第27話 黒糖の結晶
隆慶四年 永禄十三年 二月
正月、首里登城以降の騒ぎも一段落、喜瀬武原にある金武御殿の工房では、図南の紹介したからくり装置を使った工具、道具類の試運転行われていた。
「朝公様、まずはこちら!木工と鍛治の合作。旋盤機にございます」
「どんな仕組みだ?」
「はい。まず、こちらのキリ状の針がついた器具で黒檀の材に孔をあけ、鉄の棒を通します。
次にこの棒をこちらのギザギザに山状に並んだ鑿刃に回転させながら少しづつ近づけますと、一気に十個の算盤用の珠が全くおなじ形、大きさで削られ仕上がります」
木工頭が、実際に機具を使ってその心材が三線の棹にも使われる程硬い黒檀から菱形の珠を削り出していく。
「おおおっ!これはいい!早いな!手作業の何倍ぐらいの早さになるのか?」
「はい、手作業ではひとつひとつノミやカンナで削って形にしておりましたので一日五十珠、算盤一台分がやっとでしたが、より丁寧に均一化した珠が五千から八千個、約百倍以上の作業量になります。もちろん、算盤の数はそれほど売れませんので、旋盤の刃を代えて漆器用の曳き物も行う予定です」
「今までは間切内の番所に貢納を扱う大屋子(庄屋)しか配れませんでしたが、これで久米唐営の商人や、父からも欲しいと文が有りましたので王府にも……まぁこちらはどう目立たねよう捌くかになりますが」
◆
「朝公様、こちらは国頭産の砥石を回転させております。
薄い円盤状の砥石の刃は切れ込みを、丸い筒状の砥石は表面を滑らかに削るのに使えます。現在、鼈甲や、夜光貝の螺鈿細工に使用出ることを確認しております」
「国頭の砥石?琉球で砥石が採れるのか?」
「はい、明へも輸出される程の品質でかなりの良品ですよ」
樽金が匠頭の説明に補足する。
「砥石を薄くしたり、丸く加工するのに苦労しましたが、手で削るのに比べて数段上にございます。ただし最後の細やかな仕上げはこれまで通り人の手になります。」
台の上には巨大な夜光貝の表面がそのまま綺麗に磨かれた物に、板状に加工され、螺鈿の青や、緑、少し赤も混じった様な不可思議な耀きに応じて小箱に別けられている。
その妖しい色合いはそれだけで高価なかざりとして珍重されそうである。
「これは美しいな。よく細かいところまで、丁寧に磨いたものだな」
◆
「こちらが、回転轆轤になります。蹴轆轤は蹴る衝撃でどうしても中心が歪んでしまい、一気に立ち上げために厚くなりますが、これを使えば明は官窯のように真円に近く薄い焼き物が出来るでしょう」
隣の棟には陶芸用の試作機が既に実用に使われていることを示すようにずらりと並ぶ。
「いいなぁ、領内の安富祖の窯場だけでなく、那覇の湧田や、石垣島や徳之島の窯にも普及させよう」
「えっ、しかし、普及させると折角の技術が……」
窯頭が残念そうに口ごもる。
「なに、元は明か天竺のそれも図南のような童がしってる技だよ、便利になるに越したことない。それに明から高い割れ物の陶磁器を大量に輸入し続けるのは、モッタイナイィ!だろ?」
「はぁ、もー、流石なのか、緩いのか」
「あーもーうるさいなぁ!で、これは?」
「は、はい、砂岩の中でも特に固いニービの骨と呼ばれる部位を使用した豆腐用の石臼です」
普通の石臼の数倍はおっきい石臼に木製の部品がとりつけられている。
「石臼?普通の石臼とどうちがう?」
「はい、朝公様は豆腐の作り方は御存知でしょうか?」
「確か、大豆に海水から取った苦汁を入れて固めるんだよな?」
「よく御存知で、生の大豆を潰して出来た汁、呉汁とよびますが、これを煮て、布で濾した汁に苦汁を加えて固めたのが豆腐。
搾りかすがオカラにまります。まぁ、海沿いの金武では大体苦汁の代わりに海水をそのまま使っております。塩気があって実に美味でございます」
「ただ、一晩水で戻しても大豆は大変固く、きめ細かく引くために石臼自体が大きくなってしまいます。手で回すには何人もの人手が必要。
