第83話 祖納
川平の港を出港して半日、冬場の西表島の北方は強い北風が北へと流れる黒潮を逆巻かせて常に大荒れ。
告天二号は風と波に揉まれながら進み西表西部を統括する番所のある祖納の港に沖泊していた。
「うえっぷ」
下船用のサバニに乗り込んだ真三郎がきらきらと虹色に煌めく何かを底が見える程透明なちゅら海に盛大に吐き出す。
「大丈夫ですか真三郎様?た、樽金も顔が青いぞ?」
櫂を漕ぐ手を停めて真三郎の背中をごしごし擦り介抱する真牛
海中では思わぬご馳走に小魚が群れをなす。
「うっっ、川平親雲上に揺れないか聞いたんだけどなぁ、いてててっ、真牛、もう大丈夫だ、うぷっ」
思わず口許を拭った袖の匂いに再度もよおしかける真三郎
「あ、あの御仁は何を聞いてもいいんですとしか言わないじゃないですか?うえっぷ」
真三郎の風下で青い顔で耐えていた樽金もついつい貰ってしまう。
「…………と、とりあえず早く上陸しましょうか」
慶良間の水夫衆のやさしさで海水で口を濯ぐ二人にはこれ以上は触れず、滑るような早さで浜に着くのであった。
◆
「大金武王子朝公殿下、お初にお目にかかります。某は島の西、祖納番所の先々代の首里大屋子(代官)を拝命しておりました慶来慶田城用陀にございます。」
浜に上陸した真三郎一行を跪拝して迎える石垣島よりも貧しげな身なりの領民達の先頭には杖を携え、見事に禿げ上がった小柄な老人
「じぇ、じぇ、じぇ!用陀と申したか?」
「はい、『けらいけだぐすく、ようだ』にございます。父用緒より西表の首里大屋子を引き継いで60年、今は孫が首里大屋子を継いでおります。只、生憎と貢納の為に首里に出向いておりますして、某が代理を致します」
(いやいやいやいや、色も緑じゃないし、耳も……白髪が耳から出てるが、普通サイズだよな?)
「い、いや、なかなかに理力、いや、霊威の高そうな貫禄のある風貌だと、失礼だかおいくつに?」
まぢまぢと顔を見詰めた無礼を誤魔化そうとする真三郎
「ははは。生来才槌頭の異相でしてな、今年で九十七。カジマヤーの歳ですぢゃ」
染みの目立つ後頭部を軽くなでながら微笑む用陀
数えの97才はカジマヤー、今は集落をあげ、小学校の鼓笛隊が先導して風車や蘇鉄の葉に花等を飾った車(オープンカー等)にジジババをのせてパレードを行うのだが、元は生前葬儀の行事であった。
「それはめでたい。少し早いだろうが折角の機会、俺からの祝いの品を少しだが出させてくれ。樽金!」
「はっ!」
復活した樽金が早速水夫達に離島では手に入りにくい泡盛を二甕程追加で下ろすように指図する。
「まぁ、それで早速だか、カジマスターぢゃなかった、用陀殿、今宵は屋敷に世話になるのと、明日からの巡回についてだな」
「お任せ下さい。川平親雲上よりサバニの連絡がありまして村の若衆を二人、案内人として用意しております。ただ、渡難と呼ばれる与那国島と果ての珊瑚礁と呼ばれる波照間島への渡航は今の時期は不可能にございます」
杖が勝手に………ということはなく、自ら白砂の浜に八重山の島々と潮の道の位置関係を書き始める用陀
「ああ、ここに渡るまでの航路で既に体感している。首里天加那志よりの下命は倭冦の残党が潜んでいないかの確認だ。両島にはジャンク船が停泊出来るような湾はないと聞いたが?」
浜に降りても身体が、いや地面が揺れてる気がする真三郎、渡りに船と巡察の省略をしかける。
「はい、さようにございます。しかし残念ですなぁ渡難の地には名医、果てのうるまには評判の目利きがおると噂でしたが」
「そんな孤島に名医や、目利きがいるわけないだろ?先日の冊封時に随行の中医より明の最新医学を学んでいるぞ」
「そうですか、いや、残念。まぁ島での噂に尾ひれがついたのでしょう。
さて、今宵は満月。屋敷にて旅の汗を流しましたら場を少し移しまして、殿下の噂は西表でもいろいろと聞き及んでおりますが、せめてもの歓迎の酒席を用意しております」
◆
祖納の番所より西、浦内川の河口近くには綺麗な三日月型をした浜があり、八重山なりの冬の寒さに震えながら案内された真三郎一行はアダンの林を抜けた瞬間、思わぬ光景に息を呑む。
「「「こ、これは!!」」」
月明かりに波が煌めくだけでなく、浜全体がキラキラと煌めいている。
キュ!キュ!
