第25話 妖怪騒動
新年の儀礼に参加する為に正月を首里の屋敷で過ごした真三郎。
兄王子尚康伯、久米具志川王子朝通より聞いた華やかに見える王宮の奥深く、暗く澱んだ王統にまとわりつく影についての衝撃発言。
それはのんびり琉球でのチーレムを夢見ていた真三郎の脳の容量を軽々と越え、朝から居間にしている三番座でぐったりとしていた。
「なぁ?アレ……。どうしたらいいかな?」
「いや、そんなを急に言われてもなぁ、真牛こそどう思う?一緒に行ったんだろ?」
「いやいやいや、護衛役として付いて行っただけだよ、樽金が返答に困るなら俺なんか」
「はぁぁあ。三良は、金武に置いてけぼりだけど、まーどっちみち参考に「なりません」でしょうな」
樽金の言に羽友が被せてくる。
「金武の御殿に戻りましたら安桓様に相談しなさい。現職の三司官である安棟様や安李殿にいきなり相談すると面倒なことになりかねません」
朝からぐったりうじうじと悩み込んいでる真三郎の対処にと、同じく新春の儀礼で首里城の王府に登城していた羽友が息子樽金に冷静な指摘を下す。
「……そうだ、そうだよなぁ。叔父達には今まで世話になりまくったが、王府内の権力争いや、王位のごたごたは勘弁して欲しいし、俺が原因で巻き込むようなこともしたくない」
(会社での派閥争い処か、クラス内のなかよしグループとかでも八方美人でスルーを決め込んだのに……第三、いや、順位的には中城王子の次という今の序列からは逃げられない?)
「しかしながら、今、真三郎様が進めておられる様々な商品を売ったり普及させると、どうしても悪目立ちしますなぁ」
「そ、そうですね。今から売り出す予定であったのは石鹸に、様々な薬種を調合した伽俐の粉に酒に漬け込んだ長命酒。
農作業の手間を省ける千歯は既に各地で模倣されて作られておりますが、唐箕に私も既に使用しておりますが、五珠、小型の算盤は金武でしか作られておりません」
「はい、更に図南の工夫したからくりの類いも金武に戻ると試作品の試験する予定でした。こちらも上手く実用化出来るとなるとかなりの評判になるのでは?」
「うむむむ、まずいか?」
「真三郎様。翠微楼の夜来香様はどうですか?」
「おおっ!気分転換に最後にパーっとヤローってか?おっ?やるなぁ真牛。
三良がさぞかしガッカリするだろうが折角だし最後に寄ってみる?まぁ、流石に最高級の夜来春殿の席は無理だけどな」
真三郎が小指を立てて真牛の背中をここぞとばかりにバシバシ叩く。
「ち、違いますよ!倭冦ですよ!倭冦商人としての顔ですよ!」
「ああっ。なるほど、間に商人を。
ふむぅ久米唐営を実質的に仕切る五大家はもちろん、明や、大和との交易を優先する商人達。
倭冦商人は首里というか、大和や南方でも現地での権力争いには関わらないよう、やむなく関わっても常に出来るだけ中立の立場をとろうとします」
顎に手を充てて樽金が考え込む。久米の事情には詳しいし、いざとなれば、父の羽友に情報収集して貰うことも可能だ。
「となると、金武御殿や朝公様の名を隠して商いを」
「なるほど、出せる情報や技術は流して、肝心な隠すものは隠す……か」
「蕎麦屋は樽金の親戚が上手く引き継いでやってるみたいだし、その線を軸にかんジィや安季にも確認していこう」
「利は減るかもしれませんが、やむを得ないでしょう」
とりあえず問題を先送りにすることした真三郎達であった。
◆
首里の屋敷を出立して二日、北風を避けて陸路で金武に向かうことになっはた真三郎一行は読谷山間切と金武間切の間切境にいた。
「王子様!村の古老からこの先の山に妖怪が出没するので供物を準備するようにと忠告がありました。
いかがなさいましょうか」
名護まで商いに向かうの行商人の代表格が恐る恐る真三郎に進言してくる。
「妖怪?なんだそれは?樽金、真牛聞いたことあるか?」
「いえ、ただこの先の多幸山に以前山賊がいたとの話は聞いたことがありますが」
「妖怪と山賊は別物だろう。どんな妖怪なのか?供物とはなんだ?まさか人身御供とかじゃないだろーなぁ?」
連れてこられた村の古老のオジイに訊ねる。
「へい、王子様!籠にいっぱいの食い物をわけー女に担がせ、先導で捧げたらいつの間にか受けとって、祟りとかそれほどの悪さはしねー妖怪であるわけさぁ」
「なるほど、昔からこの辺りに出るのか?」
「いえ、二年程前程からでごぜーます王子さぁ…ま」
「供物がないとどうなる?」
「へぇ、恐ろしい妖力で道に蛇や石が降ってきたり、恐ろしい唸り声が聞こえて、大人しい筈の荷馬かいきなり暴れだしたり、峠でいきなり雨が降りだすことも」
「一人なら握り飯や芋のひとつの供物でも祟らないのですが、金持ちや荷駄の行列が通る時は荷の量に応じた笊にいっぱいの供物捧げないといけないさぁ」
「山賊はどうだ?昔は出たと聞いたのだが?」
「へぇ、戦があった遥か昔や、大風や旱飢饉になると餓えた浮民が山に入り荷を襲う山賊と化したことはありますが……」
「うむ、そうか。ご老人、時間を取らせて悪かったな」
「真牛、樽金。今の話どう思う?」
「商人達が供物を準備するそうですが、真三郎様からもお出しした方が」
「いや、そうではない。御嶽や、社に捧げるなら解るが実際、妖怪がいて荷を取るのか?」
「しかし、古老はそういっておりました。それが妖怪の妖怪たる由縁でしょう」
「金武観音堂を開いた日秀上人は浦添で妖怪をお経を唱えて塚に封じたそうで、今やその地をその霊顕にあやかり経塚と呼ぶそうです。
真三郎様の産まれる前の話ですが、妖怪はこの辺りなら……」
琉球の西海岸を南北に貫く街道とは言え、物流の要はやはり海、更に読谷山から先は一歩山に踏み込むと夏場はハブの支配する領域、人の手の及ばぬ世界である。
冬場の今は山に薪や薬種を求めて侵入すれど溶樹やツタが絡まる山は確かに妖がどこから出没してもおかしくない。
(おい、おい、おい。って妖怪……信じてるのか?樽金、真牛?)
