第54話 踊奉行
首里 三司官 羽地親方 池城安棟屋敷(真三郎母方の叔父)
「叔父上殿、此度はよろしく頼みます!」
尚永王の即位式を四日後に控え、真三郎は即位式の余興の練習の為に首里に前入りしていた。
「お待ちしておりました。朝公様!金武よりの旅でお疲れの所、我が屋敷まで御足労頂き申し訳ありませぬ」
城での公務の合間を縫って屋敷に顔を出して来た安棟が丁寧に挨拶をする。
「いや、いや三司官の勤めもある叔父上様こそ忙しいであろうに」
「叔父といえば忙しいのはやはり北谷の朝理様でしょうな」
「ああ、まさか従姉の真満金ちゃ、いや真満金様が王妃に選ばれるとはなぁ。王族出身の妃は尚真王様以来の出来事とかかんジィに聞いたが、いやぁ実にめでたいなぁ」
「その佳き日を祝う舞ですぞ、今日からよろしくお願いいたしますぞ」
「踊るのは叔父上様と?」
「安頼(安棟の息子で真三郎の一つ下の従弟)は地謡の一人として三線で演奏に参加します。」
「で、この祝の舞の『かぎやで風』って具体的にどのような舞か?」
「あぁ、朝公様ぁ。なんと嘆かわしやぁ。『かぎやで風』は先王、尚元王の即位に当たり、我が父、朝公様の祖父にあたる新城安基が嬉しさの余り言祝だことに由来する歌にございますぞ!」
「そ、そうなんだ」
「はい、式典まで余り時間もございません。超一流の唄者にして踊手でもある米須伊原親方楽斗様を講師としてお招きしておりますので早速練習しましょう」
◆
「ふっ。超一流踊手で御主加那志より親方格の踊奉行に任ぜられた米須伊原楽斗である!」
彫りの深い色男が色は地味だがよくよく見ると細かな紋様が入った高価な絹の装い、流麗な仕草で王子に対する礼をする。すごい威圧感に高い神威すら感じる真三郎である。
「王子殿下は今回初めて舞われるとか?この舞は即位式の儀の始を告げる最も重要で格調高い舞であるので、まずは某の舞をよく見てくだされ」
挨拶もそこそこに金箔の貼られた扇を開いて練習場所に充てられた二番座に三線と琴、太鼓を並べるよう安頼に素早く指示がはいる。
「安棟様、早速地謡の準備を。
殿下、殿下は舞だけになりますが今回は某が唄いながら舞います。よくよく見てくだされ」
チャン、チャン、チャン、チャンチャンチャン!
三線と琴が厳かな前奏を奏で始める。
「きゅーぬーーーーふーーーくーーーーーーーーらーしゃーーーーーーやぁーーーーーーー!」
三線の前奏を受けて楽斗がゆっーーーっくりと舞をひとさし。
「えっ!えっ?えーと、あの楽斗様?」
「ん?どうした。ああ、流石は殿下。安頼の弾く三線は初心者用の安物だか、殿下が踊り、某が弾く時はお城より借り受けた国宝級の名器、あの城開鐘を使いますぞ。この音の違いが解るとはなかなかお耳も良い!」
開鐘とは三線の名器に与えられる称号。城開鐘は現在の価値にして数千万、ストラリなんとかに比肩する尚王家伝来の国宝である。
安棟屋敷二番座の床の間には左御紋の胴巻に漆黒の黒木の棹の三線が飾られている。
大和の武家では武士の魂である刀が飾られるが、琉球では楽器、三線が掛けられるのである。
(いや、そーゆー格調とかの問題じゃなくて)
「ささっ、時間もありませぬ。続きを、安頼どの。」
チャン、チャン、チャン、チャンチャンチャン
「なーーうーーーにぃーーーぢゃぁーーなぁーーーたぁーーーてぃーーーるーーー!」
「どうですか?殿下、大切な所だから、よく見て!大新城様の故事に基づきますので舞方は翁の形で、腰をこう落とし、歩みはゆるやかに、ゆるやかに、優雅に。あぁ扇を持つ手の高さと角度は保ったまま、胸の当たりに輪の形で舞台中央で大輪の花か咲くことを想起させるように」
楽斗様の厳しい指導は続く。
♪今日のうれしさは 何にたとえられようか
まるでつぼんでいた花が 露にあたり花咲くようだ♪
王位争いを制した尚元の即位に当たり!三司官で唯一味方をした大新城と大の尊称を冠して呼ばれる大宰相 新城安基が嬉しさのあまり踊りだした唄である。こののち沖縄の結婚式では必ず親族が踊る定番にすらなっている。
実子であり三司官の一人である池城安棟と王弟で孫にあたる朝公、(真三郎)が王の即位式及び王妃のお披露目にこの舞を披露することは、父王と王権を争った王叔、大伊江王子尚鑑心が早世していたこと、また、尚永の王妃に同じく王叔にあたる北谷王子朝理の長女真満金を迎えたことも含め、わずか十四の若年で即位する尚永を王族一同で支えることを内外に示すという政治的にも大きな意味を持っていた。
「ふっ、一流とはいいがたいが、まぁ即位式までには見れる程度にまで仕込みましょう」
真三郎の飲み込みの悪さに四苦八苦の米須伊原親方楽斗様。
「そうそう、殿下はかなりの美食家と聞いておりますが?」
「はひー、はひー。ま、まぁな。南蛮や、み、明あたりの食材とかも色々試してるぞ」
「踊奉行は即位式の儀礼のみでなく、早ければ来年にも執り行われる冊封の使節の接待も司ります。
某、琉球の踊り、衣装、料理、音楽とあらゆる芸事を一身に担っております故、殿下とは是非今後もお付き合い願いたく存じます」
「おう、おう!まかちょんけー!楽斗様は俺の踊の師匠だ、即位式が終われば珍しき料理や金武の酒も馳走しよう」
何故か様付けが取れない真三郎に、全く違和感を感じさせない楽人様。
「それはそれは、殿下が支援しておる久米の店の噂はかねがね、楽しみですなぁ」
(は、ばれてる?)
