第57話 仙鹿放生
慶良間諸島 座間味島
「よーそろ!ほーい!」
「ほーい!」
久米の港から凪の海でも総櫓で半日、順風ならば二刻もかからぬ距離。
首里の高台にある首里城からはもちろん、那覇の港からも沖合にはっきりと浮かぶのが見える距離にあるのが慶良間諸島であり渡嘉敷、座間味、阿嘉、慶留間の有人島と無数の無人島からなるリゾートアイランドである。
「真三郎様、座間味島安護の浦にございます。」
告天号の川満船頭が唐船グムイと呼ばれる停泊池に錨を下ろし船を係留する。
「ここはやはり接岸は出来ぬか?」
半町は沖合からや横付けされた小舟に縄梯子で乗り降りすることにうんざりした表情で訪ねる真三郎。
「はい、ここは四方を島に囲まれ大風が吹いても流されぬ良港ですが、陸地近くは浅くて直接の接岸はできませぬ。そもそもここでは荷揚げが必要な程の貨物の上げ下ろしはありませんし」
褒美とは名ばかりの新たな采地 慶良間間切、川も流れぬ小島には田は渡嘉敷島に数枚程度、貢に上がるは一石にすら満たない。
座間味以下の小島にいたっては野菜がわずかに取れるていどの菜園しかない。表高五十貫 約百石の知行の殆どが進貢船等の曳舟による傭(労務の提供)の算定高であり実納ではない。
さらにいうと倭冦や南蛮人に備える為に島々に設けられた烽火台の管理に烽火用の薪の確保と実際の収支は大きなマイナスであった。
「大金武王子朝公様!慶良間按司加那志!慶良間にめんそーれ!座間味・ざまみ大屋子波恵にございます。」
日に焼けた髪は茶色い三十代、すらりとした美丈夫がまっ白な砂浜で跪礼する。
「同じく、渡嘉敷大屋子勝雄にございます。」
こちらは縮れ毛を無理に結った小柄ながらがっちりの体型、格闘技もこなしそうでありながら愛嬌のある笑顔の中年。
「慶留間大屋子櫂座になります!」
最後に老境にさしかかってもピンと立った口髭が軍人というより将軍のような威厳を示すかに礼をとる。
上陸した真三郎一行に浜に整列していた三人の大屋子に付き人達が一斉に平伏する。これまでは慶良間まで来ても王府の貢納船の徴収担当役人程度、直属の主人を迎えるのも初めてであった。
「あ、座間味に渡嘉敷、慶留間か、よろしくな!因みに年頃の娘とかは?」
リゾートの解放感につい羽目を外したい真三郎。
忖度を求める声はまさしくセクハラ
「ま、真三郎様ぁ!」
樽金が眉間に手をあてて情けない声をもらす。
「む、娘はおりますがまだ、三つ、渡嘉敷大屋子の子女は既に嫁に出ておりまして、慶留間大屋子の孫は男子ばかり、申し訳ございますが伽の用意は……」
下世話な要求と勘違いした座間味大屋子波恵が大汗を拭う。
「し、至急村娘から見目麗しい娘を差し出しますのでお許しを!」
渡嘉敷大屋子勝雄は平伏したままトンでもないことを口走る。
「真三郎様!」
呆れた真牛が真三郎の袖を引く。
「い、いや、違うからまだ必要ないかなぁ?なっ、そ、そうだろ?」
「ぷっぷっぷっ、ぐぇっ!」
腹を抱えて笑う三良の鳩尾に真三郎のけりが入いる。
「皆様。殿下の言葉が足らず。あれは金武から運んだ米になります。三日程、島々の視察と案内をお頼みいたす。それから、こちらは雑穀が二十石ばかりである、新たに按司となられた殿下からの民への祝儀の品であります」
コホンと咳払いしてから樽金が下船後も米俵に麦や芋を積んだ荷が小舟に積まれて出来る山を指し示す。
「「はっ!ありがたき幸せ。今宵は座間味大屋子の屋敷に宿所を設けております。視察後にはごゆっくり寛ぎくださいませ!」」
◆
「ここの税や収入はどうなっておる?」
安護の浦の浜から座間味の村の中心にゆっくりと徒歩で向う真三郎が訪ねる。
「はい、年に二頭、座間味と渡嘉敷で鯨を取ることが王府より許されておりまして、その肉等を那覇に運ぶことで麦や豆、金物、最近は芋などの生活物資を購っております。
時には溺れ死ぬ者がでるほど危険な漁ですが一頭で七つの村が賑わう程大切な糧になってございます」
一番小さい村だが年長の慶留間大屋子が代表して答える。
「鯨、鯨ねぇ、他に何か島の産物は?」
(ホェールウォッチングは金に、ならねぇーか。鯨、鯨の脂をとりにアメリカ人が来るってのが黒船だったよな?んー他は…………そうだ!前に献上された、換金はしてないけど龍涎香!また手に入るかな?)
