第91話 初春
1576年 万暦四年 天正四年 11月上旬 鴉那御殿
「ほんとーに、申し訳ありませんでしたぁぁぁぁ」
鴉那御殿 正庁広間の隣にある十二畳程の控えの間、ここに集まった重臣達の前で華麗なジャンピング土下座を披露したのは誰であろう、城主であるはずの金武王子朝公こと真三郎。
「ま、まぁ、殿下。お顔を、小言は後でみっちり致しますが」
苦虫を噛み潰したような安李が先手を取られたことを認めながらもぐさりと釘を刺す。
「ひょ、ひょ、ひょ。まぁ言うな安李や、真三郎様も反省しておるようじゃて」
莞爾と笑うかんジィの笑い声が久々に御殿に響きわたる。
「はい、寝込んだのは兎も角、離れに引きこもり、皆に迷惑を、しかも、あのぅ、そのぅー」
折角敷き詰めた琉球畳を真っ赤になりながら穴が空くまでモジモジと指でほじくる真三郎。
「真三郎様、ここにいる皆は周知しております、大きな声ではっきりと、仰ってください!」
「うー、あの、そのぅ、馬さんを妊娠させちゃいました。責任は取るといったのれすがぁ」
魂呼ばいの儀により深い昏睡より目覚めた真三郎ではあったが、うふあがり島の海底より拾った魂石に傷があったのが原因なのか、目覚めた後何度も南蛮人の海賊をその手に掛けたことを思い出しては震えては嘔吐を繰り返し、ついに御殿内の離れになる自室に閉じ籠っていたのだ。
それを救ったのが真三郎のをなり神(霊的守護者)である馬である。
慈愛からか悪夢に魘され続ける真三郎が求めるままにその白き柔肌を差し出した馬。
優しく触れる馬が三ヵ月に及ぶ荒淫をついに癒しに換え、漸く正気に戻って健やかな?朝チュンを迎えた時に衝撃的な懐妊の事実を告げたのだった。
「して、馬様は今帰仁ノロのお役目に戻られたというわけですな」
ご心配なくとだけ告げて今帰仁城内にある御嶽に戻った馬である。
「ふら……」
「ふ、振られてないやぃ!お役目だから仕方なくと、グスッ」
ようやく笑顔が戻った三良の軽口を遮る。
「まぁ、まぁ、こうして表に出られるように立ち直らせて頂いたのも、正気に戻されたのも真三郎様のをなり神であられる馬様のお陰、ご意志は尊重すべきでしょう」
「今帰仁監守の朝敦様には馬様の長期不在に対する詫びと謝礼の品は贈っておりますが、今帰仁間切の民の目もあります。ノロ不在に対することと、真三郎の快癒を祝い領民に行き渡るようなお品も必要かと」
「そうだな、樽金。祭事に使用する米や酒、塩や布を俺の名で寄進しろ、それから金武の寺社や祈祷した村のノロ達にもな」
「はっ、早速」
「そうじゃたなぁ、儂らの母も今帰仁ノロのお役目を終生大切に果たされておったのぅ」
真三郎の祖父にあたる新城安基とかんジィの生母は先々代の今帰仁ノロ、特に安基は周知の事実であったが当時の琉球国王の御落胤であった。
「かんジィーィー、俺はちゃんと認知するよぅ」
祖父の苦労話を聞いたことのある真三郎が涙ぐみながら遠い目で思いにふけるかんジィの裾に縋る。
「まぁ、それは置いといてじゃな、それより、真三郎様が政務を取れるようになられましたらと、やらねばならぬ問題が山積みですぞ」
「そうですよ、あやうく首里の平等所(裁判所)に引きこもり爾尉人として通報して魚釣島にでも島流しにされる所でしたよ」
くっくっくと笑いながら三良が憎まれ口を叩く
「ううっ、それ、本気で笑えぬからな三良!」
琉球において引きニートは重罪も重罪、親告罪ではあるものの判例は島流し。先日の魚釣島(尖閣諸島)視察時には真三郎自身が大勢の引きニートを島流しにしたばかりである。
「そうです。まずは首里に快癒の報告。御主からの見舞の品も届いておりました。それから既に御聞きと思いますが王妃殿下の御子は王女でした。祝の品は我らで先例に習い済ませておりますが、早めにお城に上がらねば」
「わかった。首里に登城の使いを」
「ふむ、ではそれまで鈍りに鈍った身体も鍛え直さねば!健全な身体にこそ、健全な魂が宿るのです。二度と魂を落とさぬよう鍛練し直しましょう」
腕捲りをした真牛が真三郎の着物の裾をたぐる。
真三郎の一ヵ月の昏睡と三ヵ月の引きこもり生活で筋肉も衰え、病的なまでに色白になった太股がチラリと露になる。
「ちょ、ちょ。いや、室内でも運動?はしてたよーな」
「「「ははぁん?」」」
「いえ、鍛え直します、鍛え直しますから真牛師匠ぅ」
