第56話 金武の春
「はぁーいやぁ!」
「「「はぁーいやぁ!!」」」
「右!右!、いや左、左!とー!とー!とー!あいぇなぁ!もっとゆっくりさぁ!」
「はぁーいやぁ!」
恩納の港に真っ直ぐ延びる全長半町、幅二十尺はある桟橋。
そこに組まれた櫓から延びる支柱に吊るされた巨大な蘇鉄がゆっくりと大和の安宅船の甲板へと下ろされて行く。
「いや、いやぁ、なかなか壮観な眺めですなぁ。ひょ、ひょ、ひょ」
浜を見下ろす高台に持ち出した床几に腰をかけ、作業をじっと見守る油屋の背後からふいに声がかかる。
「これは、これは。もしや、卯屋の?」
振り返った油屋は人品卑しからずな風格と後ろに控える真三郎に目が及ぶと丁寧な、ホントに揉み手で挨拶をかます。
「ひょ、ひょ。孫が久米で世話になったようじゃのぅ。油屋常悦さんでしたな。 卯屋の隠居ジジィ、金武桓と申すじじぃじゃよ。もう商いのほとんどは孫や、手代にまかせておるでのぅ」
「こちらこそ、此度はお手数を」
「そうそう、油屋さん。あれはどうでしたかな?」
顎で積み込み作業中の蘇鉄を指し示す。
「ほんに、うちの手代から聞いた話よりもはるかに立派なことでもぅ、これはもう妙國寺の御神木として大切しなきゃあきまへんなぁ、はっはっはっ!」
「こちらはサービ、いやお土産物に蘇鉄だけではさびしかろうと同じく琉球の風情を感じる花芭蕉に食わず芋と申す南方の草花にございます。北の堺に根付くか判りませぬがよろしければ」
真三郎の後ろから付いてきた人夫がバナナっぽい草と大きな南国風の芋を鉢に仕立てたものを担いでくる。
「これは、これは。忝ない。なるほどこれは大蘇鉄を引き立てるに違いありませんな」
「なにっ、大和の商いの都、堺で琉球趣味が拡がれば商売の種になろうかと、堺にはルソンや南越まで船を出す商人もおると聞き及んでおりますし」
「まぁ、南蛮人や納屋さんの様に何ヵ月、何年かけて万金を狙うもよしやな。まぁ琉球まで来るのもそれはそれでかなりの博奕やけどな」
「「ははっ!ひょ、ひょ、ひょ!」」
「そうですなぁ。倭冦は減ったが、最近は種子島銃を仰山積んだ海賊や仏浪機なる大筒を備えた南蛮船も多いようですわ。
琉球近海は兎に角、種子島までは博多の商船と船団を組んで吐か喇列島の七島党にも警固料を払うてますわぁ」
「吐か喇か、琉球と薩摩のあいだの島々やな」
(仏浪機か、外洋にでるなら告天号にも銃器等の装備が必要かなぁ)
「おおっ!作業も終わったようやな。曳舟の手配までして頂き助かりましたわ。」
油屋の下人が作業の終わりを合図している。
「ここは金武の領主様のお作りになった新しい港だが、まだまだ小舟しか使えんようでな、潮の塩梅に合わせて櫓がよく間に合ったようじゃな。ひょ、ひょ、ひょ」
クレーン替わりに組み立てた櫓に滑車は今後の荷受け作業の試金石となる様に図南に木工頭が工夫した結果である。
「さて、王子殿下にも是非に御目にかかりたかったが、久米以外での交易は基本禁止ですからやむを得ませんなぁ。
なんでも慶良間を新しく任されたとか、きっとお忙しいのでしょう、ねぇ若旦那様」
約束の代金となる銀子を三方にうず高く積み上げてく油屋。
「だ、だろうな。」
「油屋からもひとつ良しなに。ではこれにて。また御目にかかるのを楽しみにしております。殿下」
作業の工賃にと、心付けか少し色をつけた銀子の山を後に安宅船に乗り込んだ油屋は十艘程のサバニからなる曳舟により恩納港を後にする。
一足早く潮に乗り出立した大和の商人の船団を追う為に大きく帆を張ると、夏至南風を思わせる強い南風を総帆受けて一路北の商都へ旅立っていったのである。
「……んーばれてたか?」
「ひょ、ひょ、ひょ真三郎様はお上手でしたよ。流石に海千山千の堺の大商人。そこは真贋を見分けるだけの眼がないと、いい仕事は出来ぬのでしょうな」
「さよけ」
最後に一本取られたが、まぁいい商いと堺、そしてなにより織田に伝ができたと安堵する真三郎であった。
◆
金武御殿 研究工房
二十度を切る琉球の凍てつく?ような冬の寒さにようやく糖度が上るサトウキビを収穫。
真三郎達の作製した牛馬式砂糖車、これに竈革命により十分に確保出来るようになった薪と固める為のアルカリ性の石灰によって大量の黒砂糖を生産できるようになっていた。
そして明の白く精製された白砂糖よりは格安だが大和の商人達にはコクがあると評判で大量に捌くことが出来ていた。
そして、研究工房では樽金の兄である程伯英の手にいれてきた明の農書を基に更なる実証実験が進められようとしていた。
パコッ!
