第39話 悪魔の榴蓮
隆慶五年 元亀二年 四月 真三郎十一歳
首里城 黄金御殿(国王私室)
運天港で、金武から引き連れた燎民兵を三良に預けて帰らせ、安李と真牛に数名の護衛だけを連れて那覇港に入った真三郎は首里屋敷にて軍装を解くと首里城の御内原の一画、黄金御殿に入った。
「金武王子朝公、主命により大島から只今帰還いたしました」
「おお、朝公、無事でなりよりだ」
国王の私室である御殿では、少し窶れてはいるが、尚元王が書見をしながら真三郎がひっそりと登城するのを待っていた。
「はい、何事もなく、ち、御主こそ、使いより体調を崩されたと伺いましたが?」
「ふふっ、即位前には病弱といわれ、お主も含め三兄弟とも線が細いと陰口を囁かれておってな、つい意地を張って無理をし!ゴホッ、ゴホッ!」
咳き込んだ尚元が口許を押さえる。
「御主!だ、誰か!」
真三郎が人払いで周囲に人気がなく慌てて声を張ろうとする。
「いや、よい!ふぅーー大丈夫じゃ、少し咳き込んだだけじゃ」
「お薬等は?」
常であれば父とは言え王、そう簡単に玉体に触れてはならぬが、つい背後に廻り、畏れ多くも背中を摩る真三郎。
「ほれ、明から来た薬師の処方した薬やら朝鮮からの高価な人参とやらも煎じて飲んでおるわ。それより余の不調で長らく笠利で留守をさせたのぅ」
尚元が顎で文台の方を指すと薬包に包まれた幾つかの薬が置かれていた。
「いえ、米会所について大島でも活用できる目処がつきましたし、芋等も、後はあの……」
赤木名城での手合わせの大惨劇をつい思い出したのか頭を振って記憶消し去る。
「ふっ、ふっ保栄茂親方に鍛えられたか?中々変わった曲者じゃが、その武術の腕は確かじゃ」
「変わり者処かかなり酷い目に合いましたよ!」
年相応に頬を膨らませて猛抗議である。
「ゴホッ!ゴホッ!いや、すまん、すまん。つい想像して笑ってしまったわい。
それより、此度の恩賞じゃが土地も金もたいして得れぬ遠征じゃ、代わりにホレ、お主が使った馬艦船。あの船を一隻やろう」
真三郎の不平顔にツボに入ったかのように笑った尚元が恩賞について話を振ってきた。
「ふ、船ですか?」
「そうじゃ、不服か?」
「いえ、いえ、滅相もありません。」
「大島は名護親方。与論、沖永良部島は国頭親方の手の者がそれぞれ奉行、首里大屋子として派遣される。
三司官の中では留守居役をしとった羽地親方は出費は無かったが当然得るものなしじゃな」
「徳之島は?」
頭の中で北部の島々を思い出して抜けていた島について確認する。
「出兵した首里親軍の士族の多くが次男三男じゃからだな」
尚元王の率いた第三軍は主力。当然こちらの幹部連中への報酬も必要だ。
「某は、船を頂けるならこれ以上ない恩賞です」
真三郎が預かった馬艦船はジャンク船を参考に二廻り程小さいが和船の機能も参考に新しく羽地の港で作られた琉球産の最新船である。
「そなたの功には大して報えず、すまぬな。
妃も不安なのじゃ、父尚清、余。いや、尚円王の御代より琉球では王位争いが続いておる。余が倒れた折りにそなたに直ぐに使いを遣らず、大島に置いたままにしたのもそのせいじゃろ」
苦い顔で王府内の政治力学を語りだす。首里天と称えられてもその権力は盤石ではない。
「あっ!」
(あー察し!)
