第36話 をなり神
(『その者蒼き衣を纏い………………………………………………』って今鹿かよ!)
真三郎のツッコミは今帰仁の秋の夜空にまったく響くことなく、心の中で溶け行くのであった。
◆
カンカンカンカン!カンカンカンカン!
グァーン!グァーン!
「あの鐘の音は?」
「見えてきました!ジャンク船です!」
「日輪旗に左御紋の御旗、間違いございません!四隻目が御主の御座船です!」
港で作業中の真三郎達に物見櫓の兵の叫ぶ声が飛ぶ。
「ええっ!日章旗。日の丸?」
大小様々な帆柱が1つの和船と、三本柱に様々な吹き流しの飾り付けのある大型ジャンクが数隻、今帰仁の崎を夕日を背に運天の港に滑り込んできた。
「日輪旗ですよ、にちりん。真三郎様、黄色地に太陽の真紅。航海の無事を祈る琉球国の船舶旗です!」
昼過ぎに金武からの荷駄の手配等の残務処理を全て終えて合流した樽金が、動員兵用の食事の準備の手を休めて真三郎答える。
(日輪、日章じゃないのね。)
「朝公様!そろそろお出迎えのご準備を!」
今帰仁朝敦と真三郎の南風掟(家老)となった池城安李が鍬形の兜飾りも今や時代遅れの感もある南北朝の頃の武士姿で声をあげる。
真三郎はブッカブカの胴丸にあわてて小札を申し訳ない程度に縫い付けた上着を纏い、重い兜は脇に抱えて出迎える準備をはじめる。
「首里天加奈志御出座ー!」
グァーン!グァーン!
「「「万歳!万歳!万々歳!」」」
「おお、朝公、朝敦。うむ、出迎え御苦労」
「「はっ!」」
「御主加那志、御主を我が城にお迎えできまして、この朝敦、今帰仁監守として見に余る光栄にございまする。今宵はせめてものもてなしを準備しておりまする」
「うむ。世話になるぞ。しかし、この匂いはなんじゃ?」
港に漂う加齢、いや伽俐臭に、鼻をひくつかせる尚元王は真紅の龍を刺繍した袍を肩脱ぎし、中国風の鎧を中に着こんだまさに三国志の武将のような姿である。
「はっ、中薬にもつかわれる鬱金を用いた料理でございまして、船酔いにも食欲が増すという南蛮辛子を使っております。
軍兵が英気を養う為に用意したせめてもの心尽くしでございますれば、船に酔った兵も食欲が沸くと思います」
「確かに首里の兵の中には慣れぬ船に酔った者おる。
余も少しは疲れた。城内で休ませて貰おうか。
朝公!よくぞ気付いたな。士気に係わるからな、兵には十分疲れをとるよう、よきに計らえ!」
戦ということで気が急いていないか気にしていた息子の落ち着きぶりに感心、差配を任せる。
「朝敦、良員からの知らせは?」
尚元王が、今帰仁監守である朝敦だけを呼び、小声で先発した名護親方良殷の戦況を確認している。
太平に微睡む琉球、先代尚清王の御代に同じく大島や、先島との戦があったものの、所詮相手は島の土じ、(おっといろいろとヤバイ)田舎の酋長のような者。
完全武装した首里の軍にはひとまたりもなく、沖縄本島から北はかって九州は大宰府の出先があった喜界島、南は台湾を臨む与那国島までの広大な範図を征服した王朝ではあるものの、それは一世代前の話。
血で血を洗う戦はほとんどの兵が未経験、初陣ばかりなのだ。
「はい、先刻早船が参りました。文はあらためず殿内に届いております。使番によりますと既に古仁屋を落とし、本日は戸内城に向け兵を進める予定だと」