引きニートの荒淫を運動と例える真三郎は冷え冷えするジト目で責められ再度の土下座の羽目に
「して、馬様の御子はいかに?」
呆れた安李がかんジィに問い掛ける。
「御懐妊はめでたきことなれど今は、そうじゃな、庶子とするにしても今帰仁ノロの馬様ではのぅ。
先ずは真三郎様が誰ぞと祝言を上げてだな、生まれた御子を養子となさるしか、女子であれはいかようとも出来るが……」
かんジィも頭を捻る。
「今はただ御無事に生まれることを祈るしか」
「わ、わかった。他には」
「政務の滞りもそうですが、間切の大屋子達も集めて真三郎様から快癒の報告と宴でも開かねば、民にも動揺が見られますし」
「うむ」
「それに……御不快かもしれませぬが、南蛮人の事ですが」
「うっ、だ、大丈夫だ。どうした」
チラリと頭に過るも冷静に対応する真三郎。皆も慎重に真三郎の反応を伺う。
「押収した荷のうち、書き物についてはやはりポルトガルやエスパニアとも異なる國のようで通事による訳が進んでおりません。大和の言葉と琉球の言葉よりも文字の使い方に差があるようです」
(うーん、赤い十字の旗だからイングランドで英語のはずなんだけどなぁ。3、3、2と計8年はやったはずなんだけと俺もまーったくの役立たずやなぁ)
「漢字の様であれば意が通じやすいのですが、仮名のような南蛮文字でして」
解読にかかる樽金が写しの一部を広げる。
「ただ、大砲の複製は基礎となる明の仏浪機の写しを製造していた所でしたので、既に試作品もできております、玉薬についても分析中であります」
選銭により明の古銭より抽出した銅とシャムからの輸入品である錫の合金である青銅、いわゆる砲金の製造方法を既に完成させていた所であり、後は鋳型を変えるだけであった新式砲は簡単に鋳造出来たことを、重臣会議の為に不在である図南にかわり三良が真面目に答える。
「そうか、船は?南蛮船の造船は指示してたっけ?」
「告天三号が進水したばかりでしたので、四号船の製造は一旦中止して、船材の準備だけを進めております。それから、こちらを」
船方の安李が背後に置いていた模型に被せられていた布をめくり、場の中心に押し出す。
「引いた図面より作製した(がれおん)とか申す南蛮船の構造にジャンク船の良い点を加味した新造船の模型になります。竜骨(構造の要)となる良き松材の選定中でして、既に港ではサバニに南蛮帆をつけて操船の練習を、次に二号か三号船の艤装を南蛮帆に換えてみようかと」
「いや、竜骨となる材が見つかり次第、早速新造に取り掛かろう。大きさは多少小型になってもかまわん。作ってみてこそ欠陥や不具合がわかり造船技術も蓄積されるだろう。資材はともかく費用は有り余るだろし、ちと考えもあるし」
押収した銀貨の山を思い出して指で丸く円を示す。
「はい、かの南蛮船の積荷、南蛮銀子の七割程は一旦うふあがり島の洞窟奥深くに隠しておりますが、こちらに運んだ荷だけでも軽く見積もって15000貫(200億)程に、鋳潰してみたところ銀の品位もまず間違いないようです」
「ひぇー」
「あぎじゃびよー!」
「でーじなとぅん!」
15000貫、真三郎が手をつける前の金武間切のかっての経費を除いた実質の歳入が150貫程度、実に100年分に相当する額の臨時収入である、いや残りを加えると約300年天文学的金額である。
どうまんぎったかんジィと安李が聞いてはいたものの改めて確定した額に思わず目を白黒させる。
「さらに押収した大砲に玉薬、金細工、算定はできませんが進んだ南蛮の技術とその価値は果たしていかほどに……」
額から滝のように流れ出す汗をぬぐう樽金の手が余りの額に震えだす。
「「「………」」」
◆
1577年 万暦五年 天正五年 正月三日
首里城 正殿
朝拝御規式。晦日より続くさまざまな御嶽等で行われる神聖な儀式は聞得大君や三平等のアムシラレら神女がその主役であるが、明の宮中儀礼を参考に正殿で執り行われる百官を招集した儀礼朝拝御規式こそ琉球国王の権威を内外に示す重要な催事である。
昨年は冊封使節の護衛の任にあり不在、また今年の夏より長期の療養で出席が危ぶまれていた王弟 大金武王子朝公も久々に元気な姿を見せ、王族筆頭に岳父でもある北谷王子朝理といった王族衆が玉座の一段下に勢ぞろいし、尚王家一族の結束を見せつけていた。
ピーー!グゥゥウオーン!グァワアァン!
