第38話 北の煽りやえ
隆慶五年 元亀二年 三月 真三郎十一歳 笠利 赤木名城
真三郎は大島各地の大親代理及び各村の神女も同行させて大島北部の笠利、琉球親軍か拠点としている赤土名城の広間に招集していた。
「滞っていた貢については首里天加那志自らの御親征により不届きな大親達を誅したことで無事納められた。
やむを得ず従った大島の民らに責は及ばずとの首里天加奈志のお情けもある
また、こちらの大金武王子朝公様より、此度の軍役で困窮した各村を救う為に蕎麦三石、大村には一石から二石をさらに追加して配布することとあいなった。
更に、各地の神女達には豊作祈願、首里天を祝ぐ祈りを捧げるように、上布を一反ずつ与える」
真三郎の隣に立つ南風掟の池城安李が各地の村事に配布される食糧の目録を高々と読み上げる。
「村では、この唐芋なる作物を一畝でよいから植えるように!
また、今年の春の貢納については三尺以上のハブを干した反鼻なるものが百匹分で、米一石分の貢と交換いたす。
但し、大島で三百五十石分、徳之島で二百石分までを上限とする」
三良が唐芋の蔓とハブを干した干物、反鼻をかざして代用品での貢納について説明をはじめる。
ザワザワザワ
「なんだい芋ってのは?里芋とは違うのか?種芋はないのか?」
「あんな蔓だけをを植えて芋がなるものか?」
「まさか、畑を潰す首里の策では?」
「うむ、大親様達は百姓に落とされたしな」
「ハブが税の替わりになるのか?」
ピシャリ!
「おーほほほほっ!お静かにっ!大金武王子朝公様のお言葉よっ!」
ざわつく広間に保栄茂親雲上保毛が蓙が敷かれただけの質素な板敷きの床を扇でピシャリと叩く。
「うむ、これはな、大明よりもたらされた新しい食物だ、痩せた荒れ地でも良く育つそうで、金武の我が采地でも植えておる!
さらにハブの肉は大和や大明に薬として売るために集めておる。金武王子の名において、皆の貢納の一部として泊の大島蔵に代わって米を納めようではないか」
「し、しかし」
「皆様。口出し失礼いたします。私は、今帰仁ノロ煽りやえ様の代理で参りました、馬にございます。」
白い佇麻織の巫女服を羽織り一連の勾玉を首に、榊の小枝を持参した馬がおもむろに立ち上がる。
(あおりやえ?阿応理屋恵?あのババァ様と兄上の呼び名が同じ?)
「今帰仁ノロ!」
「三十三君の?」
「煽りやえ様といえば!」
それぞれの村の祭政の代表として招集された面子だか、多くの大親が百姓に落とされた以上実際の取り纏め役になる老神女達が一際ざわつく。
「こちらにおわす大金武王子朝公様は、今帰仁ノロの祀により北山王の霊威に認められた方にございます。
身につけた加護の霊石をご確認くださいませ、北山の流れを汲む皆様方ならお分かりになられるかと」
馬の目配せに真三郎が胸元にかけられた獸形勾玉を取りだし集まった大島の神女達にかざした。
「どうかのぅ?」
「ふむぅ、伝えきく大珠もあのような翡翠と聞いたが、」
「うむぅ 北山王が倒れて幾百年、直に見たことのある古老も最早おらぬ」
「大国や 世 添える 按司添しよ 鳴響め……」
「大熊のババ殿?」
「うむ、真贋は判らぬが、この娘と王子殿下、何よりその大珠にも確かな神威を感じるのぅ」
「では、真で?」
「真もなにも首里天の主の王子じゃ、お達しには従わねばならん」
「では?」
「「うむ」」
「……静まれ!
大金武王子の命ぞ!首里より新たな奉行が派遣されるまで、気を引き締めて領内の安定に勤めるようにな!」
安李がざわめく衆に一喝する。
「「「ははっ!」」」」
大島の各地で唐芋の普及とハブの捕獲が始まったのである。
◆
「いやぁ、馬さんのお陰で助かった。やっぱり大島は実に難治の地だなぁ」
大島の大親代理達は三良が芋蔓の植え方に畝の作り方を学ぶ為に城外の畑に向い、真三郎達は部屋で一息ついていた。
「ババ様の入れ知恵ですよ。大親が更迭されるなら神女を押さえておけと、嘗ての北山王は南は金武から大島の端までを治めていたから」
「あのババァの?そう言えば煽りやえって何?阿応理屋恵兄上と同じ名なんだけど」
「ババァって!いけませんよ!煽りやえは今帰仁ノロに伝わる神名です。……おそらく御主が神名にあやかったのでは?」
小首を傾げて馬が答える。
「じゃあ三十三君っては?はっ、あのババァ、まさか蓬莱島の妖怪仙人!見た感じもなんか年を経た猿が人化したよーな?動きも人離れしているといててててて」
呆れた顔をした馬が柳眉を逆なで真三郎の耳を思いきりつねる。
「冗談はそれくらいに!」
「は、はい」
やはり、をなり神、姉のようである。
◆
「おーほほほほっ!さぁ正臣(真牛)は素手?トンファぐらい使っていいわよ!
