第61話 暗雲の狭間
首里城 奥書院 国王尚永王 休息の間
「御主加那志、こちらになります」
畳二畳程の絵図面の上に幾つかの模型が置かれた一室に真三郎は兄王を案内していた。
「真三郎、今は公務中ではない。兄でよいぞ」
正殿での様々な儀式や執務の合間に王が休息する間である。唐衣装の上着を脱いで一息つく王にもいくらか疲れがみえる
「し、しかし普請に関する事ですが……」
「まぁ、気にするなというのは無理か。では朝公。早速説明してくれ」
全くの二人きりの訳でなく、王の側近である、小赤部、近習頭と右筆である筆者が立ち会っていることを察してチラリと見やる。
「では。早速、こちらをごらんください」
「「「ほう!」」」
「うむー実に良くできておるな!」
「はい、手先の器用な者につくらせました」
被せられた布を捲ると地図の上に木片を組み立てて出来た新たな三重城と屋良森城の模型。
鮮やかに色も塗られてかなりの力作である。毎月購読すれば、一万分の一スケールの精巧な那覇の町が出来そうな程の出来映えである。
「殿下、こちらが?」
ちょうど港の入り口に置かれた模型を筆者が王に指し示す。
「はい。実際に港を使う久米の者や船主等に聞き取りをおこないました。
那覇の港の改善策としまして、今の三重城、屋良森城を沖合に延長、拡大し、こう、このように、ハの字型に堤を伸ばします。さらに三重城の堤の中程にある臨海寺の境内も拡張いたします」
真三郎は扇子を指示棒の様に動かして万里の長城の様な二つの堤の配置を説明する。
「しかし、殿下。このように港口をぎゅっと狭めては引き潮の刻には入港が難しくなるのでは?」
船に乗ったことがあるらしい近習頭がまずもっともな疑問を口にする。
「はい、確かに風向きや、潮の時期によっては難しくなります。が、港口を狭めることで堆積する土砂を撹拌し勢いをつけて外海に押し出すことで港を安全な水深に保つことができます」
「ふむぅ。運天の港は深いが那覇の港の中には浅い瀬もあり大風の際には流されて座礁することもあると聞いたことがあったな」
王太子としての名乗りである中城王子、実際には采地である中城間切を直接治めることはなく、首里城住まいを義務付けされている。
郊外にはなかなか赴けないやんごとなき身分ではあるが、即位前には意外と視察を実施していたようであった。
「それから、ここと、ここにヒルギが大量に生えて陸地化している砂州があります。伐採の他にある程度干潟も竣浚もしなければいけません」
国場川と饒波川の合流地点、豊見城城の周辺はマングローブの生い茂る干潟になり、水鳥の憩いの場となっている。まぁラムサール条約もなにもない以上、真三郎のやりたい放題である。
「ふむぅ。冊封使の冠船に何かあれば一大事だな。朝公の申すとおり確かに港の整備は重要だな、竣浚や、伐採や竣浚は漫湖周辺の親雲上らの普請として割り当てるか」
近習頭がそっと差し出した青磁の碗に注がれた香片茶の香りを嗅ぎながら王が思案する。
尚元王の早世による冊封の準備で王府の財政は火の車、士族にも多くの労務や普請を課していた。
「しかし、港の堤はともかく、この両城の規模はいったい?」
老朽化したとはいえ現在の両城は元々存在していた岩礁の上に琉球石灰石からなる石垣で囲い、中に臼砲や、見張り役人の休息場所があるだけの砦ともいえぬような代物であり筆者の疑念ももっともである。
「はい、これは慶賀使となりました久米の鄭憲殿の意見を容れました。
やはり大和や明の商人を琉球に招くには港の安全性を宣伝することも必要だと、これは京師にあります鐘楼と鼓楼を模して、まぁ規模は半分以下となっておりますが。
また、今、城に置かれた臼砲台をいずれは最新の仏浪機に替える必要もあるとおもいます」
尚清王の御代、嘉靖の大倭冦が南海の各地を荒らし回った時代の骨董品に近い臼砲は対岸にすら届かない見かけ倒しの旧式。
更にに火薬の備蓄すら覚束無いのが現在の琉球の国防体制であった。
「那覇の港は沖にあります岩礁により北から倭口、唐口、宮古口の三ヶ所の出入り口があります」
真三郎は図面の外、港を塞ぐ位置に扇子を置いて天然の沖防波堤であり那覇の港を大風の波浪より守る岩礁の位置を指し示す。
