第6話 真三郎の秘策
真三郎達の領内視察が終わって二日、金武御殿の一室、二番座において、傅役の池城安李叔父、かんジィこと家宰の池城安桓、近臣の樽金、三良、真牛の三人、書記役として、文子(下級役人)から二人を側に控えさせて、第一回金武間切振興策検討会議が開催された。
「今日は安李叔父上にも羽地間切よりわざわざご足労いただき忝ない。
まずは、金武間切の現状の再確認だか、樽いや隆成報告を!」
「はっ!金武間切の表石高は1950石、王府への納付分が約6割の1150石に徴収経費として100石、各地頭の取り分が約一割の200石です。
さらに、昨年までは王府から来た徴収官が50石程上前をはねておりましたので、民の手取りは残りの400石程でしょう。
朝公様が按司地頭となられましたので、首里への納付分から200石、直轄分と併せて300石が朝公様の歳入となります。」
隆成こと樽金が帳面を見ながらざっと説明する。
(えーと税率……な、な、な75%!薩摩の八公二民には負けるが、三公一民……)
「あ、可良(三良)、間切の戸数や人口は?2000石のうち手元に残るのが500石もないのでは民は餓えてしまわないか?」
漢那村の大屋子(地頭、庄屋)の息子で金武間切の現地情報には詳しい三良にあ慌てた様に尋ねる。
「はい、えーと地割台帳(琉球における田畑の割り当て制度)によりますと間切全体の戸数が1700戸、成人で約5500名の民がおります。
朝公様が金武王子と成られ、赴任も近いとの触れもありましたことから、昨年度の徴収官による横領分はかなり減っております。以前は大風(台風)が吹いても200石以上はくすねておりましたから。
実際の所、百姓らが食べるは雑穀ばかりで、米がよく採れる三つの村は残された米を雑穀に代えてなんとかやっていけますが、米作に適さない他の村は常に餓えております」
「うむー」
間切各地の巡察で実際に目にした悲惨な老婆の姿と、下っ腹が栄養失調によりはち切れんばかりに膨らんだ童の顔がアフリカの子供の深刻な飢餓状態の姿と見事なまでに重なる。
「かんじぃ!うちの蔵に、今実際どれくらいの米、五穀がある?」
「春の収穫はもうまもなくじゃが、王府への納付分の内、真三郎様の采地分としての取り分200石が赴任までの二年分の計400石。
一部の村からは貢として佇麻布を納めており、これが50反程、御主よりの下され金が銅銭で1500貫文、これが真三郎様の今の蔵の中身になりまする。全て米に換算してですが」
流石はかんジィ、飄々と仕事なんかしてないように見えてちゃんと蔵の中身も把握している。流石は三司官として国元を長年留守にしていた兄、大新城安基に替わり、羽地間切を宰領してきただけはある。
「朝公様!金武の御殿の造作は、我ら門中が手伝普請と致しましたが、首里の方にも新たに屋敷を構える必要がございます。
今はとても百姓に何かを施す必要も余裕もありません」
安李叔父が単なる食料配布に反対の言を唱える。
「叔父上殿!某も米を配って一時の餓えをどうこうするつもりはありません。
常に必要ではない首里屋敷は……暫く首里に行く際は、安棟叔父か祖父安基の屋敷でも使わせてもらうとして、少しでも百姓の暮らしを変える改革をしたいのだ!」
(確か、餓えた人には魚ではなく、釣りの仕方を。喉が乾いた人には水ではなく、井戸の堀り方だったかな?ただ、このまま放っておいては死んじゃうよなぁ)
「正臣(真牛!)!例の物を!」
真三郎は、真牛に庭にあるクバの葉で隠してあった物を雨端の近くまで持ってくるように指示した。
「「朝公様、あれはいったい?」」
土の塊にしかみえない物体に安李叔父とかんジィが不審がる。
「さぁ!かめオバァ!あれを」
金武御殿の庫裏(台所)を取り仕切るかんジィの愛妻、かめオバァが鍋、真牛が薪をもって現れた。
「これは竈といって大和や明では使われているものです。士族の男が庫裏には入ることは中々ないのでお二人は良く知らないかもしれませんが」
「ふむぅ、大和や大明のぉ 首里や、久米ならその手のものも使われてるかもしれませんが、おじぃは初めてみるわい」
かんジィが髭を捻捻感心する。
「安李様、金武や羽地等の百姓は大きめの石を3つ程並べて竈としており、土でこの様な形にすることはありません。実際、金武御殿の台所も同じでありました」
三良が田舎の台所事情を捕捉する間に、かめオバァと真牛が竈に火を入れ鍋で湯を沸かし始めた。