「うわっ!何か踏んだ?」
足元から聴こえたヤールーの様な鳴き声に驚く真三郎
「ははっ、王子殿下、これは鳴き砂と申してこの浜だけ琉球中の浜と砂が異なり、砂を踏むと鳴くのでございます。」
キュ!キュ!
「鳴き砂?」
(確か聞いたことがあるな、ふむぅ、確かに鴉那ビーチの珊瑚の砂や先日の川平の細かすぎる砂とも違うな)
「これは!」
両手ですくって砂の感触になにやら確かめる真三郎
「春を過ぎれば何十、何百もの海亀がこの浜に産卵に参ります。鼈甲は村の貢納の一つにございます。」
浜に敷かれたアダンの蓙に腰かけると粗末な品と詫びながらも次々と酒肴が運ばれる。
「さて、本来は節(九月頃)の祭りの踊りにございますが、折角ですので鄙にも稀な雅な舞に狂言等をご覧ください」
チャンチャカチャーン、チャカチャカチャン!
チャンチャンチャン!
フー!フー!
波と鳴き砂が不気味で荘厳な宇宙的な音色に共鳴し、笠を被った上で、顔から足元まで全身をすっぽりと闇に溶け込むような黒い布で覆ったことが良くわかる格好の不振人物が、まるで暗黒面にでも墜ちたように重く息苦しい呼吸音を立てて背後のアダン林を掻き分けるように近づいてくる。
「ま、まさかの暗黒卿?ま、真牛!!」
月明かりに浮かぶ異様な黒衣の姿と上下とも真っ白な衣装で護衛の兵士様にぴたりと続く踊り手を見て可笑しなことを叫びだす真三郎
「はっ!」
真三郎の指図の前に既に鉄甲を嵌めていた真牛が真三郎の前に飛び出し左手に身を庇い護る体勢を一瞬でとる。
ついで樽金や、上陸していた護衛の水夫も慌てて腰の刀や槍へとその手をかける。
「あ、あいや暫く!殿下のご不審、ごもっともなれど、あれは、あの黒装束は『フダチミ』と申しましてオヤケアカハチの乱の際に、従軍ノロでありました亡き姉の衣装を模した神女にございます。他意は全くございませぬ!」
歳の割りに素早い動きで謀叛や、倭冦の残党等と結び付いてはいない事、驚かせたことを平身低頭で詫びる用陀
「そ、そうか。見覚えの、いや見慣れぬ衣装姿故、つい」
真牛らから警戒の色は消えぬようだったが、真三郎の合図で気を取り直した様に歓迎の舞が始まる。暗黒卿、いや黒装束のフダチミはただの先導役なのか、踊りには参加しないようである。
ピーヒャラヮー!ピーヒャラヮー!
頭に鷺の姿を模した冠、手には御幣らしき物を両手に携えた白装束の娘が二人、明らかに琉球の調べとは異なる笛で華麗に舞う。
「これはまた!」
よくよく見ると衣装は黄ばみ、西表の困窮を示すかのように継ぎ接ぎだらけではあるものの、青白い月の光の下ではかえって神秘的にすら映る。
真三郎の口からも思わず感嘆の声が洩れる。
「実はわが祖は、沖に見えます外離島、今は見張りの番屋のみで、一人仙人のような裸族が住んでるだけですが、そちらに住んでおりました。姓の慶来は平家の家来で落武者との言い伝えがございましてな。この舞いや狂言等は京の都で雅な生活をしていた祖先が伝えたものと」
(確かに西表の秘境にいきなり厳島神社とかの雅楽っぼいし、なんか不思議な感じだしなぁ、まぁ家も源氏の末裔なんて名乗って、いや、あれは第一尚氏?鎌倉幕府がイイクニだから今から四百年は前か?)
