第43話 万座毛
これまで久米唐営や、北部の運天や|
勘手納の港行きの小船乗り場になっていた東シナ海に面する安冨祖村から沖縄本島を東西に横断するくびれ、ヘソの様に金武間切の中央山中にあるのが、番所(政庁)であり、金武王子の御殿のある喜瀬武原の地である。
その距離約一里(四キロ)。これを東にではなく南に進むと琉球十景のひとつ、南海の絶景に数えられる万座毛がある。
万座毛とは百年程後の琉球国王が万人が座れるに足る原っぱとの意味で名付けたそうだが、真三郎達の時代では高さ二十メートルの断崖絶壁の上に高麗芝が生い茂るだけの耕地には適さないただの荒れ地でしかなかった。
「こちらです。真三郎様!」
切り立った崖の淵まで案内してきた三良が湾内を一望できる高台に一行を誘導する。
「おおっ!こ、これは………」
見下ろす絶景に言葉をなくす真三郎。
柵もない隆起珊瑚の断崖絶壁は照りつける太陽の光りに、焦げついた様に暗褐色に焼け、真っ白な砂浜と底の珊瑚礁まではっきりと見える不思議な緑柱石を溶かし込んだかに輝いている。また、岩礁の割れ目から覗く深みは吸い込まれるような紺碧の海である。
「犯人は、お前だ!
あぁ、そうだよ!俺が殺っだんだよ!」
崖の先端で立ち上がった真三郎が、叫びながら振り返り、一人二役で意味不明に語りだした。
「「ま、真三郎様?」」
「あ、いや……崖っぷちに立つと、つい火サ………いや、なんでもない」
「大丈夫ですか?頭は?取り合えず面倒……危ないのでこちらに」
倒置法を使ってかなりな発言をする真三郎に家臣団の目はかなり冷たい。
「いや、たがら、悪かったし。さ、三良の言ってた船溜まりになれそうな場所はあそこだな?」
崖から身をのりだして入江を指差す。
「「「ご、誤魔化した?」」」
「まぁ、まぁ。それより確かに可良(三良)の言う通り、港の入口となる場所の水深は十分にありそうだな」
一人落ち着いた安李が周辺の地形を眺めながらつぶやく。
「はい、安李様。勘手納の港のように広い泊池を確保することは無理ですが、東西二つの岬に挟まれる様に囲まれており、当袋川から流れ込む土砂の対策と、入江を少し竣渫すれば、馬艦船や中型の和船ぐらいなら二、三隻は十分に停泊できます」
気を取り直した三良が、真三郎が急いで作らせた金武間切の地形図を広げて説明をはじめる。
「どうだ?」
「そうですね、当袋川は恩納岳が源流で山から海まで急流で流れる為に、大風が吹くと土砂崩れの恐れが……土砂止めや、川もかなり浚う必要があるかと」
辺りを見渡し、真牛が、湾内に流れ込む河川について治山対策を求める。
「そうだな。沢や上流の様子を診るのは真牛に任せる。ついでに土砂崩れ防止に上流域の伐採は控えさせよう」
「竈の普及で自給用の切り出し量は減っているので問題はないでしょう」
「樽金、費用はどうだ?どれくらいかかりそう?」
いざ海を埋め立てたり、竣渫して馬艦船が停泊できる港を工事しようとすると反対派が軍港反対!経済的合理性とか訴えて気兼ねない。
「ここから見るとかなり浅そうですが……」
重機等のないこの時代、埋め立てより、竣渫が大工事になることから樽金の財布が固い。
「いや、内海になってる久米と違って海水が澄んでるから底まで見えるだけだ樽金」
「朝公様!ちょうど十日後から潮が引く大潮にございます。庸(労役)として領民を使役すればよろしいかと」
年に一度の春の大潮は宮古島の沖合いに普段は海中に沈んでいるという幻の島、八重びしが海上に浮上する程潮が引く時期である。その時期での竣渫作業を安李が主張する。
「うーん、安李。金武では無理な庸は民の負担になるから当分は避けることにしているんだ。
確かに大潮の今の時期なら工事は容易いだろうから、そうだなぁ畑仕事の余りない恩納側の民に触れを出してと」
「そうですね。成年男子だと一日麦一升、大豆一升二合。成年女子で麦七合、大豆八合って所でしょうか?五百人は集まりましょう。安李様?」
樽金が懷から出した算盤で必要経費を算出し、目を白黒させる安李に作業の人手が足りるか確認する。
「あ、ああ。それだけの人手が有れば大潮の期間内に十分な深さの港に竣浚できましょう。しかし……」