楽斗様は思わせ振りな笑みを口許に滲ませて颯爽と安棟の屋敷を辞するのであった。
◆
久米 唐営 炉卯兎薬種店
奥の商談の間には小振りの茶碗に中国から来た香片茶(さんぴん茶)、お茶請けとして収穫したばかりの落花生を炒ってカラメル化した黒砂糖をたっぷり絡めたお菓子が置かれている。
「油屋さん、先日は急ぎの品を納めていただきまして」
「何、直ぐに商品も納品して頂けましたし、それより、アレや!何かえろーおっきな蘇鉄が見つかったとか」
油屋常悦が口に入れた菓子の甘さに目を見張る。
「領主様の許可も得まして、恩納の港にまで運ぶ準備も出来とります。桟橋から船に積み込みこむには潮の都合もありますが、問題ないでしょう」
「それはそれは、卯屋はんには誠にお手間かけさせましたなぁ。大っぴらに領内に出かれまんで手代を名代として金武に遣りましたので直ぐに物も確認出来るでしょう」
「念の為、一回り、二回り小さな蘇鉄の場所も確認しておりますので、また御贔屓にいただければ」
「それはホンマ助かりますわぁ。こちらは金武の王子殿下に、油屋からのほんの気持ちですと」
差し出された脇に置かれた包みからは鍛えられた刀の大小と扇子が二本覗いている。鞘の拵えからも輸出用の数打ちではなく、贈答用の名品に間違いない。
「これは、これはしかとお預かりいたします」
(明の慶賀使用に即位式の祝品を納めたばかりだから助かるなぁ)
「こちらは品代の残額になります。蘇鉄の代金は船に積み込みましたら港で」
目録に書き込まれた刀や扇子の他に銀子の枚数を確認して懐にしまう。
「かしこまりました」
「いやぁ、いい取引ができましたわ。来年も油屋をよろしゅう。出来れば黒砂糖はもっと量を確保願いますわぁ」
「それはもちろん。琉球の各地に苗を配っておりますようですし、来年は倍の品を確保できましょう。それと」
「これは京の都に文と銭を託したく。永楽銭で十貫あります」
真三郎の合図で炉卯兎の手代が運び込んだ二つの箱には銅銭が1一万枚、十貫文に手紙が一通添えられている。
「はて?京の都のどなたさんに?」
「実は、以前お世話になりました円覚寺の智蔵様が京五山の大徳寺さんに遊学しておりまして、なんでも前堂主座にまで出世して菊隠の号を頂いたとが。琉球出身の学僧も多いと聞き及びますので、同郷の皆様に寄進してここはひとつ功徳を積もうかと」
「またまた、卯屋はん。店子を都に置く際には油屋との取引もお忘れなく。よござんす。うちは法華宗ですが、禅との付き合いも古ぅございます。
堺の南宗寺で住持をしておられた笑嶺禅師が大徳寺におりますさかい。妙國寺も南宗寺も同じく三好様ゆかりの寺院。
大徳寺は今や堺で大流行の茶の湯の総本山。卯屋さんも今後を考えれば付き合って損はありませんなぁ」
中国茶の入っていた茶碗で茶筅をシャシャとまわす仕草を行う油屋。
「茶の湯。油屋さんも嗜んで?それなら千利休様とかご存知ですか?」
「はて?利休、んー茶人ですか?ちとこころ当たりにありませんなぁ。琉球で聞いたなら茶聖、陸羽様では?はっはっはっ!
茶なら父も趣味人でしてなぁ、名物といわれる茶器も幾つか所持しておりますわ」
(んーまだ世にででないのかな?秀吉に仕えたのは確かなんだけどなぁ)
「いや、いや、聞き違いでしたかな、今、堺で高名な茶人は?」
「そうですな、評判は一に納屋の今井宗久様。著名な武野紹鴎様の女婿でその茶道具の一切を継いだと。
次は、やはり、天王寺屋の津田様ですかなぁ。今は上洛を果たした織田弾正様との取引でなかなかの権勢ぶり。
うちも三好様だけやのうて織田様とも商いを増やしてましてな、卯屋さんからの黒砂糖や、石鹸は南蛮趣味の織田様に必ず受けましょうて」
「……織田というと、もしや織田信長様!それは是非ともお近づきに、後程献上用の品をお持ちしますので卯屋も一つよろしくと」
(島津に攻められる前に信長に近付いて牽制するか、本能寺をちくって信長助けて歴史改変!これぞ転生チートになろう!うん、いけるかな?)
米須と伊原は糸満市にある地名です。響きで選びました。当然架空の人物でモデルは………m(__)m