残念ながら慶良間海域に子育てにくる髯鯨の一種座頭鯨はオキアミ等を主食としており、大王イカの嘴が腸に刺さって結石ができる歯鯨の仲間のマッコウクジラとはまったく別種であることに気づいてはいなかった。
「唐芋は砂地でもよう成りますが畑地はごくわずか、進貢船などの風待ち相手に少し商いをする程度にございます。
税は傭として曳舟を規定の数を出すことになっておりました。
首里への貢はこれまで通りして、朝公様への税はいかにしましょう」
米や穀物の税は難しいことを座間味大屋子が匂わす。
「うーん。普段の糧は漁か?」
「はい。スク(小魚)は塩漬けにして日持ちしますし、首里でも売れますが、山のない慶良間では薪のあてもなく、十分な塩もありませんので干物もいまいち。米の替わりに専ら海水で煮た魚を食べております」
「うーん。これだけ綺麗なビー、砂浜だ。金武から薪を運ぶので塩や、干物造りを産業にしよう。羽地の叔父上から何人か職人を派遣してもらって、そう、そう。真珠の養殖実験も此処でもやるか?」
「そうですね。竈革命で製塩に回せるように成りましたが、豚の飼育が増えたことで益々塩の生産が不足しております」
樽金が九州からも未だに塩が運ばれていることを伝える。
「庶民にも肉食が増えたのかな?」
「塩が十分に手にはいればムロアジの干物だけでなく、鰹の塩漬けもできます!」
「鰹?慶良間は鰹がとれるのか?」
「はい。美味ですが、中々大きい為にそのままでは痛んで売り物にはなりませんが。春秋の時期には大漁となります」
「か、鰹節は?鰹節!」
真三郎が色めき立つ。
「かつお、ぶしですか?干しではなく?」
大屋子達が顔を見合わせる。
「えーと、出汁をとる木?みたいな?固いやつ、ない?」
「………」「……………」「………………」
(た、確か、農家のアイドルが作って、ラーメンとか、反射炉とか、よく見ておけば…………)
後悔先に立たずである。
「えーと、鰹をだなぁ、い、燻してたかな?と、とりあえず金武で色々と試して上手くいけば遣り方を伝えよう」
(うーん味噌からの本格醤油はまだまだだ、たまり醤油っぽいのしか出来てないが鰹節が作れたら料理の幅が広がるな!昆布の産地は琉球から遠いし、椎茸は見かけないし、琉球の茸は木耳以外は変な毒きのこっぽいヤツしか見つからないし、山での作業はハブも怖いからなぁ)
「波恵、勝雄、櫂座。とりあえず二年は税を減じて、民の生活の改善を行う。但し、貢納の曳舟と、薪は金武で手配するので烽火台の管理は引き続き頼むぞ」
「「「はっ!」」」
「波恵様!烽火台からの報せです。明よりの交易船と思われる船が二艘近づいておるようです」
屋敷の見張台に立つ門番が注進をいれてくる。
「刻限からみても那覇にはもう渡れぬな。あちらも唐船グムイに泊まるか」
浅瀬に囲まれ、チービシと呼ばれる岩礁群が間にある那覇に夜間に向かうのは大変危険である。
慣れる交易船は朝か夕刻、風に潮が止まる刻限に港入りするのが定石となっている。
「あっ!やはり入港を乞う旗があがりました」
島陰から慶良間の湾内に入ったジャンク船の主帆にするすると旗が上がる。
「うむ、曳舟をつけて、必要物資があるか聞いてまいれ!