「ほぅ、それはそれは貴重な舞を!眼福であった!」
「いえ、殿下の手によりまして唐芋や、サトウキビ、ウコン等の栽培や千歯こき等の農具を広め、さらにヒハツにハブ(反鼻)等を買い上げて貢納として頂いたことに対するせめてもの感謝の気持ちにございます。」
「どきっ!」
(ちょっと俺の名前が前面に出過ぎなよーな、ある程度生活水準が改善したら自重するか)
月明かりに煌めく浜での不思議な夜はそっと更けていくのだった。
◆
「真三郎様、昨夜の浜の砂を積みこんだのは何か訳でも?」
祖納を出港し、外離、内離と呼ばれる島を旋回しながら進む告天二号の舳で樽金が尋ねてくる。
「いやな樽金、大島で瑠璃の材料に成りそうな砂を、硫黄島産だが少し手に入れて図南に試作してもらってるだろ?」
本来は予備の飲み水をいれるはずの足元の壺から一掴みとりだす真三郎
「ふりっ、真牛も見てみろ、粒は小さくて若干色が着いてるけど、かなり透明な奴も混じってるからこれも使えないかとな、徳之島の硫黄鳥島はともかく、いざとなると硫黄島は薩摩の島津領だからなぁ」
「なるほど」
大島の笠利の硫黄精製場で見つけたことを承知している真牛がうなずく。
「王子様!白浜につきましたで!」
はや夕刻、野営の準備に供え早めに停泊する告天二号
「ここは水深があるのだな!」
船の錨が目一杯に張られているのに目敏く気づいた真三郎
「へぃ、深いところじゃ十人が手を繋ぐぐりゃあ深いですだで」
案内人がおどけながら両手を広げてみせる
「波除の島影に風避けになる背後の山、大型ジャンクも泊まれる程の水深。倭冦の隠れ家というか港に適してるような………しかし、この島は金武、いやうちなー各地や石垣島ともホント異なる風景だな?」
「まぁ人が住み耕作可能な土地は少ないようで、特に夏場の熱病や、ハブ、後は畑を作っても猪や虫の害が酷いらしいです。」
いつの間にか用陀より情報を仕入れていた樽金、仕事が早い
「へぇ、今の時期なら山にも入れるんですが」
「よし、一旦上陸して付近を探索、流木を集めて野営の準備!気を抜くなよ!」
「「「よーよーさー!」」」
(んー、うふあがり以来のキャンプいや、野営か。いやあれは漂着、半サバイバル状態だったな。次に備えて王子に相応しいグランピング?そうなんか貴族的な天幕でも作っときたいなぁ)
◆
周辺には人家もない西表の入り江、冬の夕暮れはあっという間に日が沈み、告天二号の乗船員による夕食が手際よく進められていく。
このような野営の日の夕食には絶対に必要と真三郎が譲らなかった具沢山伽俐の汁も兎屋の看板商品の特製ルゥを入れて後は少し煮込むだけと……………
(クンクン、ん?なんだこの臭いは?くさっ!硫黄?)
「おい!」
「ああっ、殿下!米を炊こうとしたら竃が!」
今回の八重山巡視には告天二号の水夫らに真三郎の護衛など総勢40名、実際に倭冦が潜んでいたらひとたまりもない頼りない陣容ではあるが、日々の食事の手配はまさしく戦場、三つの大釜でご飯を炊こうとした釜が竃ごと炎に包まれていた。
「殿下!火ノ神さぁがお怒りにっ?」
「ちっ竃が燃えてやがる!」
「真牛、樽金!木で挟んで釜を!米を無駄にするな!」
「「はっ!」」
(竃の黒い石?白浜って地名なのに黒い石……萌え、いや燃える石?)
「こ、こ、こ、これはまさかの石炭!!!琉球に石炭?」
竃を作った石と同じ黒石をぶつけて小さな破片を手に取り臭いを嗅ぐ真三郎
「真三郎様?」
「いかがしました?」
「案内人の?こ、この辺りにこんな石があるのか?」
「あー、臭石ですか?この浜に、向こうの島の浜んあたりに、いくらでも転がってるだに」
「んだか、石みてーに固ぇし、火の付きも悪りぃ、しかも燃やしても臭せーしなぁ」
「んだ、流木も山に行けば薪なんざいくらでも」
木の代わりと思ったのか使えない事を話す案内人達
「そうか……………詳細な調査は後程、現時点で使えるかは別として、川満船頭!!」
「どうしました殿下?」
真牛達と燃え盛る竃から釜を無事に救出していた川満船頭が急な指名に振り向く
「この石を試しに集めて金武に持ち帰りたい、船底の重りの石をこれに入れ換えることは出来るか?」
「んー今の重りよりはかなり軽いですな?半量、二十石分程なら」
「十分!樽金、真牛!明日はこの石をできるだけ集めるぞ!オラ、わくわくしてきたぞ!」
「うう、その目付きは何かまた変な思い付きですか?」
いきなり蒸気機関は無理としても石炭で何か出来ないか、スチームパンク的な琉球世界を想像する真三郎に樽金から指摘が入る。
「ちょ、何言ってるだ樽金!今の所だいたい上手くいってるだろ?」
「上手く行きすぎて後始末の仕事が溜まる一方なのですが?」
金武間切に慶良間間切、秘密裏に進めているうふあがり開発に、手をつけた尖閣。私的メインの兎屋に暖簾分けの各店舗、公的なものは安李がかなり引き受けているが、私的な部分が多岐に渡り増えていく一方であった。
「それは悪い、樽金付きの文子(下級役人)に、店は手代を増やすからさぁ」
宇宙的な何かとは関係ありませんが、平家の落武者伝説や祭りの格好などはネット画像等を参考に
西表には炭鉱があって戦後まで掘ってたとか、黒船が来たときには石炭がでることを秘密にしたらしいとか……