「一番水深があり、正面玄関でもある唐口にまで届く仏浪機を入手できれば倭冦や南蛮海賊の襲来があっても安心して港に留まることが出来るようになります」
懐から差し出した二枚の絵図面、鐘楼図と鼓楼図に加えられた数字は海面からの石垣の高さ八間(約15メートル)、挟間のある石垣の上に置かれた二層式の楼閣からは久米の街並みを眼下に見下ろすことも出来る規模である。
「し、しかし、冊封使の冠船を迎える港の入口に砲台とは少々キナ臭いのでは?」
近習頭が王の顔色を窺いながら尋ねる。
「それ故の鐘楼、鼓楼の姿であります。明では一、三、五、七、九の陽数を兼ねた二十五を最上として帝の儀礼時に鳴らしていると鄭憲から聞き及んでおります。
流石に冊封使や琉球の儀礼での使用は不敬と呼ばれ兼ねないのでそれぞれ九つの鐘や太鼓を設置しまして、儀礼時や、船の入出港、時刻、後は火災等の非常時に数や叩きかたを変えて鳴らすようにすればよろしいかと……」
反論されぬように一気呵成に説明を終えて一息いれる。
「太鼓はともかく、久米中に響くほどの大鐘となると」
どれだけの大きさの鐘を想像したのか筆者が呟く。
「そこは久米の商人どもにでも寄進させればよいのでは?」
士族の出ゆえか気軽に近習頭が商人に負担の矛先を向ける
「うむぅ、天の刻を司るのも明の帝の役目であり、権威の象徴だ、刻を告げる大鐘の下賜を帝に願うのも一考する価値があるな」
まだ生えそろう気配もない顎髭をさすりながら尚永王がある思案する。
「はい。話を聞いた所によりますと多くの商人が普請の必要性と矢銭の徴収にも理解を示すだろうとの感触があります。主上のお許しを頂けましたら某に三重、屋良森の城の改修とともに港の整備も併せてお任せください」
居ずまいを正した真三郎が平伏して願いでる。
「うむ、よかろう。但し商人より寄進される銀子の出入は逐一王府に帳簿を提出するようにな」
私腹を肥やさぬようにか監査の宣言である。
「はっ!かしこまりました」
◆
久米唐営 卯屋 炉卯兎薬種店
「この度、三重と屋良森の城の改修工事と港の竣浚を行うことになったが、卯屋として銀子五百貫を工面することとした」
軽い酒の席との触れ込みで卯屋、商業部門の番頭格の顔役が勢揃いしている。まずは卯屋大番頭としての程君之に別組織ではあるが米会所を任されて宮仕えの時分より生き生きとしてきた程羽友。
その他に真三郎の正体を知っている店舗の管理者が十名程と真三郎の近臣ズが商人形態で控えており、乾杯の挨拶もそこそこでの真三郎爆弾発言の投下である。
「「「ぶっー!」」」」
「ご、ご、五百貫!」
「まぁ、でん…若旦那様の為でありますが…………」
軽く口にしても銀五百貫は今の金にして約十億。金武王子としての役目の為でも右から左にちゃらちゃっちゃー出来る様な金ではない。
「いいか。よく聞け。これは久米の唐営の未来為でもある。先日大和の商船が琉球からルソン、ホイアンに向けて出航しているのは知っているな」
大番頭、程君之の息子正房を卯屋の番頭として乗り込ませているのだ集まった面々の箸も盃止まったままだ。
「海禁の緩和以来明の商人も倭冦にならずとも商いが出来るとシャム辺りまで船を出す商人が増えておるほか、南蛮人の大和辺りへの進出も激しい。また、東の果てのメキシ、えーとそうそうぬえばえすぱーにゃあとやらから産した銀を大量に持ち込んでおるようだ。マニラはその南蛮人が砦と港を築いて数年だがかなりの繁栄ぶりらしい」
ヨーロッパは兎も角アメリカ大陸の存在、地球が丸いことすら理解していない皆にくらべては中学生レベルとはいえ十分なチート的な地理情報を知っている真三郎である。
「東の果てから銀をですか……」
世界地図の知識もない面々が真三郎な言葉に怪訝な表情を浮かべる。
「うむ。大和からの重要な荷も銀。大明は銀を大量に求め、対価に特産の絹や磁器を輸出しているな」
「琉球では硫黄と馬を明に、若旦那様の黒砂糖や、鬱金や反鼻等の薬種薬酒も大和に売れておりますが……」
番頭の一人が琉球の産物をあげる。
「うちだけ儲かっても那覇や琉球国全体が寂れては困る。そこでの港普請だ。大和や明の船を集めて新たな商いのチャ、絶好の機会やぁ!」