王子殿下。慶良間では久米や粟国辺りから那覇、久米を目指す船が風や時間、潮待ちで休むこともあります」
部下の文子に馴れた様子で指示した波恵が向きを換えて報告する。
「ここで交易は?」
「ははっ。商うもなにも銭も商品もございませぬよ。水や、曳舟のお代に銅銭や、余った食料を頂くぐらいです」
◆
座間味大屋子の屋敷
巨大なシャコガイや五色海老といった地場産、南海の珍味にて精一杯の贅をつくした宴が広げられていた。
「殿下。先程唐船グムイに入った船より使いがございまして、船主の蘇州商人黄文淋殿と申す方が殿下にお目にかかりたいと。お知り合いで?」
名指しで真三郎の名が出たことで不審に思ったらしい座間味大屋子が訪ねてくる。
「黄、黄、たいさぁ。ああ。久米唐営の黄殿か!今の時期の風で参るとはやはり明の方に渡られてたのかな?波恵!折角の宴ではあるが、久米唐営の商人も招いてよいか?」
「もちろんにございます」
◆
「御無沙汰にございます。えーと殿下でよろしゅうございますか?」
高価な絹の唐衣装に着替え、明からの長旅の疲れもみせぬ黄文淋がこの場では王子扱いをして良いのか、卯屋の若旦那として対応して良いのか確認してくる。
「ああ。金武王子でいいぞ。それより黄殿は明に渡ってたのか?」
「はい。あちらとの繋の他に絹の仕入れの一部はやはり私自らの目でみなくては」
くっくっくっと目利きを自慢してくる。
「それから、こちらはまず、今宵宴会にお招き頂いた御礼にございます」
絹の反物が三反に紹興酒の壺が二つばかり運ばれてくる。
「して、水師より聞いた話によりますと殿下が新たにこの地を拝領なされたとか」
黄が真三郎にも小振りな盃が回るのを確認して話を変える。
「まぁな。慶良間は船隠には良いが、小さな島々でな。初めての視察で来たが明日明後日には一旦金武に戻るところだったよ」
真三郎は苦笑する。
「では、入れ違いにならず、ここでお逢い出来たのは真に都合がよかったかも知れませぬ。
実は殿下が翠微楼の夜来香殿にお渡しした。あの給仕女用の服型、あれが蘇州や抗州の廓で大変な評判となりまして。
噂を聞いて型を取り、仕立ての職人を事前に抱えこんで売り出しましたので、この冬だけでいやぁ、もう、大儲けできましたぁいやぁはっはっはっ!」
ぐふふふっと笑いが止まらぬ黄文淋
「「「ええっ!」」」
三人衆がものの見事にあわせた驚愕の声をあげる。
「もちろん。これは全部殿下のおかげでありますので、後程、久米の程殿を通して贈る予定でした品をこちらに」
黄の差し出した目録には銅銭や、書物、陶磁器に絹の一覧が大量に書かれている。
「本来でしたら商いの種の絹や、生糸をもっと持参すべきでしたが給仕服の仕立であちらでも品不足となりましてくっくっくっ。まぁ今は大学士の張居正様の租税改革のせいで銀子を確保しようと江蘇では桑を植え養蚕も盛んに為りましたので、来年、再来年には少しは値も戻すでしょうが」
荷の一部を人足が屋敷に運び込む。
銅銭は船の重石を兼ねているので久米の港に入らないと下ろせないようで運ばれるのは書籍や工芸品、絹の織物である。