どろり、どろり、つぅーーーーっ
一抱えはある三角錐の形をした素焼きの陶器の底ふさぐ栓が開けられると真っ黒なタールの様な粘着性の高い液体が下に置かれた樽にゆっくりと流れ垂れ出す。
「ん?成功か?」
「ご覧ください。塩や、明の砂糖の様には行きませぬがかなり白く」
三良が素焼きの陶器の内壁に残った結晶を大きなしゃもじで桶に移していく。
本によると特殊な泥を使い更に白く漂白するとあったのだか、泥を使うという文面に真三郎が猛反対で工程の一部のみの施行となってはいた。
「うーん。白砂糖というより三温糖?」
うっすら茶色い結晶に真三郎がふと溢す。
「さんおん?」
「いや、茶色糖?茶糖ってのはどうだ?結晶、粒にはなってるみたいだし……次は圧力をかけてさらに絞ってみるか?」
「お任せください。木工頭と図南とが梃子を利用した絞り機を作っております!」
「なぁ、なぁ、これは捨てるのか?」
指をしゃぶり涎をたらしながら作業を見まもっていた飛漣が物欲しそうにつぶやく。
「廃蜜?だったかな?」
「あ、あまーい!と、殿様ぁ!捨てるなら俺にィィィィィィィィィーイ!!」
人間を止めそうな形相で喚く飛漣
「甘い?」
「真三郎様!また、ばっちい!」
飛漣の形相に釣られて樽に付いた液体を指に浸けて舐めた真三郎の手を樽金がはたく。
「ん!こ、これはまさかの黒蜜!!」
(あああぁん!まさかの黒蜜!きな粉とバニラアイスに掛けて喰いたいぃ!いや、餅でいいか)
「こ、こら飛漣!!ストップ!舐めるな!飲むなぁ!かめオバァに餅を作って貰ってこれを掛けて食べてみよう」
「「も、餅ぃ!」」
三良と図南も餅の文字に反応する。
「そうだ、砂糖の精製祝だな!」
「やりぃ!厨にいくぞ図南!」
「ま、まってよ!飛兄ぃ!」
(白糖作り用の陶壺は後九つ、白糖、いや茶糖を大量に作るようになると黒蜜だけの消費は難しいかな?)
「そうだ、三良!泡盛作りの杜氏にこの黒蜜を届けて酒にならんか試すように指示してくれんか?」
「この黒い廃蜜とやらからですか?」
「三良も樽金もいいから舐めてみろ?」
「まぁ、黒砂糖の残りですから!!!っ!これは!」
「あまーい!いや、ただ甘いだけではなくこくもあるな」
樽金も三良も黒蜜の味に感心する。
「だろぅ?確か黒蜜というものらしい。これだけ甘いんだ発酵させて蒸留させたら強い酒になるだろうなっ!」
「ほほぅ。それはまた、上手くいけば副産物も売れますなぁ。名はなんという酒で?」
「そうさなぁ。呑んだら夢が叶うドリカ、いや、来夢酒はどうか?」
「それはそれは旨そうな名で、では早速泡盛の杜氏の元に!」
泡盛の製造途中のもろみに大量の黒蜜(廃蜜糖)を添加して完成した黒糖焼酎、麹を使うので純粋なラム酒とは異なるが1度の蒸留でアルコール度数は40度、二度の蒸留で80度と真三郎の想定した以上の、まさに燃える酒として飲んべえの多い琉球の特産品の一つとなり、度数を高めた酒は医療品としても重用されるのはまたまだ先の話。
◆
春の植え付けも終わり、領内の巡察を行っていた真三郎一行が三良の実家である漢那村の大屋子(庄屋、村役人邸)で休息を取ろうと向かっていた。
「三良!あれは何をしてるのか?」
村の入り口である福地川にかかる石橋の上から川の中で何やら作業をしている領民を見て真三郎が訪ねる。
「ああ、あれは馬や山羊の皮を鞣してるのですな、真三郎様の石鹸のうち、出来の悪く固まらなかったもので洗ってから鞣しに入るのですよ。作業がしやすくなったと評判です」
「おおい!ちょっと仕事を見せてくれないかぁ!」
石鹸と革鞣しと聞いて興味をもった真三郎が橋下に声をかける。
「おおっ!三良!って、ことは!王子様でねぇか!!いつもありがとうごぜーますだぁ!」
「あ、そーゆのいーから。どう?その石鹸は?」
