第53話 白銀の種
金武間切 喜瀬武原
金武間切の東西を結ぶ山中に切り拓かれた喜瀬武原は御殿を中心に十五戸ばかりの農家、周囲の耕地の殆どが農方の研究用農地である。
「真三郎様、秋の終わりに植えて収穫できそうなのはこの辺り。
半分は花は咲いても実がなる前に枯れたりと試行錯誤中ですね。
一応、種は残しておりますので春に改めて植えてみる予定です。後は数年かかる奴もあるかもしれません」
大風の影響を受けにくくなった頃を見計らって様々な作物を植え付けた畑を見回りながら農方の三良が嬉しそうに説明する。
エロ担当だけではない以外と真面目な一面である。
「どんな植物か、植え付け時期や管理を図るのも難しい中でご苦労だったな」
畝を跨き地をはう大きな葉を避けるようについていく真三郎達。
「ん?これは?」
葉の隙間に子供の頭程の茶斑の実を見付ける真三郎。よくみると目印に芒の枯れ枝が刺してあるようだ。
「ああ、これですか。瓜か瓢箪みたいな実が出来ました。かなり固いようですが、彼方の三つ程は採種用に残し収穫してみましょうか」
「食えるかな?」
「伯英殿の仕入れ帳によると南瓜とあります。食用、美味との記載もありますし、食用には間違いありません」
福州やマカオで仕入れた種の名に小まめに図南が描いた成育図をみながら三良が説明する。
「ナンカ?瓜?確かにかぼちゃッポイちゃあ、かぼちゃッポイけどなんか違うな?」
(緑じゃない?いや、確か京野菜とかでこんなのがあったような?)
鎌でずっしり一キロ近い大きな実を収穫する三良
原種に近い品種改良されていない当時の南瓜は濃い緑で扁平な型のものではなく、実の形も様々でやや茶色い南瓜。所謂島南瓜の体であった。
「此方の畝は、えーと。花生。花は咲きましたが、実はつかなかった畝ですね。豆っぽい葉に花も咲いたんで期待したんですが、花か葉を食べる野菜だったのか、時期が悪かったのか春植えでやり直しです」
クンクン!
「これは?確かに豆苗っぽい葉だな………」
(豆苗はもやしが成長した若葉だったっけ、豆に何とか菌が身体、土、何かによかったんだっけ)
根粒菌であり、身体ではなく、窒素の固定化で肥料がわりである。
「ん?いや、まて、三良、真牛!これ一本だけでいーからちょっと根っこまでひっこ抜いてみて」
「芋や、根菜のたぐいですか?」
力仕事ならと腕捲りした真牛がえいっ!とひっこ抜いた根には真三郎も見覚えがある白っぽい塊が幾つもついている。
「おおっ!これは?やっぱりピーナッツ!」
「ぴーなつ?兄からの説明書きには花生とありますが?確かに絵にあるのと同じ実が殻の中に入ってますなぁ。」
樽金が殻を一つ割って中身の豆の匂いを確かめている。
「いや、あーんーそうだなぁ?明の名前の花生では紛らわしいから落ちた花が生るで落花生と名付けよう。なっなっ!」
本来ならば琉球では地面の中に出来る豆で地豆と呼ばれ、ムッチムチのジーマミー豆腐等になるのだか、落花生しか知らない真三郎により名前が変わるのであった。
「おおっ、これはハーブ類だな!」
「真三郎様危ない!」
慌てた真牛が真三郎の首根っこを付かんで引き寄せる。
「く、首、しまる。ハブちゃう。ハーブ。ほれ?匂いを嗅いでみよ」
三良がミントの葉を摘まんで軽く揉み真牛と樽金の鼻先に差し出す。
「なるほど、これは良い香り」
「南蛮人が好む香だったかな?」
「えーと、台帳には薄荷に目箒、迷送香とありますな。皆、薬、食用用でも可とあります」
(いやいや、ミントにバジル、ローズマリーだよな。あっ、ハッカとミントは一緒なんだ)
「薬はわからんが、料理や飲み物には使えるな!これはイケる三良!増やすぞ!」
「真三郎様、此方は恐らく失敗作ですな?毒々しい真っ赤な実が成りましたがなんとも青臭く、薬かもしれませんが、恐らく毒かと。
花は色違い、実の色も大きさも違いますが毒のあるイヌナスビにそっくりです。なぁ図南」
農園のお手伝いもしていた図南に三良が話を振る。
「はい!三良兄ぃのいうとおり、白じゃなくて黄色いこんな花でした」
図南が広げた冊子に書いた絵には墨で日時や大きさだけで花の色も書き込まれている。
「三良!た、種にはなんと?」
実の生る繁みに入ると青臭い臭いが充満するが、無視して一番大きい、とはいえ玉子程度の果実をプチっともぎ取る真三郎。
「確か、蕃茄とありました。異国の茄子の意味だと樽金が………………………」
カプッ!