「しかし、これだけの品。いったいいくらに」
目録を片手に樽金の右手が算盤もないのにパチパチと手が空を弾き暗算で勘定を始める。
「もちろん。これは私からだけではございません。江蘇一帯の絹や生糸を取り扱う弊より殿下への供物のような物で、いやぁはっはっはっ」
「供物?」
「はい。まさかあちらで評判の歓喜仙が齢十三の殿下だとは、くっくっくっ」
「歓喜仙?歓喜天?」
真三郎が聞きなれぬ異称が自分を指してると感じてに聞き返す。
「えー、確か象頭人身の聖天様の事で、確か識名の神応寺の秘仏として祭られておるとか」
真牛が何故か秘仏にまで詳しいことをいう。
「ひっ、火之神と同じく殿下の誉め言葉でしょう。そうですね!黄殿!」
ハッとした樽金が黄をねめつける。
「そ、そうか?」
(黄や、樽金の口調から誉め言葉には、悪口?………まぁ、いい実害はないかな?)
真三郎は知らなかった。歓喜天、大聖歓喜大自在天。象頭のガネーシャとしてヒンズー教でも人気の神だが、秘仏となると双身歓喜つまり、男女交合ちょめちょめしてる立像でエロエロパワーの神様なのであって、別に先代シヴァの不死人ではないのだ。
「そう、そう。これだけではと私から珍しき貢物を!お気に召されるとよいのですが、さっ、つれて参れ」
ピッ?
ピヒッ!
「うわぁ!な、な、何?これ、可愛い!鹿?」
大きな籠に入った四頭の可愛い生き物に一同の顔がゆるむ。
「はい。安徽の深山、黄山で捕獲された鹿にございます。たまたま市で手に入れたまだ小鹿ですが、琉球には牛馬に山羊、豚はいても鹿はおらぬとか?
山羊と違い根までは食い荒らさないのでどうかと」
「まぁ、鹿革なら絹とは競合せ、おおっ!何可愛いい!この子、鹿なのに牙が生えてるぞ!」
草をやって触ろうとした真三郎が口元から伸びた牙の存在に気づく。
「おおっ、そうですな!犬よりも立派!伝え聞く虎や狼もかくや!」
「えっ!!まさか、この子、肉食?な訳」
(奈良の鹿は角はあっても牙は…………なかったような?まさか吸血?)
「えっ、いや普通に草を与えておりましたが。そもそも出航前日に猟師が市場で肉用に売っておるのを購いまして」
クレームの雰囲気を感じたのか出所を白状する。難破した時に備えて生きている鶏や羊等を積むことは普通にあり、琉球からは馬を持ち出すことから家畜用のスペースは確保されている。
「見た感じちゃんと牡牝二頭。いきなり本島に持ち込んで生態系を壊すのは怖いからこの慶良間で飼ってみようか?」
「整体?まぁお任せください。犬等なら牝に会いたさに春の盛になると海を渡って慶良間の島々を移動しますが、流石に那覇には船がないと渡れませぬ」
座間味、渡嘉敷両大屋子が胸を張って協力を申し出る。
犬かきで慶良間の内海を泳ぐ犬や鹿を思いながら座間味の夜は更けて行く。
後に増えた鹿は牧を逃げ出し阿嘉、慶留間だけでなく、慶良間全体で半野生化してしまい、後にケラマジカと名付けらるのであった。
正史では真三郎こと尚久の子で摂政となった朝貞が薩摩から鹿(屋久鹿?)を慶良間に持ち込むのですが、全く別系統、中国産の鹿を持ってきました。




