第58話 地鎮祭
万暦元年 天正元年 西暦1573年 九月 真三郎十三歳
戦乱が続く大和の平穏を願い七月(新暦の八月)に正親町天皇。まぁ実際は信長包囲網に失敗した第十五代の室町将軍足利義昭を京の都から枇杷荘に追放した織田信長の奏上を受けて元亀から天正への改元が行われた。
奇しくも明は万暦、大和は天正、そして琉球では尚永王の即位元年と三国の年号が揃った時代の幕開けである。
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「おおっ、狼煙が上がりましたな。」
恩納港を抱く岬の中央に設えられた掛小屋から外の様子を眺めていた安李の声があがる。
真三郎以下全員が小屋を出ると、恩納岳の麓、連座川からの取水口のある場所から白い狼煙がゆっくりと立ち上っているのかよく見えた。
「うむ、さてさて、上手くいくかな」
待つこと四半刻、
「で!出ました!真三郎様ぁ!」
全長にして三キロ、孟宗竹を編んでつくった筒型に、珊瑚を焼き上げてつくった漆喰を被せて固めた水道管から勢いよく水がほとばしる。
「おおっ!出た出た!よくやってくれた。これでプールも!いや、この技術で灌漑、水不足をも解消だな!」
溢れる水に別の思惑も垣間見える真三郎の顔もついほころぶ。
「では、真三郎様。早速、新たな御殿の造作、移築等の準備に取りかかります。が、まずは、地鎮祭ですな」
普請については真三郎自ら行うことにしたが、基本の工事や移築については安李と真牛が奉行になっている。
「うむ、農繁期が終われば賃金を出して暇な領民を雇用するようにな。農閑期の公共工事は貧しい領民が少しでも仕事を得る為に必要だからな」
黒砂糖や薬酒、米相場や伽俐屋を初めとする飲食店の経営で領地以上の収入源を隠し持つ真三郎であったが、黄文淋からの莫大な貢物は慶良間の持ち出しに新たな御殿の造作にと様々な費用を賄うだけの潤沢な余裕を真三郎にもたらしていた。
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喜瀬武原 金武御殿 二番座
「真三郎様、先日福州より慶賀使の鄭憲殿が無事に帰国されたと。
万暦の帝により六科と行人司から冊封使の正副使を選任中で、福州の港では既に冠船を二隻建造を始めているとのことです」
樽金が久米からの使いを受けて報告をあげる。
「樽金、その報せは伯英殿からか?」
「はい。柔遠駅駐在の役人繋がりがございまして。
久米唐営ではお役目を果たされ、無事に戻られたので鄭家をあげての天妃宮にお礼詣りで大にぎわいだそうです」
「しかし、対応が速いな、早ければ来年の春には冊封式典だな」
慣例として周辺国への冊封は明の国威を示す為に新造船を準備する。財政の悪化により琉球に船を下賜することはなくなっても国富の基盤が違うのである。
「はい。もとは請封使の鄭憲殿を慶賀使に仕立てた事で数ある冊封国の中で一番乗りであった事。更に言えば即位後、初の冊封とのことで帝がことのほか喜ばれたとか」
まるで明の宮中見てきたように言う樽金。
「まぁ、中華の皇帝の徳を慕って周辺の蕃族が貢ぐってのが冊封体制だからな。幼い帝や、宰相には慶事と写るだろう」
「ひょ、ひょ、ひょ、急ぎ新たな船を仕立てて鄭裕殿を新たに冊封使として派遣し、国書を差し換えたのがよかったのじゃろうて」
暗に派遣を進言した真三郎をそっともち上げるのはかんジィ
「まぁな。貢物の確保の件で兄上には喜ばれたが、その分即位式の贈答品が明の市販品ばかりでちょっと格が落ちたようで国母様や、妃陛下方にはすこしがっかりされて妬まれたようだが……」
「なに、北谷の王舅、朝理様には後程銀子を祝金としてお贈りしましたし、私蔵を漁られなかった王族や高官の方々は安堵しておりましたよ。ふっ、ふっ、ふっ」
三司官の兄、池城安棟も秘蔵の日本刀を三本に上物の芭蕉布を五十反も率先して供出させられたらしく、内々に愚痴られたらしい安李もくすりと笑う。
