第65話 フラー鳥
ブルッ!
「ううっ、さむっ!な、何か……」
あまりの寒さに眼を覚ます真三郎。
絶海の孤島、沖縄本島とほぼ同じ緯度に位置するうふあがり島だが、嵐のあとの静けさか雲ひとつない夜空に、盆地状に島の中心部が抉れた独特の地形からくる放射冷却で夜明けの前の寒さはすっかり琉球の生活に慣れた真三郎の身体を凍てつかせる。
ふわっ
ふいに真三郎の顔になにやら毛布の様な何かがかけられる。
(あぁー、なーんかちょっぴり臭うが……はぁあ、あったかいんだからぁ…………)
寒さにいろいろと覚醒しそうだった真三郎だが不思議なぬくもりに深い微睡みに引きこ……………………
ギー!ギー!ギー!!! ギー!ギー!ギー!!
(あーあーうるさいなぁ!もーちょい、寝かせ…………)
「ん?なんだ?こりゃ」
顔を覆う黒い綿毛に包まれた 真三郎が眼を覚ます。
「お目覚めですか?」
「いてて……、ああ。固い地面でも揺れないのがこんなに有り難いとは、うっ、ぺっ!べっ!なんだ?これは?毛?綿毛?まっく○くろすけか?」
風の吹き溜まりとなっていた寝床は黒茶色の羽毛の塊がいくつも重なり、真三郎は顔だけでなく、口の中にもまとわりついていた綿毛状の羽毛をペッペッと吐き出す。
「鳥の羽毛でしょう。暖かそうにくるまっておいででそのままにしておりました。まだ、飛んではないようですが、先程より彼方の方角からかなり大きな鳴き声が……」
火の番をしていた真牛が真三郎の起床に声をかける。
ギー!ギー!ギー!ギー!ギー!!
「殿下!粥が炊けましたぞ。まずは……」
船乗りの一人が携帯非常食である干飯を湯をかけ軽く戻しただけの粥を差し出す。
「殿様ぁ!獲物だ!肉っすよ!肉!」
まだ夜も明けきらぬ暗いうちから島の探索と食料調達に向かった飛漣がなにやら両手に黒い固まりをぶら下げ、喜色満面で夜営地に駆け寄る。
「見てくださいよ!このまん丸な肉!っとじゃない鳥!雛の癖に丸々としてまっせ!早速焼いちゃいましょう!!」
先程から聞こえるの鳥の鳴き声は飛漣が群れを襲ったからか、軽く頸を捻って締めた獲物を掲げて見せる。
「ほぅ、でかいな?五斤、いや七斤ばかり(四キロ)はあるな?雛でこの大きさなら親鳥ばかりどれ程の大きさかな?」
早速、首筋に刃を当て血抜き、湯をかけて羽毛を毟しる真牛と飛漣が雛をあっというまに鳥肉の塊に変える。
(ん?この羽毛は、こいつらのか。)
「いやぁ、こいつら向こうの原のほうに本当、うっじゃうじゃいて、あっそうそう、ギーギー五月蝿く鳴いててたのもこいつらやったけど、親鳥は全く見なかったな。朝早くに餌を狩りに海にでもでたのかな?」
ボッ!
「うおっとっ!こ、これはすごい脂だな!」
小枝を串に焚き火で炙った肉からぽたぽたと滴り落ちる脂に炎が燃え上がり、辺り一面に肉の焼ける芳ばしい匂いがたちのぼる。
「うー!たまらん!では、まずオイラが毒味とっ!……………んっ!んっまい!殿様ぁ!牛兄ぃ!汁気もたっぷりでめちゃめちゃ美味にごさいますぅ!」
まちかんてぃしてた飛漣がまだ生焼けっぽいにもかかわらず一串を口に頬張る。
「ほう!では、俺も。実食!…………ふむぅ、確かに雛故か鳥とは思えぬ肉の柔らかさに脂の乗り具合、全身がそう、ボンジリの様だな。うむっ、味付けは僅に降った塩のみというのにぃ。大海原を飛び回る姿が思い浮かぶなっ、んー真牛、カンゲキ!」
大海原に飛び込む褌姿の真牛は幻に違いない。
「そ、そうか、では、俺も!頂きっ!はふはふ!」
(うんまっ!確かに少し脂っぽいが柔らかくてジューシー、こりゃ旨いなぁ)
粥だけの食事のはずが思わぬ豪勢な朝食となり腹拵えを終えた一行は早速島の探検を初めとする仕事の割り振りを早速開始する。
「えーと、水場は確保できたようだし、告天号への補給は三樽分ぐらいで足りるか?」
島の中心部に見える池までは標高差を抜きにしても二キロ弱はある。
足場の悪い藪をかき分け二十キロはある樽を担いでの往復はかなりの重労働である。
「帰路にもまた何があるかわかりません。念のため七樽分は積みたいですね。」
「食料は?」
「鳥肉は魅力的ですが、下では魚も沸くように釣れとるみたいで、舵の修理の最中ですが甲板が干物屋のようになってます。」
「そうか、じゃあ悪いが二人は水場を、真牛と飛漣は俺と一緒に降りれそうな場所と、島の探索とするか。」
身軽な飛漣は探索に、真牛は護衛から外せない。
◆
ギー!ギーギー!!ギー!ギーギー!!