そこの小僧はなぁに?竹竿?まぁ間合いは長そうだわね?まぁいいわ。
殿下は、棍ね」
「お、俺は、芋の……」
「待ちなさい!貴方もよ、可良(三良)!逃げたら後でじっくり可愛がってあげる。
あなたの得物はなぁに?刀の代わりに棒でいいかしら?」
「そ、そんなぁ」
「四人がかりで一本でも取れたら稽古は終わりにしてあ・げ・る!私はこれだけよ!」
保栄茂親雲上保毛が大和渡りの扇子をパチンと畳む。
赤木名城滞在も早二十日、大島各地に不穏な動きもなく、貢替わりのハブが次々と集まっている。
城内では暇をもて余した保毛の可愛がりが始まっていた。
「ど、どうだ真牛?いけるか?」
「真三郎様!師父より聞いてましたが………見た目もふざけた奴ですが、俺ごときでは全く歯がたちません」
朝からしごかれていた真牛が肩で息をしている。
「そうだぜ!なんかキモいくせにめちゃくちゃ強いぜ!後ろから回ってもかわされるし、」
素手から竿に持ちかけた飛漣は何度も転がされたらしく既にぼろぼろである。
「よ、四人がかりでも無理か真牛?うーん、そうだなぁ、飛漣の竿が鍵だよなぁ。まず正面はやはり、真牛。利き手の右側は三良、後ろに飛漣」
三良と畑の巡回にでもと思い、真牛に護衛を頼もうと声をかけたのが運のつき、鍛練中の保毛に取っ捕まったのである。
仕方なく地面に陣形を描き作戦を練る。
「「はっ!」」「へい!」
「皆で牽制して、隙をみて飛漣が竿で足を引っ掻けて、動きを止める。これが作戦の肝だ。出来るな飛漣。そしたら皆で一本とる!いいな!」
「「了解!」」
「あら?あら?作戦はもういいのかしら? では!」
「「「いざ!尋常に勝負!」」」
四人は直ぐに散会し、保毛の四方を取り囲む。
「あらん、定石通りな位置とりね」
左右に位置をとった真三郎と三良の腰の引けた牽制をほぼ無視、実力のある真牛を防戦一方にして、長竿をムチの様に背後を遠距離から凪ぎ払う飛漣の攻撃を見えるかのように紙一重でかわす保毛。
「やぁー!」
「ふっ甘いわ!」
腰が引けたままの真三郎の突きを扇子で軽く受け止め、三良の一撃は交わして足払いでその体勢を崩す。目線は真牛から一瞬も離さず、背後の気配も探っている。
「ふん!貧弱!貧弱!貧弱!貧弱!!!おーほほほほほほっ!」
「や、奴は、人間をやめているぞー!」
「な、なによ!失礼ね!」
保毛の扇が三良の棒を一閃に叩きおとす。
「よし!いまだ!コンビネーションえーっくす!!」
真三郎の意味不明な掛け声と意味不明な跳躍に保毛の意識が一瞬とられる。
「「「は?」」」
「飛漣!」
「おう!」
飛漣の竹竿から伸びた錘が、保毛の足を捕らえ、、ず、裾を捲りあげる。
「ほほもぅ、いやぁん!まいっちんぐ!!」
保毛は捲られた裾を内股と左手で押さえつつ、隙とみて蹴りを入れてきた真牛を扇子を回して軽くいなす。
「死にさらっととと夏!」
ぐにゃ?
棍を振り上げた真三郎の突進!だが、躓いた真三郎は顔面から保毛の股間に改心の一撃を与える!
「はぁああああん!」
「「「「……………………………………」」」」
「ゲロゲロゲロゲロゲロゲロ!」
「朝公様!!たった今首里より早舟が!」
城内の馬場に駆け込んできた安李の見たものは、裾を捲られたあられもない姿で嬌声をあげる保毛に、腹を抱えてのたうちまわる真牛に三良、飛漣。そして虹の海に沈む真三郎の姿であった。
◆
一先ず虹まみれで目がぁ、鼻がぁと染みるのか泣き叫ぶ真三郎に水を浴びせ、身支度を調えて使者を赤木名城の広間で面会する。
「首里からの使いと?ご苦労である。して?」
「はっ!大島親征の折り御不調にあらされました主上ですが、国頭親方のご祈祷もあり、無事快癒!」
「ま、まて!今なんと?」
安李が顔色を変えて使者の口上を途中で遮る。
「はっ!大島よりの帰路の途中で主上が体調を崩され、一事は意識を失う程の高熱だったとか。
御座船に同乗しておりました国頭親方が、無事首里への帰還を祈祷し、天のご加護を経て無事快癒されました」
「あらん!やはり御親征でご無理なされてたのね。顔色も優れなかったし、無事御快癒なされてなりよりだわん!」
頬の髭剃り後はより青々と、上気した目付きで真三郎をチラ見してた保毛が無事を喜ぶ。
「父上、いや御主は快癒されたとはなにより。成る程、それで大島奉行の選任が遅れたのだな? で、誰がくる?」
「はい、首里より蘇憲宜様が、大島奉行として各地の大親、今後は首里大屋子として新たに村役人となる者を引き連れて向かっております」
「蘇憲宜殿か、確か久米の出だが、名護親方の右腕でやり手と評判の方だな?」
同じく三司官の安棟叔父上の留守居を長らく勤めてきたただけに首里の情勢にも詳しい。
「へー、で、俺はいつ帰れるのか?」
「はい、詳細はこちらに、保栄茂親雲上につきましては、大島が落ち着く夏頃まで兵を引き続き率いるようにとのことです!」
使者が大判の料紙に書かれた辞令書と、手紙を真三郎に差し出した。
「そんなぁ、私は帰れないのぅ?」
がっくり肩を落とす保毛。
「それはこっちだからじゃ?」
「んーもぅ!それはあくまでう・わ・さ、噂なので!おーほほほほっ」
夏を前に予定を超過した真三郎の初陣は結局刃を交える事すらなく無事に終わるのであった。