「だ、大丈夫にございます。某、王位に等全く興味などありません。誓って。
ち、御主加那志に中城王子、阿応理屋恵兄上に変わらぬ忠誠を誓っております」
大事なことだからと二回も誓う真三郎の背中に冷や汗がどどっと流れる。
「そうか。そうじゃろうし、大新城。安基も孫じゃがアレは王位等には興味ないと、安棟にもしかとその旨忘れるなと念を押しておったのぅ。等とはなんじゃとゴホッ!ゴホッ!」
「はい、兄上達と争うなんて、金武で始めた商売とか内政が気楽でのんびり楽しいです」
「そうか、そうか、商売か。そうじゃ米会所以外に何か願い事はあるか?」
「願い。ですか?」
「そうじゃ。なんでも良い。何かないか?」
「そうですね、願いとは違いますが、親見世での販売で、大明は隆慶の帝より下賜された官窯の逸品等を大和の商人等に売っているようなのですが、進貢船の入港と大和からの買い付け船の差で仕入が出来ない商人から不満があるようです」
「それは仕方あるまい、海禁は緩和されたが、直接大和に向かう明の商人の殆どは倭冦商人じゃ、都の逸品の類を扱えるような事はなく。また、大和の商人は明には渡れぬ。
これこそが交易で生きる琉球の命綱じゃ」
「でしたら直ぐに、相対で明よりの財物を売るのではなく、競りにより最も高い値をつける商人に払い下げてはいかがかと」
「ほう。競りとな?具体的にはどうやるのじゃ?」
「はい。オーク、いえ、えーと、おーくの商人を一堂に集めて一番高い値をつけさせるやり方にございます。
他には一定の期間展示した商品に欲しい者がより高い値を書き付けていくやり方があろうかと」
(ザ○ビーズとか、ヤ○オク、狩人×狩人の競りを参考にしただけなんだけどな)
「ふむぅ。成る程、それは妙案じゃな。親見世の役人が値をつけるより、高く捌けそうじゃな」
「はい、大和の商人も風待ちで少なくとも二月は琉球に滞在します。期間をきめれば、薩摩、博多、堺それぞれの商人が競り合いましょう。
生糸や中薬、その他の数のある品はこれまで通り此方で売値を決めればよろしいかと」
「面白い。早速採用しよう。上手くいけば相応の褒美をやろう」
「では、先年にシャムにまで交易船を出されたと伺いましたが、珍しい品がありましたら是非!」
「あぁ、シャムの品に興味があったか?しかしのぅ。丁度大島からそなたが戻る四日ほど前に船は無事に戻って来たが、肝心のシャム、アユタヤの都が戦で陥落しておってな」
「都が陥落?まさか、ポルトガルとかの南蛮人?」
「いや、マラッカ王国とは異なり、隣国ビルマの軍だそうだ。
難攻不落といわれたアユタヤの都は1年にも及ぶ兵糧攻め、幾百もの寺院、大伽藍も焼き払われ、都は見る影もなくなっておったそうじゃ。
ビルマとは和睦して、人質に貢を納めることで兵を引いたそうじゃ。派遣した交易船は周辺の街をまわってどうにか明への進貢に必要な蘇木等の南海の産物をかき集めてこれたのじゃ。まぁ、戦の結果、象牙は安く大量に手に入ったようじゃが。南海には南蛮人やら直接明の商人が進出しており、琉球の交易船はもう出せんかもしれん。ゴホッ!ゴホッ!」
またもや咳き込む尚元王に文台の水差しから注いだ杯を差し出す。
「あーよい!少し咳き込んだだけじゃ。さて、そなたが欲しがるような珍品はあるかな。御物城の御鎖之側にお主が立ち入ることを許可させよう」
「はっ!ありがとうございます」
「そうじゃ、もう母とは会ったか?」
退出しようとする真三郎に父として声をかける尚元。
「はぁ、御内原にてお会いはしたのですが、体調が優れぬと」
真三郎の顔に憂いが浮かぶ。琉球に転生して以来、王子ということで微妙な家族関係ではあるが、どうも母が冷たいのだ。
「そうか、あれも色々と苦労させておるからな。後でゆっくりそなたの成長ぶりを話しておこう」
そこには御内原の奥、第二夫人の居室の辺り寂しそうに眺める尚元の姿があった。
◆
那覇港は国場川の河口。元は浮島であった久米唐営によって外洋から守られ、天然の堀に浮かぶ小島には御物城や、硫黄城といった国営の倉庫群が築かれており、広大な気水の河口にはマングローブ、ヒルギ群が生い茂り、生息する水鳥が自然の警備員として不審者の浸入を阻んでいた。
「へー!ここが御物城か?」
