第77話 謝杰
万暦三年 天正三年 1575年 10月中旬
首里屋敷
「殿下、お忙しい所、夜分の急な訪問、誠に申し訳ない。」
樽金らと屋敷でのんびりゆくってた(のんびりしてた)真三郎の元に三司官である叔父池城安棟の急な、非常識ともいえる夜半の訪れである。
「いえ、南苑での重陽の宴は残念ながら城の留守居役、明日には金武に一旦戻りまして。そぅ月始めには、王命で再度の大島巡視に赴くことなりますが、十日は準備程度で。まぁ叔父上は冬至までは冊封使様の滞在なさる天使館にかかりきりでしょうが」
蝋燭の灯りの下でガチポであった叔父がげっそりと病的なまでに痩せこけ、窪んだ眼下が痛々しく見える。
(うっ、この痩せ具合、なんか悪い病ぢゃないか?仕事の疲れでここまで痩せるかな?)
「実はそのことでお願いが……」
「銀子か?王府からの支払いはやはり……それにかなりやつれておるようだが……医師には?」
真三郎がやり過ぎたとはいえ三重城も仲秋の宴も王府からの費用の補填は雀の涙、普請とは家臣の力を削ぐ目的でもある。
疲労回復にと黒砂糖を茶請けにそっと差し出す。
「なに、すこしばかり疲れておるだけじゃよ、後二月ばかりの辛抱じゃ。まぁ経費の半分でも頂ければと覚悟はしておりましたし、殿下のお陰で塩や黒砂糖、あとは真珠の養殖でも利がかなり出でおりますので領民にさほど負担を掛けずになんとか、まぁ、その、別件といえば別件になるのですが……」
黒砂糖の塊を口に含んだせいか、かなり口ごもる琉球の宰相の一人
「実は、あ、あの冊封副使の謝杰様のことじゃが………」
「プッ!まさか!言い寄られたとか?」
「「くっ!!」」
堅苦しい雰囲気を代えようとした真三郎の軽口に下座に控えた三良と安棟付きの家臣が思わず吹き出す。
「ち、違うわ!殿下の考案したあの穢捨なる按摩や、目新しい料理なんぞに嵌まり暫くは天使館で大人くしておったのじゃが……」
「何か問題でも?」
「これまでも天使館の副使用の部屋の壷や掛軸といった調度品がダサいとか、掃除が行き届いてないとか、女官の気が利かないとか、まぁ、でっかい虫が顔に向かって飛んで来るとか、琉球は京師より蒸し暑いとか、いやはやもぅなんてゆーか……………はぁ、久米の滞在にそろそろ飽きてきたようで鶩屋とかにも足を延ばしていたようですが………他の使節の方と異なり花街等には余り……」
頭を抱えこむ安棟に皆が生暖かい視線を向ける。
「あ、あー」
「あ、ああ……なるへそ」
「ねっ」
「それでと言うべきか、話が変ってと言うべきか、先日の重陽の宴の際に国頭親方の手配された舞や出し物には興味を示さず、あの………その………」
「ん?なんだ?」
「あの、その、なんというか……仲秋の宴を差配した金武王子殿下の御殿訪問したいと」
「「「え、えええー!!!」」」
◆
流石に冊封使の乗る二隻の冠船は其々二百を超える定員に、帝からの下賜品や交易品を満載する当時としては超大型弩級のジャンク船、副史とはあえ皇帝の船を私用で動かすことは万が一の事態に備えて出来ず、水深の浅い恩納の港には安棟の手配した羽地の商船に同乗する船旅となっていた。
「あちらの岬を廻りましたら恩納の港、鴉那御殿が見えて参ります。」
琉球までの船旅で慣れたのか船酔いの素振りを一切みせぬ謝杰にかかりっきりでのお相手に憑かれ、いや疲れを感じていた真三郎が最後の気力を振り絞る。
「ふぅーん、もう着いたの。結構近いのね、あら?あちらの岩場、絵図でみた印度の象のお顔のようね?王子様の象さんはどんな風かしら、うふふふ」
心地よい南風と天候にも恵まれ、海豚に飛び魚、海亀と何時もなら身を乗り出さんばかりにはしゃぐ真三郎は心底寒そうに震えている。
「え、あっ、と、十日後には冊封正使様から指示のありました倭冦の残党の確認に大島方面に出発しますので、あの、その……」
