第60話 南海投資
「えーでは、まずこの養老保育院とはなんです?」
エア眼鏡をクイッと上げた樽金が、真三郎の中二的政策書を開いて該当の箇所を小筆の柄でトントンつつく。
「た、樽金さん?目が怖いんだけど」
「真三郎様、ここは大人しく白状しないと」
同じく樽金の形相に呑まれた三良が耳元でささやく
「あー、なんだ。先年来子供が産まれる時に御殿からの祝いの品を配ってるだろ?」
「ああ、あれには驚きましたな。雑穀や芋やらに産着用の布だけでなく、久米でも中々手に入らぬ石鹸まで民に施すとは」
樽金の形相に若干引き気味の安李が真三郎の支援とばかりに持ち上げてみる。
確かに安李が羽地間切の兄、安棟の元から金武の間切に南風掟(家老)として就任して真っ先に驚いたのがこの手厚い福祉政策であったのだ。
「まぁな、産前産後、子供の小さいうちは病にかかりがちだからな。お陰で子供も増えただろ?」
かっては琉球のみならず三才になるまで名前すら付けない風習があった程の生存率だったのである。
「まぁ、貧しかった金武間切では五、六人は産んで半分も育てばましな方でしたし、今でも民では医師はおろか薬石もおぼつきません」
真牛が乳児の死亡率の高さと琉球の医療水準を補足する。
「しかし、まぁ水を引いたり、新たな作物の畑と開墾も順調に進んでおりますので、暮らし向きを上がりました。十数年経って生まれた子が成人する頃には新たな田畑を地割することも難しくなるかもしれませんが」
三良が開墾状況と今後の見通しを立てる。
急激な人口増に限りある国土に弱い生産性では耐えきれないのだ。
「で、だな。子育てしながら畑仕事は大変だろ?まぁ、乳児はしょうがないがな」
「そうですね。畑仕事や子守りが出来る年までは」
「畑でハブに咬まれる事案もありますし」
「そこでだな、村の年寄りに年き、いや、養老米を少し与えて家で面倒をみせる。まぁ、ハブに咬まれたり、怪我で養生しているような家でもいいかな」
「ほほう」
「ふむぅ」
「もう少し大きくなったら仮名と簡単な計算、自分の名前ぐらいは教えようじゃないか。
また、出来がよい、学問がしたい奇特な子を集めて算盤や、漢字、武道を仕込んで金武の、琉球の為に役立つ人材を育てるのはどうだ?」
「大屋子あたりの子弟は、三良のように家や寺である程度学問はしておりますが……」
「金武で首里にまで遊学できるのは裕福な三村の大屋子ぐらいだろう。間切全体の底上げだ。金武観音堂に御殿から銀子や食料を寄進して小僧だけでなく広く文字や行儀を学ばせてはどうだ?」
「おや、おや、おや。兄より真三郎様は学問嫌いで円覚寺の智蔵、菊隠殿を困らせていたと聞いとったがのぅ」
かんジィが勉強の必要性を唱える真三郎に苦笑いを堪えながら生暖かい視線を送る。
「うー、習字や漢籍とかは苦手だっただけだ」
(鉛筆に明朝体、いや印刷術は…………まだ無理か)
「なに、朝公様の商才や、閃き、先読の力には一目も二目も置くべきですぞ!」
「あ、安李。持ち上げすぎ」
「「ぷぷぷっ」」
「では、科学技術大学とは?科学、大学?大学とは明の大学士様のことで?」
明の大学士、政務を牛耳る張居正は内閣大学士。日本でいう内閣の語源となった宰相クラスのことである。
「うーーん。そうだなぁ。御殿の工房を拡大する感じ?今は木工に泡、鍛冶ぐらいだろ?医薬とか様々な実学をだな大きく学ぶ所って意味になるかな?」
「儒学とかはないのですか?」