「うむ、そうか、使番はおるか?詳しい話は城で聞こう。
朝公!遊軍の将たる勤めじゃ。戦の準備も兵の慰労も大切じゃからよくよく励めよ!」
「はっ!」
そう、言い残すと、尚元王は、若干気が緩んだのかふらふらとした足取りで用意された輿に乗り、朝敦と近習を引き連れて城にむかっていった。
◆
「……さてと!船から降りた兵に早速伽俐を食わせるか!」
「はぃ、はぃ、並んで!これは、久米に最近出来たという『何処壱屋』で出してるという天竺料理伽俐だよー!」
「南蛮辛子は辛いが旨い!旨いは辛いデージマーサンドー!」
「士分の方はあちらの屋敷に準備してます!手水もありますよー」
「肝の臓に効くという生薬の鬱金が大量に入ってるから、酒の酔いにも、船の酔いにも効くわけさぁ!」
「なに!ほんまでっか?船があんなに揺れるとはおもわなんだ。うぷぷっ」
「ハイ、ハイ、一人一杯だよ!また食べたいなら戦でひと働きして、久米にいきなっ!『何処壱屋』って店だよ!」
「船のもやい止めが終わったら、飯も交代でとってゆっくり休んでくれよ!今宵の不審番は今帰仁と金武の兵がやるぞ!」
「おおっ、それは助かる。明日も徳之島までとかなりの強行軍だからな!」
「おい!てめー!さっき喰った奴だろ!おかわりすんじゃねーよ!俺が喰えねーじゃんか!」
「や、やめんか!御主の、栄光ある首里親軍だぞ!」
二日がかりで真三郎達が準備した大量の伽俐は多くの兵の心を鷲掴みにし、酒はもちろん船酔いにも効果的との誤った………オホン!効果的宣伝は偽薬効果により実証されてしまう。
この後、琉球海軍の正式な軍食として伽俐が採用され海軍伽俐とよばれる独特な製法が形成されていくのはかなり後年のことであり、琉球では二日の伽俐が、御馳走を意味する慣用句となっていくのであった。
◆
払暁、東の空が白み始めた凪の頃、海風もピタリと止まり、屋我地島によって内海と化した水面はまさに水鏡。
中空に浮かぶ半月と彩雲を水面に写し、気の早い海鳥が月影から飛び出す様に尚元王引き入る親征軍は出立しようとしていた。
グァーン!グァーン!グァーン!ぐぅー すぅー
「ま、真、朝公様!起きてください!」
「くっ、くっ、良い。まだ僅か十一であったな?まだ眠いだろうて。朝敦。安李。留守を王子を任せたぞ!」
早朝からの見送りの列をつい居眠りで寝過ごした真三郎。
尚元王が、つい父の顔を覗かせて無礼を許す。
「「はっ!御武運を!えい!えい!おー!!」」
「「えい!えい!おーー!」」
大島全島を焼き尽さんばかりに首里親軍に気合いがはいる。
「出航!」
グァーン!グァーン!グァーン!
和船は五対から十対の櫂で自走し、喫水が高い大型ジャンク船はそれぞれ二、三隻の海人の漕ぐサバニに曳かれて、シラヒゲウニで有名な古宇利島を越える。
琉球は黒潮の洗う要地である。島影を出、列島の西を北上する黒潮の流れに乗れば徳之島、大島。
気を抜くと、あっという間に宮古の貢納船が流された様に薩摩や、三河の国、伊良湖岬辺りまで名も知らぬ島から椰子の実のように流されてしまう恐れすらあるのである。
◆
「真三郎様!そろそろお目が覚めましたか?
