第29話 会所の萌芽
首里屋敷
「真三郎様!お疲れさまです。真牛も御苦労!で、首尾はいかに?」
春とはいえ夜も遅い。梅雨入り前の日もどっぷり暮れ、月明かりと提灯を頼りに冬眠から覚めたばかりのハブに注意しながら南苑のある識名から首里へ続く真珠道を通って戻って来た真三郎と護衛の真牛。
「はぁああ、つっっかれたぁー。
久方ぶりとは言え父上とふたりっきりてで会うのにこんなに緊張するとは思わなかったよ。
母上は不調とやらで御内原に残っていたようで結局会えずじまいだし」
城を離れ、離宮である南苑を面会の場として指定したのは、王妃と中城王子に配慮して本宅である首里城を避けたのだと真三郎は思っていた。
「はぁ。さようで、で、取引所の件は?」
樽金は容赦ない。
「あ、あぁ予定通り、泊港の天久寺の近くに許可を頂いた。但し、別に会所の責任者を置けとの条件が付いたが」
「まぁ、頻繁に金武の領地を離れる訳には行かぬと」
流石に話は聞いていないが、南苑からの帰路に話を聞いていた真牛が、補足を入れる。
「真三郎様の考えた通りの施設を泊港近くに建てるか借り上げるとして、商人達が予定どおりに会所に集まり、取引が上手く動きだすようになるまで、そうですぬ、二年程はかかりましょうか」
慎重に確実な予定を掲げる樽金。
「そうか?話のもって行き方次第だと思うがな?
そう、そう樽金。お前ん所の兄、えーと伯永さん?……は今年の進貢船で福州から帰ってくる予定なんだよな?」
「はい、しかし兄上は駄目ですよ。駄目、絶対!
程家の跡継ぎとして通詞のお役目を継がないと」
平和が続く琉球、王府の仕事も限られており、久米三十六姓の末裔とはいえ、没落気味の程家一族。
一族門中に残された家職である天使館の通事職は手放せないものである。
「いや、そうじゃなくて、兄が福州から戻れば羽友は職を辞するんじゃないのか?」
「まぁ。通詞の席には限りがありますし、そもそも福州の柔遠駅(琉球国 在福州大使館)での在番明けに跡を継ぐのが任官の条件でしたから」
万国津梁、王城の城門に掲げられた鐘に刻み込まれた国の方針。あらゆる全ての国々との架け橋になると詠われた琉球の国営交易事業。
それも明からの大型船(日本サイズで1千二百石から二千四百石積みものジャンク船)の下賜の廃止、和冦やヨーロッパ人のアジア進出により衰退の一途をたどり、進貢以外の交易減は通詞(中国語が東南アジアの各国でも交易用言語とされていた。)の役目も減っていたのだ。
「では、どうだ?暇になる羽友に泊港に作る米会所の顔役をお願いしてみよう。
泊の国内商人との取引経験こそないかも知れぬが、天使館や、親見世では倭冦商人や、大和の商人、昔は明や南方にまで交易船に乗ったと聞いたぞ。交易の経験は豊富だろうし」
「御主は数年ぶりにシャムに直接交易船を出すとか、父もかっては明以外の南越まで通詞として唐船で渡ったこともあると幼き頃に聞いたことがあります。」
「そうか。シャム、タイかぁ」
(タイ、タイ、タイなんかチートなネタはあったかな?象を重機がわりに、いや沖縄でも寒いかな?いや、上野にだって象はいたな、いやいやいや、無理、普通の船じゃ運べないか、ワシントン条約もないし象牙。ぬこは?シャムぬこ、いーねぇ、あーとーはトムヤムクン!いや、ハーブ系とかか、沖縄で作れる薬草とかぐらいかな?)
「樽金をここまで仕込んだ御方なんだし、楽隠居させるのは勿体ない。明日は久米回りだ。先にお願いしてみよう。」
「はっ。」
「真三郎様、実はすこし気になることが、」
護衛として南苑まで同行した真牛が報告する。
「なんだ?」
「はい、実は南苑を出でから首里屋敷に入るまでに後を付けられておりました。」
「後を?」
気付きもしなくて心当たりもない真三郎は怪訝な表情を浮かべる。
「はい、見失わない程度の距離で首里屋敷に入るのを確認してから消えたようですが。」
「御主に接近したからつけられたのか?物取り?初めから俺……は、ないか。実は大和がらみで父上からちとキナ臭い話もあったのたが。」
「金武に引っ込んでいると首里や大和の動きが解らんなぁ。三司官のお役目でお忙しいようだが、安棟叔父にも挨拶していくか。」
「そうですね。王族が国政に関与することは基本的に禁止ですから、」
◆
「牛兄ぃ。後を付けてた奴ぁお城に入ったぜ!」
「おっ!御苦労。飛漣。ちゃんと気付かれなかっただろーな?」
首里屋敷の台所、真三郎が寝た後に側近衆がこっそり集まっていた。
「ふん!そんな下手撃たねーよ!牛兄ぃ以上の手練れで簡単にはみつかんねーよ!なっ!それより早く、砂糖をくれよ!」
「大事に食べろよ。まだまだ貴重品なんだからな?」
「流石!樽兄ぃ!どっかの馬鹿と違って仕事が出来る!」
「おい!飛漣。どっかの馬鹿とは誰のことかなぁ?」
「おやぁ?誰も三兄ぃのこととは、言って」
「はぁー!真牛、拳骨!」
ガッツン!ガッツン!