「うーん、しかしなぁ。そうだなぁ真牛。少し列から離れて供物がどう消えるか確認してくれ。
ないと思うが本当に妖怪変化の仕業なら兎も角。人の、山賊崩れの仕業なら金武を通る交通に害がある。どうにか捕らえたい」
「しかし、お側近くを離れるのは……」
「まぁ樽金……は頼りにならん…か、雇った荷駄の馬引が五人、刀を持った文子も二人ばかりいるし、一応俺も。それに商人達、まぁほとんどが杖替わりの棒だか、刀や槍をもっておる者もおる。まぁ、まず大丈夫さぁ!」
総勢荷駄を率いる二十名程の一行をみて考え込む真牛
「やむを得ませぬ、畏まりました。ご下命なら」
「無理はするなよ。まずは妖怪の正体。山賊崩れなら読谷山の叔父上とも相談して討伐隊を編成して山狩りをするしかないらな」
「はい、では念のために武装を」
装備している脇差しの他に真牛は予備の蹄鉄に麻紐を巻いて手に嵌めている。
「真牛。それは?」
「手甲です。手の武技の一つで俺の得意武器です。
この様に両手が開きますので山に入る時や普通の武器が邪魔になるときは便利ですよ。刀ぐらい簡単にへし折ってみせますよ」
久しぶりの実践になるかもと莞爾と微笑む真牛。かなり危ない凄みが出ている。
◆
「では、出立!」
休息を終えた一行はアジアやアフリカ等でみられるように頭の上に芋や握り飯、豚の塩漬け、果実といった供物を包んだ粗末な風呂敷を笊を乗せ、器用にバランスをとる商家の女手代を先頭に山を登り始めた。
多幸山、山といってもその頂上に登るわけでなく、切り立った稜線が緑柱石を溶かし込んだ様な海岸付近まで延びており、街道筋が少しでも道幅が採れるように山側を登る程度である。
その切り立った隆起珊瑚を人馬が通れる様に削って出来た街道、切通しの用な場所を先頭が曲がった時であった。
「キャアー!」
帛を引き裂くような女手代の悲鳴に先頭付近にいた馬引きが暴れる馬を慌てて宥め、何人かの商人が手伝い駆け寄ったり、念仏や祖先に祈りを捧げる者もいる。
「ま、真三郎様!お、お下がりください!」
震える樽金も刀を抜いて真三郎の横に馬を寄せる。
「どう、どう、どう!大丈夫だ。真牛は!!!」
真三郎も馬から降りて腰に差した脇差しを念のために構え、馬の手綱を引き摺られぬ様に預ける。
悲鳴に怯えた馬を宥めた一行が見たのは芋一つを残して供物を載せた笊が消え、怯えて震える女手代の姿だった。
「ま、真三郎様!やはり妖怪が……ま、真牛は大丈夫でしょうか」
「い、いや、そんな」
(ええっ!まじ!まじ!まじで妖怪?てっきりあのジジイが黒幕とで村人とかがグルになった詐欺だとばかり)
「お、落ち着け、た、樽金。とりあえずこの山道を抜けよう。皆も見ている」
一行は倒れて足を挫いたらしい女手代を空いていた真牛の馬に乗せて山を降りていった。
「真三郎様!」
「真牛か?無事だったか?」
「はい!妖怪の正体というか追い剥ぎを捕らえましてございます」
「はっ?」
足を挫いた女手代の治療に麓の村の湧水前の広場を借りていた真三郎の元に真牛が現れて捕り物を報告する。
「真牛!やはり妖怪等ではなかったのだか?」
「はい。とりあえず当て身で眠らせております。こちらに」
藪の奥には両手両足を何故か亀甲に縛られ、口には猿轡を噛まされた少年が寝転がっていた。
(な、縄師?いや、縛り方については触れない方が……)
「こやつが、妖怪の正体?」
恐る恐る樽金が近づき小枝でツンツンと突つく。
「真三郎様、これを」
真牛が太めの釣竿を真三郎に手渡す。
「ん?なんだこれは?」
「どうやらこの釣竿で荷を引っ掛けて奪っておったようです!」
「釣竿って何処の狩人狩人やねん!」
真三郎のするどい筈の突っ込みにもキョトンとする二人。
「直接人に危害を加えてはおらぬようですが、まさかこの様な童が妖怪を騙っていたとは」
「どういたします?」
「そうだな。妖怪退治でも山賊、追い剥ぎ退治でも、読谷山間切の境では叔父上に相談せざるを得ない。まぁ今はあまり騒ぎにはしたくないなぁ。
このまま
気を失なっているならこのまま押し込んで金武御殿にまで連れていくか?」
「はい、当て身を食らわせましたので、気付けで起こさない限り半日は目を覚まさないでしょう。確か御殿の牢も空いております」
真三郎達は馬の背にぐったり気を失い縛られた妖怪擬きを縛って布で隠して乗せ、真牛が曳いて金武御殿に戻ったのであった。