「ぶぶっー!ぺっ!ぺっ!」
(うげっ、こりゃあ、甘くない、っーか青臭さすぎるなんじゃこりゃ?)
「ま、真三郎様!吐き出して!観賞用の毒ですぞ!真牛!」
樽金と三良が青ざめて叫ぶ。
「真三郎様!御免!ふん!」
「顔はヤバいよ、腹にしな!腹に!」
「へっ?ま、まて!な、腹は!やめっ、うっ!オロオローグゲーロ、ゲロ!」
………………………………………orz
「朝公様!大丈夫ぅ?」
口から七色にキラキラ輝く虹を嘔吐した真三郎の背中を図南がそっと擦り、三良が慌てて水場から竹筒に汲んできた水を手渡す。
「あれほど拾ったものを口にしてはと、全ったく!ささっ!早く水で口を濯いで、飲み込んではいけませんよ。痺れとかは、ありませんか?」
「樽金、薬師や医師でも呼んだ方が?」
嘔吐して真っ青な顔の真三郎に実際に活を入れた真牛も不安げである。
「はぁ!はぁ!て、てめーら、人をなんでも拾い食いする犬か猫のようにまったく。ふぅー、ま、まぁいきなり口にしたのは俺が悪かったが、食える奴に違いない。
心配するな。甘いと思いきや俺が思ってたより不味かっただけだ!」
(うーん、トマトには間違いないはずなんだけど、これも品種改良不足?いや、塩?水のやり過ぎ?美味しい漫画でなんかやってたはずなんだけどなぁ)
「はぁ 全くひどい目にあったわ、プンプン!」
「ま、まぁ。悪気があったわけじゃなし。それより砂糖と石鹸、薬酒の第一陣発送分も準備出来ましたようですし、堺の油屋さんより依頼のありました蘇鉄を確認してから即位式の準備に出立しましょう。明日早朝には出港ですから今日の内に恩納の仮屋に入りますよ」
兄、阿応理屋恵王子、号して尚永王の即位式及び王妃の選定結果発表まで十日を切っていた。
◆
喜瀬武原から恩納港の間、瀬良垣の崖の上、眼下に東シナ海を見下ろす場所にそれはあった。
「ほう、これか、でかいな。樹齢五、六百年程度はあるんじゃないのか?」
周囲を回りながら真三郎が呟く。
「そうですね、蘇鉄の場合は年輪ではなく、葉の数で年が解るのですが、少なくとも五百年は経った雄の木ですな」
三良と領内の山を回ってこの巨木を見つけ出した真牛が説明する。
「蘇鉄に雄雌があるのか?」
「はい、雌は蘇鉄の赤い実がなりますね。こっちも毒なんですけど、雄は春になると盛ってこう立派な黄色い大根みたいな…………」
パチーン!
下に走る三良の頭に樽金の算盤が唸る。
「ってぇ!」
「三良は置いといて、真牛。これはかなり大きいが掘れば根ごと運べるのか?」
「かなり大きいですが恩納の港ならここから近いですし、牛や馬を十頭ばかり、男手が三、四十人に特大の荷車があれば十日でなんとかって所ですな」
大きく三つに枝分かれした巨木はあきらかに運搬には苦労しそうな形である。
「問題は船に乗せる場所、やはり甲板になるとおもいますが、堺まで持ちこたえるかです」
「確かに、塩の害には強くても長期間の航海には持たないだろうな。まぁ大和の春に合わせて帰るから移植するには良いかも知れんな」
(プラントハンターもいけるかな?蘇鉄にガジュマル、花芭蕉とか南国っぽいの。クワズイモやポトスとかも売れるかな?ルソンやタイあたりから珍しい蘭とか輸入してもいけるか?)
「よし!土ごと運んで藁の筵で根ごと土を固定してみよう。うまく移植できて大和への販路が出来、評判になれば金になるはずだ」
「荷を納める次いでに久米に滞在中の油屋さんにも実物も見てもらい、大和に出港する予定を確認しよう」
金武の山中に生えていた樹齢六百年の蘇鉄の大木は琉球から堺の妙國寺に、そして妙國寺から安土城へと移植され、その不思議な縁は信長や家康と真三郎を結びつけるのだかそれはまだまだ先の話である。




