第26話 飛漣顛末
金武御殿の闇ともいえる場所。間切の番所でもある御殿の一画にある長い間使われてもいなかった土牢の中に妖怪擬きの少年を荒縄で拘束したまま、真三郎達はとりあえず旅の疲れと汗をかめオバァ特製の手料理と真三郎が赴任して最初の熱望で設置した湯船で癒していた。
「ふぃぃーこれだよ、これ!琉球は冬でも御内原を除けば基本水浴びだからなぁ。はぁぁ 身体の芯からあったまるぅ」
ブクブクブクブク!
頭まで湯に浸かる真三郎、作法がなってない。
「おーい!ちょっと温いかな?すまんがもう少し熱く、焼け石を入れてくれ!」
金属の乏しい琉球では直接火で湯を沸かす総鉄製の五右衛門風呂の製作は王子といえど贅沢過ぎた。
真三郎の日本人として湯船涙ぐましい試行錯誤の結果、出来たのが、改善しつつある燃料を少し奮発して竈での煮炊きついでに石を焼き、木製の風呂桶に入れる焼き石風呂である!
もちろん焼石に触れて火傷をしないよう湯船には仕切りがついている。
(はぁー!リンスINシャンプーの替わりが赤花(ハイビスカス)の葉っぱなのと、この簪を挿す為に伸ばさないといけない長髪をティ○テするのもいいかげん面倒だよなぁ。
まぁ、泡頭作の石鹸も中々いい仕上がりだし、後は商品化。
どう売り捌くかだよなぁ。琉球国内で売って公衆衛生の改善にはなっても金は回らないし、やっぱり手っ取り早く儲けるには大消費地になる大和か、明だよなぁ)
お風呂タイムは真三郎の貴重な思考時間であった。
「ブルッ!ちょっと湯が冷えたかな?やはり保温性をあげないと ん?来ないなぁ、おーい!誰かいるぅ?もう少し焼き石をくれーって!」
「へいっ!お待たせいたしましたぁ」
「三良か、悪いなぁ。ふん、ふ、ふん、ふんふんふ。ふん、ふ、ふん?いや、ちょと待て!三良!その石ちょっとでかくないか?」
拳大の焼き石を依頼したつもりが真っ赤に焼けた子供の頭位の巨石をスコップ擬きに乗せた三良が湯屋に現れた。
「大丈夫ですよ。真三郎さまぁ。熱いのがお好きでしょ?」
ボチャン!ピキン!ジュー!ジュー!ジュ?
「あ、熱い、ねっっ熱湯が、表面があぁ、あちち、あーみ、水をもて!石、石す、すてろー!」
石を湯船入れた瞬間、衝撃で二つに割れ、表面積が倍になった焼き石から一気に熱エネルギーが湯中に放出される。
熱湯は対流の流れに乗って表面を覆い、首まで浸かった真三郎を逃がさない。
「ぶっ、ぶっ!あ、わ、わっまみ水!水です!」
「はぁぁん!かき混ぜるな!ね、熱湯ぎゃあ!」
◆
ピチョン ピチャン
雨漏りだろうか、不規則な雨垂れの音が人の意識を不快にそして不安にさせる。
「ふん!」
ゴキッ!
「うっっ……」
真牛の喝を入れる声に意識を取り戻したのか弱々しい音が漏れる。
金武御殿の奥深く、一見華やかに見える屋敷の奥底にも公には出来ない腐臭だだよう暗部がある。
「よし、やれっ」
冷たく凍える様な声が半地下の土牢内に響く。
「うー!うー!うー!くっ殺せ!」
恐ろしい拷問を受け陵辱でもされると思ったのか、豚の餌になるよりは一思いに死を選ぶ誇り高い女騎士の決意がほどけた猿轡の端から溢れる。
「くっくっくっ。いや、もーうちょい反省なっ」
正座しているだけに見える三良の足の間には御殿の箒の柄が挟まり、足の裏や、脇腹を樽金により鳥の羽根で擽られていた。
両手は宙で何かを掴もうとするかのごとくワナワナと蠢いている。
見下げる真三郎の首から下は熱湯風呂で真っ赤に染まり、更に赤い二つの突起が覗く胸元にクバの扇で風を煽ぎ続けていた。
「事故です!事故!冤罪だ!くぅーあっはっはっ!む、無罪です!誰か助けてぇ!許してぇ!くっくっ、あっ、そこ!止めてぇー!あんっ!な、なんか出ちゃう!男の子だもん!」
口から大量の涎を垂れ流し、危うく別の扉が開きそうな所で真三郎が刑の執行を中断させる。
「まぁ、これくらいでいいか。樽金、もう止めていいよ!」
「はっ!」
「ふっ、ふっ、ふっ。今のを見たかい?自称妖怪君?嘘をついたり、逆らったら怖いよぉ?アレを見たでしょ?」
「ふ、ふ、ふん!うるせー!てめーなに者だ!放せよ!」
両手両足を荒縄で見事な亀甲にあられもなく縛られ転がっている少年だか、猿轡を外された声がかなり震えている。
「いや、いや、いや。多幸山で悪さしてちゃ駄目っしょ?」
長い風切り羽根と羽毛でふわっふわっの羽根を目の前でわざと揺らしながら選んで見せる。
「だ、黙れ!うっせー!ちょっと余ってる食いもんもらっただけだぁ!くれるっーの貰って何がわりーんだぁ!」
(おいおい逆ギレかよ。)
「いや、いや、くれるって、妖怪の振りしてかっぱらってたんだろ?樽金、この場合どうなる?」
「そうですね。判例から追い剥ぎとはいえ、人殺し等の重犯罪はないようですので首里の平等方(裁判所)につき出すこともないでしょう。
ここ二年間の罪状から鑑みて、まぁ科銭(罰金刑)は財産もないようでしょうから科杖二十回(棒たたき)と枷号一ヵ月(板の首枷を付けて人前での見せしめ禁固)が適当でしょうか?」
樽金が冷酷に過去の判例や、刑罰案を提案する。
「どうだ?正直にいろいろ話せば少しは軽くするぞ?」
ブン!!!ブン!!!
