第69話 加硫
万暦三年 天正三年 1575年 一月 真三郎15歳
サトウキビは春に植え冬に収穫する春植え、根のある株を残して翌年も収穫する株出し、そして夏に植えて一年半かけて育てる最も収量のある夏植えの三つの作付法が三良を初めとする農方の試行錯誤が実を結んで確立されていた。
また、真三郎の提案によりはじまった三圃制擬きの輪作にたまたま豆科で根粒菌による窒素固定が可能となる落花生が含まれていたことで、もともと痩せて栄養価に乏しい国頭マージ、さらにスコールのような大雨や大風により折角の養分も流出しやすい山がちな金武間切でも農業生産高に農家所得は右肩上がりとなっていた。
「真三郎様!今年のサトウキビは糖度も高く、かなりの黒砂糖を生産できそうです。ボリボリボリ」
首里での年賀の儀式も終え、愛馬歩弐丸に跨がり、サトウキビの一節をしゃぶりながら領内の畑での収穫風景を視察する真三郎に同じくキビをかじりながら馬を駆る三良が報告する。
品種改良が進んで台風でも簡単に折れないほど固くなり、糖度も上がった今のサトウキビとは異なり、歯でかじることができる程には柔らかったのだ。
「チュパ、チュパ。うむ、大和の商人には冊封使節の運んだ荷の買い付けを優先させるとして、折角の船だ、黒糖や琉球の産物も満載してもらわなぺっ!ぺっ!」
限界まで甘い汁を吸ったキビの茎を道端に吐き出しながら馬を進める真三郎
「はい、昼夜を問わず砂糖車を回していますので、どうにか春迄に終えることが出来るかと。」
「サトウキビの有効性に半信半疑であった他の間切の村からも苗や砂糖車を求める文が御殿に山程届いております。」
樽金が鴉那御殿に届く文や陳情の束を思い出してぐったり答える。苗や木版で印刷した栽培方法は直ぐに配れても砂糖車がないと製糖が進まないの原状があるのである。対外的な文書の右筆は捌理にも多くを任せようになっても文案や内容を確認する樽金の仕事は増える一方であった。
「しかし、金武でもこれ以上農方にまわす牛馬の余裕はありませんが………」
山方に牧方を兼ねる真牛がこれ以上の増産に難色を示す。製糖期でもある冬はハブの恐れなく山仕事が出来る貴重な季節でもあるのだ。
「水車式の砂糖車は?」
普段は小麦や蕎麦を粉に曳く水車を製糖時期だけ搾り機に替えた水車も領内各地に設置している。
「あれは確かに餌も牛馬に笞する童も要りませんが、肝心要のサトウキビそのものを畑から運ぶのに難儀しております。サトウキビ畑が増えたことで水車まで人が運ぶか、牛馬が運ぶか、さらに搾り汁を煮詰める為の薪を運ぶのにも………砂糖車は分解して牛馬毎に次に収穫する畑を移動出来ますので」
「くっ、そうか。そうきたか、しゃーない。この後の視察は切り上げて研究工房に顔を出すか。何か来年までに対策を考えんとな」
早速に馬を翻した真三郎達は港町として市が並び始めた恩納の集落を進む。
ざわわ、ざわわ、ざわざわ
集落の外れの畑に冬でも濃い葉に覆われたふたまわりは太いサトウキビが風にゆれる程林立している。
「ん?おい、三良!彼処の一画のサトウキビはかなり出来が良くないか?」
「良くお気付きで。実は農方でも話題になっておりまして、畑の主には収穫はしないように指示と作付に工夫がなかったかの聞き取りと糖度等を確認して有望な株であれば苗用に喜瀬武原の実験畑に持ち込む予定になっております。」
◆
「という訳で、来年にむけて砂糖車の改良と小型化に量産体制の確立を頼みたい。」
仮設の研究工房の一画に集められた木工、泡、鍛冶の各頭に図南らに指図する。
「改良に小型化ですか?」
「どうだ?」
「撰銭で銅に錫、青銅の材料は集まりましたので良い歯車はできそうですが、ただ、御注文の銅の蒸留装置なるもののと、湯沸装置なるものも………さらに……」