「儒学や朱子学はちょっと、えーと実学というか研究するところかな?医学は始め様々な技術を開発研究修学する学徒というわけで御医修徒大学ってでも名前をつけようかと……………」
「まぁ、夢は大きく持てと尚元王もおっしゃったようじゃしのぅ、ひょ、ひょ、ひょ!」
「安桓様!」
苦虫を噛み潰したような表情も、財布の紐も緩み始めた樽金が溜め息をつく。
「まぁ、よいではないか、これだけ財政に余裕が生じておるのだ、全くの無駄や、浪費ではあるまいしなぁ。
朝公様!某は、新たな馬艦船の建造を願いますなぁ。
海に囲まれた慶良間の民は操船の技術に長けておりますし、大型船にもすぐにに慣れまする。二隻あれば交互に補修や、船員の休息、そうそうもしかすると鯨も安全に捕れるかもですぞ」
「どうだ?樽金。なっ?生き金はある内に使わないとな」
調子に乗った真三郎が樽金に迫る。
「解りました。但し、順番と予算の上限、回収や、投資の効果はきちんと査定しますので、資料は作ってくださいね!」
◆
首里屋敷
「殿下、依頼のありました三重城、屋良森城の図面に久米唐営の纏め役として鄭家の鄭憲殿をお連れいたしました。」
日も変わって首里屋敷に滞在中の真三郎の元に?程羽友が客人を伴って現れた。
「お初に御目にかかります。久米唐営で長史を勤めております鄭憲にございます。」
唐衣装の美丈夫が涼やかな振る舞いで挨拶を述べる。
「確か、久米の鄭憲殿といえば先程慶賀使として明に渡られた、あの鄭憲殿?」
「はい、無事万暦の帝に拝謁叶い、聖上(首里天加那志)よりの使命を果たすことができました。今は冊封使の来琉までゆるりとすごしております」
航海の疲れからか若干頬が痩けてはいるものの、三十を少し越えたばかりの働き盛りである。
万天の君である大明の皇帝に琉球国王の王舅(拝謁するために慣例として名乗る)として振る舞えるよう礼儀作法にも詳しい久米唐営一の名門の跡取りとしてそつがない。
「それは羨ましい。京師の様子など御教示願いたいな」
「はっ!喜んで。」
「朝公殿下。福州にて三年は滞在しておりました故、何かお役に立てばと参上しました」
羽友の後ろに樽金の兄であり天使館勤めの伯英が控えていた。
「伯英殿は久しいな。銀子以上に役に立つ書籍やら種やらが助かってるぞ。冊封使の滞在で天使館も忙しくなるだろうが、それまでは、是非とも明の事に詳しいそなたの手助けも欲しいな」
「真牛!」
「はっ!」
真三郎の指示で控えた真牛が畳二畳程の絵図を座敷に拡げる。
「これは久米唐営の半分に港、対岸の屋良森城に奥武山迄が入った絵図だ」
「ほほう!これは見事」
羽友が図面の大きさと正確さに目を見張る
「首里天加那志より冊封使の来沖に備えて三重、屋良森の両城の改修と仲秋の宴の饗応役を任ぜられた。
両城は港の玄関にして防衛の要であるから久米の意見を聞いた上で改修にしたいが、あちらの事情に詳しいそなたらの意見を頼みたい」
頭を下げるのはタダである。
「そうでございますね。専門ではございませんが、福州にいた折に泉州の港の話を聞いたことがございます。
かって元の王朝の時代に遥か大秦や大食の色目人と交易を行っていた港ですが、河に土砂が貯まり港の機能を失い、また、明の国策により濘波、福州、広州に交易司が置かれたことで寂れたようです」
伯英が鄭憲に一礼をしてから先に話を振る。
「色目?南蛮人のことですな」
羽友が息子の話をそっと真三郎に補足する。
(いやいや、元ってことはマルコ・ポーロとか?あれはイタリアンで、ポルトガル、スペインとはまぁ変わらんか)
頭の中で独りつっこむ真三郎
