第67話 龍樋
謎のTS転生疑惑事件により真三郎が寝込んだことは既に述べた……………………翌日、快食快便至って健康体であったことを確かめた真三郎は早速|鴉那(ANA)御殿の仮御殿で臨時の内政検討会議を開催した。
「オホン!あーではこれより、此度の海難に伴う諸々の後始末等についての評定を行う。」
集まった何時もの面々に川満船頭と真三郎のをなり神女の馬が参画していた。
「まずは、留守居をお願いし、心配をかけた皆に、なにより今帰仁より急ぎ駆けつけてくれた馬さんに御礼を言わせてくれ」
上座に座る真三郎、真牛に一番下座に控える川満船頭の三人が一斉に頭を下げる。ちなみに飛漣は早速お使いで不在である。
「では、まず旅クェーナ等全ての支出の決算報告ですが薪が四山、米四石、小麦十二石、大豆二石、油二十斗、豚八頭、山羊六頭に……………………………………さらに間切中の神女への布施として一人当たり米二斗に上布一反」
樽金が冷え冷えと感情の消えた声で帳面をめくり読み上げ続ける。
「わ、わかった。わかった樽金、緊急事態だ、御殿の財布よりは足りぬか、仕方ない卯屋の銭蔵から………いいな?樽金」
皆の視線の刺さり具合に早速白旗を揚げる真三郎。
「やむを得ませんが、一言。殿下の御身にはくれぐれもご自重を!」
「わかったよ!わかった。えーただ、これを………」
真三郎が布袋一杯に詰まった羽毛を両手に取り出す。
「これは?羽毛?」
摘まみ出した勢いでふわっとこぼれだした羽毛を一枚摘まんだ安李が真三郎に確認する。
「そうだ、ちょい図南!」
ちょいちょいと下座控える図南を手招く。
「これはうふあがり島にいた雛鳥の羽毛だ。島には何万羽もの鳥がいたぞ、で、この羽毛を布に摘めて蒲団にしたいが出来るか?図南」
「んー、朝公様、羽が細かいのでかなり目の詰まった上等な帛でないと噴き出すかも知れませぬが、お任せくだされ」
手からこぼれ、話す息でもフワリと舞う羽毛を見ながら請け負う。
「琉球でも冬場には蒲団が必要だ、とりあえず二十枚は作れるだけの羽毛がある。かなりの高額な品になるはずだ。工房で工夫してくれ。上手くいけば此度の収支は黒字になるだろう。なっ?」
チラチラ樽金を見ながら黒字をアピールする真三郎
農家ではハイジ風に藁の山、大屋子クラスでは端切れの敷き布団に上着を何枚か重ねて寝る程度であり、ちゃんとしたそれでもかなりの煎餅な蒲団は首里の士族、真綿の入った高級蒲団は王族、金武間切では真三郎ぐらいしか使っていないのが実情であったのだ。
「では、次は船について、川満船頭!」
「あいっ!幸い告天号の舵についてはね、今新造中の船の部材を流用した。月の終わりには点検も修復も終える予定さぁ…であります。」
陸に揚がった河童というか船の上とは異なる雰囲気に打ち上げられたトドのように精彩の欠けた川満船頭が精一杯に答える。
「そうか、船頭を初め、皆の協力で無事に戻ることが出来た。良い船乗りを育成するためにも報償を弾めよ!」
「し、しかし、此度の出来事、船乗りとして嵐の予見及び責任の所在等もはっきりせねば。」
なあなあとした処分では今後の船方の差配に触りがあると安李が異を唱える。
「いうな、安李。久米の司天監(天文官)の予報にもなかったのだ。金武湾手前まではまさしく快晴。不思議なぐらい急速に崩れての嵐だ。責任の取りようはあるまい。褒めてあげたいぐらいだ。」
「金武の港で迎えの手配を行っていた捌理からも同様の報告があります。」
三良が金武鍾乳洞に運ぶ牛馬の手配を行っていた観音堂付きの役人の証言で真三郎の発言をフォローする。