廃蜜糖を発酵させる蒸留酒と月桃、シークワーサーにミントから精油を抽出して石鹸に添加するための器具作成と鉄ではなく純銅を用いた蒸留装置に丈夫な青銅を用いてコの字型のパイプを窯で覆い対流で湯を沸かず湯沸し器装置と農具や鍋鎌の修理ばかりであった鍛冶部門は大忙しであった。
「人手か、首里で鐘の鋳造を頼んだ職人のうち何人かは金武に引き抜けることになっている。来月には三重城に屋良森城も完成するので、石工達も此方に帰ってくる。先に工房を完成させるから手狭だか辛抱してくれ」
「辛抱だなんて、もったいないお言葉で」
「そうだ、折角ですから研究成果の一つでも」
「では、完成した硫黄の精製でも、これは伯英(樽金の兄)様が福州より手にいれた本の精製を試して改良したものです。」
「猿波屋として大島の笠利と徳之島の平土野に導入する技術だな?」
「はい、あちらを委せる手代達に技術を仕込んでいる所です。先ずこれは、硫黄の山から切り出した鉱石ですが、このように硫黄だけでなく多くの不純物を含んでおります。」
黄白色の岩に黄土色の硫黄の結晶がこびりついている。
「硫黄が採れる山では息苦しくて長時間滞在できませんし、精製には水や薪が必要ですので、これはそのまま船で島に運びます。」
トカラの硫黄島に硫黄鳥島はどちらも小さい島の上、火山の影響で樹木にも恵まれていない。
「これまでは硫黄が多い部分を砕いて箱詰めして那覇は漫湖の硫黄城に運んでおりました。先年に五箱程精製した物を明に送りましたが好評でした。」
樽金が原状を報告する。
「これを水に晒して水に溶ける不純物を除き、天日で完全に乾かしたあと火にかけます。硫黄のみが熱で溶けますのでこの黄色い上澄みを汲み出しゆっくり冷やせば硫黄のみの純度の高い品に仕上がります。量は半分以下になりますが売り値は四倍、手間や硫黄を溶かす薪の量を考えても儲けは三倍以上になります。うきゃきゃ!」
説明する猿波屋の番頭が奇声をあげる。
「これは?少しは硫黄が溶けてるのでは?」
晒した水のはいった壺は乳白色に変色し硫黄臭が漂う。
「確かに少しは流れてしまいますが……」
「これを沸かせば温泉にならないかな?」
壺の液体に顔を近づけ臭いを嗅いだ真三郎が硫黄で乳白色に濁る廃水に腕まで突っ込みながらつぶやく。
「「「お、ん、せ、ん、ですか?」」」
火山のない琉球では聞きなれない言葉に一同顔を見合わせる
「えー、確か箱じゃねくて、そう、薩摩の霧島とかでは山から硫黄の含まれる湯が涌き出て皮膚の病とか治したり、後、確か寿命が伸びたり、地獄を蒸したり、それに美容、美白になるとかならないとか、、」
箱根の黒い玉子を思い出しながら指折り数える真三郎。
「あぃ!美白の湯って、聞き捨てならんさぁ。オバァに聞かせぇなぁ! はいっ!お昼もってきたさぁ。さぁ!かめ!かめ!」
かめオバァを先頭に馬の指摘で鴉那御殿の祭祀を行う神女の嘉樽に料理の手伝いに張り切る上間親方の子女恩戸、料理を運ぶ手伝いの文子(下級役人)にかんジィまでが手伝い真三郎達のいる研究工房前の木陰に昼食の芋や塩焼きの魚に握り飯が並べられていく。
「あいっ!恩戸や、皿にする葉が足らんさぁ、あっちから摘んでおいで」
真三郎達の他に工房の職人達もかめオバァの声と不定期開催の昼食会の御相伴に預かろうと集まってくる。
「はい!わかりましたわ、かめオバァ様!」
小刀を手に幼女が月桃や、芭蕉等の生えている繁みにトコトコ向うのを生暖かい目付きで職人達が見つめる。
「うん、いい!」
「正義だな!」
「舌たらず感がまた!」
「こらこら、それより、先程の仕組みだが……」
「木工でこういった道具が出来たら、」
「だっからよー、青銅でこんな感じに」
「確か明の書物にだなぁ」
「そういえば農方の、」
「あいっ!あちこーこーの芋に豚味噌さぁ」
「はいっ、ご苦労様です。」
定期的に研究工房の様々な部門の職人達が三々五々ざっくばらんに意見交換する昼食会。真三郎も身分なんかそんなの関係ないとばかりに職人達に混ざり工夫話に耳を傾けつつかめオバァらが配った芋をほうばる。
