第49話 河伯への供犠
漫湖に浮かぶ最大の島、奥武山。
琉球八社の一、天燈山沖宮が鎮座している。
作中より約100年前(1450年頃)の創建ともいわれており、主祭神として天受久女龍宮王御神、大和名を天照大御神や、熊野権現をお祀りしてる。
現在では埋め立てや土砂の堆積により、南岸側と陸続きとなり運動公園やプロ野球も開催されるセル○ースタジアムや、那覇マラソンの出発、ゴール地点にもなっている。
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払暁、漫湖の渡し船は朝凪の湖を乗せきらぬ程の客を満載して次々と中洲にある奥武山に接岸していく。
乗客の目的は本日執り行われる人柱の儀式を見物することである。
戦や処刑の様な刑罰が殆どなく、せいぜいが棒叩きの杖刑や、見せしめに道端に繋がれる晒刑、王への謀反すら島流しの琉球では人々の仄の暗い感情を刺激する陰惨な儀式として生真面目に神への祈りで参加した者以外にも数多くの見物人を集めていた。
「おっ!あそこか?」
「祭壇の近くに場所を」
「ありがたや!ありがたや!」
「高台の方がよくみえないか?」
「押すな!」
「えぇぇい!オバァが転ぶだろっ!」
「あの桟敷席は?」
島の東海岸には湖に付き出す二つの仮設桟橋。
手前には三つの祭壇が足場を組んで建てられている。
竹に張られた綱と紙垂が結界を成して余人の進入を阻む。
一段高く三十畳程の広さに設けられた桟敷席には正方形、半畳サイズの琉球畳が敷き詰められていた。
「えらい方の貴賓席だろ?見ろ、警備の役人もいるぞ!」
「ちっ!いい場所取りやがって」
桟敷席や、祭壇の周囲や沖宮の参道周辺を七尺はある棒を構え鉢巻姿の役人が警備している。
儀式の開始二刻(四時間)も前、朝晩は南国琉球にも秋の涼風が吹き出す季節とはいえ日が上る日中は茹だる様な暑さである。
集まった観衆の不満も徐々に溜まり負の感情が不穏な空気を醸し出している。
「い、いかんな?早速暴動でも起こりそうだ」
既に千を越える群衆が奥武山に集まっている。
船がつくたびにどっと吐き出されて我先に桟敷席の廻りに集まってくる群衆に規制線が張られた島の中央の沖宮の高台から眺める真三郎が呟く。
「三良!準備はどうだ?」
「はい、予定よりは早いのですが、このままの状態では儀式の前に暴動が起きるやも、早めに対処しましょう」
「たのむ!」
気が立った観衆による場所取りの争いや足を踏んだ、ぶつかった等といった揉め事が見られ始めた時、何処からともなく、香ばしい匂いを漂わせた数台の車が竹で組まれた幾つもの小屋に入り垂れ幕を掲げる。
「こ、この匂いは?」
「すーはぁー!すーはぁー!鰻か?」
「伽哩や!伽哩!何処壱屋の伽俐や」
「鶏の串焼きじゃあ!」
「神撰につき半額とあるぞ!」
「ほんとけ?」
「一度食べたかったんじゃ」
「でーじなーさんどぅ!」
「お、押すな!」
「いててて、足をふむな!」
「粥に、握り飯、そばに、このにおいは伽哩だ!」
「あれは鳥もつのごった煮か?」
「クン、クン!鰻に鳥の串焼きか?」
「おいおい!まるで祭りみたいだな?」
「ああ、どうせ俺らみたいな見物人から金をふんだくろうって腹だろ?」
「しかし、半額だぞ?食べなきゃ損だ」
「しかし、この匂い」
「辛抱できんな?朝も食わずに見にきたからなぁ」
「まぁ、折角だ。買ってくか?」
島の東岸に向かう参道に置かれたいくつもの仮設屋台が香ばしい匂いで食欲を掻き立てる。
「いやいやいやいや、王子殿下!全く、すごい人手ですなぁ?」
沖宮の永興宮司が社殿から参拝者や東岸に拵えた桟敷席周囲の少しでも見やすい場所を探そうと押し合いを始める者を眺め、揉み手で話しかける。
「うっ!声がでかいなぁ」
「あ、これは、失礼!失礼!」
真三郎が緊張しているにもかかわらず見た目は色男の部類には入りそうだが、空気を読まない宮司である。
「あ、いや、悪い。少し緊張してな。朝早くから思った以上に来ているな」
「あ、はい、渡し舟も屋台も売上高も相当なものにっ」
「ああ、勿論。儲けの二割は玉串料として納める。儀式場と桟敷席分ももちろんな」
「まっこと、忝ない。権禰宜!権禰宜!殿下のお支度を!」
「うむ、永興宮司こそ、この後も頼むぞ!」
「お任せを!」
定刻には久米や対岸の小禄だけでなく、首里や浦添まで四千を越える大観衆が見世物を観る為に集まっていた。
グァーン!グァーン!