立ち上がって拳をあげる真三郎を他所に顔を見合せる番頭たち。
「「「はぁ?」」」
「い、今なんと!」
君之が樽金に目で合図を送るも肩を竦めれたことで覚悟を決め皆を代表して聞き返す。
「いいか。百年は前、|尚泰久しょうたいきゅう王様の御代には万国津梁とまで謳われ進貢船を南海の国々にまで派遣して交易をしていたと言うではないか」
国際バブ港湾と中継交易により繁栄した琉球王国のアイデンティティーともいえる万国津梁の鐘。
首里城正殿に掲げられている大鐘は往時の琉球の気概を相国寺の住持が詠んだ文言を刻んだものである。
「真三郎様!あの時代は明の帝より下賜の大船があり、海禁で商人が琉球のみ、またシャムやマラッカのような友好国があったればこそです。今とは時代が違います」
思わず樽金が口を挟む。
「そうか?琉球の造船技術も告天号の様に明の技術の域に徐々に近付いておるし、大明と日域の橋渡しとの心意気は変わらんだろ?」
「確かに明の海禁政策も日ノ本だけはこれまで通り禁止ですしな」
真三郎はその経緯は知らなかったが、流石に羽友は濘波にて日本国王の名で博多の大内氏が勘合符貿易を行っていたところに畿内は堺を手中にした細川氏が古い無効になった勘合を持ち込み、さらに明の役人に賄賂を渡して無理矢理交易に割り込もうとした事件があった。
結局、明の役人も多数巻き込み死傷者も出した武力衝突に発展した為に市舶司の撤去と交易の一時停止に発展。大内氏が正当と裁きが下ったが、結局二十年前の陶の謀反による大内氏の滅亡により日明勘合貿易は途絶えていることを知っていた。
「だろっ?で、だ、先日マニラに向かった若狭の国の商人組屋さんと組んでだな」
「「「………………」」」
「組屋さんと組んで………………いや、なんでもない。あー久米唐営の泊側、荒れ地の方に大和商人の日本人町の様なもの、つまり納屋に船宿、廓に飯屋等を設ける。一大交易拠点化計画だ!」
「な、なるほど、大和の商人達が滞在しやすくするわけですな。しかし廓はちと………」
納屋(貸し倉庫)や船宿なら兎も角と全くの異業種への参入に君之も不安げに周囲を見渡す
「もちろん、それだけでないぞ、冬に北風で南下して大風の吹く前に大和に戻る。三月の間は琉球に居るのだ、風俗だけでなく、旨い飯屋に賭事場や、劇場、遊技場所なんぞも設けて南海の楽園で飲んで、打って、買って、見てと楽しんで貰って銀子も魂もじゃんじゃん落とさせるんやぁ」
「「「おおっ!」」」
金もじゃんじゃんに皆の目の色が替わる。
実際、真三郎の手掛けた伽俐に鰻、そばパスタの飲食店は軒並大繁盛で交易の商人達の舌を唸らせていた。フードコーディネーターとしての信頼性は抜群である。
「まずは、この今使われていない荒れ地に土蔵、漆喰塗りに瓦で拭いた納屋を五棟程。それから通売普法で船宿を十棟、いや、こちらが先だな、先に作って人夫を住まわそう」
久米唐営の図面を広げて指し示す。
「で、ここの空き場所にはだな、劇場、そうだな空場劇場とでも。舞や歌をここで披露させよう」
ニヤリと不適な笑みを溢す真三郎。含み笑いが止まらない。
「こっちには賭場だな。いろいろ考えがあるぞ。ぐふふふふ」
「うっ、いやな予感が」
「お、俺もだ」
「あたたたぁ」
頭を抱える側近ズ。あやしい雰囲気にドンドン話が進み出す。
「な、なんだ?冊封使の来琉に備えて大和の商人を招くことにもなるんだぞ」
「まぁ、卯屋として手を出しすぎるのは出る杭はなんとやらで納屋は若狭は小浜の組屋さんも出資する店はそう、馬楽屋。琉球に変革を!俺は出来る!だな。か、形はのれん分けだな」
下手な字で大きく馬楽屋と墨書する。
「劇場と賭場、廓はと、こちらはやはり翠微楼の夜来香殿に一枚噛んでもらわないと。そうだなぁ札の遊技から鶩屋はどうかな、グァグァ!」
某夢の国に出てきそうなアヒル口で鳥の鳴き真似をつぶやく真三郎。
「……………………………………ま、まあ、念のために資金を分散して置くのはよろしいかと。但し店子の主人はよく選ばないと。万が一にも金を持ち逃げされないように」
筆が止まり、鶩の文字が書けない真三郎の代わりに樽金が几帳面な筆跡で店名を書き上げる。