「かしこまりました。」
上役としてのケジメだけの問題提起であった安李は簡単に意見をとりさげ、船頭共々頭を下げる。
「でーじかたじけないさぁ」
一礼した川満船頭は安李の目配せに応じて船の対応に早速退室する。
「よろしいですか?次は積み荷ですが、金武の観音堂に保管する予定の泡盛は今年分は欠品に近い状態です。天久の会所に出荷予定の米は勝連の船をお借りして無事に搬入しております。」
「まぁ、しかたなかろう。今から同量の酒をかき集めると品不足になりかねん。酒の値があがると恨まれるし、来年の冊封使に備えて各地から酒も集める必要もあるな。」
「はい。」
「首里でございますが、飛漣の使いを受けまして王府と兄安棟には無事の届け出を提出しております。首里天加那志より、殿下の無事を祝う文に下賜の御酒等が届いております。」
首里屋敷組であった池城安李が尚永王からの文を箱ごと差し出す。
「御主よりはなんと?」
「はい、労をねぎらう言葉と、落ち着いたら早めに首里に登城するようにと」
「そうか、早めに登城しよう。首里には安李と、樽金は久米の普請に戻るか?俺も羽友らに挨拶しなければ」
「そうですね。早めに普請場に戻る予定でしたので、では…………次はその久米につきまして、卯屋の商いについては君之殿の差配下で影響はありません。新たな商いの準備も順調で、七月には鶩屋としての芸能大会も予定通り、三重城と屋良森城の基盤普請は具志頭の良質な石材も調達できましたし、海藻を使用しました運搬法で労力もかなり軽減出来ましたのでやや遅れがちでありましたが無事に終えております。ただ………」
久米での様子を語る樽金がいい澱む。
「真さ、殿下のお耳には入っておらぬとは思いますが、実は上間親方長胤様の屋敷が暴徒と化した民に略奪されております。」
「…………!へっ?」
八割もの税をかけられてもなんくるないさーとのんびりとした琉球の民が暴徒化したと聞いて驚く真三郎。
「ちと意図的な印象を受けますでしょうが、殿下の災禍の一報を受けて漫湖周辺の村々に龍神の祟りだとの噂が瞬く間に広がり、野火のごとく群集が集まり贄を出せと屋敷を襲ったそうで……」
(やっべー。真玉橋の普請で人柱騒ぎを鎮めた積りであったが長年の慣習を改めるのは難しかったか、
龍神の祟りって竜巻のことだよな?)
「ひょ、ひょ、ひょ、流石の暴徒も親軍のおる首里には近づけぬ、古波蔵の安昔が娘を首里の屋敷に匿うところで馬から旅クェーナの手伝いに二人を呼んだのじゃよ!」
真三郎の叔父ということで巻き込まれそうな古波蔵親雲上の安昔も兄安棟の首里屋敷に避難していた程の騒ぎである。
「そ、それは酷いとばっちりだな。上間親方は御無事か?」
「はい、上間様は御無事で南苑に、殿下には御迷惑でなければこのまま恩戸様達を鴉那御殿で匿っていや使って欲しいと。」
「…………ん、まぁ仮御殿も半分程度は出来てはいるし、女手ってなんかあるかな?」
(このままでは領地の上間に戻るのもなぁ。)
「ひょ、ひょ、ひょ、かめオバァも年じゃし手伝いが欲しいじゃろうて」
旅クェーナで馬に従い巫女役をやりとげた幼女にかんジィもメロメロの様子。
「恐れながら朝公様!御二人には是非金武に滞在、特に嘉樽様には烏森御獄の神女のお役目をお願いしたく。」
真三郎のをなりとして正式な神衣姿で右の上座に座していた馬が上間からの二人の取扱いに口をだす。
「此度の災禍の一端はをなりである私の霊威不足。今帰仁に戻りましたら阿応理屋恵様に修行をお願いしますが、金武の新たな政庁である鴉那御殿に開いた御獄の祀主が不在なのはよくありません。是非に嘉樽様にお力を」