「見てください。あのように熱を逃がしにくい構造になっておりますので、湯を沸かしたり、雑穀を煮るのも簡単で早いのです。これによって煮炊きする薪や柴を集める労力かかなり軽減します。隆成!」
「はっ、これは試作品ですが、石を置いただけの竈より、薪の量は約半分になりますし、火口が一つなことから、童がまちがって火傷をするようなこともかなり減ると思われます」
「ほほぅ、半分とな!山仕事が減るのぉ、これは良い!薪が足りなくなって夏場に山に分け入りハブに咬まれる者は後をたたんからのぉ」
かんジィは膝を叩いて感心する。
山は基本的に国の管理する国有地であり、月に何日か決めてきまった分量の薪の採取を赦すだけの入会地である。
常は冬場のハブが冬眠する時期に薪を取りに山に、残りは浜に漂着する流木を集めるのが慣習であった。
「安李様、百姓の日々使う薪が減れば、首里や山に乏しい南部地域に運んで売る薪や炭の量が増えますし、更に余裕があれば塩を炊くのにも使えます」
真牛が小さな壺を安李の前へと差し出す。
「叔父上、これは久米唐営で買った薩摩の塩です。我が琉球は塩を生み出す海に周囲を囲まれているにも係わらず、薪不足からはるか大和から参る商人が運ぶ塩を買っているそうではありませんか?
叔父上の、安棟叔父上の領内羽地の屋我地や内海に周辺には幾つか塩田があるとか、薪に余裕があれば数を増やすことも可能かと」
「安李様!田畑の少ない貧しい百姓は、海から海水を汲んで塩の替わりとしております。大量に産しても大和より運ぶことを考えれば値崩れの恐れはなく損はありません」
樽金が費用対効果と市場価格に与える影響をのべる。
「ふむー、真三郎さ、いえ、朝公様、三人いや四人集まれば文殊以上のお知恵。見事にございまする。早速、羽地間切でもこの竈とやらを広めてよいでしょうか?」
かんジィと違ってこわい髭を捻っていた叔父上が、姿勢を正し平伏して尋ねる。
「もちろん。但し、塩作りで儲かったら利の二割でいいからこっちにも流してね?」
叔父上相手に可愛くおねだりしてみる。
「いえ、いえ、朝公様、塩を炊くのは屋我地の民、一割では?」
「ふっふっ、竈のアイデアはこっち、著作権料は高いよ!一割五分は譲れないよ叔父上」
「あいで?ちゃさく? まぁ、とらぬ狸のなんとやらと大和では申すそうですが、まぁ参りました、一割五分で、早速、羽地でも広めさせて頂きます」
王子と士族と言っても琉球国自体が大和や明、東南アジアの国々との中継貿易でなりたっている大商人の元締め様なものである。
父と同じく三司官として首里勤めで留守がちな兄を補佐して羽地間切の実務を取り仕切る安李も商才はあるのであった。
そしてお主も悪よのぉと空耳が聞こえそうな黒い笑顔の二人は確かに血の繋がりを感じさせるのであった。
かめおばぁが竈で沸かした白湯を飲んで一息いれたところで会議が再開される。
「さてと、叔父上からある程度資金を融通してもらうのは決定として、まず、俺の次の策だが、火薬というのを知っているか?」
真三郎がこの流れに乗ろうと秘策として温めていた話しを振った。
「火矢に使う物ですね、琉球では音を鳴らす楽器として雨乞いなどに使われておりますが、明や南蛮では鉛の玉を飛ばす武器として使うこともあるとか、進貢品の硫黄はその火薬の材料の一つでありますよ」
交易のことならと樽金が解説する。
「そうだ、その他の材料は炭と硝石と呼ばれる特殊な材料だが、実は硝石は琉球でも作ることができる……筈」
定番の火薬チートを実行しようと真三郎が鼻息荒く意気込む。
「はい、古土法ですね。確かに古い屋敷の床下の土から少量の硝石が精製されるようですが、琉球では床下のある屋敷は少なく、南蛮のように簡単には行かないようです」
「へっ? 作り方知ってるの? 」
「朝公様も明の書物等から知り得たのでしょう。高床式のアユタヤや、マラッカではよく作られるようです。理由は解りませぬが、琉球は大風が吹くときに大量の雨が降り、火性の気が流されるので採れないとか。
中華は黄、琉球は赤、南蛮等は黒と土性の気が違うから採れないのではと久米の風水師の見立てでは色々言われております。
確か、戦の続く大和では大変高く売れるので、南蛮から来た船は常に大量に仕入れているとか」
「そ、そうなの、琉球では出来ねーのかよ?」
(ええっー!火薬でチート無双できねーのかよ!)