川から上がって平伏しようとする農民を制する。
「へぇ、皮にこびりついた汚れや脂もよー落ちますだぁ」
「その茶色の皮は馬の?」
「へぇ、脚を挫いてだめんなった馬の皮になるさぁ。白いちっせーのは山羊になりますだぁ」
「このあとは?」
「へぇ、ヒルギの葉や皮を煮出した汁を徐々に濃くして浸けてけますだ。王子様のおかげで薪が手に入りやすくなりまして、皆感謝しておりますだ」
「この革は何に使うのか?」
「山羊は牛や馬より薄く柔らかいので太鼓よりは小さい小鼓用になりますだぁ」
「そう言えば、樽金!確かシャムからの船にくっさい鹿皮の塩漬けがあったな」
御物城の蔵に積まれた荷の中に塩漬けされた鹿の皮が大量にあった事を思い出した真三郎が樽金に訪ねる。
「確かに大和では鎧や、小手の材料に鹿の革を使っているようです。生憎、山羊の革はいま一つ、二つは格下のようで。安くなったとはいえ、浸けるだけの塩も琉球てはまだまだ高級品です」
売り物に成らないと聞いて肩を落とす真三郎。
「王子様!大屋子様の邸ではこの皮の主である山羊を煮た汁料理を準備しておるようですだ。夏に向けて精をつけられませ」
そんな真三郎の様子に食い気で励ます農民、良くできた領民である。
「おおっ!確かに山羊は御殿では食べたことないなぁ」
「潰すのは祭や祝言を挙げるときだけ、殿下が金武を治めるまでは飢饉や税の取り立てで儂ら百姓が山羊を口にするなんてありませんでしたわぁ」
真三郎が昼を取りに立ち寄ると触れを出したせいで、三良の父、漢那可領が奮発したようだ。
「よし、今日はいい天気だし、民の仕事を体験するのも勤めじゃ。腹を空かせる為にも、ちょっと俺にもやらしてくれ」
「真三郎様ぁ!」
「あー、もー、ちょっとだけですよ!」
「ほう?ここで石鹸を付けて、これは、軽石?これで汚れや脂をねぇ?うん、確かにちょっと臭いなぁ」
皮だけでなく石鹸の泡もちょっと臭い。もう夏同然の気温とはいえ川に浸かって作業した真三郎はあっというまに飽きてきたようだ。
「ここでは試作した安い海豚製や、うまく固まらなくて市場には流せない石鹸を使っております」
「こんなもんか?」
こびりついた血の後や、変色した肉片らしき汚れを洗い流した真三郎が山羊皮を高々と広げて見せる。
「へぇ、あ!!で、あ、あぁ」
「ん?どうした?」
「申し訳ありません。なんでもありません。」
「いや、なんでもない声ではなかったやないかい!怒らんから。何か間違えたか?」
「へぇ、実は洗った皮を置く時に肉側と毛皮を揃えるのでごぜいます。毛皮同士を被せると不思議と絡んで取れにくくなってしまうさぁ」
言いにくそうに口どもりながら答える。
「す、すまんな。あっ、まぢ剥がれん!真牛、三良も樽金もちょっと手伝え!」
ビリビリビリビリビリビリビリ
「た、確かに絡むな」
「面妖な?」
「こ、これは!」
「真三郎様?」
引き剥がす三人に手を離して考え込む真三郎。
「石鹸を使う前もこうか?」
「いえ、石鹸を使った後だけでごぜーますだ。この後ヒルギ等の煮汁に漬け込むともぅ起こりませんし、一部は毛を抜いてから鞣すので余り困りません」
(石鹸、毛、毛、毛。確かにシャンプーとかないからって石鹸で髪を洗うとギシギシするし、絡むなぁ。シャンプーは弱酸性。だったっけ?)
「すまんが、抜いたり剃った山羊の毛を少し纏めてくれんか?」
「へぇ、山羊の毛?す、捨てるものですが、よろしいので?」
「真三郎様。また何を?」
三人衆が真三郎の思案顔に嫌な予感たっぷりのジト目を向ける。
「まぁ、これも実験だな」
「大屋子邸か御殿にお納めすればよろしいでしょうか?」
「うむ、頼んだぞ、では。漢那村を一回りしたら汁を馳走になりにいくぞ」
地道な内政は平穏に進むのであった。