カンカンカン!ピュー!ズドーン!ズドーン!
銅鑼や鉦、高価な火薬を使う石火矢までが打ち鳴らされる。
「首里天加那志がご名代、大金武王子朝公様!おーなーりぃーー!」
浮織の冠に蜀錦の帯、王族の正装姿の真三郎が桟敷席中央、一段と高い席に座り、後ろに刀を捧げ持たせた鉢巻姿の真牛が護衛を兼ねて控える。
「王子殿下!千歳!千歳!」
「あれが?」
「噂の火之神様?唯の小僧にしか」
「しっ、それでも王子殿下だよ。罰があたるよ!」
「麒麟児とか言われててるとかいっても、ぷっ、噂はあてになんねぇ普通の小僧じゃねーか?」
軽く微笑みながら手をゆっくりと振りながら入場することを提案した真三郎だか、皆に却下されて普通に威厳を正したつもりの入場であるが讃える声は今ひとつ。
「真玉橋普請総取締方 上間親方長胤様!」
「あ、あれが?」
「しっ!」
「おかわいそうに。まだ四つやってなぁ」
「流石にやつれてますなぁ」
真三郎の入場時とは異なり、娘が人柱に選ばれたとの噂は広まっており水を打ったような聴衆の間に憐憫の声が交じる。
「古波蔵親雲上安昔様!
…………………………………………」
続いて橋の両岸に采地をもち手伝い普請に駆り出される士族達が次々と呼ばれ三十畳程の桟敷席が満席となる。
「あーあー静粛に!某は沖宮宮司、永興であーるぅ!本日は御日柄もよく……」
桟敷席の片隅から声を張る神職束帯姿の宮司に権禰宜が短くと囁いている。
「あー!でわわぁ!一の祭壇!久米の風水師水流道士ど殿!」
側頭部を残してものの見事に禿げ上がった鶏ガラの様に痩せた仙人風の老人である。
屍鬼を操るような黄色い道服に大きく太極図が描かれた服を纏った道士が真三郎達から見て左手、北側の祭壇に上がる。
階段にして五段、一メートル程の高さに二メートル四方の祭壇の中央には銅製の香炉が置かれ、水流道士がすぐさま四方に三拝、線香を供える。
「続きまして、二の祭壇!今帰仁神女|煽りやえ様!」
真っ白に漂白された神衣に三連の勾玉の首飾り、頭にはトウツルの神冠、神女の正装のババ様が控える馬の補助を……受けず、小柄な身体を猿の様に飛び跳ねながら南の祭壇に駆け上る。
祭壇には火之神を現す三つの石からなる炉があり、ババ様がウチカビと呼ばれる銅銭を模したお札をくべると紫煙がもうもうと立ち昇る。
「最後は、三の祭壇!金武観音堂住職、日英上人様!」
絢爛豪華な刺繍入りの法衣を纏い…恰幅の良い《アブラギッシュ》な上人が護摩壇の築かれた祭壇に上り経木をくべお経を唱えはじめた。
「えー!で、では!河伯に捧げる贄の少女をこれに!」
永興宮司の絶叫に一斉にゴクリと生唾を呑み込む音が聴こえる。
信仰心もあるだろうが、人の死ぬ様を見物しようとする人間の負の感情がどす黒く渦巻いていた会場も屋台から安く提供された食事により食欲が満たされることによって若干薄れていたものの、いざとなると沸き立つものは押さえられない。
チィリーン!チィリーン!