がっくりと肩を落としてうなだれる。
「ここはやはり、尚巴志様の故事からも収穫を上げるには鉄の農具の普及が歳入をあげる一番の道だとおもわれます」
第一尚氏の開祖尚巴志、悪逆無道な按司を討ち、その交易で蓄えた金銀財宝を全て売り払い大和からの鉄の鍬、鎌、鍋に代えることで民を慈しみ、その名声がやがて三山を統一させた英雄である。
「だが、鉄は高いぞ、樽金、米50石でどれくらい購える?」
「はい、明の鍬なら20、大和製なら25個程が限度かと」
(一石って米俵3つ、米俵が成人……60キロぐらいか、えーと180キロ いや、米360キロで鍬一って何?
コシヒカリ五キロでだいたい2000円ぐらいだったかな?すると、じゅ、じゅうよんまん!初任給の手取ぐらいじゃん!鍬、いや鉄高いよ!)
パチパチと暗算で出した金額にびっくりする。
「わ、わかった。領内の各戸に直ぐに配るのは難しいな、とりあえず、10個程手配しておいてくれ」
「はっ!」
「次!三、可良!次の試作品をここに!」
会心の作戦のはずの知識チートが上手く機能しない真三郎。
「叔父上、かんジィ。次のもが自信作だ!まず、庭にあるのが、竹の櫛の様な歯で稲穂から籾を簡単に脱穀する道具、その名を
タッタカタァー 『千歯こきぃぃ!』」
青い狸の秘密道具っぽく紹介してみる。
「「「……………」」」
「あーごほん!ゴホン!さ、三良!デモンじゃなくて実演披露!」
三良が二束ほどを脱穀してみせ、藁に籾が残っていないのを実際に触って確認させる。
「どうです?苗用の籾はこれ迄どおり、こき箸で丁寧に分別しますが、通常の脱穀はこれでかなり労力を減らせます、実のちいさな粟や稗については改良していく予定です。
これは、三良と真牛の素人作ですが、手先の器用なちゃんとした大工や、鉄制、いや青銅の部品を使えばどうです?」
上目遣いで二人の反応を伺う真三郎
「わかった、わかった、兄上や、父上にもお願いする。可愛い孫の頼みでもあるし、大概は叶えてくれよう」
「「「「ありがとうございまする!」」」」
樽金達が平伏し、
「では、ちょっと軍資金に、大工、鍛冶、それに細工物が得意な者、あとは、倭寇の商人特にルソンかアユタヤ等の南方の国々に伝がある者を是非ご紹介いただきたいと!」
「わかった、わかった、某の権限で大工は直ぐに手配しよう。細工物が得意な者は那覇か泊で、鍛冶は歩き鍛冶じゃから長居は難しいぞ、誰か領内の者を弟子にせい!」
砂鉄もない琉球に鉄製品をつくる鍛治はいない。木炭にちょっとした工具を携え、村々を渡り歩きながら鍋や鎌の修理を担う者がいるだけである。
「わしから出来るのは前渡し金として用意した800貫文ぐらいじゃ、これ以上の金と商人への伝は父上達しだいじゃ、よいな?」
「まことにありがとうございます!」
かなり毛深そうな尻の毛を一本残らず毟しりとられた呈で、感心しながらも長々と溜息をもらした安李は羽地村へと帰っていった。