「冗談よ!もう!固いわね!いくら若くて固いからって、フフッ、折角最新型の仏浪機に使節付きの医師に薬師、難破した時に備えた種子や農具、書籍も持ってきてあげたのよ。もう少し感謝しなさいなっ」
「ううっ、そ、それはもう」
停泊中の冠船の船乗りや職人達に差し入れ等を行い様々な技術の他に造船や大砲の情報を入手しようと
暗躍していたが中々ガードが固く、進んではいなかったので正しく渡りに船の申し出であった。
「しかし、この棺はいったい?」
御大層に持ち込まれた真っ赤な棺を指差す。
「ああ、これ?縁起でもないわよねっ、古臭い仕来たりよ。万が一冠船が沈没しそうになったら私を閉じ込めて海に流すのよ。何れ陸に漂着したら見つけた人がこの銀で出来た釘を抜いて貰う権利を得る代わりに埋葬してねっ、って中に書いてる訳。溺れるのと窒息か、餓死。どれが一番ましかってねぇ。帰国するまで常に携帯する決まりなのよ」
心底うんざりした表情で溜め息をもらす謝杰、誰だって自分用の棺桶は持ち歩きたくない。
「へ、へーいやぁ、てっきりお札でも額に貼って棺のなかで寝てるのかと………」
「誰が屍鬼よ。血ぃ吸うたろか?」
何か別の物を吸われかねない真三郎、いろいろピンチである。
◆
「ふーん。それにしても華美ではないけど白亜の瀟洒な館ね。城壁ではなく全体が石の建物なのね。しかし王子の采地といっても町はあれだけ?ほんと小さな町なのね。」
桟橋に接岸した商船から降りて恩納の町を遠目にみやる謝杰。
「ま、まぁここは新たに港を開いて築いた御殿になりますので」
「あら?城壁の高さはこれだけ?」
外向きに反り返った石灰岩の壁は人が登れても蛇の侵入を赦さない構造となっている。
「毒のある蛇よけですね、戦のない琉球は蛇以外は平和な島ですので」
「城門もこれは琉球石灰岩ね、ゆったりした曲線がまろみを帯びて、南国のやさしい趣でよいわねぇ」
流石に御僑までは船に積めず急拵えの御輿に乗せられたままの謝杰が正門を潜る。
「こちらは捌理や文子の屋敷ね。で、あの柵から向こうがいよいよ本丸ね、|左右対称で直線的な明とは違い琉球はどこの露地も南国の草花に緩やかな自然の地形を良く活かしてるわぁ」
天使館と諭祭を行った崇元寺は明風の左右対称を基本とした屋敷であるが、首里城を始め冊封使一行が訪れた寺社や南苑も地形をいかした琉球風の建物配置である。
「あらぁー吹き抜けの広間?室内にも草花が、白い壁に翠のツタが絡んで、私、コレ好きよ!」
ホテルをイメージして作られた車寄せで輿から降り、真三郎は老齢にさしかかった琉球馬の歩弐丸からひらりと下馬する。
「あら?これは南蛮からの渡来品かしら?あるのね、こーゆーのが」
南海を渡り辺境で驚く様を史録に残す事も冊封使の使命である。
輿を降りて自分で歩きだすと勝手気ままにあたりを弄っては感想を撒き散らす。
「あはははは、こちらは政庁を兼ねておりまして、副使様のお泊まりとなる客殿はこちらの奥に、技師の方々はこちらで、金武の技術官僚がまちかんてぃしてますが軽めの茶と酒宴の準備も」
安棟の窶れ具合を思い出し笑いがひきつる真三郎
「別に客殿でなくて、殿下のとこ……」
「こちらです!さっ!こちらの客殿になります!」
「まぁ、可愛い!首里のお城と同じ赤瓦に花一杯の中庭。東屋に池?キャー!ここから海も見えるのね、素敵!」
すっかり乙女モードでヒィヒィな謝杰。
「ただの池ではなく浮瑠と申しまして浮いたり泳ぐものにて」
東屋には歓迎茶席として今が旬の南国の果実が盛られている。
「ふーん。どんな格好でかしら?あら、あれは穢捨台?開放感のある半屋外での穢捨は気持ち良さそうね。」
「の、後程、施術師を派遣しますので、」
「あら、寝台は天蓋付きね!素敵!久米の館と違って風通しも眺めもいいし、最高だわっ!」
