第72話 冊封
説明回
冊封使の滞在する久米唐営の天使館から冊封の儀式の執り行われる首里城までの行程は浮島である久米から長虹堤を渡って諭祭の行われた崇元寺。
そこから王府のある首里まではゆるやかな登りの坂、石畳に覆われた大道を往くことになる。
坂を昇りきるとそこは商人達の行き交う那覇とはまた趣の異なる緑豊かな士族の町首里。その町の入り口には中山門(下の綾門)。そして道幅8間、全長300間(12メートルに500メートル)の石畳で舗装され左右には高官の屋敷が建ち並ぶ琉球一の道を進み首里城の入り口にあたる東端には首里門(上の綾門)の二つの牌門(中華街の入り口によくあるやつ)が対となって屹立していた。
「いやぁ兄上、実に見事な牌門に仕上がりましたなぁ!……まぁこれで三大がっかりのひとつに数えられることも………」
言葉の後半を口中に飲み込みながら後の世に守礼門と称されることになる牌門、上の綾門前に大和渡りな金泥の扇子で袖から胸元に風を送りながら近づく真三郎。王子の位階を示す深紅の浮織の冠に黒い羅の官服といった儀礼用の正装に身を固め門下の日陰で涼んでいた庶兄の久米具志川王子朝通に声をかける。
「おおぅ、朝公。三大がなんだか判らんが、そなたが金武の赤瓦に上等な油桐を手配してくれたおかげだ!礼をいうぞ。」
油桐の実から採れる油は食用には適さないが、これに紅いベンガラを混ぜた天然塗料はどこまでも青い澄みきった昊に白い雲、白い琉球石灰岩の道、濃い緑の森に真っ赤な首里城正殿と上下二つの綾門を極彩色の朱の輝きを与え、琉球独自の美意識の象徴として牌門を燦然と輝やかせていた。
「屋根の葺き替えに柱の塗り補修との命でしたが、折角の冊封使の来沖、琉球の誇りにかけて歓待しよう兄上には無理をお願いして幅も高さも元の門の二割増しの8間(13メートル)、6間(10メートル)にまで改修してもらいましたし。」
折角なのでとパリの凱旋門等をイメージした石造りの案もあったのだがやはり、ここは琉球らしく、せめて大きさだけでもとバージョンアップを図った真三郎の入れ知恵と費用の差し入れの賜物であった。
「久米島からはこの礎石に人足ぐらいだよ。今回は冊封使の風待ちもなく、助かった。帰る時も風に恵まれればよいのだが…………」
木製の朱塗りの大柱を支えるべくわざわざ久米島の山中より切り出され、丁寧に鏡のように磨きあげられた玄武岩をそっと撫でる朝通、日蔭のせいか、この暑さのせいか、もともとほっそりとした顔色が若干悪い。
「兄…………」
「おおっ!金武王子殿下に久米具志川王子殿下。三重城、屋良森城の大規模改修に趣向を凝らした歓待。両綾門の美しく輝く偉容。首里天加那志も国母様も大変お慶びになられていたぞ!ぐはっはっはっ!」
娘の入内以来、王族の長老格として首里に長期滞在を続けすっかり宰相きどりの王舅北谷王子朝里が貫禄を増した腹を揺すりながら兄弟の会話に割ってはいる。
「これは北谷王子殿下!」
「よき天気に恵まれましたなぁ。これも若太陽、首里天加那志、王妃様の賜物かと」
年長者への礼を保ちつつさりげなく王妃をも誉める兄上、庶子長兄として微妙な立場にいた兄の手腕に関心する真三郎。
「おっそうか、そうか!はっはっ実にめで………」
グワァーン!グワァーン!グワァーン!!
「申し上げます!冊封使様御一行!お迎えの使者となられた国頭親方、天使館の接応役羽地親方の御二人を先頭にまもなく中山門に差し掛かると!!」
中山門からの旗を振る合図に色めきたつ士族達。
「おおっ!いかん!そなたは直ぐに御庭に!首里天加那志にお伝えせよ!」
「あー!あー!あー!皆様!整列を!
暑いですが、並んで!並んで!そこっ!まがってる!」
「そこー!そこは按司の列ですよ!親方は後、後!冠の色を確認してください!はいっ!中央は聖上が通りますのでもう少し開けて!開けて!」
儀礼を司る主取の指図を受けながら門前に王府の高官が平伏し、先頭には遅れて到着した紅い唐衣装の若き琉球国王、尚永王が跪拜して路次楽隊の演奏に合わせて粛々と進む冊封使一行の到着を待つ。
ブフォーン!グワァーン!カンカンカン!ピーー!