棒たたきの刑との言にビクッと反応。
真牛がバット状に握り手を加工した警棒を片足立で往年の名打者風に素振りするキレッキレの音に見る間に青く大人しくなり頷く。
樽金が妖怪君(自称、年令不詳)、の足だけ縄をほどいて真三郎の前に正座させる。
「よし、じゅあ、まず名前からだ。妖怪君の名前は?何処の村?金武か?」
「名前はない、捨てた!読谷山の方から来た。」
吐き捨てるように答える自称妖怪君(住所年令職業不詳)
「読谷山かぁ」
叔父の領地からと聞いて真三郎らな眉を曇らせる。
「家族はどうした?二年前から悪さをしてると聞いたが、あの大風のせいか?」
「くっ、………そうだよ、家も畑も家族三つの妹も山崩れにまきこまれて死んだ。他にもいっぱい。俺だけ助かったが、餓えて、ひもじくて、本当に死にそうで山に食いもん探しに入ったら妖怪と間違えた連中が食いもん出したんだ」
「で?」
「……まぁ、その後、は見つからないようにお供えをとったり、ちょっと脅してみたり……なっ」
悪びれなく、ちょっと自慢気に話しだした。
「これで、お供えの笊ごと引っ掛けて盗っていたのか?」
真牛が、没収した釣竿を持ってきた。
「ああ、うめーもんだろ?髪を編んだ糸と竿で上手く釣り上げるんだ。まじで妖怪の仕業だと大騒ぎするのを見てたら笑いを堪えるのにもーぷっぷっ」
「こらこら!昨日も足を挫いたり、びっくりして怪我する被害もでてるんだぞ!」
笑う妖怪君をビシッと嗜める樽金。
「まぁ、情状酌量の余地はあるが………家も身寄りもないなら寺預り?」
「観音堂の日英様の所に?」
琉球の刑罰の一つ寺預りは無理矢理寺で一定期間修業させ、念仏を聞いたり唱えさせるある意味強烈な拷問である。
「念仏なんか絶対いやだぜ!」
「まさふろさま!かめばばぁ……しめ……あげる……もっていく。となん」
牢の外に夕飯の残りに水を入れた竹筒を載せた図南が持って来た。
今ではからくり製作の手伝いとかめオバァの手伝い小者として働き、たまに樽金とかんジィから琉球の言葉を学んでいる。
「クンクンクン!なんだそれは?めっちゃいい匂い!」
グルギュルギュー!!
昼から、もしかしかたらもっと食べてないのだろう。伽俐の殺人的なまでに食欲を掻き立てる香りが牢内にまで一気に漂い、びっくりする程盛大な腹の虫が鳴る。
「ありがとな!図南。こっちはくちゃいし、子供が見たら行けないからなぁ、台所でかめオバァのお手伝いしててね!」
「はぁい!」
「うんうん、ええ子やなぁ」
頭をナデポしてやる真三郎をジト目の三人衆+妖怪君、いや三良はまだ足が痺れているようで女座りのままである。
「ほーれほれ?どうだ?食いたいか?いい匂いだろ?しかも今日は特別に白米の銀しゃりだぞ!」
木の匙に伽俐を掬って妖怪君の鼻面に近づける。酷い極悪非道な拷問である。
「うー!く、喰わせろ!ギュルギュル!」
「大人しく寺預りするか?」
「わかった!はっ、早く!」
「三良、足は大丈夫か?あーんしてくわせてやれ!」
「ええー俺がぉ?」
めっちゃ嫌そうな顔でしぶしぶ動く三良
小鳥のような勢いでカレーを食べ尽くした妖怪君。
「と、殿様!お、俺を雇ってくれ!寺で念仏は無理だか、雑用でもなんでもやる!十日に、いや、月に一度でもこれが喰えるなら何でもゆーことをきくぜ!」
「この兄ちゃんには取っ捕まったが、油断したからだ!足も速いし、何でもやるからなっ、なっ!なっ!なっ?」
縛られたまま平伏する。どうやら伽俐で餌付けに成功したようだ。
「うーん。どうする?」
「どうすると言われてもなぁ」
「妖怪騒ぎを起こした追い剥ぎをそのままにしては」
「俺が、真三郎様が捕まえたと宣伝するのはまたいろいろと………」
首里での一件をまだ聞いていない三良だけが目配せする三人にキョトンとする。
パチン!
「そうだ!いい考えながあるぞ!ちょっと耳を貸せ!」
◆
三日後、日秀上人の後を継ぎ、金武観音堂の住職となった日英上人が、妖怪変化の噂を聞いて多幸山な麓を訪れる。村人の請願を承た上人はまる一日妖怪に経を読み、師匠と同じく塚に封じたという話が金武、読谷山の両間切と街道を通る商人達に広まる。
喜んだ金武の王子が多幸山に塚を祀る小さなお堂と、上人の神通力に感謝し米や大豆、布等を寄進したというのはこれまた別の話。
自称妖怪君の追い剥ぎは真三郎から新たに飛漣と名を与られて雑用係として金武御殿で働くことになるのであった。
飛漣は本当に多幸山に出たという追い剥ぎをモデルにしてます。釣り針で荷物を引っ掛けて掻っ払ってたらしいです。




