第44話 斜陽の王国
安心してください!
ダグはついてませんよ。
隆慶六年 元亀三年 西暦1572年 真三郎十二歳 四月末日
明より程伯英を通して手に入れた聖書に書かれていた日付と、明の年号から真三郎はやっと西暦を推測し、今の時代が1572年であることを確認することが出来ていた。
恩納の港の竣渫工事は天候にも恵まれ、五百を越える人夫達の人海戦術により、一番潮の引く僅か十日余りの期間で水深五メート程の泊池を堀込むことに成功。
更に当袋川流域等から運んだ琉球中南部では産しない、重くて固い火成石からなる岸壁と波除堤を築きあげて、どうにか馬艦船が停泊出来るだけの港となっていた。
「ふぅー。どうにか間に合ったな」
静かに潮が満ちてくる海を眺めて真三郎が座り込んで一息をいれる。
「はい、今後は大風が吹く前までに、護岸の強化作業がありますが、民の人夫は無くして後は金武御殿の手のもので進めていけましょう」
工事を仕切った安李も疲労困憊の体である。
「そうだなぁ」
流石に領民に混じって作業するわけにもいかず、高台からの指示や、何度かの伽俐の差し入れ程度だったが、恩納の大屋子の屋敷での仮住まい、特にトラウマになっている豚便所の存在に真三郎も精神的に疲れ果てていた。
「そうだ!安李、樽金。手伝普請の連中の中から地割りで余り良い畑の割当がなかった者や、次男三男等で手が空きそうな者がいたら兵農分離、いや、土木農分離、土方金武組とでもいうべきかな?金武御殿、俺の指示で街道や、港、開墾、利水等を行う専門の技術者として雇えないか?文子(下級役人)よりは与える扶持は少ないが緊急時には兵にもなれるように訓練や、雨天時には学問その他の作業もさせたい」
公共工事を行う工兵隊のイメージを真三郎が提案する。今帰仁城や、大島の赤木名城での滞在中に指揮した金武王子軍は殆ど畑仕事や街道整備に物資の運搬と軍隊とは思えぬ現状を見てきたからだろう。
「しかし、金武御殿では……確かに間切内で必要な仕事はいくらでもありますが、訓練や、学問ともなると………そもそも金武御殿も研究工房でいっぱいですし」
樽金が、部屋もない御殿での直ぐの雇用は難しいと渋い顔で答える。
「あっ、それは大丈夫!折りをみて、恩納に引っ越そうと思うから」
あっけらかんと答える真三郎。
「「はぁぁん?は、初耳ですが?」」
「そりゃそうだよ、さっき思い付いたんだから。
金武、宜野座、漢那の三村は水田の多い穀倉地帯だし、金武観音堂の鍾乳洞を使った地下倉庫はうちの台所の要だけど、商いをするなら南北の陸の街道と海の港のある西側に拠点を置くべきだろっ?」
どや顔の真三郎は腰に手を当ててふんぞりがえる。
「た、確かに農業なら安定しておりますが、商売なら交通の便が」
「だろ?で、場所は万座毛の向いのあの岬!」
真三郎の指し示すは、右手に見える海抜十メートル、万座毛の半分程の標高で、幅五十メートル、全長五百メートル程の半島状の岬である。湾内の万座毛側は全長二百メートルはある真っ白な砂の浜が拡がっている。
「いや、いや、いや。あのような場所、第一岬の先など井戸を掘っても水は出ないですよ!」
樽金が駄目だしをする。
「そうですよ。朝公様!御殿はどうするんですか?」
安基の命で金武御殿の改築に携わった安李も不満げである。
「ん?水は山の方から引けばいいし、御殿は研究工房があるからな。まぁ機密性の高い幾つかの工房はいずれは移さないといけないし。あぁ、今日明日直ぐに移転するって話じゃないからな」
「もちろんですよ!一体、いくらかかるかと」
激おこの樽金が、口を尖らせてすねている。
「まぁ、まぁ、来年の大和との交易で黒砂糖や石鹸、薬酒がどれだけ金になるかだな」
先立つものは今も昔も世知辛くとも金である。
「はい、あと、明には硫黄の精製ですか?」
「あぁ、久米での商いだけでは安定してもそれほどもうからんし、山方の成果は時間がかかるからな、道は長いな」
「はい。」「はっ!」「これからにございますよ!」
側に控える樽金、真牛、安李がそれぞれの言葉で若い主君のつぶやきに答えるのであった。
◆
金武御殿 奥の間 真三郎の私室
「あぁん、ん。 くっ! ふぅー。
あっ、そこっ、らめっ
いたっ もっとゆっくり。
やさしく真牛!」
「こうですか?」
「あっ、 そこっ!いたっ!
