第87話 桶川
那覇の沖合の浮島を埋め立てて作られた久米唐営、明からの交易船に南方諸国からのジャンク船等の大型船が停泊できる唐船グムイのある東、西町のある漫湖に面した西側は異国情緒に溢れた国際港湾。
琉球各地から小型の貢納船が王府への租税を集める泊の港はうちなーんちゅの港として栄えていた。
一方、久米唐営の東側は防風林として植えられたアダンや琉球松が疎らに生えただけの荒れ地………であったのは僅か二年間まで。
いまでは大和の若狭(今の福井県)から北国の海産物を運んできた小浜の豪商組屋と真三郎の卯屋の出資した船宿、馬楽屋に総合娯楽施設、鶩屋を中心とした新たな歓楽街と化していた。
中国由来の航海の神である媽祖を祀った天妃宮。熊野権現の流れを組み、海上に突き出た琉球石灰岩の巨大な大岩の上に鎮座する琉球八社の一の宮、波の上宮。
さらにその境内には本地垂迹説に則り熊野から補陀落渡海で金武の浜に流れ着いた日秀上人の建立した阿弥陀仏を本尊とする護国寺も併設されていた。
三つの異なる宗教の施設を町の中心に繋ぐ久米・那覇の聖と俗はまさに紙一重、参道の西側周辺一帯には香や白粉の匂いが甘く漂う廓が立ち並ぶまさにチャンプルーな南の歓楽街であった。
久米唐営 程羽友屋敷 亥の刻 (22時)
夜半、久米一の芸妓にして女主人、その実体は倭冦商人の一人でもある夜来香の営む翠微楼にて浙江から穀物に生糸、中薬、各種工芸品に銅銭を持ち込んだ倭寇商人との取引に密談。今では若狭町とまで称されるようになった久米の日本人街にある鵞屋において大和の商人達との取引。その後には首里屋敷にそっと戻る予定の真三郎が密かに駆け込んできた。
「で、殿下、そいつらは一体?」
夜半にも関わらず書見をしていた羽友が急な来訪と不審な連れ、いや抱えた荷物に目を見張る。
「ああ、悪いな羽友。こんな夜分に押しかけて。実は鵞屋から首里の屋敷への帰り道にちと襲われて、というか目の前にフラフラといき倒れ掛けてきてなっ」
お供が真牛一人にみえた真三郎をちょろい相手と見たのか金か食い物をよこせと取り囲んだ三人の強盗。ふらつく強盗は一瞬で真牛に制圧されたのだった。
「唐営の中ででございますか?昨今治安の悪化が言われておりますが、まさか久米で追剥騒ぎとは」
顎に手をあてて怪訝な表情で考え込む羽友
「でな、一応持ち物をちょっと改めたら金武の発行した割符を持っていたもんだから平等所(警察兼裁判所)に引き渡すわけにも行かず、夜中で悪いがとりあえず近場のここに」
一旦帰路についたこともあり、酔客もいる鵞屋ではどうしても人目についてしまう。
「まぁ、賢明なご判断で」
久米の唐営、営がその意を示すように周囲をぐるりと中国風に城壁でとり囲み松明を照らせようにした陣地、唯一長虹堤で陸と繋がった要塞都市でもある唐営は、年貢の滞納などから村から逃散した浮民や割符を持たない不審者がが万が一にも入りこむことも出来ないはずであった。
「割符にはなんと?」
「えーと徳之島のごーやー、なーべらー、もういーとあります」
擦れかかった墨書を蝋燭の灯りに照らして確認する真牛
「徳之島?なんで金武の割符を? あー!」
ポン!
「確か、大島巡察の帰りに鵞屋の出し物の一つ闘牛大会に出場にする徳之島の名牛を三人の勢子ごと恩納の港まで……」
「そういえば、運びましたなぁ」
真三郎の言に思いだしたように真牛がうなずく。
「まぁ兎に角、俺を襲った訳でも聞くか、取りあえず水でもぶっかけて」
バシャ!!
「ん、、んーんー」 グググギュウルルル!
「ん? もがもが」 グーグーグルル!
「んー!んっころっ!」 グルギュルルルルル!