シャンシャン!シャンシャン!
輪と鈴の音に先導され、白衣の幼女と少女が沖宮の権禰宜の担ぐ輿に乗せられて南北に別れて沖に向かって続く桟橋のたもとにむかう。
「あ、あれが!」
「ありがたやぁ」
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」
「あんな幼い子供が」
「上間親方の実の娘だそうだ」
「おかわいそうに」
「幼女になんてことを!もったいない!」
「そうだ!そうだ!河伯の嫁じゃなくて、俺に!」
輿の幼女、少女を拝む老婆、涙を流す百姓姿の婦女、幼女に拘る二人組の中年、ある意味事案である。
グァーーン!グァーン!
「静粛に!大金武王子殿下よりの御言葉であーる!」
「み、皆のもの!」
「殿下、もう少し声をお張りください。」
厚紙を丸めた簡易拡声器を口に充てる。
「あー!テステステス!皆のもの!聴こえるか!正式な即位の儀式を年明けに控えた首里天加那志、尚永王陛下よりの御言葉を伝える!
即位の儀を控え人柱の儀式は穢れを招く恐れがある。贄は控え代案はないかとの御言葉である!
久米の風水師、水流道士!」
ざわつく観衆を無視して一の祭壇で桃の木剣を掲げた道士に問う。
「はっ!直答をお許し下さいませ!某、天文、陰陽、を見まして必用な贄を神箭にて選び申した。
しかしながら、贄の少女の魂を少し形代に移すことが叶いますれば、古の蜀の軍師、諸葛孔明のごとく河の神を鎮めれましょう」
「食、蜀?」
「孔明っていやぁ、あの三國志だろ!」
「ありゃあ東南の風じゃあ?」
「ええーい!静まれぃ!」
「いやいや、南蛮遠征時に河神に饅頭を捧げて贄の代わりにしたはずだ。それが饅頭の始まりでな」
あちこちから不思議と訳知り顔の物知りが故事の由来を周囲に語る。
「今帰仁神女!煽りやえどの!魂については三十三君の中でも名高い霊威のそなたならば詳しいはずだがどうだ?」
「ひぃ、ひぃ、ひっ!王子殿下!二人の人柱候補をご覧くだされ、既に中原(中国)の故事に習いまして、生まれたての子山羊の肉で餡を作り、小麦の粉を捏ねた人形の饅頭にお二人のお髪をひと房、これに魂を落とし、その一部を封じておりますじゃ。
まぁ二、三日すればお二人とも元に戻りまするな」
琉球の人にとってちょっと様子が変になった時は魂を落とすと言って、落とした魂をユタが拾って簡単に元に戻す代物であった。
「へーなるへそ」
「饅頭にねぇ」
「そんなことより、あのえらい別嬪な巫女さんは?」
魂の一部を封じると聞いて観衆の多くから納得の声がする。
「金武観音堂、日英上人!そなたは多幸山の妖怪を封じた(飛漣の山賊騒ぎ)法力の高い僧と聴く。どう思う?」
真三郎が妖怪退治の実績を協調して声を張る。
「オン バロダヤ ソワカ!恐らく問題はなく普請はできましょう。水天の眷属を封じる為の像を橋の欄干に設置しましょう」
数珠を振り回して上人が低いがよく通る声で答える。
「うむ、橋の完成時には盛大に行うことを約しよう!」
「はっ!」
「皆の衆!此より真玉橋着工の儀式を執り行う。
神仏道それぞれの祈りに唱和せよ!