「そうか?じゃあ米の会所に付属して布の会所も新しく設けようか。こっちは会所繋がりで羽友に任せるとして、織物の品質、価値を高めることが出来れば宮古や八重山の租税負担も軽くなるだろうし、王府も文句は言わないだろう」
先物も扱う天久宮の会所は米だけでなく布、反物に生糸も扱う琉球の衣食を司るようになる
「そうそう。奄美の笠利と徳之島の平土野には硫黄の精製問屋を早く設けなきゃ。大島や八重山にも砂糖や新品種の作物を広めなくては」
琉球全体の底上げ富国作である。
「先島はともかく大島は大丈夫でしょうか?唐芋が薩摩にまで広まればやがて力をつけて琉球までその魔手を伸ばしかねません」
尚元王の大島征伐と島津の薩摩大隅日向の三州統一の報せは琉球にもわずかばかりの危機感をもたらしていた。
「そ、それは確かにちょっとヤバイかな」
(俺のせいで島津の琉球入りが早まるのはとんだ藪蛇だしな)
「北も今は治安も安定しておるようですし、名護様がきちんと治めておいでなのでは?」
「難地だぞ。大島は。冊封に即位の儀と按司でも台所事情の苦しい所は多い。税負担はきついかもな」
「兎に角、各地に店舗を構えて、硫黄がらみは王府の重要な産物の精製だしな、卯に馬に鶩と来たからには犬か、猫?猿渡屋にしよう。貢納の負担が減るのは悪いことじゃないだろ?」
「何故猿なのかは伺いませんが、まずは、御主加那志からの下命を優先しましょう」
◆
首里屋敷
「ご無沙汰しております。朝公殿下。」
首里と久米の三重城、対岸小禄の屋良森城を行き来しながら測量と作業の準備、資金集めを行う真三郎の元に上間親方長胤が訪れていた。
「いや、こちらから伺うべき所、すまぬな長胤殿」
「とんでもございません。こちらが前回の冊封使を歓待した仲秋の宴の式次第等の記録にございます」
行李の中から取り出した三冊の冊子には式次第や、役割等が記載され、巻物には冊封使の絵図に宴のメニューおぼしき料理の図が注釈付きで描かれている。
「ご覧のように前回は仲秋の宴を南苑、重陽の宴はお城の北殿でおこなったようですが」
上間親方は采地にある離宮の南苑(識名園)の長官であり、今回の冊封では国頭親方の元で、建物の修繕や、重陽に向けて菊の鉢植えや路地植え栽培等の準備を既に始めている。決して暇な役職ではない。
「天子紳の神歌に始まって、花舞、拍舞、武舞、毬舞、刺舞…………ってなんじゃこりゃ」
余興の一覧に思わず声がでる真三郎
「殿下!」
「いや、いやな、長胤。樽金、真牛も見ろ。踊るのは若衆ばかりと書いてあるぞ」
冊子には舞を披露する人の数や装束の注釈付きだ。
「確かに花舞も金花を頭上につけ、袿姿の若衆とありますなぁ」
華やかな女性の優雅なはずの舞いもすべて女形である。
「えっ、そっち?冊封使ってそっち系?」
「殿下、公の芸事は若衆が基本ですぞ。宴の演目は他の宴との兼ね合いもございますので、その道の第一人者であります米須伊原親雲上楽人殿に意見を求められては?」
長胤が琉球の芸能界のご意見番の意見を聞くことを進める
「あぁ成る程、超一流唄者の楽人ね。即位式の折にかぎやで風を習った縁もあるしな」
芸能だけでなく、味にも煩い色男には特製の飯を振る舞う約もあったことを思い出す真三郎。
「そうそう、長胤殿。お役目で急がしい所に資料を探して頂き大変助かりました。こちらはお礼の品と恩戸ちゃんにお土産でも」
三方に銀子を六枚と黒砂糖と落花生の菓子の入った箱を差し出す。
「朝公殿下。殿下は恩戸の、娘の命の恩人です。日々感謝の祈りを恩戸と共に捧げこそすれ、その様な物は頂けません」
真玉橋の工事に当たり一旦は生贄にと決まったものを三国志の故事にこじつけて肉饅を贄に差し替えたのが真三郎であった。
一旦後ろに下がって平伏する上間親方長胤
「うーん。恩戸ちゃんへのお土産は甘い黒砂糖の菓子だ。こちらの銀子はそうだな南苑の修繕に手元不如意になっては困るだろう。取り敢えず預かっていてくれ」
三方に菓子箱をつけてぐいっと押し付ける真三郎。
「何から何まで、恩戸がもう五つは年を経れば側女としてでも」
「いや、幼女はちょっと………」
「ぷぷぷ、なに、五年なんぞあっというまですよ」
「いや、いや、俺ぁもう直ぐ十四だぞ、冊封が終わったら直ぐに結婚!嫁を探すんだからな!」
パキッ!
