衛の一団に指図し、仲泊大屋子と幼保老院の院長をあっというまに拘束する。
「そ、そな殺生な!約そモゴゴ!」
「なっ!」
平和な琉球に忍び寄る大逆の噂、暗雲は始まったばかりである。
ポアされませんよーに!特定の宗教法人、学校法人とは一切関わりございません。