「それより、樽金。その荷は伯英殿から?」
三番座に続く襖が開けられており、そこには行李が三つ並べられていた。
「はい、兄より柔遠駅に送った銀子の礼品だそうです。駐在役より福州だけでなく、真三郎様の文での依頼に応えて澳門の南蛮人の作物や書籍もどうにか手にいれたそうです」
樽金の合図で文子が荷を取り出していく。
「これはまた………」
並べられた荷の半分程は様々な書物に使い道の分からぬ工具の類
「これは?」
真牛が取り出した工具を取りだし前後左右を動かしてみる。
「んー?さて、何に使うのか?図南、どうだ何か解るか?」
「は、初めて見ます。樽兄ぃ様や、工頭様方と書籍を読みながら調べてみます!」
初めて見る道具に幼い目をきらきら輝かせる図南の頭をくしゃりと撫でながら道具を手渡す。
「お、おう。そちらは二人に任せる。」
「これは?種子の箱だな?これは…………これは向日葵かな?見覚えが」
紙包みを開けると真三郎にも解る特長的な縞模様の種が出てくる。
「ひまわりにございますか?」
「ああ、これは確か残念ながら花の種のようだな」
「それは残念。南瓜や落花生は実に良かったがなぁ」
栽培品種として見込があるカボチャは秋植、ピーナッツは春植でかなりの収穫が得られたことから今後の金武間切における奨励作物となっている。
「いや、ハムス、いや、えーネズ、栗鼠なら食べるようだが、」
(ペットを飼うような余裕は、ないか。観葉に庭にでも植えるか)
「真三郎様。新たな種子も早速秋植えに半分程試してみます」
種子の包みの山はそのまま農方である三良に渡されれる。
「ああ、任せた三良。先程の南瓜や、落花生はどうだ?」
「はい、まず、田は連作の障害もなく、国の礎でありますので、真牛にも水を引ける場所を見繕ってもらい今後も増やします。
次に畑ですが、麦や蕎麦、粟だけでなく、砂糖黍を主に畑地に併せて鬱金、南瓜、落花生を交互に植えるよう指示しております。特にサトウキビは株出しを続けると病害で出来が落ちるようで」
株を残せば永遠に収穫出来ると思ったがそんな都合のいい話はないようだ。
「根を抜き、耕すのは大変だな。油屋から仕入れた鉄で鋤を作り、耕運機、いや牛馬をもっと増やさないとな」
「はい。牛馬の牧を三ヵ所に増やしております。牡は農家に払い下げ、優秀な牡を種付け用に残しております。堆肥作りも順調です」
牧方を新たに任された安李が協力する農方の三良と山方の真牛を見据えて答える。
山裾の斜面を利用しての牧場も順調で、牝牛も五十頭を超えたのだが、巨乳のホルスタイン種ではない控え目な黒毛和牛の乳量では安定して牛乳を始めとする乳製品の製造まで至っていない。
真三郎は好まないが山羊の繁殖と堆肥、皮革利用を進めることとなった。
◆
「おおおお! 此、神床を、かしこみかしこみ申し奉るぅ。イザナミのぉ……………」
金武観音堂、いや今日は神仏混合の神社である金武宮の神職として日英上人がお経とはまた異なる声明にて祝詞を祝ぐ。
新たな金武御殿の地鎮祭である。
東シナ海に細長く突き出た岬の中央にある小高い丘の南に主殿を築くことになり、旗下の金武間切の全大屋子に羽地間切からは従兄弟に当たる池城安頼ら首里のかぎやで風以来の祝いと駆けつけていた。
「……………謹んでお願い申し奉るー!」
ファサ!ファサ!
日英上人が大幣を左右に振り地の穢れを祓う。
「続きまして、鎮物埋納の儀。金武王子、朝公様ぁ!」
正装の真三郎がニ礼二拍手一礼を行ってから四方を竹としめ縄で結界を張った中央の祭壇前に近づく。
深く穿たれた穴に縁起物である栄螺に三方に並べられた黄金の鳩目銭を三枚入れ封を……
カーカー!カーカー!カーカー!
バサッ!バサッ!
パララッ!パララッ!!!
大烏の群れが現れた!
大烏はいきなりおそってきた!
大烏Bのこうげき。真三郎は金銭を一枚盗られた!
真三郎はこんらんしてうごけない!
大烏Aのこうげき。真三郎は金銭を一枚盗られた!
