第11話 甘藷の夢
隆慶三年 永禄十二年四月 真三郎 九歳
喜瀬武原 金武御殿
毎年の大風にも耐える琉球に久々の大被害をもたらした昨年の災害。
家屋や田畑の復旧はなかなか進んでいなかったが、懸念された大飢饉については、明から緊急輸入した小麦や粟といった雑穀に冬のない琉球の気候を生かした短期間で収穫が可能な雑穀の植え付け。更に儲かるとみた大和、博多の商人達の持ち込んだ食糧でなんとかその危機を脱していた。
「しかし、真三郎様、給地方(三司官が担当する財務省みたいな予算を扱う役所?)に安棟様が就かれており幸いでした。あやうく借金どころか破産する所でした」
樽金の愚痴を皮切りに金武御殿の離れ、何故か工房の一室で第二回金武間切内政復旧復興会議が始まった。
「なに、兄上も首里天加那志のご裁下あればこそですよ!
それより、折角の朝公様の手柄を横取りしたかの様な結果となり、大変申し訳ないと申しておりましたよ」
今回の会議には、真三郎の傅役である池城安李でなく、次男である安昔が参加している。
安昔は古波蔵村の地頭家の入婿で毛氏池城分家の古波蔵親雲上安昔と名乗っている。
「なぁに、お爺様の遺言で余り目立つような真似をするなと五寸釘を、いや一寸注意されてたしなぁ。安昔叔父上も多言は無用に願います。まぁ、まさか、追加で三百石、青磁や絹や、中薬の類まで積んだ唐船まで押し寄せてくるとは思っていませんでしたが」
「はははっ流石の麒麟児も形無しですな!」
「ぶぶぶっー! ゲホ、ゲホッ!な、なんじゃそれ?」
「いえ、父上が今際の際に朝公様を麒麟児だと評価したとか、しないとか。首里屋敷に出入りしていた商人から御聞きしましたぞ」
「ち、違いますよ、叔父上殿。あれは確か、お爺様が麒麟みたいだと。あぁーっと、そう、そう。首がすぅーっとじゃなくてぇ、仁者、名宰相だと俺が言ったのですよ!」
「そうでしたか?某が聞いたのと……」
怪訝な顔で安昔が首をかしげる。
「兎に角!変な噂を流さないでくださいよ!叔父上!それより、今日の会議の目的。間切の復旧の状況と、これまでの経過を」
「まずは、三良!報告を頼む」
「はい、領内を通る東西二本の街道の復旧は順調に済んでおります。
現在、橋が流され、仮橋の奥首川では石造りの本橋の建設に取りかかっており、山から石材の切り出しを進めております」
いかにも適当な絵図面を広げて三良が説明しはじめた。
(金に余裕が出来たら一筆書きの下手な地図じゃなくて、ちゃんと測量した地図を作りたいなぁ。そうだ!うろ覚えだけど世界地図書いたら高く売れるんじゃね?)
「ひょ、ひょ、ひょ。荷役ができる良港のないうちの間切は東西の街道が物流の幹線じゃからのぅ」
「はい、また、流された田畑の復旧は済んだものの、植え付けの時期を逃してしまった民を街道の整備を賦役として動員し、余裕分の雑穀で日当を支払っております。実入りが良すぎて集まりすぎるのも困り物ですが」
「金武間切は他の間切より、復旧は格段に進んでおりますよ」
比較的被害の少なかった那覇近く、南部に采地がある安昔が道中の村々の殆ど手が付けられてないまま放置された被災地の状況を伝える。
「蓄えがない所程酷い有り様というしな」
「ひょ、ひょ、ひょ、他は兎も角。先ずは足元。無理に今から植え付けしても、今度は収穫前に最初の大風がやって来るからのぅ」
「そうでございます。復旧が遅れた中途半端な田には田芋、畑には蕎麦か、青物野菜など、少しでも食えるものを植えております」
蕎麦は二ヶ月ぐらいで収量は少なくても収穫できる。
(蕎麦か、そうだ!折角だし沖縄そばを作ろう!大河なドラマで江戸時代になるまで、蕎麦がきって団子状態で食べてたっていった記憶があるぞ!うちでも、粒のまま米に混ぜた麦飯だし、粉にしたら麺作りだな!)
