第40話 程家の白眉
御物城視察翌日
真三郎一行は樽金の兄、程伯英の帰国及び程羽友の天使館通詞長退職、そして真三郎の肝いりで作られた米会所の総取締就任の祝いに参加していた。
「伯英殿、無事の帰国。真にめでたい!」
「こ、これは金武王子殿下!このようなあばら家に」
樽金より七つ上の兄伯英は弟より二寸は背も高く、細身だが、長年の中国滞在であちら風に垢抜けた好青年であった。
「いやいや、弟を近習に預かり、父上殿にも色々と面倒をお願いしている。こちらこそ、その伝を頼りに色々伯英殿に無理をお願いしてしまったな」
内輪の酒席の前、軽くとはいえ、王子が頭を下げるのを見て恐縮しきりの伯英である。
「弟の仕官だけでなく、父にまで新なお役を授かり感謝しております。
また、福州在任中に柔遠駅(在福州琉球たいしかん)に銀子の送金まで頂きまして。真に助かりました」
「いや、いや、無理難題の手間賃だ。今後は羽友の後を継ぎ天使館の筆者(高級官僚)に就任すると聞いたぞ!」
「はっ!首里天加那志の思し召しにございます。
それから殿下、こちらが文で依頼のありました実書や種子等になります」
伯英が奥から行李を二つ程引き出すと二十冊程の冊子と紙の束、色々と種子が入った小箱を並べだした。箱には名前と実や生える植物の図が書かれた付箋もついている。
「おお、すまんな、もしや危険な橋を渡らせてしまったか?」
「いえ、琉球からの荷は全て進貢厰預かりとなりまして、船員や、駐在員の持ち込んだ荷も基本牙行(御用商人)としか売買出来ません。
その為、酷く買い叩かれてしまい、手持ちが少なく柔遠駅からの外出するにも色々と触りがありましたが、倭冦商人を通して殿下からの銀子を融通して頂けたことで色々と買い付けも出来ました」
進貢の為の進貢船の関係者の滞在費は基本明の国庫から出ているが、京師から遠く離れた福州の柔遠駅、何人もの中抜きにより末端の駐在員達の生活は厳しいようだ。
「まず、こちらは南蛮人の書物にございます。倭冦討伐に功があり、嘉靖の帝より澳門の地への滞在を許可さられたらしいのですが、マラッカ王国を滅ぼした邪悪な異教を信じるポルトガル人なる輩の書物でございます」
革の表紙に中味はアルファベットの印刷物。頁の半分には中国語の解説か、手書きの翻訳が張り付けられている。
琉球人らしくポルトガル人への警戒が垣間見える。
「うん、うん、中国の言葉に訳されておるな。伯英殿、樽金、官話の部分の中味はどうだ?わかるか?」
(ちっ、聖書か、聖書はいらねーか。いや、翻訳用に少しは役にたつかな?
まぁ、ポルトガル語や、スペイン語、もちろん英語でもどのみち俺には手上げだがなっ。第二外国語、いやいや十年はやっても英語すらorz………)
「殿下。南蛮人の信仰しているという神の書に、医書、航海技術手工業等々。これらは澳門から京師に向かおうと密航を企て、亡くなった南蛮人が持っていた書物らしいのですが、官話への翻訳自体が正しいのかも…………」
あまり、自信のない口調の伯英。
「ただ、こちらは明の実書なります。こと最近の明では様々な手工芸について各地の郷紳(地方の金持ちや科挙を諦めた秀才)達が工夫を纏めた冊子を作成しておるようで。
武器や火薬等の技術書は国禁となり、監視は厳しく取り締まっておりましたが、他の書物や、種子等には特になにも問題なく持ち出せました」
「それはよかった。で、ん?これはカボチャ?これ。んーなんの種かな?」
南瓜と書かれた小箱からはじまり次々と箱を開けては中身を確かめる。
「さぁ?ご依頼のありました南蛮人が澳門に持ち込んだという作物に、琉球では中々見かけない明の作物から幾つかの種を選んで持ち込んでおります。
種だけでは何が出来るか判りかねますので、あちらでの名前や、実や葉の絵、食べ方等もつけておりますが、某も食べたことがない物も。そうそう確か書物のなかには農書もございます」
「そうか。久米唐営は元は浮島。埋め立て地でちゃんとした畑等はないからなぁ。
金武の畑で早速育ててみよう。いいなっ三良。」
「はい、種蒔きの時期も見ながら早速試してみます。樽金、悪いが急ぎ農書とやらの翻訳も頼む」
「真三郎様、三良!これを機にもう少しは官語のお勉強でも致しましょうか?」
「「うっ!も、もう少し余裕がでたらな?」」
こんな時だけは息ぴったりな真三郎と三良である。
「で、向こうの情勢はどうであった?」
場の雰囲気をみて羽友が伯英に話を振る。以前羽友が福州の柔遠駅に滞在していたり、進貢船に同乗していた頃はまさに嘉靖の大倭冦の最盛期。
福州もたびたび倭冦の襲撃を受けたこともある時代であった。
「そうですね。父上。海禁の緩和で対岸の月港が開港して以来、倭冦との繋がりが薄い商人の多くが南方との交易を見越してあちらに拠点を移しております。
また同時に各地の巡撫兵の大幅な削減もあったようです」