ピン!ビャェーン!
銅鑼や、鉦、笙、琵琶に三線で、御座楽の雅な調べを奏だす。
「国王陛下!王妃殿下のおなーりぃー!」
銅鑼の一際荘厳な音を合図に正殿背後の扉が観音開きに開き万暦の帝より冊封時に下賜された四本爪の龍が刺繍された真っ赤な唐衣の袍を身に纏い、珊瑚や瑪瑙等の玉を散りばめた王冠を被った若き琉球国王、尚永王、首里天加奈志が薄絹の扇を掲げる女官を従え厳かに現れる。
続く王妃は北谷王子朝理の長女、側妃に先立ち女子とはいえ既に一子を得たことでその美貌にますます磨きがかかり、内面より充実した幸福感が焚き染めた香以上に周囲の雰囲気を柔らかく変えていく。
身に纏う袍は国王同様、赤を基調とした羅の逸品であり刺繍されるのは鳳凰であった。
グァワアァン!グァワアァン!
「御主加奈志!|万歳!万歳!万々歳!」
「真和志大君(王妃)!千歳!千歳!千々歳!」
三司官筆頭の名護親方が音頭をとり、御庭に平伏した百官と同じく真三郎達王族も一斉に国王夫妻の長寿の祈願を叩頭礼のち一斉に唱和して新春の儀礼が幕を開ける。
国王、王妃が口をつけた御酒を女官たちが百官に振る舞い、王家の子孫繁栄を祝う大通りが始まる。
「余の治世も五年目、冊封を受けて三年目の年じゃ、昨年、新に聞得大君に就任された真和志按司加那志(国母梅岳の采地名)の加護を得て今年も五穀豊穣、海路安全なよき年となろう、天地諸神に乾杯!!」
御酒が行き渡るのを確認した尚永が玉座より一歩進み出、宣言とともに朱塗りの大杯を一気に飲み干す。
「「「乾杯!!」」」
「首里天加那志 万歳!万歳!万々歳!!」
「王妃殿下 千歳!千歳!千歳!!」
下され酒を今や遅しと捧げもっていた酒豪の諸官も一斉に唱和し、御庭での大宴会が始まる。
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「ふっ、朝公。壮健そうでなりよりじゃ、城内ではまことしやかに父の子女は皆病弱じゃ、やはり血統に問題があるのではとの声もあったのだぞ!はっはっはっ!」
御庭では歌舞音曲の出し物が始まり正殿中央、玉座から余興を眺める尚永が王妃が父親である北谷王子と話だすタイミングを見図っていたかのように一段下に着席する真三郎に声をかける。
実際は真三郎に向けられているようで、ねめつけるような声はその隣に座する勝連、読谷山の叔父王子達にも聞こえるような大声である。
父尚元王が四十四の若さで早世し、線の細い尚永が十四の若さで即位したものの庶兄の久米具志川王子朝通も十九で夭折。
丈夫なだけが取り柄と見られていた三男坊の真三郎が箝口令が敷かれていたとはいえ一ヵ月の昏睡に三ヶ月の引きニート生活、首里にまで漏れだした噂は尾ひれをつけていき、更に尚永王に男子に恵まれなかったことが決定的となった。
かつて尚元王がその病弱ゆえに弟と王位を争ったことを群臣に思い出させ、再度王権そのものを揺るがせかねない不穏なキナ臭さを醸し出していたのだ。
「面目次第もございません。病に倒れて冊封の周年祝賀、また王女殿下の出生祝いに参列できず誠に申し訳ございません。日頃の不摂生と鍛錬不足ゆえと近臣どもに日夜しごかれております」
玉座に向かいそっと叩頭する。
「ははっ、道理で初春の儀礼にも関わらず色黒なわけだ。春先よりも肉がついていないか?」
「それだけではありません、久米唐営で精力剤として評判の長命酒等も嗜んでおりまして、そのぅ、実は子が……」