御主の見送りの最中に眠ってしまうなんてまったく……冷や汗ものでしたよ。
ああ、そうそう。今帰仁ノロ様より使いの者が参っております、お通ししますか」
樽金が不機嫌満載な声をたてる。今帰仁城内、二ノ丸で借り受けた仮の部屋で、まどろむのが真三郎である。
「ん?ふぁあ。眠い。やはり枕が……ん?使い?馬ちゃんかな?朝からババァはやだなぁぁ」
「はい、はい、お通ししますよ!」
「朝公様。ババ様より、今帰仁廻りの儀礼に参加するようお願いに参りました」
樽金は真三郎が答える前に、通したようだ。
「あぁ、おはよ!馬さん。で、今帰仁廻りって何?」
「首里天加那志、首里親軍の御無事と、反乱鎮圧を今帰仁間切の各御獄に祈願する儀式でございます。
今帰仁監守様にも既に許可を得てございます。御主の代理として、王子殿下に祈願していただきたく、ここに参りました」
(うーん。なめらかな口調に有無を言わせないよう、流れるような説明、王の名による祈願かぁ。ユタの宗教的権威を振りかざされたら拒否出来ないなぁ)
「朝敦からもか、うーん留守番が仕事で特に急ぎの用もないし、まぁいいか」
「急ぎの、大事な用の時は寝ていましたが……」
ちょっと伽俐の仕込みに疲れただけなのに真牛の冷静なツッコミが心に突き刺さる。
「五月蝿いなぁ。真牛、それは言わない約束だろ、おとっあん。それより馬さん。準備は?何か必要なのはある?」
「はい、儀式の準備の品はこちらで全て揃えておりますが、殿下からの酒や供物をいま少しいただければ、」
申し訳なさそうに馬がお願いを述べる。
「わかった。樽金!」
「はい、では、すぐにでも手配いたします」
◆
ザッパーーン!
「ひぃーぃぃー!」
ザッパーーン!!
「ひぃーぃひゃぁー!つ、冷たいーぃ!」
「ふぇっ、ふぇっ、馬や、さぁもう一杯!」
ザッパーーン
「た、たしゅけて!誰かぁー!しゃ、しゃぶい!」
「ぷぷぷっ、殿下!聖なる井戸カラウカーでの御祓は良いか!さっ、馬や、次は全部、脱がせよ!」
「ひ、ひゃ、えっ? えーーっ!ちょ、ちょ、ちょっと、じ、自分で、いや、や、やめてー!真牛!樽金!」
「無駄!無駄!無駄!ムダ!ムダ!供の者を頼ろうとも男子禁制の御嶽の結界内には入れはせん!」
杖を付いた小柄な今帰仁ノロが腰をくねらせ手や腕を不思議な方向に捻る立ち姿を決めながら高々と宣言する。
「ひぃぇー!」
(も、もう僕、お婿にいけない……………………………)
「さっ、殿下!濡れた身体はこの手巾で拭いて下さい。さぁ御祓は終わりましたよ。次はこちらの神衣に着替えてください」
馬が、染色されていない無地の麻布で仕立てた着物を広げる。
「これは?」
「先日、殿下より頂きました、苧麻布で仕立てた神衣にございます。さぁ、髪は下ろして、御髪を鋤きますね」
黄金造り王族を現す高価な簪を外し、肩を越える長髪を柘植の櫛で丁寧に丁寧にに鋤いていく。
「か、神衣?まさか、天族?」
「へ?神衣は馬が急いで手縫いましたものでございます。
はい。出来ました。ババ様が、奥てわお待ちですよ!さっ」
「う、うん」
「ふん、着たな。ほう!神衣も似合ておるわ、善哉、|善哉」
「まずは今帰仁火之神の祠に参るぞ、次は天チジあまチジ、ソイツギ、クバ御獄と順に廻るぞぃ。ほれ、殿下、酒でも持て、いつまでも年寄に持たせるでないぞ。さぁ馬や殿下もいくぞぃ。」
「はい、ババ様!」
「はい、はい、ババァ様っと!」
バシッ!