「おっ気が付いたか?まぁまぁ喚くな、喚くな。取りあえず話を聞いてやるし、それに ほれ!わざわざ取りに行かせたんだぞぉ」
蓑虫のようにぐるぐるに縛られ土間に転がされた三人の鼻腔を伽哩と鰻の垂れが強烈にくすぐり、盛大に腹の虫を鳴かせる。
「ふんふんふん、なるほど、徳之島の首里大屋子(代官)の命で、島一番の闘牛を連れて鵞屋主催の闘牛大会に。で、優勝したものの預かった路銀に賞金までを含めた有金全てを呑む打つ買うの三拍子でパァーッっと擦って、預かった闘牛まで借金の形に取られたのかぁ」
「ぷぷぷっ、、」
「笑うな、かわいそうだろ三良。こいつらだってぷぷぷっ。いてててぃ」
「はぁー、金武間切の割符で入った久米唐営の中で罪を犯すことが殿下にどれほどのご迷惑を」
こめかみをぐりぐり揉みながら顛末を聞いていた羽友があきれ果てた溜息をつく。
「えーと、ごーやー《苦瓜》、なーべらー《糸瓜》、もういー《赤瓜》と、まぁ揃いもそろって島野菜の名前か、まぁ似合ってるが。まるで何処かの戦闘民族みたいな名だな」
ぶつぶつのニキビ面、ほっそりした長身、潮に焼けた赤髪の三人は急に食べると腹を壊すと羽友に言われ、水でたっぷり薄めた粥に鰻のタレを少量かけただけの飯を丼いっぱい掻っ込んでいる。
(うーん、尻尾はないようだな?まぁ脱がして確かめる趣味はないけどな)
「戦闘民族。確かに、徳之島の連中は尚清王の御代の大島征伐時には、鉄の刀槍などの武器もないのに礫を投石、なかには猛毒のハブを番所(役場)や首里親軍に投げつけて抵抗したとかしないとか」
羽友が血の気が多いと評判な島の逸話を披露する。
後世、島津の琉球侵攻において関ヶ原で家康の肝を冷やした猛勇で知られた鬼島津の大軍に竹槍や投石などで唯一歯向かった怖いもの知らずの戦闘民族である。
「うわぁ、流石にハブは酷いなぉ」
猛毒の蛇が飛んで来たらと想像した三良がブルッと震えてジト目で飯をほうばる三人を眺める。
「んー、んーん!んーん!」
「汚い!飯粒を口から飛ばすな! で、追剥未遂は兎も角、大屋子に納める優勝賞金に、借金の形になった闘牛はどうすっかぁ」
「そうですね、それとなく鵞屋に確認してみましょう。風紀の乱れの元凶と目されるのはまずいかもしれませんし」
◆
首里 三司官 羽地親方 池城安棟(叔父)屋敷
「お、叔父上!あの、そのぅ」
「おお、朝公様。まちかんちぃしてましたぞ。なに、ちょっと腹に病を得ましてな、なに労咳等とは違って移る病でないのが幸いにてててぇ」
床の間に三線の飾られた畳の一番座に通された真三郎を迎えた安棟は顔色も浅黒く、頬もすっかり扱け、乾いた唇から痛みを堪える声がもれる。
「あの、お顔の色も、そのぅ」
「うむ、今度の評定を最後に三司官の職を辞する。辞すれば羽地でゆっくり療養したいのだが……」
チラリと控える真三郎の一つ下の従弟、安頼に合図を送る。
「なるほど、後任人事ですね」
「次の三司官は表十五人衆の誰か、親雲上に昇進したばかりで親方にすらなっていない安頼では出馬も出来ぬ」
父、真三郎にとっては祖父であり、先王 尚元王の側近であった大新城安基から続く羽地派閥、そこから出馬出来る駒がないのではいかんともしがたい。
三司官の選挙は一人一票、親雲上以上の士族に投票権、親方以上に被選挙権があるが、王族は三司官の上に臨時で任命される摂政に推戴されることはあっても三司官の被選挙権はない。
摂政についてもその任があったのは第二尚氏王朝の開祖である尚巴志王の御代、浮島であった久米に長虹堤をつくった名宰相 懐機まで、以降百五十年は空席のままである。
「鄭憲殿、久米衆の意向は?」
今回真三郎が叔父の容体を知らぬまま同行をお願いした久米村の長史、進貢の正使も務めた経験もある鄭憲に話を振る。
士族ではないが久米唐営で一家をなす三十六姓の子孫は大富豪であると共に琉球の基盤である冊封交易に欠かせない人材であると同時に、被選挙権はないものの約二百票のうち四分の一を占める投票権を持つことで琉球の政事に大きく関与してきた。
「まだ、いかんとも、真に辞するおつもりで?」
「ふっ、復帰は無理であろう。
それより最後の一仕事だ。朝公様からのご依頼とは?わざわざ久米の長史殿までお呼びとは」