喜瀬武原の金武御殿は金武間切の番所(役所)を安棟が王子の御殿として改築した屋敷。古来より御獄と城が一体となった形態ではなかった。
「わかった。旅クェーナでも世話になったようだし、漫湖、いや豊見城に戻しても神女として役目を果すことも難しいとは聞いた。皆も賛成の様だし二人には俺から頼んでみよう。」
「ありがとうございます。それから、今帰仁に戻る前にお願いしたいことが…………………………………………」
◆
琉球南部 佐敷間切 斎場御獄御殿
「聞得大君加那志!此度の災禍にも関わらず無事に琉球に戻れましたのも聞得大君加那志に龍樋の水を献上すると祈願したお陰にございます。」
龍樋の水とは首里城瑞泉門の近くからこんこんと涌き出きる琉球一の霊水である。今から50年程昔に明よりもたらされた輝緑岩の龍頭を模した樋が霊水を吐き出す。首里の山頂に築かれた首里城に於いて背後に水を貯めるような山がないにも関わらず、城の真下というより中腹より常に水が湧くのは当時の人々にとっても摩訶不思議な現象であった。
ちなみに首里城正殿、京ノ内等の聖域に降った雨水が石灰質の地盤フィルターがわりにゆっくり浸透して湧きだしているということが最近は日本全土をブラブラ散歩しているおっさんの調査で判明したばかりであった。
「ゴホッ!ゴホッ!ああ、大義じゃな。大金武王子朝公」
座蒲団を重ね肩から神衣を纏った琉球神道の最高司祭、国王と並ぶ権威をもつ聞得大君加那志、号を梅南と称する老婆が御簾の上げられた畳間より声をかける。
「近う。」
「はっ!」
「ふむっ、やはり。(うむぅ、類いまれなる相じゃが、やはり王気は感じられぬか……………梅岳も詮なきことを…………)」
「ゴホッ!ゴホッ!」
「だ、誰か!」
「ああ、よい、よい。琉球の、王家の斎主たる妾が万全なら此度の災禍もなかったであろう。聞得御殿への貢、大義であった。して、残りはどこに?」
差し出された三方に置かれた目録に目を通した聞得大君が真三郎の背後に並ぶ献上品を眺める。
朱漆の桶には龍樋の熨が貼られ、二つの三方には銭が1000文、上布が六反、泡盛の甕が三つ。室内に入らない米俵が六俵、二石が御庭に積まれていた。
「はい。この後は首里森御獄の斎に三平等の御獄、久米島の君南風様と今帰仁の阿応理屋恵様。明の船師の崇める天妃宮、そして波之上を初めとする八社に少しばかりの寄進を」
「ほぅ。それは豪気なことじゃのう。(金武はかほどに富裕になっておるのか、しかし紅とはな。そうか、今帰仁のババアの入れ知恵かのぅ)」
側仕えの神女に命じて三方のひとつ、絹のふくさに置かれた蛤の合子にわずかばかり塗られた紅の色鮮やかさに溜め息を漏らす。
金のごとくつややかに光輝く紅は黄色い紅花の花から水溶性の黄色の色素を洗い流しごくわずかに採れる金以上の価値のある最高級品。神事においては口許だけでなく、額に神女の証として彩る権威の象徴でもある。
「はい。死を覚悟して諸神の加護を祈りましたゆえ」
馬の忠告で真っ先に訪れた聞得大君の頬が弛むのを確認した真三郎も安堵する。
「善哉、善哉、真っ先に斎場御獄に参ったのは祝勝な心掛けじゃて。大金武王子朝公殿に龍神加那志の御加護あらんことを!」
聞得大君に代わり神女の一人が三方に乗せられた檜扇を真三郎に下賜する。
「ははぁ」
鴉那御殿内の烏森御獄が琉球神道の認める聖地の一つに正式に認められ、嘉樽を神女とした証であった。
登場人物が増えすぎたので人物紹介をはじめました。