足踏み式の装置では石臼自体の自重と摩擦でとても回せないため、こう、腰と両手で体重をかけて押すことで、オバァでも回せるようになりました」
匠頭がハンドルの様な取っ手に体重をかけてゆっくり押したり引いたりすると徐々に石臼が回りだし、ある程度スピードがつくと摩擦が減り、石臼自体の遠心力で滑らかに回りだした。
「大豆の消費も増えそうだし、他にもどんどん使えそうだな。うん、次」
「はい、次は大きいので外になりますが、」
「あれか?」
「はい、まず、大きい方が、牛馬式砂糖車になります。砂糖黍はかなり固く、足踏み込み式は不可能で、大豆のように全体重をかける方式も砂糖黍の収穫量から一日中作業を行うことが難しいために、牛馬を基本の動力源と考えております」
「水車では駄目なのか?」
「はい、砂糖黍自体が重く、畑は水源から離れておるため、黍を運ぶのが大変で牛馬を動力として畑近くで搾汁するのが適切です。搾る量によっては人力も可能です」
「こちらは、一部大変高価な青銅の歯車を使いまして、三つの石臼を一気に回します。すきま幅が違いますので、一つ目で荒く砕き、反対側に出たら次はすきまの狭い所を通します。これで、無駄なく機械に余計な負担をかけずに搾ることが出来ます」
三良と真牛、ぶつぶついいながら飛漣と三人がかりで牛馬の替わりに押して砂糖車を回し始める。
樽金が、二、三本の黍を軸の間に入れると緑白の甘い汁があっという間に搾られていく。
初期の搾汁作業の杵と臼で辺りに汁を無駄に飛ばしていたのとは段違いである。
「よくやった!砂糖黍は絶対琉球の特産品になるから今後も改良に尽力してくれ!」
「しかし、肝心の製糖法が………」
「今の所、煮詰めますとこのように飴状になり、煮詰め過ぎると直ぐに焦げ、汁のままだと傷んで腐ってしまいます。
飴玉の様だが、ちょっと焦げ臭い塊が真三郎に手渡される。
(うーん、苦い。これではプリンのカラメル?甘さは十分だか、どうしとも苦味が……)
「収穫はやはり、寒い今の時期が糖度が上がるようで最適です。ハブの害も番所で買い付けを始めておりますし、これだけ寒ければ殆どないでしょう。こちらもどうぞ!汁のまま飲むと甘くて大変珍味なのがよくわかります」
壺から並々と杯に注がれた搾りたての砂糖黍汁を味見する。
「ぷはぁー!旨いなぁ!折角だから皆も飲め飲め飲まなぁ!」
「あ、甘めー!」
「こ、これは!甘酒や水飴とはまた違う」
「ふむ、旨い。これは酒にならぬかな?」
「あ、あまいです!」
「げぇー!な、な、なんだこりゃ。こんなの飲めるなんて!はぁぁんもう飲み込んじまったぁ」
「大丈夫、固め方については明で製糖法の書物を入手するか、詳しい者を探しておる。
当面は搾り機も足らぬから苗用に増産するのとよい苗の選抜、栽培法の確立だな」
「はいおまかせを!収穫時期と栽培方法については農方でさらに研究を進めております。」
農方の三良が砂糖黍の有効性に気づいたのか目を光らせる。
◆
「えーそれからこちらは精油機になります。乾燥させ、良く炒った胡麻や菜種、椿を蒸して石臼で曳いてから麻布の袋に入れて濾します。
徐々に重石の石を増やして最後は梃子の先にも重石をのせ、一滴のこらず搾り尽くします」
「おっ!梃子かぁ!油は高く売れるし、栄養も料理の幅も広がるな!搾りかすはちゃんと鶏や豚のエサとかに利用してるよな?」
「エサだなんてもったいない!椿はともかく、胡麻や菜種はちゃんと人が煮て食べてますよ!」
「そ、そうか。うちの食事にでないだけか」
「か、仮にも王族のご領主の食卓ですよ。出ませんよ」
◆
「真三郎様、こちらが炭の試作です。これが今まで通りの焼き方の炭で、こちらの固い方が真三郎様の指示通り、途中で窯から取り出して灰の中で冷やしたものです。この壺は炭焼時の煙を冷やした木酢と沈殿物、それから炭小屋で焼いた石灰です」
山方の真牛が二つ笊に山と積んだ炭と二つの壺、升に入れた白い粉末を並べる。
カン!カン!