「ん?な、なんじゃこりゃあ!!!」
ふいに真三郎が腹を銃で撃たれたかの様な奇声を発する。
「真三郎様!!」
真三郎の奇声にいち早く反応した真牛が真三郎を背で庇う。
頭上に掲げる真三郎の二の腕から太股の付け根(股間)にかけて白濁した汁がつぅーと糸を曳きながら垂れていく。
「うげっ!真三郎様、まさか!」
思いっきり引いた三良がジト目で窺う。
「ちゃ、ちゃうわ!」
瞬時にいわんとすることを理解した真三郎が否定するも周囲の職人も一瞬怯む。
「ちゃうって!カウパー君だっ……………………クンクン、ちゃうちゃう」
手を激しくプルプル振る真三郎の二の腕を捕った真牛が臭いを嗅いで確かめる。
「クンクン、これは違いますね、なんですか?」
主人の無罪を証言した真牛が真三郎の身体を見回す。
「あっ!これ、なんだ皿にした葉の汁だよ!びっくりしたなぁもぉ」
良く見ると真三郎が取り皿替わりに手にした両手程の厚みと光沢のある葉の根本から真三郎の太股に乳白色の汁が垂れている。
「ご、ごめんなちゃい。綺麗な葉だから朝公ちゃまに………えぐっ!えぐっ!」
葉を摘み、真三郎にオカズを乗せた品を手渡した恩戸が騒ぎに堪え切れなくなってうるうると泣き出してしまう。
「だ、だ、大丈夫!なんともないからなぁ。恩戸ちゃんはオバァの手伝い何時もありがとねぇ、よしよし」
「うん。恩戸、お手伝いがんばるさぁ」
ぱぁっと笑顔になった恩戸はオバァの所に戻って急須から茶を振る舞う手伝いを始める。
「王子しなす!」
「幼女を泣かせるとは紳士にあらず!」
「黙れよ!おっきいお友達ズ!」
ひそひそ囁かれる痛い呟きに真三郎も若干キレ気味である。
「これは菩提樹?ですよね」
「うむ、普通の菩提樹だ、汁もネバネバはするが、これ程糸を曳くほどには」
植物学の発達していないこの時代、釈迦が悟を開いたインドの三大聖樹のひとつ菩提樹とは少し品種が異なるがイチジク科でガジュマルよりは一回りも二回りも大きな光沢のある葉をつけ、板根、気根等で風格のある大木に育つ木は一纏めに菩提樹と称されることもあり、鴉那御殿の研究工房の庭にそびえ立つ大木こそインドゴムの木であった。
「殿の?」
「いや、それは……」
「硫黄?」
「そういえば先程の………」
「真三郎様!腕を!うむ、確かにうっすら硫黄の臭いが」
「手の平しか洗わなかったのか」
「幼女の涙、うん!ご褒美いただきました!」
「だ、誰だ!今の発言は!平等所のお役人様ぁ!こっちです!事案発生ですぞよ!」
「いや、まてまて、今はそんなことはどうでもよいだろ!」
「ふむぃ。このネバネバするだけの汁に何か使い道があれば………」
「なぁ?これって、ゴム?かな」
ピーンと来た真三郎が回りの反応に聞いてみるが返事はない。
(まさかのゴムか?確か観葉植物でみたのは鉢植え程度でこんな巨木に育つ木だとは…………皆菩提樹と呼んでたしな、)
「真三郎様?」
「お、おう。今これの利用法について考えてた。注文ばかりで悪いが、誰かこの汁と硫黄の関係についてちょっと研究してくれ、」
「はっ!」
「真牛は増やし方、多分差し木かとり木で増やせないか、他に同じ木や、性質を持つ木が領内にないか調べてくれ!」
「はっ!畏まりました!」
(ゴムか、よし!目指せ0,02ミリ!名前はそう、金道夢ってか)
「くっくっくっ!」
18世紀にブラジルの奥地で科も異なるがゴムの生産力が比ではないパラゴムの木が見つかる。
天然ゴムがグッドイヤーによる加硫法の発見と産業革命により重要な産業、軍需物資となり油目的のパーム椰子と共にアマゾンや東南アジアの熱帯雨林をプランテーションという欲望の業火で焼き尽くすのだか、真三郎の色欲の炎が山原の森を焼き尽くしてしまうのか、こう、ご期待!
次話につづく!
年度末で休むと何時から錯覚していた?
ホントはかなり熱しないと加硫反応にはならないようですが、発明のきっかけとして無理矢理に…………まぁご都合主義であるわけさぁ