「いってぇ!」「なんで、俺まで……」
「しかし、お城にかぁ……」
樽金の独り毎に真牛、涙目の三良、頭を抱えてのたうち回っていた飛漣も動きを止めて、心におりのように静かに溜まる不安を感じていた。
◆
翌日、久米の羽友屋敷では、羽友への説得が続いていた。
「なるほど、隆成が朝公様の御指示で金武の米やら麦やらを泊で売り買いしているのは聞いておりましたが……なるほど」
「羽友!明のやり方のまねだからな?」
「わかっております。まず、米の売り主としては、真三郎様の金武。それに池城安棟様の御領地羽地が計算に入るのは大きいですな。
あちらも米所として名高い。飢饉や不作で琉球国内の米の値が高くなると分かれば、明や大和からも自然と荷が入り相場も安定しましょう」
「買い手には俺の他に石垣や与那国の親雲上達、こっちは貢納用だな。ヒハツやかめむし草、長命草、干したハブ等の香辛料や中薬の材料を俺が買って貢納用の米を売る。
久米島の兄上はもちろん。貢納船が流されたことがありる宮古に大島の方もいずれ声をかける」
「納屋業の商人達はいかように?」
「うむ、まずは手始めとして現物の米に小麦、大豆を取扱い、証拠金を積めば先物取引も出来るようにしたいが、それは軌道に乗ってからだな。納品が分散するだけで荷の量は変わらんだろ?」
「先物、取引?ですか?」
「ああ、旱や大風の影響で不作、品不足で値が上がった時にだな、納品する期限を決めて先に売る約束をするのだ」
「口約束ですか?」
「いやいや、ちゃんと証文はとる。取引に参加できる者は米会所に証拠金を納めた商人だけだな。証拠金の額で取引できる量も替える。(レバレッジだったかな?)期限内に明や大和辺りから安く買付て運んでくれば大儲けなる。なっいいだろ」
「そ、それは先年、真三郎様が明から……」
「そうだな。あれは飢饉対策だったが上手くやれば儲かっとったな。商人が自発的に作柄を予想して、取り引きすれば米価は安定して不作でも驚くほど高騰することもなくなるだろう」
「……わかりました。不肖、程羽友。通詞を辞した後には朝公様の手足となりましてお仕えいたします」
姿勢を改め、羽友は王族に対する正式な礼を改めておこなった。
「よろしく頼むぞ!羽友。では早速二つ程頼みがある。耳を貸せ………………………」
◆
「朝公様、こちらが昨年の祭の後に程氏麺把を開いた従兄弟の程君之にございます」
翌日、真三郎は羽友の案内で開店の仕込みを始めていた蕎麦屋?を訪れていた。
「朝公様。辣麺(蕎麦麺のペペロンチーノ風)の製法、製麺機、元祖の旗等をお譲りくださり。ありがとうございました。某、羽友に比べ官話の才に乏しく、家業の通詞の勤めが果たせず逼塞しておりましたが、料理と商いを始めやっと一家を成せるようになりました」
「こちらは、辣麺の改良板で、烏賊の墨汁を煮詰めたものを加えた烏賊麺、貴重な玉子に豆腐よう(豆腐を発酵させたチーズの様な珍味)、塩漬けの豚肉、石垣のヒハツ(黒胡椒風の香辛料)を散らした玉麺にございます。どうかご賞味ください!」
「こ、これは!」
(いやいや、麺がますますパスタに近づいて……って、まんまイカスミパスタにカルボナーラじゃないかーぃ!ソーキ蕎麦は何処にいったんだよ!)
「う、うんこれは間違いなく旨いな」
「確かに冬以外は熱いイカ汁よりこちらが旨いです」
「御主人どの!ふむぅ、この豆腐よう自家製か?実に良い浸かり具合だな。ヒハツの食欲をそそる香りが実にたまらないな。
しかし、特筆すべきはこの玉子!贅沢にも濃厚な卵黄のみを使用したこの卵は初卵か?」
「まて、雄ざ、じゃなかった真牛。初卵は迷信だと確か山さんが……」
美食の大御所の様な真牛を真三郎が嗜める。
「初卵かはわかりませぬが、某に手配できた最高級の卵でございます」
「そ、そうか。」
「いや、君之。大変美味であった。実はお主の腕を見込んで頼みがあってな?ちと耳を貸せ………………………」
「よござんす!某もお手伝いさせてくださいませ!」




