第82話 川平
万暦三年、天正三年 1575年 12月上旬
魚釣島に国境警備隊 通称 爾尉人を島流し(配置)した真三郎達一行は進路を南、北風を大きく帆に受け東に向かって流れる黒潮の大河を押し渡り石垣島の北岸へとたどり着いた。
停泊地は八重山の政治と経済の中心、島の南部に広がる四カ字の石垣、新川、大川、登野城の四つの字(村)にまたがる海岸に広がる港でもなく、石垣島と竹富島の間、八重山諸島の島々と発達した環礁が形作る石西礁湖と呼ばれる穏やかで沖留に適した崎枝湾沖でもない。
告天二号が錨を下したのは首里への貢納を積み込む石垣第三の港、風光明媚なことで知られる北方の景勝地、川平湾であった。
桟橋のない川平湾、七色に煌めく湾の中央の最も深い紺碧の位置に告天二号を沖泊させた真三郎達
「ムムムッ!これが秘儀、真珠に核を入れる技ですか?これが数年で?」
川平村を治める川平親雲上慈石、がっしりとした体型に濃い顔付き、南国石垣に相応しい楽天的な性格の領主は真三郎の叔母、母の妹の嫁いだ宮良親雲上の弟、血の繋がりこそないが親戚関係にあたる。
知識としては知っていても具体的な技術は知らない真三郎ではあったが確信と方向性を示すことはできる。叔父の三司官、羽地親方、池城安棟の治める羽地湾で大枚と七年もの年月を注ぎ込んだ結果、ある程度の技術に必要な道具類で養殖技術を確立させることに成功していた。
その技術の結晶、母貝への真珠の核入れを同行した技術者に披露させると川平親雲上は目を見張って感嘆する。
「まだまだ、この内半分程は二年の養殖中に死んでしまい、珠が採れるのはさらに半分、綺麗な真珠は十に一つですが、一つ採れると数年は貢納の必要はなくなる程の値がつきます。」
羽地の養殖で作られた見事な真円の大玉真珠を目の前に差し出す。
「真珠一つで……ムムムッ!これは好機!」
ガッツポーズに力が入る。
「白蝶貝は今羽地で育てておりますので、ここ川平湾では集めて頂いた黒蝶貝を重点的に養殖したいと思います。」
黒蝶貝から天然物の真円黒真珠が採れる確率は四十万個にわずか一つ、明やイスパニアに持ち込めは城一つは購える価値があった。
「かしこまりました。技術を学ぶ信頼できる職人の選定に、指導役のお方のお世話に付いてはこの私にお任せ下さい。手先の器用な者がよいでしょう。」
マル秘技術の伝播である、未だ鴉那御殿内の秘密工房で製造され南蛮渡りの貴重品と銘うつ石鹸以上の機密としている。
バタン!
「きゃあ!お久しぶりね、真三郎ちゃん。叔母ちゃんよ!真釜よ!分かるかしら?うーん、首里のお城でオムツを代えたこともあるのよ!真鍋樽姐ぇ(真三郎の母 尚元王 第二夫人梅嶺)は元気?あーそうそう、そういえば出家して仏門に入っちゃたんだっけ?全くこんな可愛い子をほっといてねぇー、まぁ昔から私とちがって美人で評判だったけど、ちょっと冷めてたからねぇー。ああ、そうそう、確か桓おじさんと安李兄ぃが金武御殿で……」
浜にかけられた作業小屋に突然飛び込んで来た色鮮やかな紅型の暴風、真牛も制止できない素早さで近づきピタピタと両手で真三郎のほっぺを弄ぶ。
一気呵成にしゃべくりまくる顔付きだけはどことなく母に似た女性は真三郎の叔母、真釜であった。
「あわわわ、真釜!!殿下がお困りだ!殿下、ご無礼、平にご容赦を!