「ふむぅ。巡撫の削減とは大明の財政もそこまで……まぁ、京師の情勢については正使殿からの報告か、京師の国士監(科挙用の大学兼学生寮)に留学していた者に聞くべきかな?」
「そうでございますね。来月には詳細な報告書があがりましょう」
「うむ。羽友!話は変わるが米会所の準備はどうだ?」
「はい、開設時に朝公様がご不在でしたのが真に残念でございました。隆成(樽金)からの言伝もあり、開設直後の出兵による米の値の高騰に浙江からの運ばれた荷による値下がりと二度の大商いで早速五百石分程の利を得ております」
ホクホク顔の羽友が帳面を広げる。五百石といえば、金武間切の総収入の二割、真三郎個人の采地から年収の十倍近い額である。
「まじで?」
あまりの商売上手に目を剥く真三郎。
「はい、本当にございます。特にあの、値段の推移が解る蝋燭標示なるものの工夫や、大口客用の取引個室など評判がよろしゅうございます。
後、ひと月で会所まわりに建てた小取引所建築法の通売普法について問合せも殺到しております」
「殺到といえば、朝公様は今帰仁で何をなさったのでございましょうか?後から文が届いたから首里親軍の帰還までに準備が出来たものの、連日の大盛況と行列までできてしまい、伽俐屋 何処壱屋も鰻売 春花堂も連日売り切れ、満員御礼の大商いにございます。
特に伽俚については材料の手筈が出来ますなら、急ぎ那覇か泊にでも早速暖簾分けでもして店を増やす必要がございます」
一族の祝い名目で呼んだ君之は忙しかったのか目の下にはっきりと隈が出来ていた。
「もう二号店か、調合や、材料の手配に生育状況も見ないと簡単には増やせぬなぁ。
そうそう、昨日御物城でみた丁子も伽俐には入れたいなぁ。改良点も考えたいしな」
「は、はい。」
「そのような高価な……」
「そうそう、薬種の方はどうだ?」
「仕入れの方は順調に手配できております。薬酒については久米村内のご老体で人体実…ゲフンゲフン!長寿の祝いに少し差し上げてみたところかなりの好評でございました。」
(まて、まて、まて!今、人体実験っていおーとしなかったか?)
「特に反鼻(干したハブ)を大量に入れた火酒タイプは廓の方でたいそう噂になっております」
グフッグフッ
「あー…………そっちね。調合は工夫して、値段や効能も確認してね」
「君之様!」
三良が何やら物欲しげに目配せをするも皆が見て見ぬふり。
「明より参った医師にも少々持参しまして効能について添書きでも作らせようかと」
「それはいい!即効性はないからなぉ。あくまで、未病。健康増進薬酒だぞ。いずれ御主にも献上出来る程の効能と評判が出ればよい!」
(くっくっくっ。当然狙いは薬用長命酒!ロングセラーだ。)
「それから石鹸についてですが、王府にも卯屋名義で幾つか献上致しました。廓からは早速注文が入っております」
「うむ、あれの頒布は慎重にな、まだ、量をこなせぬから、金武で生産していること、製法は最重要機密だ。
大和の船が来たら試作を配って少し様子を見る。本格的に売るのは来年以降だな」
「はい、心得ております」
「黒砂糖も今年はほとんど苗に回したから、来年には相当収穫、生産が出来るだろう。
普及するだけでは金にならんから黒砂糖の生産販売もしないと、幣からの借金の返済が出来なくなるからなぁ」
「それはちゃんと収入から別けておりますよ。それより、明日の夜は梁殿の同行したシャムからの商人とお会いするとか?」
「ああ、シャムといったが、生粋のシャム人ではないらしい。久米三十六姓と同じように先祖がシャムに渡ってあちらに根付いた一族で、明の言葉が出来るらしい」
王府ではアユタヤの陥落であわや赤字となりそうだったシャムとの官製交易の取り止めを検討中らしく、今後は倭冦商人からの仕入に変更するならと今後のシェア獲得に攻勢をかけている商人の一人を真三郎に紹介してくれるらしい。
「真三郎様!接待ですか?翠微楼なら是非俺もお供に!」
「まぁ仕方ないか。大島遠征の打ち上げも兼ねてだしな。うるさがたの安李は直に羽地経由で金武に向かうしな!」
「真三郎様!商談では?そもそもお酒はまだ!」
「もちろんだよ!なっ!」
「なっ!」「ねっ!」「うわっ!」
飯の話の匂いを嗅ぎ付けたのか飛漣が不意に現れる。
「飯はいいが、お前の役目は警固だ、真・牛・米・神!!!」
ゴリゴリゴリ
現れた飛漣の後に音もなく、保栄茂親雲上保毛との修業で驚くほど練度が向上した真牛が移動し、飛漣と三良のこめかみをまとめて梅干しの刑を執行する。
「ぐえっ、あががががががががががががが!!」
「ぐへっ、なんででで俺まででででががが!!」
「た、樽金。で、殿下達はいつもこんな?」
「はい、残念ながら、いつもこんな感じです。」
若干どころか、かなり引いた様子の伯英とそろそろ見馴れてきた羽友と君之の深い溜め息に久米唐営の夜はそのまま宴席に突入、平和に過ぎていくのであった。




