第20話 天竺の香
真三郎達が久米唐営での三日に及ぶ祭を十分に満喫し、金武御殿に戻って早五日。
首里で三司官の勤めがあり采地には中々帰れぬ叔父池城安棟に代わって毛氏池城家の家宰として羽地間切を差配する、真三郎の傅役でもある池城安李を呼び寄せて第二回金武間切内政検討会議が開催された。
「叔父上、本日は羽地も忙しい中、御呼び立てして大変申し訳ない」
「何を仰います朝公様!兄が首里勤めの為、傅役に任ぜられながらも安桓様らに金武間切の公務を任せきりにしているのは某にございます」
大粒の汗をかいたまま思いきり頭を下げる安季。
「ひょ、ひょ、なぁにまだまだ現役じゃて、儂にまかちょんけー」
楽隠居を決め込んでいたかんジィではあるが元羽地間切、大新城安基の家宰としての手腕に衰えはないことを示している。
「確かに、かんジィらはよくやってくれておる。だか、貧しい金武だけではどうにもならん。傅役であるそなたや安棟叔父上の力が必要じゃ。
羽地の合間で構わんでから力を貸してくれ」
「はっ!某らでよろしければいかようにも」
兄安棟にも成り代わって王に嫁いだ姉の一子、甥でもある真三郎に深く頭を下げる。
「うむ!では早速、本日の会議の議題だが、三良あれを!」
「はっ!」
三良が、篭に山盛りになった生姜の様な根とスライスされて乾燥した片燐を入れた椀を持って現れた。
「安李、かんジィ。これが何だか知っておるか?」
「ひょ、ひょ、ひょ。ふむぅ、これは鬱金じゃな?確か肝の病や、染物にも使う生薬じゃ」
「ふむ、某も首里でちと飲み過ぎた時に肝の臓に良いと中医方に処方されたことがあったな。確かかなり苦い」
クンクンと小片を手に取り匂いを嗅いだかんジィと思い出した苦さを顔に出した安李が断言する。
流石は酒豪ぞろいいちゃりば酒呑みなうちなーんちゅである。飲みすぎ胃の持たれには鬱金の力を借りてるようである。
「流石よく、ご存じで。琉球では生薬としてごくわずかに栽培されておるようですが、これを金武間切の、いえ、琉球の特産品のひとつとして盛んに植え付け、栽培したいと考えております」
「ふむぅ、月桃に似ておるようじゃから大風の影響はあまり受けぬな、旱にも強ければ栽培は簡単じゃろうが、そこまで肝臓の病や酒呑みはおらぬぞ」
「そうじゃ。沢山作っても値崩れしてしまうぞ、いや大和か明の交易に?」
真三郎の提案にいまいち乗り気でない二人。
「いやいや、薬や染料としての利用だけではないぞ。パン!パン!かめオバァ」
「ハイサイ!かめオバァさぁ
真三郎のいったとーりの料理を作ってみたさぁ!
はい!オジィも、安季もはい!はいっ!かめっかめー!」
真三郎の合図でかめオバァが、碗に入れた炊きたての飯の上に芳しい香りのする黄色い汁をよそって座の皆の眼前に次々と並べていく。
「先程から漂っていた食欲をそそる摩訶不思議な香りの招待はこれか!」
「ささっ!熱いうちに、その木の匙で食べてくれ!」
「こ、これは?」
「この色はもしや鬱金?」
恐る恐る口にする二人。真三郎達も共に食す。
「フハッフハッ!」
「これは?なんとも面妖な!」
「山お、かじゃなかった、真牛、お二人にこの料理を説明しろ!」
「はっ!」
「これは真三郎様が久米の薬種問屋より手にいれました鬱金を主に、まず、那覇でも作られております南蛮辛子、石垣島のヒハツ(胡椒もどき)、与那国島のカメムシ草、薮肉桂、蜜柑の皮を干した珍皮、乾燥した大蒜等を石臼で粉にしました」
壺から懐紙の上に黄土色の粉末をひと匙載せて見せる。
「次に、山猪の背脂にこの粉と小麦の粉を入れて芳しい香りが立つまで軽く炒めたのちに、山猪の赤身肉、シャムより渡来した紫玉葱、茄子、真三郎様が広めております唐の芋、野蒜を入れて炒め、水と塩、隠し味に味噌と赤く熟した木瓜を少し加えたものでございます」
「試作では、魚や鳥を具にしても大変美味でございましたぁ!」
あっという間に空になった碗を持ち上げて三良がお代わりをねだる。
「いや、これは、辛いが実に旨し!」
「ひょ、ひょ、ひょ、年寄の舌にはちと刺激的かのぅ」
真三郎を始め皆の額には早速大粒の汗が浮かんでる。