「そうだな、時間もないことだから単刀直入にいうというより、まずは、これを!」
真三郎の合図に半畳程の大きさの台を真牛と樽金がそーっと運び込む
「こ、これは?久米の!」
「おおっ、これは見事、鳥にでもなったようじゃ」
「すごい、天使館に天妃宮、親見世に波の上宮、これは我が鄭家門中の屋敷に王氏、趙氏 ふむー」
「いや、そうではなくて、ああ、もちろんこのような模型を作るために役立つ測量もありますが、ここに、こう、」
高台になっている対岸の方から久米に向けて白く塗られた橋がそっと乗せられる。
「ふむ、天久宮の会所から長虹堤の上に屋根でも造のか?」
「これは坂中樋川から久米唐営に導く水の道、水道になります」
「水道?」
「久米は300戸を越え、明や大和の商人も含めると三千もの民が常に生活しております。元は浮き島でしたので井戸の水は塩辛く飲み水には適しておりません、ですな?」
久米の長史である鄭憲に同意を求める真三郎
「うむ、糞尿は外に搬出しているが、井戸の水は辛くて洗い物にしか使えぬな」
「確かに、飲み水はわざわざ小禄の落平から船で運んでおったから冊封使の接待時も大変であったわ、特にあの副使様は日に三度は水浴びがしたいといててて」
その我儘で苦労させられた安棟が痛む脇腹をさすりながら呻く。
「「あーあれ(謝杰様)ね」」
「銘水ではありますが、流石に港口である小禄側からは繋げれません。天久側からなら高さ4,5間の琉球石灰岩の橋を伸ばすことが、海中を渡る長虹堤付近は海側でなく陸側に設置すれば波浪の影響を考える必要もありません。
久米の商家のみならず廓や、船宿も水利が整えばますます繁栄しましょう。さらに普請の為に那覇周辺に集まってきている浮民達に仕事を与えることができます」
うへへっと手を揉みながら説明する真三郎に王子の風格は見えないゲスい商人である。
「ふっ、それが目的か、全く人が好いのぉ。しかしこれほどの普請、かかる費用はどうする?」
「それはもちろん、既に久米の廓、商家衆から普請費用となる目安の七割程を、富裕な三十六姓の皆さまからも出資を募れば王府の負担はないでしょう。これは鄭憲殿に根回しをお願いしたく」
真三郎がパサーっと広げた巻物にはすでに著名な商家の名に寄付額が記載されている。もちろん卯屋、鵞屋、馬楽屋、猿波屋といった真三郎の系列店も番頭の名で大枚を寄付している。
「桶川の管理に、そう、維持管理は町衆に水売り達を使うよう指示すれば反対派も問題ないのでは」
普請に反対しそうな利権を持つ水売り商人の対策を掲げる安頼、父からの薫陶も受け頭も切れる秀才は将来の三司官、流石に頼りになりそうである。
「久米衆の取りまとめは某にお任せください。久米唐営は我らが誇り。懐機様の長虹堤以来の大普請。皆も力がはいりましょう」
「水があれば久米唐営はますます賑わいましょうし、いざとなれば王府で水源を抑えることも」
「で、殿下!」
明からの移民の裔である三十六姓を隔離するように久米に配置しているのは王府が管理しやすいようにであり、高台の首里からは城壁で囲んであってもその内部は丸見えであるのだ。
「いや、なに冗談だ、叔父上、鄭憲殿。」
「それに、まだ、図案もまだだがいずれは唐口と大和口の間に一文字となるような沖の防波堤を是非、港内の静穏度も増すかと」
模型の外に腰に差していた扇を沖防波堤の様に置く真三郎。
「うむ、いや、それはちょっと待て、待て。分かった取りあえず、樋川橋についての評定は任せておけ、最後のご奉公だ。鄭憲殿もよろしいかな?」
首里城北殿で開かれた評定により久米に湧水を運ぶ桶川橋の建設が決定し、久米長史の鄭憲が普請の総責任者となり、尚永王の臨席を仰いだ盛大な地鎮祭の様子が金武間切の鴉那御殿に聞こえた頃。
真南風と共に飛び込んできたのが叔父 池城安棟の若すぎる死と長らく病床にあった琉球国の霊的守護者、首里天加那志と並び立つ存在であった聞得大君加那志 梅南の死を告げる二つの凶報であった。
先週投稿したつもりが削除したようで、呑みながらの作業は厳禁っす。
兄と叔父の二人の後ろ盾を失い、国母がいよいよ聞得大君に就任しちゃいます。
真三郎はいかに?