くぅん!」
真三郎の私室から漏れ聞こえる声に気付いた三良が、絶賛残業中の樽金をそーっと呼んで中の様子を伺う。
「た、た、た、た、樽金!こ、こ、これってもしかして?」
気が動転しているのか声が上擦る三良
「しーっ!声がでかい!気づかれたらどうする?」
樽金の声にも動揺が隠せない。
「し、しかし。中はやっぱり」
「そ、そうだな。この声は真三郎様と真牛かな?」
「えっ!そこは真牛と真三郎様でしょ」
何故か順番に拘る三良
「順番に何か意味が?」
「しっ!」
「大丈夫!でどうする?」
「どうするって俺に言われてもなぁ。
真三郎様も十二歳。そろそろお年頃とかんジィも安棟様にも言われてましたが、阿応理屋恵王子殿下の。
次代の王妃選びが終わらないと各親方衆も年頃の娘を出したがらないしなぁ」
真三郎には内緒でそろそろ相手をとの話もあったのだ。
「もう、取り合えず側室でもいいだろ?少し早いとは思うが間切内の大屋子(庄屋、村役人)の娘辺りからてきとーに」
「そ、そうだな。戦続きの大和では珍しくないらしいが、癖になったら不味いしな?」
「誰が癖にだ!!」
ひそひそ話に夢中になった二人の背後に気配を消したら真牛が、しのびより二人の襟を猫の様に持ち上げる。
「「ひゃあ!ま、真牛!」」
「おまえら、何考えてる!」
襖がピシャリと開くと奥の私室からは寝間着がはだけかけた真三郎が現れる。
「ま、真三郎様!」
「お前らぁ。はぁ、まぁ、こっち来てみろ!」
ガックリと肩を落とした真三郎が二人を寝室に連れ込むが、部屋には乱れた布団………ではなく中央には大きな穴の開いた長卓が鎮座していた。
「「ん?何ですか?穴の開いた台は?」」
「これはな俺が木工頭に作らせた按摩台というものだ」
板の台にはそば殻を詰めた枕に真綿の座布団が敷かれ、頭の位置に顔がはいる程の穴が開いている。
「ほら?例えば横になって背中等を摩るとき顔が床に押し付けられて息が苦しかったり、顔を横にすると頚が痛くなることないか?」
「いや、かんジィじゃあるまいし、若いので凝らないですので」
(ちっ!少し三良の仕事を増やしてやろーか?)
「さいでっか。まぁ、仕事で疲れた俺が考えた台だよ、苦しくなく背中を擦ってもらえるように工夫したものだよ。真牛には手の修業でやる筋を伸ばすやり方を教えてもらってたんでお前らの考えてるよーな事はないからな?」
他に鍼灸や、明渡りの気やツボなどが書かれた医書が広げられている。
「はい。し、しかし、これは?」
樽金の手には最高級椿油の文字の書かれた油壺に黒光りする艶かしい形の石があった。
「はぁん?油はマッサ、按摩で体に塗るんだよ。石は熱い湯でじっくり温めて湿布がわり、ほら、これは薬草を入れて蒸した奴で、熱いうちに軽く体を叩いていくんだ。
とまぁ、試作の仕事だよ、仕事!大体なぁ。これだけじゃないぞ。久米唐営にまた新しい店を始めるつもりだ!」
突然の出店宣言に真牛も含めて色をなす。
「それから、これはまだ試作なんだけど……」
真三郎が奥の棚から取り出したのは、黒革と木材で作られた舟形につっかい棒が刺さって斜めに成っている様な靴、所謂ハイヒールであった。
「これは?履き物、靴?ですか?」
一つを手にした樽金が物珍しそうに靴を調べ始める。
「しかし、かなり踵が、背伸びするようで歩きにくいのでは?手で足腰を鍛えるためのものですか?」
「真三郎様。成長期はこれから、同い年の子とくらべても大きい方ですよ。それに背は今からまだまだ伸びますよ」
ふふっとにやつく三良が真三郎の頭をポンポンする。
「ち、ちがーう!俺が履くんじゃない!みてわかんないかなぁ。これは翠微楼とかにいるような色っぽいお姉えさんにだなぁ?」
(無礼者めっ!後で痛いめ合わしてやろーか)
「ああっ、翠微楼!!成る程!これは足首を細く、より色っぽくみえますね?」
廓の名前に反応した三良が瞬く間に真三郎の思考を理解する。
「だろ?流石はエロ担当の三良!この細い細踵の加工には木工頭も苦労したんだよ!
丁度三線の棹の余りの黒木の芯材を使ってみたんだ!どうだ?これできゅーっと踏まれたら!!!」
「「「…………………………」」」
「真三郎様!医者に逝きますか?」
「いや、ちょーっと、引くほど趣味全開だったかなぁなんて、いや、そんな性癖ないからな!ホントだぞ!」
「朝公様!起きておられますか?おおっ!皆もいたか?」
表の方からドタドタ足音がして安李が息をきらせてかけこんでくる。
「どうした?安李?」
「首里からの緊急の早馬です!」
「こんな時間にか?使者は?」
「今、厨で水を。取り合えず待たせております!」
「うむ、では座敷に!三良は悪いがかんジィを起こして来てくれ。急ぎの使者ならこのままの姿で構うまい」
「「「はっ!」」」
◆
「はぁ、はぁ。あ、金武王子朝公様にあらされますか?」
「そうだ!」
「け、今朝早く、首里天加那志がお倒れに!意識ははっきりとしておられず。いつ御隠れになっても不思議ではないとの事にございます!朝公様には至急首里に登城されたしとのことです」
「ち、父上が?」
「病は治られたのでは?」
「そ、某のような者に主上の御体など。こ、こちらは三司官の池城安棟様からお預りした殿下への添え文にございます!」
安李が代わりに文を受け取り中身を改める。
「兄からも急いで首里に登城するようにと、大島よりの帰還以降体調は優れなかったようです」
「真三郎様。夜明けを待って至急登城なさいませ、三良。悪いが、恩納に走り船の手配を!安李も誰かを羽地に走らせ恩納で船が手配できぬ場合に備えて早船を回すようにせよ!」
寝起きのかんジィが、長年勤めた羽地御殿の家宰の経験を生かして矢継ぎ早に指示をだす。
祭政一致、太陽に例えられる首里天加那志、琉球国王 尚元王の命運は今、まさに燃え尽きようとしていた。
尚元王四十四歳 王太子である中城王子 阿応理屋恵は十三歳、庶子ながら長男であり久米具志川王子朝通 尚康伯でも十五歳 金武王子朝公 尚久 真三郎はまだ十二歳
風雲急を告げる琉球王国の命運は未だ未熟なこの三兄弟に委ねられることとなるのであった。
せ、セーフですよね?




