第21話 龍神の賜
(会議は続く、そう!事件は会議室で起きているのだった!)
「ん?真三郎様?どうかされました?」
「あ、悪い。ちょっと考え事をしてただけだ。あぁ、新規の事業計画は先程の二件だけだ。まだまだ、利を得るには相当時間がかかるな?」
「そうですね。入手した苗を植えて、殖やして、商品となりうる鬱金を大量に産するようになるまでは、最低三年から五年はかかるかと、牛馬を新たな耕地の開墾用に使ってはおりますが、現状田畑に余裕はありません」
農方の三良が真面目に答える。
(うーん琉球、いや金武間切の領地だけじゃ限度があるなぁ)
「安李叔父上、羽地間切でも植えられませぬか?」
「そうさなぁ、畑の境にしている月桃の代わりに植えることは可能か?まぁいかほどの値で買うてくれるかだな。
利が高ければ高いほど自然と広まるやろぅ。まぁ、朝公様の傅役の一環として儂の裁量の範囲内で出来るだけ協力してやろうではないか」
大盛の伽俐をペロリと平らげ、おかわりまでした安李、実はかなり乗り気のようだ。
「領内の田畑の状況はどうだ?」
「はい、真三郎様より指示のありました土作りですが、百姓の意識はなかなか、いつ地割があるかとそればかり気にしておりまして」
琉球の長年抱える構造的な問題に珍しく三良の顔が曇る。
「うーん。公平に分配するのは難しいよなぁ」
「はい。昨年から捌理に文子(中級、下級役人)を多数動員して領内の検地を進めてはおります。
真三郎様の金武間切総地頭就任。それを理由に就任以来延び延びになっておりました地割も来年早々には実施できます」
樽金が、間切の戸籍に村事の石高や戸数、土地台帳といった数冊の帳面を卓上に押し出す。
実は同時の琉球では既に戸籍が存在する。
最も士族らの家譜と呼ばれる門中を網羅した家系図の様な物ではない。
原始共産制に近い同時の琉球の土地、田畑は全て国王、首里天加那志ただ一人の物であり、私有財産権は存在しない。
そこで王の財産である田畑の数年間の利用権が抽選で公平に割り当てられ、その対価として年貢、つまり貢納があるのである。
その名残は現代においても存在し神の島として島全体が崇められる久高島では全ての土地が区の物で、私有地は存在しないという。
「う、うむ。あらゆるものに公平にというのは流石に難しいなぁ。大屋子(庄屋・村役人)やユタに良田が片寄らない様にしないとな」
家単位での割り当ての為、大人や子供、つまり労働生産力に応じて配分するのだか、当然水の便や、日当たり、土壌による差が大きい。
戸籍に記された家族数に田畑の配置図を記した帳面をピラピラとめくりながら呟く。
「「「い、いけませぬ!真三、朝公様!」」」
ふと溢した発言に真牛まで顔面蒼白になって真三郎をとめる。
「ひょ、ひょ、ひょ。真三郎様!神女の職地であるオヘカ地や、ノロクモ地にだけは手を出してはなりませぬぞぉ」
「へっ?いや、俺はちゃんと……」
「真三郎様!神女にだけは手を出してはなりませぬ。ならぬものはならぬのです!」
真っ青な樽金がどっかの十訓みたいなことを口走り始めた。
「うん、わ、わかった。わかったから」
(ノロか、確かに宗教がらみは避けるが吉だよな?呪われそうだしタブーってやつか?……そういえば安基爺さんもちょっと神がかってたけど)
「よし。忠告は受け入れよう。地割の抽選は来年一期の米の植え付け前に実施する。雑穀等で植え付け済みの畑は収穫後に割り振る。
割り振ったら三十年はそのままだと触れを出すように。
それから人手の余る家には開拓地を追加。手に職を付けて離農するものには一時金を与えるとな。あ、もちろん、お前たちの忠告は聞くぞ。オヘカ地とノロクモ地は現状維持だ」
「「「はっ!」」」
困難な課題はするっと先送りするヘタレな真三郎である。
「次は、三良。えーと話していたお茶の方はどうだ?」
「はい、父が植えた球磨の茶木より増した挿し木は順調に育っております。また、福州は武夷山の茶の種から苗も幾つか成長しております。
それと、代用茶としてあまちゃづる、笹、桑の葉等が茶にできるかと」