「どうだ?汗をかくと気持ちいいだろう。琉球よりもはるかに暑いという天竺の料理だそうだ!御仏の生まれたかの地では毎日これを食すと聴くぞ」
「天竺の料理……それはまた御利益のありそうな」
「これらの食材は琉球の地でも栽培出来るものばかりだし、南蛮辛子以外は大和では寒くてなかなかに育たぬようだ。
粉にして運べは良い銭になろう。細かい製法は秘中の秘とするんでなっ。
あっ、そうそう。箸休めならぬ匙休めにその木瓜の酢漬けを食してみよ!更に匙が進むぞ」
「これはこれはなんたるご慧眼。実は石垣島は大浜親雲上に末の妹、朝公様の叔母にあたる者が嫁いでございます。ひとつ石垣のヒハツや与那国島との商いを任せてみてはいかがでしょうか?」
「まぢ?そのような叔母上が?それは初耳。是非とも頼むぞ安李殿!」
当てのない八重山に強力な身内のコネがあると知り驚く真三郎。
「はい、朝公様がお生まれになる前に八重山に渡り……大浜親雲上殿は数年に一度首里に上ることはあれど女の身ではなかなか、今は文のやり取りだけでございますが」
遠い離島の地で離れて過ごす妹の身を懐かしむ。
「そうか!是非頼りにさせてもらおう。で、次はこれじゃ!」
薬包紙に包まれた茶色の粉を一掴みして、二人に嗅がせる。
「クンクン?はて?なんの粉でございますか?」
「少し生臭いような」
「これはな、反鼻といって、精力材に使われる中医でも使われる生薬の一種だそうだ。材料はなんだと思う?」
「さぁ、反鼻というからには何かの鼻でございますか?」
「ヘビだよ、蛇。毒蛇」
「毒蛇?で、では?」
「そう。ハブが金に化ける。毎年何十、何百もの領民が命を落としたり、手や足を噛まれて四肢を失っておる。
毒の消し方、血せ………を探しているが手掛かりもないが……まぁ、どんどん捕まえたら数も減ろう」
一部は消えそうな声で回りにはよく聞き取れなかった。
(青カビからペニシリンが作れるのは過去転移するテレビドラマで知ってるんだけど、やり方はわかんねーしなぁ。
あれは現役の医者だったし、そういやハブ毒とかにも効いたっけ?)
「ま、朝公様?」
「いや、なんでもない。これも薬種問屋では干して粉に精力の薬として売っていたが、俺はこれを酒に浸けて売りたい」
「酒に?」
「泡盛を二度醸した強い酒にだな。ハブや鬱金、陳皮といった生薬を漬け込んで万能な酒としたい」
「ひょ、ひょ、ひょ、酒精の強い酒に精力材となる生薬を漬け込む。ふむぅ、これは味見役が是非とも必要じゃのう」
かんジィの目が怪しく光り、萎びた喉から生唾をゴクリと飲む音が響く。
「更にだ、これはどうだ?」
「長命草じゃな?」
「はい、香りが独特すぎて汁の臭み取りに使われるのですが、その名の通り、身体によいらしい。中薬では牡丹防風というらしく、三年物の根は朝鮮の人参には劣るものの様々な病に効くとその効能は確からしい」
「ほぅ、ほぅ、ほぅ?しかし、海岸の岩場にはかなり自生しておるが、葉は兎も角、流石に根は掘れるかのぅ」
「効能は明渡り、神農の書いた薬学書にありましたから、まず間違いないでしょう。塩により畑にもよう成らぬ海沿いの荒れ地を植え付け場所として使えます」
朝鮮人参とよく似た乾燥した長命草の根をなでまわし、匂いを嗅いではじっくりとみる二人。
「この長命草の根やハブ、琉球の生薬を漬け込んで薬用養め……いや薬用長命酒として大明や、大和にも売り込みます!いや、薬効が確かなら久米の夜来香殿を通してその手の店にも!ふっ、ふっ、ふっ」
「真三郎様?涎、涎垂れてますよ!」
ニヤケる真三郎をジト目の樽金が冷静に突っ込む。
「あ、いや、うん。漬け込む場所は金武の鍾乳洞、日秀洞だ。恩納の土で、荒焼の大壺を複数焼いてもらう予定だ。
酒精の高い泡盛は焼き締めの壺で年月を経ると熟成され旨くなるらしいからな。あそこなら腐ることもあるまい」
中国の紹興酒を飲む浙江周辺では女児が生まれると壺に酒を詰めて土に埋め、婚礼の席で供するという伝統がある。
当然十年から二十年物の古酒である。
「ひょ、ひょ、ひょ。それはそれは実に長生きが楽しみになるのぅ、後三十年は長生きせんとな!うひょ、ひょ、ひょ!」