首里と異なり八重山では儀礼にうとくて、まっこと、申し訳ありませぬ!」
極めの細かいさらさらの川平の砂浜に頭がすっぽり埋まるばかりにジャンピング土下座する男
「なによ、首里じゃないからこうしてるのよ!公の場ではちゃんとするわよ!」
口を尖らしつつ、両手は真三郎から離れない。
「えーと、」
「が、岳父殿、いえ祖父君、大新城安基様の葬儀で一度、宮良親雲上忍跳にございます。」
頭がどんどん砂浜に沈んでいく。
「宮良親雲上、どうかお顔を!首里天加那志より八重山巡視を拝命した金武王子、朝公にございます。正月の忙しい中、しばらくご厄介になります。叔父上、叔母上よろしくお願いいたします」
公務ではなく甥っ子として接して欲しいことを言下に匂わす真三郎。
「まぁ、首里じゃないのにホント堅苦しいのねっ、まぁいいわ正月は宮良の屋敷で過ごすわよね?かめオバァ仕込みの御馳走を準備するわよ!」
腕捲りする真釜、因みに宮良親雲上の領地である宮良村は琉球一の標高を誇り、八重山の聖山として山岳信仰の対象となっている於茂登岳を挟んで島の反対側、ゆっくり馬で一日はかかる。
「申し訳ありません殿下、アレは先の三司官、先王の信頼篤き大新城様の娘、姉は、殿下の母上は王に嫁ぐ程の才媛で妹もと按司や親方の子弟よりの求婚もあったのですが、たまたま首里勤めであった某の所に何故か嫁いだばかりに苦労させております。」
(うーん、母上と顔付きは似てるけど性格は全く違うようだし、堅苦しくなくていろいろと満喫してるような)
「そうそう、殿下からの紹介頂いた卯屋、あちらには家々の石垣に這わせているヒハツの実をかなりの額で買い入れて頂き、またサトウキビに製糖技術、干魃に耐える唐芋や島では手に入りがたき鍬や鎌等の鉄製の農具、千歯こきや唐箕といったからくり農具まで供与頂き宮良、いえ八重山の治める親雲上の一人としまして民を代表して御礼申し上げます。」
顔や頭についた砂を払い服を整えた宮良親雲上、弟の川平親雲上が揃って跪礼する。
「石垣は水に恵まれ水田もかなりあるようだが、貢納品を首里に運ぶのは大変だろう。水利の悪い田畑では黒砂糖に香辛料のウコン、薬になるハブ等も頼む。米は明より大型船で大量に搬入しておるから飢饉の恐れもないしな。」
島の北側は急峻な斜面、半島の川平は水田には的さないが、高い山は水瓶となる。実際島の南には一面の水田が広がり日本一の早場米、中には大風の直撃さえを免れればと三期作目を植え付ける田もあるほどであった。
「それから明にも売れる塩、製塩についても羽地の安棟叔父より職人を派遣して貰っている。島の回りは見渡す限りの海なのだ、何時までもくそ高い薩摩の塩を使わなくていいだろう。」
本島では塩を炊く薪不足で製塩が難しかったが、七十年前にオヤケアカハチの乱が起き、首里王府の支配が強化された八重山では八割と言われた本島よりさらに高い租税がかけられており、それまで僅かばかりの余裕を生んでいた倭冦との密交易も首里王府の中央集権化に伴い久米唐営だけに制限され、大島同様生産に適さない米を貢納する為に常に人手不足。
海水を浜から何度も何度も天秤棒の桶にくみ上げて塩田に撒き、砂を集めて煮詰めるという、一たび雨が降ればこれまでの努力が全て無駄になる大変手間暇のかかる製塩を産業化するのは難しかった。
米作に対する耕地不足は、マラリア蚊の跳梁跋扈する西表島に何度も入植しては高熱を発する病に村が壊滅する悲劇を繰り返し八重山の人不足に拍車を駆けていた。
「ムムムッ!殿下、冬場は農作業で西表の山猫の手も借りたい程、民は忙しくしております。日差しが強く、野良仕事が落ち着く夏場にはその入り浜式製塩を行えるよう手配いたします」