「おや、おや、風もないのに庭の旗が折れた様で、何やら不吉ですなぁ」
物音をさっと確認した真牛が真三郎を生暖かく見守る。
風もない済みきった青空にいきなり折れた旗……………
◆
首里城 二階御殿(国母居室)
「国母様。件の調べはこちらに」
黒髪をひっつめた女官長、大勢頭部。後宮である御内原では大臣級の権力を持つものの若い王妃よりも今の御内原の実質女主人である国母の前では見る形もなし、震える手で書簡を恐る恐る差し出す。
「よみや!」
一瞥もせずに冷たい声で命じる国母。
「はい、北は城の修繕に久米の商人より金を集めると、聖上がそれを許可なさったと」
長年放置され老朽化した三重城と屋良森城の補修に態と場所を指定せずに仲秋の接宴役を任せたのだ。すこしでも不備があればと隙を伺う為である。
「何ゆえ金に汚ない商人どもが出すものか、ふん。城の普請名目の金を少しでも懐に入れたら……うふふふっ」
不惑前にも関わらず今だ美貌を保つ国母が酷薄に口角を上げて微笑む。
「し、しかし、北は黒砂糖の商いでかなり潤っておるようで、慶良間の租も減免したり、橋や道の普請に御殿も新たに築いているとか。さらに両城の補修のみならず、那覇の港の竣浚まで行うとか、これが実に商人受けしておるようにございます」
国母の笑みに震える大勢頭部平伏し顔を上げずに訴える。
「きぃー!いまいましい。これもあの女狐の血か!」
震える手で口に運ぼうとしていた茶碗から茶が零れる。
「確かに、許可した聖上もお人がよろしすぎるのではないでしょうか?北も西も聖上は身内と余りに信用しすぎてしているようで………」
国母の顔色に話の矛先をそっと変える大勢頭部
「ふっ、あの子は生まれながらの王ぞ、王の器ぞ!何処の生まれか知らぬ側女や神威の欠片もない側女の息子共と一緒にするでない!ふん!穢らわしい」
濡れた手を拭いた手巾を大勢頭部に投げつける。
「あ、そ、それと何やら改修する城にはいずれ明か南蛮より大砲を手にいれて港の守りと」
覚悟を決めて国母が嫌がるであろう噂をそっと耳にいれる。
「武器を持つなど簒奪を企むのでは? 大砲なんぞもっての他!妾が聞得大君に就かば、首里親軍なんぞも解体して、神の力、妾が琉球を阿応理屋、いや永の御代に、三千世界に未曾有な繁栄をもたらすのに、ああ、口惜しやぁぁぁ」
聞得大君は終身制である。廃嫡された王統である浦添王家出身の聞得大君に気に入られようと、長女の一枝を浦添王子朝懿に下嫁にして次の聞得大君への就任も確約、首里城内の御嶽の祭祀は既に任されていてもやはり宗教的な権威が不足している。
「そうでございます。武器を持つから金があると思われ襲われるのでございます。武器を持つのが悪いのでございます。その様な余裕があれば神に捧げるべきにこざいます」
追従する大勢頭部、どこかの平和憲法信者のようである。
「そうであろう。はやく、梅南様(聞得大君)も早う後生(あの世)に旅立れば…………」
金泥の扇で隠された口許に言葉にはかききえる。