「確か、元は陸路でしたが、その頃に海路が開かれ我が鄭家の祖先でもある鄭和様が遠く満刺加王国まで赴いたことで、琉球との交易も始まったと聞いております」
久米三十六姓の起源の一つであり、鄭家の自慢でもあるが、鄭和は宦官であるので直系はまずありえなく、そもそも鄭和も色目人の血筋との説もある。
「あ、ああ。まずは伯英の話の続きを」
「は、はい。国場川と饒波川の河口になる那覇の港も土砂が堆積し浅くなり始めておるとか。冊封使様の冠船はかなりの大型で喫水も深いとのことですので、念の為にも港の竣浚をお願いしたく」
「は、伯英!殿下にそのような!」
蒼白になった羽友は費用を見込んだからか
「よい、羽友。聞いたのは俺だ。早めに御主にも相談しよう」
「では、殿下。某からもひとつ」
「三重と屋良森の城は港を護る砲台ですが、今の備え付けの砲はかなりの旧式であります。
実は先年の復路で黒水帯(台湾海峡)を抜ける際に倭冦に襲われましてございます」
「えっ!初耳だぞ!」
「倭冦といっても財貨狙いの困窮したただの賊でして船も漁船に毛の生えた程度、警固船のお陰で事なきを得ましたが、中には南蛮の大砲を備えたり石火矢や鉄砲で武装した倭冦崩れも出没するとの話もあります」
話ながら思い出したのか、ブルッと震える
「それは危険だな」
「はい、福州で建造中の冊封使様の乗船なさる冠船には最新の仏浪機を備えて武装するとのことです」
「ふらんきー?魔改造する船大工のことか?」
「巨大な鉄や石の玉を飛ばす石火矢の一種ですよ」
ピンと来ていない真三郎に真牛が耳打ちする
「はい、ですので、今の城に備え付けられた臼砲などでは倭冦や南蛮人が攻め寄せた時に港を守備するには少々力不足かと」
臼砲とはやっちまった感じに餅を衝くあの臼のまんまの大きさと形で砲身がほとんどなく飛距離もない砲の一種である。
「大砲かぁ。確かに大砲も鉄砲も欲しいけど明の国策では武器の輸出は制限されておるようだし、そもそも琉球では避難時以外に交易目的での南蛮船の寄港は御法度だ」
「それはそれ、鉄砲は大和からも買えますし、中には琉球を経由してルソンにまで渡る船もおりますれば」
「そうだな。考えておこう」
「確か今、大和からの船が十艘ばかり那覇の港におりますが、ルソンやホイアンに向かう船もあるのでは?」
「坊津、平戸、豊後、博多、堺、紀伊、若狭の商人が滞在中と聞いております。王府より冊封に備えての朱印状を交付しておるようで」
冊封時に随行する数百人の船員や兵士が明から持ち込む品を琉球で買い上げなくてはならず、琉球では大和各地の商人に朱印状を交付して翌年の来琉を約させていた。
船員は自身の割当てられたスペースに持ち込んだ荷を積み込んでおり、王府で一括査定ののちに買い付けの大和の商人売却しており、買い手の商人がいない場合には王府は破産、荷の代金に琉球中の士族から金をかき集めた事例もあった程である。
「さらにルソン等の南方に向かう船主に一枚噛めるかだな」
◆
久米 卯屋 炉卯兎薬種店
「卯屋の若旦那でございますね。若狭は小浜の廻船問屋 組屋源四郎にございます」
羽友の紹介で停泊中の大和の商船の船主の一人、一儲けして大和に戻れば先代より店を正式に継ぐらしい四十に手が届く小柄な商人が店を訪ねて来ていた。
「若狭というと確か太守は浅倉?京の南の方でしたっけ?」
肝の臓に効くと炉卯兎で販売しているウコンの茶を顔をしかめながら一服した組屋であったが、揚げた唐芋に黒蜜を絡めた菓子の甘さに目の色が替わる。