「蚊がおりますので、虫除けにこちらの月桃の香を焚いて、風を通します芭蕉布の蚊帳を張っております。二間あります控えの間にお付きの衛士の方々を。派遣頂いた医師団らには別に離れを準備しておりますので、ごゆるりとお過ごしください。夕食の準備が整いましたら参ります。」
◆
告天二号
父、尚元王より大島征伐時の褒賞として下賜された
ジャンク船の流れを組む小型化した琉球製馬艦船。うふあがり漂流により痛んだ一号船は補修を終えたものの王子の御座船としては格が落ちた為に羽地の造船場で新造された二号船が御座船として西海岸、一号船が東海岸で活動。鴉那の港船屋では羽地からの船大工達による三号の造船も始まっていた。
「安李、かんジィどうする?副使がちーっとも帰える気配がないんだけど」
謝杰の金武来襲より七日、逃げ出す役人達に細かいチェックにてーげーな琉球の下男、下女もストレスを訴えだしていた。
「兄から頼まれたのはしょうがないのですが……」
窶れた兄を見、少しでも身内の負担を減らしたい安李が口ごもる。
「ひょひょひょ、かめオバァのメシに鴉那での生活が気に入っようじゃのう」
豚肉ばかりでは肥ると訴えた謝杰にかめオバァが出したお袋豆腐、琉球の島豆腐に島唐辛子、味噌に豚挽き肉、干し蝦、芋葛でとろみをつけて浜山椒で痺れる風味を感じさせる逸品。発汗作用に美容解毒効果があるとお付きの医師に聞いてからは毎食加える定番となっていた。もちろん原型は真三郎考案の麻婆豆腐であり、本家は清代に四川の痘面の陳ばぁさんが考案するばすであったが本家は琉球になっていた。
「しかし、留守中も居座ったりは、」
今日は浜に穢捨台を持ち込み波打ち際に大傘を広げ糸瓜の美容液を塗りまくっていた。
「五日後には天使館で餞別の宴、こちらは冊封使様の主催、そろそろお戻りになられるのでは?」
今後の予定を確認する樽金
「そうだな、俺は来月のお城での拜辞の宴までに首里に登城すればいいし、まぁ後は、留守中は三人に任せたぞ」
かんジィ、安李、樽金に厄介者を押し付ける真三郎。
「ひょひょひょ、たらい回しにされましたなぁ」
◆
ザッ!ザッ!
「全体!整列!!前に倣え!!番号!」
「「一、二、三、四…………………………三十三!!」」
「よし!殿下に敬礼!鎖骨を支えよ!」
バッ!バッ!
真牛な号令に一斉に右手を心、いや鎖骨を支え、左手を後ろに廻す。
もちろん袈裟斬りに殺られない為である。
「あら?もう出発の時刻かしら?」
「っ!!し、謝杰様!あのその北風が吹く前に大島の津々浦々を確認したしにいかますれば……」
寝間着として提供した特製浴衣姿はともかく、顔に塗られた本島南部産のクチャと呼ばれる粒子の細かい泥のパック顔の謝杰の姿にしどろもどろだか叫ばなかった真三郎の胆力は立派である。
もっとも後にこのパック姿の異様が遠く離れた宮古島に口伝てで伝わり泥パックして魔除けとする風習が生まれたとの伝説があるとかないとか…………
閑話休題
「大砲は、無理ね、」
万が一マニラを襲撃した林鳳の残党の倭冦が潜んでいた場合に備えて大砲の借り受けを打診した真三郎であったが紛失を恐れて断られていた。
「はい、残念ですが以前に三重城にありました旧式の臼砲を二機に石弩程度の装備ですが」
「うーん、頼りないわねぇ。まぁいいわ、それよりその敬礼とやらにそれは鎧かしら?」
「いえ、海上ですので籠手代わりに柔らかく鞣した山羊革を丹柄で茶色に染めたものです。急所に当たる部分は鉄ではなく硬い牛革で補強をしております」
「でも、急所の筈のお腹や胸がむき出しなのは?」
「あ、暑いのと海に落ちた時に備えて………というよりなんとなく、見た目?。背中の印は羽……ではなく、蘇鉄の葉を紋にしたそう、琉球辺境調査師団です!敬礼!!」
ザッ!ザッ!
真三郎の合図に真牛が手を振ると一斉に敬礼を繰り返す。
今回の大島調査に辺り何故か頑なに短ラン状態の服装を主張した真三郎であった。
大島に向けて進撃します。