後程内々に書院を訪ねて相談する予定がつい口を滑らせる。
「! ほぅ。それは、めでたい。めでたいが相手は?」
席を立ち近くに寄れと手にした勺で手招きしながら王妃に聞こえぬよう今度は声を潜める。
「はい、そのぅ相手の身分が低い為に、家宰でもある恩納親雲上(安李)の養女とし、側室にでもと、それに正室には今鴉那御殿で預かっている上間親方の子女をと……」
正室もいないのに側室を先に娶る訳にも行かず、仮にも王子という高貴な身分で有るゆえの方便。とはいえ恩戸と嘉樽が真三郎の頼みを二つ返事で受け入れたのはなにも人柱から救った恩だけではない。
真三郎の為にうふあがり島まで魂石を集めにいったり、嵐に巻き込まれた遭難時は旅クェーナを二晩も踊り続ける程の思慕の念と心の結び付きは生まれていたのだ。
また、真三郎からみても恩戸は事案に該当する歳であるが、将来は有望で可愛らしく、2つは上の嘉樽は鴉那御殿の神女としての役目だけでなく、その凛とした姿勢も美しく思っていた。今回は二人の思いも確認した上での話であった。
「はて?上間親方長胤は確か南苑(識名園)の長官だったな?年頃の娘がおったかな?」
親方は親雲上よりは身分は上だが、按司よりは格下、王家や三司官を輩出してきた名門等に繋がる一族という訳でもない。
また南苑の長官とは王府の政治に関わる重要な役職でもなく、どちらかというと名誉職に近い離宮の管理職。尚永に世嗣ぎとなる男子がいない今、何かあると第一位王位継承者となるべき王弟の正室にしてはちと軽すぎる。
身分差を越える?そんな美女がいたのか?と真三郎に目で問う。
「えーと、今、今年数えで確か七つに………」
ゴニョゴニョと口ごもる真三郎。
「あっ……(察っし)!まさか既に?いや、た、たしか古えの大和に光源氏とかいう先達…」
「ち、違います主上!違いますから!そんな光源氏計画なぞ!少なくても5年いや10年は手を出しません!!あくまで婚約の様なもので」
真三郎の剣幕に正殿の王族が二人のやり取りに注視しだす。
「はっはっはっ!まぁ、ぬしが犯罪者でなくてなりより、まぁめでたい、よいぞ!許可しよう。目出度い話しじゃ、どうじゃ?この場で皆に周知するか?」
「いえ、本日は目出度い新春の宴。話しを進めるのは主上の内諾を得てからと、準備もありますので、その件は改めまして」
国王兄弟仲の良い様子に初春の宴はより微笑ましい雰囲気のまま進んでいく。
「うむ、そうか。よいよい。今年も久米の港には大和から多くの船が参っておるし、進貢船も冬至には無事に福州に向けて出せた。大和の情勢ことに島津の増長がいささか気掛かりじゃがよい年になろうて、おおっ、次はいよいよ米須伊原親雲上の踊りじゃ!」
◆
首里屋敷
「首尾は?」
式典の末席に親雲上として参列していた安李が屋敷に戻るなり早速正装を解く真三郎に伺う。
「御主より、許可は得られた。御主に長命酒を献上するいい口実にもなったし、まぁ恩戸の年で色目で見られたのはいかんともしがたいが、そうそう、不在中に首里で色々ときな臭い動きがあったようだな」
「あぁ。まぁ、一因は朝公様ですが、昨年兄上(三司官であった池城安棟)が亡くなり、代わりに安頼が表十五人(琉球王府の評定衆 国権の最高機関)に参画したものの未経験はいかんとも、王府中枢の細かな動きは判りかねておりまが、煙は立っても表立った動きは起きないでしょう。