「うん、うん。味や効能はさておき、生水ではなく沸かした白湯や茶を飲むことで、腹を壊すことも格段に減るだろう。明や大和の茶を飲む事は百姓には難しいが、代用品や間切内で栽培した茶ならいずれ口に入るだろう」
(もっと南の台湾もお茶が有名だし、沖縄も当然茶葉の生産に適してるはず。さんぴん茶っていったよーな)
沖縄でよく飲まれるさんぴん茶だか、元々は輸入品で二級の茶葉に茉莉花の香りを付けた物であり、香片茶が語源である。
「はい、竈の普及で煮炊き用の山仕事も減り、燃料に余裕が出来ました。竈に水甕を設置することで余熱で湯を沸かすことも容易になります。また、植林はまだですが、荒れ果てた山々にも木々が増えましょう」
山方に任ぜられたの真牛が金武間切の中央、広大な山地の改善状況を報告する。
「孟宗竹の竹林も八ヶ所、櫨と楠、松、チャーギ、椨、桑等約五千本の有用樹の植樹をハブが冬眠する冬場に行う予定です。もちろん、伽俐用の藪肉桂も五百本程植え付けいたします。これは毎年同規模の植樹が可能です」
「山裾や、山道沿いに椿と藍を植え、炭焼き小屋を二ヶ所作り、藍小屋も建設予定です」
「山方も順調だな?よくやったな真牛」
「はっ!」
「樽金、海の方はどうだ?」
「はい、四ヶ所程、岩礁を生かしての魚垣を増やしました。大潮の日等は籠に一杯の魚が獲れるようになり、貧しい民もようやく魚を口に出来るようになりました」
回りをぐるりと海に囲まれた琉球ではあるが、税の基本は割り当てられた土地から上がり、貯蔵が可能な穀物類であり、漁業は重視されていなかったのである。
「それから各村に海亀の卵、特に雌の捕獲禁止を徹底して通知しております。更に小降りな夜光貝、法螺貝の採取禁止もです」
「うん、亀は鼈甲の材料になるからな。打ち上げられる宝石珊瑚は番所に差し出せば米や麦に相場に近い値で交換するから集まるだろう」
「はい。それと漂着物、寄せ物のなかにこのような物が……」
樽金が箱の中から布に包まれた灰褐色の人の頭程の塊を持ち出した。
「……ん?なんだこれは?ちょっと臭くないか?」
箱を開けた途端に何処と無く漂う異臭に鼻をひくつかせる。
「臭いとはなんですか?真三郎様!これは金武の浜に流れ着いた鯨の糞でございます!」
「げげげ!汚ね!何を大切に持ち込んでんだ樽!」
三良が、しかめっ面で蓋をしようとする。
「まて、三良!真三郎様、鯨の糞とも呼ばれておりますが、これは龍の糞、いえ、龍涎香と呼ばれる大変貴重な代物になります」
「龍の?」
「はい、伝説によれば山で千年、海で千年修業した大蛇が天に上り龍に成る際、歓喜の余りに溢す涎であるとも、涙であるとも、地上の民への送り物とも言われております」
「これがか?クンクン。樽金、やっぱりちょっとう○こ臭い様な」
「朝公様!これはこのままではなく、何度も蒸留し火の着くほどの濃い酒にほんの僅か溶かして薫を楽しむとか、少量削って媚薬にするとか」
「薫りに媚薬ねぇ、どのくらいの値段になるのか?」
「儂にもよくわからないのですが、明では同じ重さの金と交換されるとか」
珍しくちょっと困り顔の安李がかんジィと顔を見合せながら答える。
「「「「はぁぁあん?」」」」
「いえ、噂ですよ!マカオやルソンの南蛮人が言い値で買うとか。買わないとか。天竺の更に西の大王が好むとか、不老長寿の妙薬、金丹の材料だとか噂を聞いた覚えが」
「ひょ、ひょ、ひょ。しかしのぅ。琉球の友好国であったマカッカ王国を滅ぼして占領したという南蛮人との交易は禁止されておるからのぅ」
大新城安基が、三司官に就任する少し前。
今から五十年は前に琉球王国を初め周辺諸国を大いに揺るがしたポルトガル人による友邦マラッカ王国の滅亡事件。大宰相の腹心として当時の覚えがあるかんジィが深く考えこむ。
「そうですぞ、危険にございます。きゃやつらの商人を装った海賊行為は倭冦商人の比ではありませぬ。南海では最初から略奪目的の船も多いとか」
安李も南蛮人との交易に大反対のようである。
(ポルトガルでもスペインでも西暦や新大陸のじゃがいもやトウモロコシとかのチート作物を伝来させてくれるなら俺としては歓迎なんだけどなぁ
あ、片言の中学レベル以下の英語って通じるかな?)