真三郎は口を開けて眺めている。
大烏Cのこうげき。真三郎は金銭を一枚盗られた!
魔物の群れはにげだした。
チャーンチャララ!
「危ない!!」
真後ろに倒れこむ真三郎を真牛が間一髪で支える。
「うわっ!うわっとと!」
空からの突然の奇襲に驚いた真三郎が捧げもつ三方が宙を舞い、地に落ちた栄螺から詰めたはずの黄金の煌めきが散らばる。地鎮の儀式で土地神である土帝君に供えるべく用意した光輝く三枚の黄金の鳩目銭。
それを三羽の大烏が一枚ずつその嘴に喰わえて空高く飛び立つ。
「あっ………………………………」
「ま、殿下お怪我は?」
樽金と三良が慌てて真三郎に駆け寄る。
「だ、大事ない、が」
ザワザザワザワワ、ザワワ、ザワワァ!
「………………………………………………」
「ふ、不吉な」
「土地神への鎮めものが、」
「まさか地鎮祭で」
「か、烏に」
「ぷっ、で、殿下の」
「鎮物を奪われるとはな」
「え、縁起でもない」
「た、祟りじゃぁ」
一拍の静寂の後、集まった大屋子達の間に不穏なざわめきが走る。
「皆様!お静かに。私は今帰仁ノロの煽りやえ様の代理にて、金武王子殿下のをなり神である馬であります。
日英様。金武宮の主祭神であり、本日、祝詞で祝だのは熊野権現様に間違いございませんでしょうか?」
真っ白な神衣を身に纏い、髪を高く結い上げた北部随一の神女煽りやえ。その名代である馬がざわつく大屋子の間を抜けて祭壇前にすっと近寄る。
「あ、ああそうじゃ。渡海された日秀上人の勧進し………おおっ。そうか。皆の衆!熊野権現の神使は烏じゃ。しかも三羽の烏とは本宮、速玉、那智の御使いに違いない!これは瑞兆じゃぞ!瑞兆!」
「な、なるほど!」
「ふむ、」
「ひょ、ひょ、ひょ。確かに烏は熊野権現の神使じゃあ!」
すかさずかんジィが馬と日英上人の言葉を後押しし、集まった大屋子達の場の雰囲気を変え、真三郎にサムズアップを送る。
「日英様!馬様!それはなかなか縁起がよい話であるなぁ!そうだなぁ。ではこの地を烏の鴉、那覇の那を採って鴉那(あな)。烏の地とでも名付けよう。新たな御殿も正式名を新金武御殿ではなく鴉那御殿としよう」
「鴉那。青き空に飛び立つ翼のように真よき名かと」
安李が追従する。
「朝公殿下!神使が舞い戻ったあの林からは高い神威を感じます。是非ともあの一画に御嶽を設けて御殿を祭る神女も選抜してください」
佇麻の神衣の袖を翻しつつ、馬が今帰仁ノロの証のひとつである神扇で岬の中程にある松林、烏の巣があるに違いない場所をそっとを指し示す。
「う、うむ。流石、我がをなり(まもり神)じゃ。確かにあちらから何か。そえ高い神威を感じるぞ。そうだなぁ。うん。あそこは烏森御獄として、整備して結界を張り鴉那御殿だけでなく、金武の民の平穏を祈願させましょう」
鎮物の儀式でひと騒動興ったものの、残りの式典は無事に終わり、豪勢な引出物にほくほく顔の大屋子達の表情から雨降って地固まるの諺どおり、金武の間切の結束はより強まったのである。
首里城には王宮としての築城よりもはるか昔から存在する首里森御獄を始めとする十の御獄がある。
その城内の京の内と呼ばれる御嶽群一帯が神域として聞得大君の支配下にある。今帰仁城でも同様にクボウ御嶽を今帰仁ノロである煽りやえが管理するように、正に祭政一致である琉球では城には風水や、パワースポット的な意味からも御嶽がつきものである。
間切の中央との位置から置かれた番所(役所)を急遽御殿に改築した金武御殿がそもそも成り立ちから異例であったのだった。
作中で慶賀使に変更させちゃった鄭憲は実際は帰路に遭難したようですが、無事に帰ったことに、
首里城から地鎮祭で栄螺に金貨を入れたのが発掘されたとの記事から引用したネタです。