それより、首里天加那志いや、聞得大君様の肝煎りで、真銭金王女殿下と浦添の恩徳金様。元服なされて浦添王子朝寧様との婚約の話しが立ち上がっております。これは確かな筋からの情報でして」
屋敷内とはいえ、かなり声を潜めた様子の安李が真三郎に耳打ちする。三司官である父や兄の右腕として権謀術数の王府の荒波を渡って来ただけはある。政治には直接関与できない王子のかわりな情報収集は怠らない。
「ちょ、ちょ、ちょ!恩徳は確か俺より四つ下の十三、従兄との婚約とはいえまだ乳飲み子の王女と婚姻とは……ぷぷぷっ兄上も光源氏を例えに出して俺をからかいながら、ふっ、人が悪い」
新春の挨拶を交わしたばかりの従弟、恩徳金の顔を思いだしニヤニヤしながらどうからかおうか企む真三郎
「しー、お声が、しかし、先年の三司官選挙で浦添親方朝師殿が任に就いて以来、王府内の勢力図もがらりと代わり動きがより複雑になっております」
「うーん、これまで政治に関わってなかっただけだろ?朝賢殿は隠遁生活を余儀なくされているが王の義兄であり博識で評判だ。
臣籍に下り三司官になった弟の朝師殿も同じく薫陶を受けて優秀だ。恩徳金も可愛い甥っ子だぞ?俺を叔父さん扱いするのは、まぁ許せんが……何か問題でも?」
「いえ、そのことではありません。冊封使様と入れ違いに薩摩から再度来琉した広済寺の使僧雪岑が、先王の御代以上に傲慢で無礼な難題を申してきたとか。これまでの島津恭順派に対強硬派、大友派に博多の毛利派、堺の織田、紀伊の根来寺と利権がらみで主流派すらわからなく………」
「そう、それ。 冊封前にわざわざ仕立てた島津家当主就任祝いの綾船が戻ったそうだが」
真三郎の唯一の歴史知識チートがのちの島津による琉球侵攻、常に反島津の立場を取り険しい表情で関係のない安李を責めるような口調で問う。
「はい、首里円覚寺より正使使僧として壇渓様、副使として王府に出仕していた金武大屋子の角利が戻って来ましたが、島津では先代とくらべ貢が少ない、派遣が遅いと責めたてられ、薩摩での交易用にと預かった金子三十枚を無断で賂に収めようとして断られるなど御主加那志のいや、琉球の面子を汚す外交的不手際をしでかしたようでして………角利は無念の余り帰琉後すぐに病に倒れて帰らぬ人に」
(もめている島津との交渉に同じ禅宗の使僧を選ぶは兎も角、身分の低く権限も対してない大屋子(地方下級役人)、しかも王府に出仕中とはいえわざわざ金武間切の領分から副使を充てるとは、はて?)
不可解な人選に微かな引っかかりを覚える真三郎である。
「内政、地域間、外交問題でそれぞれに派閥が出来ておりまして、お若い主上は学友でありました浦添親方と岳父たる北谷王子への信任が急速に増しつつあるようです」
「朝公様は外交に関し前々より対島津強硬、畿内勢力の堺織田への接近を主張しておりましたので」
「うーん、相変わらず薩摩からの要望は島津の朱印状を受けぬ船の入港制限だろ?聞ける訳がない。評定時にでも呼ばれれば意見は言えるが、今は嫌がらせに卯屋として博多や堺の船を優先して交易するぐらいしか手はないかな?明日には久米唐営での商談だ。樽金らが待っているしな」
(下手な強硬策に出てかの鬼島津の矛先が琉球に向いたら……やっと大砲やガレオン船などの強兵策に着手どきたばかりだし、唐芋が薩摩に渡って島津の生産力、国力が向上するのを阻止しているのが水の泡泡に、、)
朝チュンの詳細はノクター……………ないですからぁ!