諭祭の時と同じく八人の車夫が担ぐ御轎に乗り坂道揺られてきた蕭崇業と謝杰の正副冊封使が綾門前にふわりと降り立つ。
「まぁ、なんて南国らしい趣味のよい牌門かしら!紅い屋根がとっても可愛いわ」
「ふむ、中華世界の中心の禁城の黄色に対し琉球は南方を表す紅か、」
異国情緒あふる王城を望んで言葉がこぼれる。
正副両使が、いや、副史である謝杰は一歩さがり、蕭崇業は詔の納められた箱を掲げて跪拜する尚永王の前に威を正す。
跪拜していた尚永が立ち上がるのを合図に小さく鉦が鳴らされ王族以下五十名を数える琉球の士族が紅、紫、黄、青と色鮮やかな冠のまま平伏していた身体を起こす。
「畏れ多きことなれど、聖上の名代にぃー!!」
「跪!!」
グワァーン!
ザッ!ザッ!
銅鑼の音に一斉にひざまつく琉球の主従。
「一叩!!」
グワァーン!
ザッ!ザッ!
(アガッ)
地面に額を叩きつけることを意味するが中には勢い余ってぶつけた声が漏れる。そう真三郎である。
「二叩!!」
グワァーン!
ザッ!ザッ!
「三叩!!!」
グワァーン!
「アガッ!」
ザッ!ザッ!
「起!!」
グワァーン!グワァーン!!グワァーン!
起立を意味する官話の合図に百官が姿勢を正して
起立する。
此の儀式のために前日より綺麗に掃き洗い清められた石畳の門前の道では黒地の裾に汚れすら着いていない。
「跪!」
グワァーン!
………………………
………………三跪九叩の礼、三回跪つぎ、一セット三回の土下座を計九回。中華の皇帝に対する最大級の礼儀であり、冊封体制の琉球や朝鮮では国王が城の外にまで出向き行った儀礼であり朝鮮では迎恩門、そして琉球ではこの首里の額が飾られた牌門で行われていたのであった。
(くっ!この俺が土下座とは、この屈辱、やられたら………やられっぱなしで、まっいいか。軽い軽い!これで交易うはうはだしぃ)
一瞬大和田風土下座が頭によぎった真三郎ではあったが、長い琉球暮らしですっかり空気が読める男に成長していた。
◆
首里城正殿 御庭
大小様々な総勢三十三頭の龍に守護されし首里城正殿。石畳の御庭から正殿に続く階には遠く福州から今の金額にして約三億円もの大枚をはたいて輸入された二対の大龍柱と小龍柱が飾られ琉球のシンボルとなっている。
もっとも今は御庭の中央に築かれた露台と呼ばれる仮設の儀礼場が正面にありその姿を隠していた。
「琉球国、世子永!前に!」
パフーゥー!パフーゥー!グワァーン!グワァーン!
横に控えた明の路次楽隊により牛ぶらや銅鑼がつぎつぎに鳴らされ城から離れた首里の町にまで荘厳たる音の調べが届いき国王の即位式の華やかさを伝えていく。
帝の勅を運ぶ竜亭から露台に運び込まれた勅書を謝杰が開き正使の蕭崇業が百官の控える御庭だけでなく首里城内すべてに響き渡る大声量で読み上げる。
「勅!琉球は南海の景勝にして、父祖より代々声教に従う。これは正に守礼の邦なり、…………………………よって大明の帝の聖恩により世子永を琉球国王に封じ扮賜品を下賜する。万暦三年吉日 御名 御璽」
「ははぁ!」
「「「大明国皇帝!万歳!万歳!万々歳」」」
グワァーン!「静粛に!」
「永!妃!前に!」
「はっ!」
露台の正史の前に片膝をついて跪礼する尚永王に謝杰が櫃から取り出した深紅の唐衣装、金糸銀糸で精巧な麒麟が刺繍されているのが遠く隣席する下っぱ役人の眼にも明らかな官服を授ける。
永は介添役の女官の手を借りて明の紅い麒麟の官服に、妃は光沢のある白地に鸞の刺繍された唐衣装に袖を通す。永にはさらに玉の帯、妃には透けるような薄絹に湘南の花鳥の刺繍の扇が渡される。
「琉球国王!尚永王!」
露台に進み出た尚永の形の良い頭に蕭崇業が黒く染められた鹿革に七列の玉が縫い付けられた皮弁冠をそっと被せる。
珊瑚、真珠、水晶、翡翠、瑪瑙、琥珀、冠こそが琉球の王権の象徴であり、ここに尚永王は明の官位にして二品、群王相当の位に封じられたのである。
跪礼していた露台より立ち上がった尚永と側に控えた妃が袖を翻して台上から琉球の文武百官にその偉容を披露する。
グワァーン!グワァーン!