◆
万暦四年、天正四年 1576年の正月、年末年始のまるまる一ヵ月程を叔母真釜の元でのんびり過ごした真三郎一行。
いや、樽金は宮良親雲上らに経理や、十進法の新式算盤の手解きに、夏に卯屋に送る商品リスト作り。 真牛は川平に船番として残した乗組員以外と八重山の各地の親雲上屋敷より集められた警備兵を相手に手の手解き、於茂登岳を登山しては藪肉桂等の有用樹木探索に、孟宗竹や琉球櫨の苗木の移植、金武では日常業務である道路や橋の整備と忙しく過ごしていた。
「殿下、西表に巡視に向かわれる前に川平村の民らが御嶽にて無事を祈りたいと申しております。」
そろそろ西表島の奥地、倭冦の根城となりそうな地点の巡視に向かおうと重い腰を上げた真三郎の下に川平親雲上が訪れた。
本島と同じく御嶽と書くがウタキではなくオンと八重山では発音していた
「秋の収穫の時期であれば様々な踊りや八重山の歌など豊年祭の際の出し物も殿下に是非とも披露したかったのですが、今の時期はサトウキビの収穫に製糖、一期作の稲の苗の植え付けに山に入れる最後の時期と忙しく八重山の神司達から是非祈願だけでもと」
真冬にも関わらず滝の様な汗を流す川平親雲上
「いやいや、格式高いと噂の川平の御嶽、明日にも川平に戻り明後日には西表に出立予定であったが、一日遅らせよう。明後日で良ければ貢ぎを揃えるが、どうだ樽金?」
「八重山の御嶽の貢は解りませぬが、教えて頂ければ明日中には揃えてみせましょう」
流石に樽金、出来る子はどこでも準備万端
「四つの御嶽を廻るだけです。御神酒の類いはこちらで準備しております。是非!」
◆
宮良親雲上、真釜の叔母夫婦に別れを告げ、手配された馬に揺られて昼過ぎには川平村に着いた真三郎一行。
川満船頭らに明朝の出港準備を告げ、真牛と樽金の二人を連れて川平親雲上の先導で川平の御嶽廻りを開始した。
「こちらは浜崎御嶽。航海の御無事を」
川平湾を望む高台にある御嶽、石垣に囲まれたイベ石のある聖域(奥)には麻の白衣姿の川平の神女の背が見える。多くの御嶽が男子禁制である。
男子の入れる石の香炉が置かれた祈願場所に線香を灯し、酒肴に米、布、銭をお供えする。
「うーとーと!うーとーと!」
「山川御嶽、五穀豊穣、殿下のお役目に幸あらんことを!」
集落の外れ小高い丘に立つ御嶽も同じである。
「うーとーと!うーとーと!」
「赤イロ目宮鳥御嶽」
「あかいろめみやとりおん?またこれは二つの御嶽とは毛色の違う御嶽だが、何か由来は?」
八重山もそうだが御嶽は大きく分けて神女や身分の高い按司等の墓等の個人的な霊威由来と地脈、パワースポット的な由来の二つがあるのだ。
集落内にあり神社の境内の様な広場をもつ御嶽も異色である。
「ムムムッ!はて、詳しくは………御嶽の神女はご存知だと思われますが、某には神名としか、此方は結願(雨乞い)祭の会場でしてあの大石を抱えて廻る儀礼を行います。村人しかもこの字のみの禁忌の祭りですが……ん?なになに?殿下、いえ殿下の手の者に吉兆を占うために試して頂きたい?」
川平親雲上を手招きして呼んだ神女のオバァが耳打ちする。
「アレか?ここは入っていいのか?じゃあ、折角だしやっぱりここは真牛、いや金武御殿、山方にして護衛官の座波正臣!君に決めた!行けるか?真牛ゴー!」
軽く100キロを越え丸く抱えにくそうな石、さざれ石の様に毎年少しずつ成長している不思議石である。
「はっかしこまりました!」
真三郎の意味不明は投球フォームはいつものことと無視して一抱えはある石を軽々と抱えて境内を一周する真牛