河伯に祈願する儀式が無事に終われば銭と餅を配るぞ!皆も心して祈祷せよ!」
儀式を邪魔させられぬよう先に甘い飴を提示する。
「えっ!な、な、なんだって?」
「じぇ、じぇにを配る?」
「えー俺は人柱が」
「しっ!黙って祈りゃー!」
不満げな観衆に周囲から叱責の声がする。
群衆のあちこちでは日英上人の武勇伝を語る人見受けられる。移動している為、先ほど三國志の故事を説明していた物知りであることに気づく人はいない。
「急々如律令!」
四方に跪拝した水流道士の桃剣に刺された呪の書かれたお礼が祭壇の火にパアッと燃える。
「うーとーとー!」
ババ様の後ろに控える馬が銭の型を押したウチカビの束に火を付け祭壇の周囲にバラ撒き一瞬で燃え尽きる。
「オン キリキリ ソワカ!」
日英上人が護摩壇の炎になにかを振りかけると火柱が一段と高く立ち上る。
「権禰宜!」
永興宮司の合図に贄である恩戸と嘉樽が乗った輿から二人が抱いていた朱で其々の名の書かれた巨大な人形饅頭が取り出される。
「「「おおっ!」」」
ピィー!ヒャアーラァー!ピーヒャラァアー!
笙や篳篥による厳かな音色が周囲の空気を換えてゆく。
「大龍神小龍神諸龍神を奉祀りて………」
杓に両手に捧げもつ永興宮司が水神に対する祝詞を唱えはじめる。
その声を合図に桟橋の先からそおっと水中に投ぜられる。
ゴクリ!
信心深い人たちは一心不乱に手を合わせ経や呪文、祝詞を唱え祈り続け、人柱を物見遊山半分で来た者は何か起きないか賎しい気持ち半分で固唾を呑んで水面上に浮かぶ二体の饅頭がゆっくりと湖の中央に向かうのを見つめている。
グァン!グァン!グァン!
「おっ!何だありゃ?」
「おおっ!鰻じゃ大鰻!」
「いや、でかい!ありゃあおなごの腰程の太さがある!漫湖の主様に違いねぇ!」
「違いねぇ!違いねぇ!南無阿弥陀仏!南無阿弥陀仏!」
「うーとーとー!うーとーとー!お静まりくだせーだ!」
「彼女ができますよーに!」
「あがっ!」
「橋の普請をお許し下さいませぇ!」
漂う二つの巨大な饅頭には養鰻場で餌に群がる鰻そのままに巨大な大鰻に無数の鰻、川魚が群がり瞬く間に貪りだす。
密かに内に秘めた加虐性を満たされたく集まった一部聴衆も湖面に広がる一種異様な光景に目を奪われる。
「おおっ!河伯が贄を受けとりましたぞ!普請の成就間違いありませぬ!」
水流道士が、饅頭が全て沈むのを確認して声高らかに宣言する。
「おー大儀であった!首里天加那志もさぞ喜こばれよう。某も普請の手伝いを行うゆえ、皆も心するよう!」
「「「はははぁ」」」
グァン!グァン!グァン!
カンカンカン!ピィーヒャアー!
真三郎の声を合図に楽器が一斉にに掻き鳴らされ、四方に設けられた櫓の上から祈願の餅や銅銭がばら蒔かれ、貧しい民衆が我もと駆けつける。
やがて神撰のお裾分けたる餅撒きも終わると井桁に積まれた松の山へと火が灯り、人柱の儀式は湖面に篝火の光を妖しく映してその終わりを告げるのであった。