「いってぇ!」
ババ様が持つ巨大な扇子がハリセンのように真三郎の頭をうつ。
「ふん!バチ当たりめが!」
◆
城内の拝所、御嶽を参拝した後、護衛の真牛や樽金も同行して城外に点在する鬱蒼とした亜熱帯の森の奥に鎮座する拝所や御獄を順に廻まった真三郎達はトリを勤める今帰仁城内にある今帰仁ノロ殿内へと戻ってきた。
社の中ではシャムから渡った色鮮やかな三彩の合子から取り出された南越産の沈香が中国製の緑灰色の青磁の香炉で焚かれている。
僅かに甘辛い刺激的な香が、御嶽の神聖な精気に冷えきった真三郎の身体をゆっくりとほぐし暖める。
さらに昨日は敷物も無かった座敷には茅で編まれたらしい円座の敷物すら敷かれている。
「ウートート!ウートート!ウートート!
神アシャギ、ウフカー!アオリヤエ!ナカオジ!」
ババ様の意味は勿論、発音すら良く聞き取れない、しかし、神を称えていることは解る厳かな祝詞が社中に響く。
「はぁぁー!!きぇぇぇー!!
よし、さぁ、馬や、殿下に神酒を!
殿下、祭りの、祈り神酒じゃ、ささっ、ぐっと一気に呑みなされ!」
緋袴、巫女装束の馬が白磁の瓶子から朱漆の杯に白濁した濁り酒をことり僅かに注ぐ。
(ま、ま、まさか。こ、これは巫女の、憧れの口噛酒じゃ!う、まさか、馬ちゃんが、お口で、これは、ぜ、ぜん、ぜんせ………)
パチィーン!
大扇子の一撃がさらに強く、手首を見事に効かせて飛ぶ。
「馬鹿もんや!童用のただの甘酒じゃ!はよう呑まんか!」
「な、なんだぁ。」
グビッ!プハァ!
「馬や」
ババ様が、馬を近くに招き寄せ、頭に被った草冠を外すと、替わりに真三郎の頭上に被せる
「これはな、トウツルの神冠じゃ。それからこれも!」
ババ様は懐から自身が着けていた僅かに碧を帯びた翡翠の勾玉に沢山の水晶があしらわれた首飾りとは少しはがり形が異なる形の石飾りを呼び寄せた真三郎の首にぎゅっとかける。
「これはな獸形の勾玉じゃ。沼川の底から拾われたという古の霊石で、古き形をした今帰仁ノロに伝わる秘石の一つじゃよ」
まるで獣、いや胎児の様な形で吸い付くような白地に背から頭にかけての部位が僅かに薄花色を帯びた色彩、立派な大珠である。
「うむ。よし!これで、馬は朝公の『をなり』、朝公は馬の『えけり』じゃ!馬よ、全身全霊をもって殿下を守護奉るのじゃぞ」
「はい。畏まりました。オババ様!」
みつゆびを付いてババ様に、続いて真三郎に平伏する馬。
「へっ?をな○?えなり?」
「『をなり』じゃ、『をなり神』。朝公様には守護すべき血縁の妹や姉がおらんからのぅ。安基にも是非にと頼まれとったからのぅ。
馬はな、かなり遠縁に当たるが、今帰仁ノロ家の血族で見ての通りなかなかの神威の持ち主じゃ、これだけの神高なをなりはおらんじゃろーて」
「えっ?えっ?結婚とか、婚約しちゃったの?俺」
「違うわ!姉弟の契りじゃよ!今日の儀式はな『をなり神』の縁を結ものじゃよ。」
「姉弟?ふ、フラグは?」
「ふらぐ?なんじゃそれは?兎に角、へし折ってやったわ!なんぞ期待でもしとったのか?ん?小僧!」
「そ、そんなこと言ったって、しょうがないじゃないか!しょうがないじゃないか!ないじゃないか!じゃないかー!」じゃないかぁー
真三郎の魂の叫びが今帰仁城内に木霊するのであった。
ひどい話です。
ブックマーク外さないでくだせー!
豆腐なメンタルが紅麹に浸けられて発酵します!