「うおー!流石じゃ、あの腕の血管!」
「ふむぅ。やはりただ者ではないのぅ、特にぷりっとした脹脛」
「間違いなかろうて、、甘いのぅヌシらは、臀部の締り具合じゃよ臀部の」
御嶽の奥に茣蓙を敷いて真牛の二の腕にやら、ケツやらについて語りだす神女耄碌しているのかいないのか
「で、殿下、冬場ゆえ日も暮れて参りましたが、いよいよ最後の御嶽に、こちらは少々禁忌がございまして、殿下も、座波様、程様もこちらをお召し替えを」
集落のはずれに建てられた掘っ建て小屋で真三郎達に渡されたのはクバの葉でつくられた全身を覆うミノ(ミノがさ)、と目の回りだけを隠す所謂ベネチアンマスク、真三郎に渡されたものだけはご丁寧に熱帯の色鮮やかな鳥の羽が装飾されている。
一方、川平親雲上はアンガマと呼ばれる剽軽な表情の木製の翁面を被り、頭にはミノ笠すでにその表情を伺えない。
正月を過ぎたばかりの夜の冬場、ハブの怖れはないとはいえ、本島より熱帯に近く鬱蒼と繁る樹木に覆われた御嶽は星の輝きすら通さない。仮面を付けて視界が幾分遮られているから、松明の明かりに影がゆれるかからか、更におどろおどろしく、御嶽の前に焚かれた篝火の揺めきに集まる蛾、冬でもカエルやヤールー(イモリ)がゲロゲロ、ケッケッケッと鳴き、遠くからはフクロウ、時折森の頭上を揺らす羽音は巨大なコウモリのようだ。
「ち、ちょ、ちょ、ま真牛ぃ、か、帰らひぃー、ば、馬鹿!樽金!ミノを引くな、ちょっとチビ……」
「チビ?」
「な、なんでも、か川平親雲上?」
「着きましたぞ!ムムムッ!皆揃っておるようですな?殿下、皆様方もここは川平四嶽の最後、群星御嶽、これより真世がなしの儀礼を」
「ちょ、ちょッタンマ!儀礼って?」
仮面越しに見える不気味なミノ姿、二十人はいるが、一部は仮面を付けずに手ぬぐいで顔を隠しただけの姿もちらほら見える。
「何、八重山に伝わる来訪神、実りを与える豊穣の神を称える秘祭ですじゃ。殿下は八重山の地に例えきれね程の恵みを与えてくだされた正に生き神、本島でも火ヌ神と称えられているとか」
声色から川平親雲上ではない、老婆の声でよく見ると仮面も媼である
「かって八重山の神はオヤケアカハチも拝んだイリキヤアマネ神、火食の神。火ヌ神とは奇縁じゃのぅ」
真三郎達の正面、よく見ると勾玉の首飾りに杖をついており、腰も曲がった神女と思しき老婆が促す。
「ささっ、殿下は本神の座に、お供のお二人は供神の座にお座りくだせー」
手ぬぐいにクバ笠、声色から若い声が真三郎を御嶽の中心、樽金と真牛を左右に座らせる。
「何、怪しい祭りでは有りませぬよ、仮装し顔を隠して神として朝の一番鳥が啼くまでただ飲み食いするだけぢゃ、ああ、そうそう始まったら言葉の占めに神の言葉、神口を唱えるんじゃぞ!」
「カンフツ?」
「そうじゃ、神口を唱えたら皆が復唱するのじゃ」
「所作もあるぞよ!小指と薬指はこう曲げてじゃなぁ
右手の親指は島の大地、人差し指は遥か彼方、水平線の向こうにあるニライカナイに、そして中指は南天の極を指し示す!」
「さぁ、よいか。ここは南十字星の輝く楽天的な島、皆に幸あれ!乾杯、群星☆シュタッ!!」
「「「「群星シュタッ☆」」」」
年が明けて数えで十六になっていた南海美少年真三郎、翌日の昼間まで布団の中で身悶えていたという。
ブックマが減ってきていたのでテコ入れ回です。
嘘です。御嶽名や仮面を付けて来訪神を祀る神事はありますが、御嶽名を叫んだり、変なポーズはしないはず、、、、です。
いや、秘祭なのでもしかしたら、、、