「「「御主加那志!千歳!千歳!千々歳!!」」」
銅鑼に合わせて一斉に平伏して明の皇帝に認められて正式に即位したことを群臣一同が祝う。
正式に即位すれは琉球国王は群王クラス、正使とはいえ七品に過ぎない戸科左給料事中、今度は一段下り
尚永王に即位の祝いの品を捧げる。
一の櫃には明の暦。別に万暦の帝だからではなく、天地の運行すら司ることが中華の帝の役目であった。大和でも暦を管理するのは陰陽寮のある朝廷、帝であることが明察されるであろう。
二の櫃には白い地に紅い紐がチャームポイントな霊獣白鐸、青地に獅子といった高位武官用の霊獣や獣の刺繍のはいった唐衣が20点。
三の櫃には王妃や側室に与えられる霊鳥や花木といった文官用の刺繍がはいった女物の唐衣が20点ばかり。
その他、冊封貿易の目玉として後に払い下げられる白磁青磁に様々な工芸品が山と積まれ、目録が読み上げられる。その度に背後に控える琉球の役人から明の富裕さに感嘆する声が漏れていく。
◆
首里城 北殿
常には評定等が行われる北殿では無事冊封を終えた打ち上げ………もとい、歓迎の宴が設けられ両使を囲んで山海の珍味に様々な酒が酌み交わされていた。
「ささっ!こちらはお国の茅台酒にございます!」
「いやいや、折角琉球まで来たのじゃ、古酒とやらを頂こうか。」
「ぷはぁ!これはキツイが旨いのぅ」
「こちらの豆腐ようをあてに」
「おお!うむ、これはまた酒が進むんぢゃよ!では返杯を!」
「正使様の杯をいただけるとは、とーとーと!」
上座の尚永王の左に座る正使蕭崇業を三司官が交互に歓待し盃を重ねる。
「あら?あなた?もしかして…………」
「噂はあくまでも噂でして。おほほほほ」
副使の謝杰は保栄茂親方となにやら意気投合している。
「次は明のそうじゃな、」
御庭に控える明の路次楽隊と琉球の粋を凝らした御座楽隊が交互に音曲を奏る。
パンパン!
楽隊の音曲に疲れは見えぬものの、次々と盃が重ねられ、酒豪ぞろいの高官らにも酔いが回り始めた頃合い尚永王が立ち上がる。
「皆の者!大明正使蕭殿、副使謝殿。皆の尽力により冊封の儀も滞りなく執り行われました。」
「うむ。」
「伝え聴くところによりますと、勅は聖上の宸筆で草案もさなれはとか、それは真で?」
「真ぢゃよ!冊封を受けた国は余たあれど、中原よりかように遠く離れた地に孔子が定めた最大の徳である礼を認めたのは琉球が初ではないか?ヒック!」
「そうよ!達筆でしょ。聖上はまだ十三とお若いけど内閣大学士の張居正様の薫陶を受けた神童よ!もう名君間違いなしの美少年なのよ!」
「きゃー!」
「学問だけぢゃないのよ!書画工芸を愛し自らもこなす、まさに多才で天才!」
うっとり自国の皇帝に陶酔する謝杰、もう隠す気はないようだ。
「帝の手による…………そうだ!蕭殿!今まで首里の偏額を掲げていた首里門に聖上の筆跡から《守礼之邦》との文字を頂き、新たな額に仕立て《守礼門》と称したいがいかが?」
顎に手を当てしばらく考え込んだ尚永王が閃く。
「ほう!流石、礼の邦琉球、聖上も大変喜ばれよう!」
「そうね!ちゃんと使録には記載しちゃうから今後も忠節に励んでね、約束よー」
(し、守礼門キター!名前違いはここからやったのかぁ!改修の際に提案しなくて正解やったぁ)
宴の公用語は官話。半分も理解出来ずただニヤニヤと薄めた酒の盃を空け、場の雰囲気に合わせて頷いてばかりいた真三郎ではあったが歴史の一ページに立ち会った感激に酔うのであった。
かなり創作ですが、一部は史実に基づいてたりします。