「なっ!いっぱいいるだろ?しかもこいつらまじフラーな。雛鳥ばかりだろ?親鳥は何処にいったんだろ?」
庭よろこび駆け回りそうな飛漣には肉の山にしかみえていないようだ。
「真三郎様、先程船員の一人が申してたのですが、おそらく阿房鳥の雛ではないかと、」
「あ、アホウドリ!!こんなところに、」
聞き覚えのある名にビックリする。
「なーなー!こいつら旨かったし、いっぱい捕まえてこーぜー!」
パチン!
「まて、まて、ちょーっと考えさせろ!」
(確か、日本に沖縄にアホウドリなんていたっけ?ヤンバルクイナならわかるけとま、こんな営巣地なんて南極のペンギンぐらいしか見たことないなぁ、地球温暖化とかで絶滅したのかなぁ。うーん、辺りに親鳥もいないみたいだし、)
真三郎は知らなかった。アホウドリは卵を産んで孵化すると二、三ヵ月は親鳥が献身的に餌を運び世話をするが、親鳥よりも巨大に肥らせた後に島に雛だけをを残して遠北たの空に飛び立つ。
残された雛は換羽と一ヶ月近い強制的なダイエットによりスリムで精悍な姿に生まれ換わり大空に飛び立てるようになるのだ、
真三郎達の漂着した五月はまさに親鳥が放置プレイを開始した直後であり、島には放置子だけがそれも数十万羽もとり残されていたのだった。鳥だけに……
「うひょょん!肉、肉、肉!まさに肉の島だぁ!殿様ぁ。この島に住んじゃいましょう。毎日肉っすよ!」
藪をひとつ越えて見えたのは更に多くの雛の群れ、だらだら涎をたらす飛漣の挙動も不審になる。
「真ぁ牛ぃ、めーごーさー!」
ゴッツン!!!
「馬鹿をいうなっ!先ずは下に降りれる道を探せ!」
「いっ!へ、へーい!」
両手で頭を抱える飛漣の両目に大粒の涙が浮かぶ。
「?真三郎様?何か?」
黒茶色いもふもふした雛をモフモフしていた真三郎の動きが急に止まり、わなわなと震えだすのを真牛としゃがみこんだままの飛漣が怪訝な様子でうかがう。
「宝や!宝!!この島はまさに宝の山かもしれんぞ!真牛!飛漣!下に降りる道を確保したらこの羽毛を集めるだけ集めるんだ!これはきっといい金になる!!」
「金っ!これが?じゃあ?」
円でもないのに明らかに目の形かま¥マークになっている飛漣がくいつく
「ああ、金武に、琉球に戻ればまたご馳走だ!ちばりよー飛漣!」
「おう!なら道探しは俺にまかちょんけー!早速ぐるーっと島を回ってきますんで!」
大急ぎできるギーギー鳴き声を上げる雛の群を飛び越えながら海岸線を駆け出した飛漣に真牛が割れんばかりの声をかける。
「そ、そうかぁ夜には肉を炙るから暗くなる前に戻るんだぞぉ!」
「了解っす!」
ギー!ギーギー!ギーギー!!
◆
「真三郎様、頭にご注意を!あっ。足元も!」
蔦をロープ替わりに覚束ない足どりの真三郎、見上げる空の割れ目には巨大な椰子がそびえ立つ。
「こ、ここは?」
「さぁね、でもなんか道になってるみたいでしょ、岩をバリバリっと二つに割ったみたいだし、」
鎌倉の切通しを連想させるほど垂直に切られた岩場には幅七尺(二メートル)もない坂道が延々と続く。
まさしく島が大陸プレートに乗って移動する際に岩盤ごと島の一部が引きちぎられた痕である。
「な、なぁホントに大丈夫か?なんか急に寒くなったんだけど、」
かなりの湿気と灼熱の外気のうふあがりで汗まみれの身体がひんやりとした一陣の風にブルッと震える。
「大丈夫ですって、ほら!出ますよ!」
「ほわぁぁ!」
「ほう!」
「うむ、船は付けられんが此処からなら楽に海に降りれるな!」
「うっ、た、確かにまだましか、真牛……」
「駄目です!いつまた海が荒れるか、告天号の修復も終わりますのでここから出立します!」
海に開いた道…………は浜に降りることはなく、数メートルは崖を下る必要があるが上陸地点のようにドナドナ式ロッククライミングをせずに済むことだけは確かな高さであった。
◆
翌日
無人島ゼロ円生活は七泊八日で終了。
朝焼けの穏やか真南風を念のために半分程度に張った帆に受けた告天号は月明かりをたよりに航行を続け、昼前には那覇の港の沖合いで小舟に飛漣と船員を一人下ろして首里の安李、久米の樽金らに真三郎の事の次第を書いた文を持たせて報告、対応等を依頼し、夕刻には当初の目的地であった金武湾の港ではなく、沖縄本島をぐるっと廻って母港であり補修が可能な恩納の泊に碇を下ろすのであった。
遭難被害
全損
廃棄した泡盛二十石 約4000㍑
泡盛や水の甕や樽70個
舵 応急措置 補修不可交換必須
一部損壊
二番帆 一部破損
舷側 柵の破損
船倉 水漏れ
帆柱 先端
うふあがり産物
アジっぽい干物300枚
サワラっぽい干物5枚
アホウドリの雛10羽 非常食用 生きたまま
羽毛20キロ(1羽から10グラム程度約二千羽分)
尾羽1000枚
謎石① 泡盛の換わりにバラスト用にかき集めた小石や砂2000キロ
謎石② 筋状に模様が入ったものと真っ白な琉球石灰石、本島の石より密で固いようだ。200キロ