「安李。金武では庸、労務に対して対価を払うことで無理矢理民をかき集める必要がなく、人手が集まることで、土木工事を早く行うようにしているのだよ」
「はぁ、まぁ、なかなか、無駄な様な、新しい……誠に斬新なお考えで」
「うん。まぁ、いや、明の真似だよ。三國志だったかな?西遊記だったかな?まぁ。すぐに慣れるさ。それより他の間切との差や琉球、いや旧習には的さない間違いや改善点があれば直ぐに諫言してくれよ。
お主には常識を期待しているからな。ああ、それから安李。羽地間切の方から港工事に詳しい者がいたら五倍は労賃を弾むからと声をかけてくれないか?」
「は、はい。羽地で港の管理をしていた者に直ぐに文を」
かなり変人ではあるが、やはり、麒麟児なのでは!と新たな主人である真三郎達の発想の斬新さに決意を新たにする南風掟池城安李であった。
◆
大至急で行った恩納視察及び、港工事計画は池城安李と程隆成(樽金)を工事責任者として任せ、真牛にはハブが蠢く本格的な夏前にある程度の河川の治水治山を確認させており、金武御殿の研究工房では次なる金策、研究課題の一つである砂糖の精製の研究が行われていた。
(今の黒砂糖の在庫量は70㎏ちょい。来月には久米に渡る大和の商人に試供品として配る分に、家で食べる分はキープしてとだなぁ)
「三良、図南。これが、樽金が訳した白砂糖の精製法の絵図だ」
「うーん?真三郎様?これは何を」
「えー、どれどれ?覆土法?えーと穴の開いた漏斗状の壺に固まりかけたドロドロ、熱ーい黒砂糖をいれます。
ゆっくり冷ましたら下の穴から汚れを出して、表面に田んぼの泥水をかけて覆います?一週間程日の光にあてて、はい、こちらが一週間置いて表面がひび割れるほど乾いたものです!
余分な土をそっと取ったら綺麗な白砂糖のできあがりです!詳しい製法は今月号の今日の砂糖、十五頁を御覧くださいって!」
「「なんじゃそれ?」」
「つ、土ですか?」
「さ、さぁ?食べ物に土?樽金の訳がなんか間違ってるんじゃないか?図南はどうだ?読めるか?」
白砂糖な製法が書かれているらしい頁を図南に見せる。
「うん。えーと……………………………だいたい合ってるのじゃ。じゃが、詳しく書いてない、みたいさぁ」
申し訳なさそうに困った図南が上目づかいで本を両手で押し返す。
「しかし、田んぼの土?泥?」
「折角の黒砂糖にか?」
「しかし、見ろ三良。この絵じゃ、砂糖って書いてる壺に柄杓で黄泥水って奴をかけてるぞ?」
ちょうど一抱えはある、デカイ陶製のメガホンみたいな三角錘の壺に泥水をいれている。
「うーん。まいったなぁ。取り合えず、5斤(6㎏)ばかりで試しにやってみるか?」
「そ、そうですね。特殊な泥とは書いてないですし伯英殿が苦労して手に入れた明の書ですから。また、壺は素焼きと書いてますが、穴の開いた壺にどうやって入れたらよいのでしょうか?」
折角苦労して製造した黒砂糖が無駄になるかもと気をもんであきらかに挙動不審になる三良
「書きぶりでは、冷めたら穴から汚れた灰汁をだすとあるから、最初は穴を塞いであとで、泥も念のため煮沸してみるか」
「あのー今年の黒砂糖はもう固まってるんじゃが」
「うーん、図南。かんジィみたいに『じゃ』はつけないよーにな?これは来年試すとして、漏斗形の壺だけは安冨祖の窯元に発注しよう。
それから、三良と図南に試して欲しいのが、以前テレ……黒砂糖を和三、覆土法以外の遠心ではなくて、えーと重石なんかで、圧をかけて灰汁を絞りだして分離できないか試してみてくれ?なんか、こう、きゅきゅと混ぜるというか捏ねるような感じ?」
テレビで見たことがある和三盆製作のイメージを身振り手振りで伝えてみる真三郎。
「畏まりました。菜種や、椿の油絞り機がありますので試して見ます」
「頼むぞ二人とも!絵図を見ると硫黄の精製は簡単そうだが、現物もないし、金武よりは硫黄の産地に近くて集積される大島の赤木名や、徳之島の平土野で産業化すべきだろう。あちらなら精製用の水も豊かなだしな。
試作用の硫黄を手に入れたら、本に載っている精製法だけ確認しよう」