「金と同じくらいの価値があるかどうかはともかく、浜に流れ着く寄せ物であれば、民に流木等を拾う時に注意させ、代わりに米等の報酬を与えるようにな。試しにもっとないか犬に匂いで浜を探索させても良いかもな」
「はっ!早速」
「それから明ならば羽友か柔遠駅(福州の琉球王国駐在所)の兄ね、えーと」
「伯永にございます。」
「そう、そう樽金から伯永殿にでも内密に文を出して南蛮人の事を調べてもらえぬか?」
「畏まりました。久米の倭冦商人の中には南蛮人との交易をしている者も居るらしいのでどうにかなるでしょう」
「そういえば、南蛮船の寄港自体は禁止だが、倭冦商人のジャンク船に南蛮商人が同乗している事もあったよな?」
久米唐営で明らかなヨーロッパ人系とすれ違った事を思い出した
真三郎が尋ねる。
「確かに、ただ、あれは商人として失敗して一旗揚げようと、ジャンク船乗り込んだ零細商人。黄金に相当する品を購うだけの銀子等とても持参していないでしょう。兄か何処か伝を探ってみましょう」
すこし自信なさそうに樽金が請け負う。
「よし、匠方としては箕や千歯の改良版の他、石臼、サトウキビの絞り機、酒の蒸留装置、染料、石鹸の試作。それから油絞り機、水車等の試作をやっている。久米で入手した明の書物に色々図面もあったので、樽金に訳して貰いながら作業中だ!」
なかなか成果のでない真三郎であった。
「最後に蔵方は?」
「はい、米、麦相場で約百二十石の余剰を作りました。しかし、橋の修復や、開墾の為に読谷山の牧原より購入した牛馬。山での炭に藍小屋整備、地割に備えた検地の経費。更に伽俐、薬酒頭への投資。さらに真三郎様の言い出した様々な失敗作に投じた額を合わせますと………」
「「「合わせると……ゴクリ!」」」
パチパチパッチンと樽金の算盤を弾く音が室内にやけに響く。
「米に換算して52石分の歳入不足となります」
ガクッ
「なんですと!」
「そ、そんなばなな!」
「と、投資のやり過ぎでは?」
「ひょ、ひょ、ひょ、それは困ったのぅ」
「税率を上げましょう。芋の普及で飢えませぬよ」
「ま、まぁ換金が容易でない珊瑚や貝といった財にいざとなれば龍涎香を久米で売りに出して購えば、王府に納める分は確保できるでしょう。足りなければ、安李様!安棟様より借入の打診をお願いいたします」
算盤を脇に寄せて樽金が安李に深く平伏する。
「ま、まぁ。塩や、炭、薪で羽地も十分潤った。それくらいなら用立てよう。その分、伽俐が出来たら儂にも送ってくれよ!」
(餌付けなのか、胃袋を掴んだのかな?)
「ありがとうございます!叔父上!」
「そう、そう樽金。苧麻の織物はどうなんだ?」
「苧麻自体は栽培も収穫も順調で作付を徐々に増やせそうなのですが、慣れない作業ゆえ糸にする作業と織物にする段階で不良品の山にございます。千歯の普及で仕事をなくす民の救済でもあるので工賃相当で買い上げておりますが」
樽金の指示で、文子が太めの糸や、織が荒くてスケスケな反物を籠に入れて持ち込んだ。
「苧麻の質が良い春先は柔らかくしなやかな糸が作れますが、晩秋にかけては硬くてなかなか……」
「確かに、これは……」
「砧で叩いても駄目か?」
「下帯にも使えぬな」
「こ、これは?乳首まで透け透けなっ!」
何故か広げた反物を真牛の鍛え抜かれた胸に充てて透け具合を確認する真三郎。
「商品になったのは二十反にひとつでした。」
苧麻の糸はよりが荒くて不均一な為に手触りも悪く、織り目が粗い。
「なあ?透け透けだけどこれはこれで蚊帳とかにすればどうだ?
蚊は通らないけど、風は通しそうだ。これなら蚊が媒介する病も防げるだろう」
「な、成るほど、、」
「確かに一理ありますな」
「これが売り物になるなら是非!」
真三郎の提案で廃棄処分寸前の織物が再利用されることとなり、やがて一部マラリヤ蚊の害があった琉球を救うことになるのであった。