(うーーん、金属音がするはずの備長炭には程遠いかなぁ。焼き方か材料の木の問題か?
BBQで使ったことのある炭はもっとカッスカッスで柔らかかったからあれよりは品質がいいかな?あれは確か、)
「マ、マ、マン?マングローブ!」
「真三郎様?」
「そうだ!マングローブは炭にならないか?あの海に生えてる木だよ?」
「海の木?流木ですか?それともヒルギのことですか?」
「そう、それ、ヒルギ!」
「うーんどうでしょう?切り出しに山を登らず済みますが、流木もヒルギも海の塩を含みますから鉄鍋を痛める可能性があります」
樽金が塩害の可能性に渋る。
「それに炭焼き小屋は山の中程にありますしなぁ」
「では海岸近くにも炭焼き小屋を一ヶ所作ってみては?」
真牛が増設を提案する。
「わざわざ海岸に?」
「今は山で炭を焼いた後、珊瑚をわざわざ山に運んで漆喰用の石灰を少量ですが作っております。
領内で屋根瓦を葺いてる屋敷は首里や久米は別として御殿や、裕福な大屋子(庄屋)屋敷に寺ぐらいですが、大風にも強いのです。炭の製造量が増えれば壁や倉用、首里への販売用にも廻すことができます」
「なるほど、漆喰かぁ。この漆喰は真っ白だなぁ。しかし首里のお城と違って家の屋根や壁は茶色いな?なにか、赤土とか混ぜてるのか?」
「真三郎様!!い、いけません!触れては!」
「おっとっとっと!」
ガシャン!
「あうあうあぁーう!折角の黍汁にぃぃぃ」
「ふぅ、真三郎様!お気をつけ下さい!そのまま直に石灰に触ると大火傷になりますよ!」
「そうですよ、この石灰に藁と水を入れると、藁がどろどろに溶ける程の高熱を発します。金武御殿の漆喰が茶色いのは藁が溶けた、その藁の色ですよ」
「お城の漆喰は時間が経って色が抜け、白くなったのですよ」
「な、なるほど……」
「あっ!飛漣!この馬鹿、さわるな!」
いじましくも黍汁を啜ろうとする飛漣に叱責の声が飛ぶ。
「こ、これはもー飲めねーのかぁ?」
「うーーん、豆腐を固めるのにも少しは使ったりするがなぁ」
「あちっ!もう泡立って来てやがる!」
「冷めたら、いや、これはこの泡は灰汁??真三郎様!」
「うん、これは?まさか!」
「おい!飛漣、その柄杓で浮いてくる灰汁だけを掬ってくれ!」
「はぁ?なんで俺が?」
「ハァァー!真牛拳骨!」
ガツン!
「アガッ!」
「言葉使いに気を付けろ!」
真牛による鉄拳制裁だ、飛漣の調教、いや世話係を任されているのだ。
「はぁーーいっってぇ。!わーったよ!やればいいんだろ?やれば」
「おっ?澄んできたな?三良!かめオバァに鍋を借りてきて!ゆっくり煮詰めれば、飴状にならず固まるかも!」
正史より数十年早く、中国から製法が伝わる前に黒砂糖の精製法が確立された瞬間であった。
①本当は1623年に儀間真常という人が中国より黒砂糖の精製法を伝えたそうです。
②沖縄の漆喰は消石灰に布海苔とつなぎの繊維をいれる普通の漆喰と違い、生石灰に水と藁を入れて熱てわ溶けた藁が繋ぎとなる製法で最初は茶色いそうです。
Byウイキ