「ふふっ、浅井と朝倉が混ざっておりますよ、朝倉様は越前、一時は確かに若狭も領しましたが、若狭はずっと若狭武田様の領国。小京都と讃えられた大伽藍群もろとも一乗谷の町を焼き付くし織田様に滅ぼされましたのが去る八月。
博多から琉球に向かったのが十一月甲子の月になりますなぁ。若狭は今、京の都を押さえた織田様の庇護下にございまして」
甘い菓子は商人の口もつい甘くする。
「それはそれは遠くから、さらにルソンまで行かれるとか?」
「おや、流石に耳がお早い。織田様は戦に使う硝石、鉛をお求めで、今回は博多の神屋さんに堺の納屋さん、紅屋さんと船団を組んでルソンまで赴く予定です。琉球にはシャムやマラッカよりの鉛や錫が集まるとの話でしたがこのまま足を伸ばすことに」
尚元王のシャム行きを最後に琉球王国としての交易船が東南アジアに足を伸ばすことがなくなり、ポルトガルの南蛮船に独占されつつあった。
「組屋さんの荷は北国の海産物が中心と聞いたがルソンでの売れ行きはどうですかな?よろしければここで黒砂糖と交換した銀子に換えて行かれませぬか?」
真三郎が口直しにと明の茶を小振りな白磁の茶碗に淹れて金があることを匂わせる。
「それは石見の銀を商う博多、生野の銀を扱う堺の商人に遅れをとりがちな我らには有り難き取引かと。ふむぅ、イスパニア人とやらは絹や陶器といった明の品に目がなく、明の商人はイスパニアや日の本の銀を好むといいますからなぁ。うむ、よござんす。後程荷の確認と値付けでも」
即断即決、大和の扇子をパチンと締めて茶を啜る。
「よかった。出来れば船倉が開けば家の手代らも同乗できませぬか?代わりにそう、この唐営の端に大和からの商人専用の納屋を幾つか置きましょうか。琉球での商いになにかと便宜を図りますよ。帰りには黒砂糖や琉球の薬種なんぞも是非に」
「流石、手広く商いをしていると評判の卯屋の若旦那さんだ、船団を組む他の商人にも伝えますれば、十日後の出航までにひとつ準備をお願いいたします」
◆
「昆布が二千五百斤、干し海鼠が五俵、こ、これは塩鮭いや鮭トバかな?鮭が二百本。スルメが三百枚と」
真三郎が商人を確認している向こうで金武から慌てて駆けつけた樽金が算盤を弾きながら商品の評価や取引価格の最終調整を続けている。
「イカの乾物は今後もよろしくとお付き合いの証に進呈いたします。では、銀子百二十貫目(二億四千万円)頂戴いたします」
明に売れば益は出るとおしきってほぼ組屋の言い値で仕入れた真三郎に樽金の嘆息が酷い。
「ちと乾物臭いがルソンまでの我慢ですぞ、明後日は八重山、十日もせずにルソンの港まで着きます」
「組屋さん、こちらが家の番頭、程君之が一子、程正房にございます。通詞には及びませんが明の言葉は操れます。他に操船を学ぶ為に水師を三人」
「それは助かります。通詞はいるが、中話が出来る者が多いほど問題は起きぬし、他の船からも体調を崩した者を琉球で休ませて頂けるとは」
「なに、お互い様。癒えましたら納屋の建設に助言いただいたり、新しく商売に加えました船宿に泊めますので。正房!南海への旅は危険だが、大切な取引だ。十分気を付けて頼むぞ!」
真三郎はルソンまでの航路や、大型船の操船を学ぶ為に慶良間の水師を欠けた船乗りの替わりに潜り込ませていた。
「お任せください。程氏一門として見事役目を果たします」
真珠百粒、銀五十貫目、五十斤の龍涎香を積み荷に間接的ではあるが真三郎の始めてのマニラ、南蛮商人との直接交易が行われようとしていた。