那覇の港より小舟で近付く真三郎には金武より鑑定役として駆けつけた樽金に護衛役の真牛が同行している。
「はい、漫湖に浮かぶ小島に築かれた宝庫の城です!」
「ぷっぷっぷっ?もー一回!何処に浮かぶって?」
笑いを堪えた真三郎が樽金に内海の名前を繰り返えさせる。
「那覇港の奥、海水と川水が混じるヒルギの生えるこの辺りを漫湖と呼びます。どうしたんですか?真三郎様。いやにニヤニヤして、うんキモいですよ」
「そ、そうか?いやぁ漫湖ねぇ!ぷっぷっ!」
一人ツボに入ってにやつく真三郎である。
「大金武王子朝公様!某が御物城御鎖之側(国の交易品の管理人)の 豊見城親方盛章じゃよ」
かなりの威丈夫、王府の高官の一人で表十五人衆に継ぐ重臣である。
「豊見城親方、よろしくお願い致す。流石は御物城。警備は厳重ですな?」
琉球石灰岩で築かれた重厚な石垣の中に漆喰で塗られた蔵が建ち並び、警備の役人に停泊する船から荷を降ろす人夫に、点検、帳簿をつける筆者達が忙しそうに動いていた。
「もちろん、進貢の品を保管する大事な城です。今は丁度あちらのシャムから戻ったばかりの船からの荷と、シャムより同行した明の商人船から買い上げた荷を整理しております」
「それはお忙しい処、申し訳ありません」
「いやいや、あれを御覧ください。あれは金武で作られた算盤です。大量の荷を確認するのに大変役立っております。殿下が交易に興味を持たれるのも心強い。さ、さっ先ずは昨日納められた荷を御覧ください」
筆者が帳簿をつけているが、金武で生産した五珠式の算盤を使用している。
「これは?」
「ふむ、この甕は、シャムの酒じゃな?殿下にはお早いかと。こちらの箱は丁子、あちらは鹿革。蜜蝋。これは貴重な犀角じゃな」
蔵に入れる前に広げられた品々を説明する盛章。
「おおっ!これこれ、これが蘇木にございます。明で大層喜ばれる紅の染料や心の臓の薬にもなります。」
クンクン!
「見た目も匂いもただの木片にしか見えんな?」
「ハッハッハッ!確かに。しかし此が同じ重さの銀に比する価値があり、船員の給金代わりにすらなります」
「うーむ。木が銀に比するならこの琉球でも生えぬか?」
「さぁ?シャム辺りにしか産しないと聞きますが」
「おっあれは象牙!」
(ワシントン条約とかないから大丈夫というか、アフリカ象じゃないから大丈夫か。)
「こちらも赤の染料。暗めの赤になる紫鉱。なんでも蟲から取られるとか」
盛章が箱から紫ではなく茶色い塊を取り出す。
「そ、その箱からちょっと変な臭いが漏れておるよう?」
「ああ、食糧として積みこんだ荷を間違えて下ろしたようですね」
確かめようと人足に命じて箱を開けるともわわぁーーんと周辺に悪臭が漂う。
「こ、このトゲトゲにこの臭いは!ま、まさか?」
「ああ、これは悪魔の果物と呼ばれる果実ですな?」
思わず鼻を摘まんだ盛章が腰が引けながら答える。
「あ、悪魔の実!じゃあやっぱりアレを食べれば倭冦王に?
もしや、た、食べると腕が伸びたり、メラメラってするのか!」
目を輝かせ、口から泡を吹かんばかりに興奮する真三郎。
「ドウドウドウ!真三郎様、落ち着いてください!」
「いや、いや。この悪魔の果物、榴蓮、トゥリアンと申す者は熟して割れると食べ頃でしてな。
例えるならジジィの口臭とか、下水の様な臭いで、酒を呑むと食い合わせで毒となるそうですが、あちらでは果実の王とも呼ばれる中々の珍味ですぞ!」
「そなたは?」
「さしでましい口を、某は今回のシャム行きに通事として同行しておりました梁海伯と申します」
筆者として降ろしていた荷に帳簿をつけていた役人が声をかける。
「梁?梁殿は久米の?シャム語も堪能なのか?」
「いえ、各地におる明渡りの商人と官話で通詞をおこないます。あちらでは二年ほど前より海禁の緩和でシャム方面にも広東や、福建から参った船が多く来航しておりました。
これは珍味として積み込んだ荷の1つで、人足が間違えて御物城に下ろしたのでしょう。大変失礼いたしました」
「梁殿、よかったらシャムの話や荷について話をじっくり聞かせてくれぬか?豊見城親方宜しいですかな?」
「ああ、明日には積み荷の整理も終わる。まぁ、夜なら何も問題ないですぞ」
生産チートの為に東南アジアルートの開拓に手をつける真三郎であった。