「真三郎様?」
「ああ、ちゃんと聞いてるぞ、で、村の復旧は?」
「はい、竈の普及で材木に若干の余裕が有ったことと、真三郎様が山からの切り出しを許し、特に竹を切らせたので早めに屋根が葺かれております」
「順調だな?復旧に関して他に何か問題はあるか」
「「今は特にありませぬ」」
「よし、次は?」
「はい、では某から。復旧で忙しい三良に代り、蘇州倭冦の楊理殿が持ち込んだ、芋と竹ですが」
「竹は在来の竹の切り出した場所と、普及用に喜瀬武原の土手や、御殿内の庭に植えてみましたが……三月の上旬には見たこともないような太い筍がニョキニョキと生えて参りました。
今年は株の成長を促すため、収穫は禁止しておりましたので、来年には試食程度なら利用できるかと」
真牛がにこやかに御殿の片隅に見える竹林を指差す。
「それから、芋、甘緒ですが、楊理殿や真三郎様の仰る通り、伸びた蔓を植えるだけで次々と増えてまいりまた。かなり痩せた土地でもこの短期間で十分な量の芋が……」
「そ、し、て、ジャーーン!かめオバァに頼んでさっそく試食を準備しましたぁ!」
既に甘い香りが立ち込めており、まちきれない真三郎の合図でかめオバァがに熱々の芋を入れた笊を頭に乗っけて、踊りながら闖入してきた。
「ハイ!ハイ!デージ、マーサンドー!はい、カメ、カメ!ハイ!ハイッ!」
「アチッ!」
「アーチチアーチィ!」
「かめオバァ熱いって!」
ひょいひょいと頭上の篭から焼き芋を取っては真三郎らの手元に躍り、笑いながら放り投げていくオバァ。
「アチチアチ!もっと赤っぽいのが理想の芋だったけど、採れたのは紫と白っぽいのと二種類。それぞれ蒸かしたのと、竈の灰に埋めた焼き芋の二種だ!ふぅー!」
「先程から漂っていた香ばしい香りのもとはこれですな?」
「では、良いか皆の衆?いざっ「「実食!!」」」
(……ん?あまーっくない?へっ、おかしい?確かにこれはさつま芋だよな?確か沖縄土産のタルトは紫……なんで?)
「ほほう、これは実に美味ですなぁ」
(え?そうか?)
「確かに、美味でございますぅー!」
(いやいや甘くないっしょ)
「儂は蒸した奴より、焼いた方。白より、紫が好みじゃ。ひょ、ひょ、蒸したのはねっとりして、なかなか、年をとると喉に……ん!」
芋を大口開けて頬張っていたかんジィが小刻みに震えだした。
「……ん!……んー!」
「か、かめオバァ み、水!水! 詰まっとる!かんジィが死ぬー!」
「わー!」
「あわわ!」
「み、み水ぅー」
・・・・・・・・・
「ふぇ、ふぇ、ふぇ!なんじゃ川の向こうに花畑があってのぅ。兄者が手を振っていたわい!」
芋を喉に詰まらすという大事故であやうく臨死体験をしたかんジィだが、案外にケロッとしている。
「かんジィ、それって所謂三途の川だからな」
「塩をつけても旨いかも!」
「うむ、これならいくらでも食べられる。」
三良と真牛がかんジィを無視して食いしん坊キャラのように食ってやがる。
(そ、そうか、品種改良!品種改良や!安納芋や、鳴門金時、シルクなんだっけ……とかは最近な品種だったかも、それに芋焼酎用とかもあったはず)
「真三郎?どうなされました?」
「いや、そのなんだ、まぁ旨いが、もそっと琉球の地に合うような栽培法に蔓の、苗の選抜法を確立せんとな」
「はい、いくつかの畑に分けて水や土を替えて工夫する予定であります」
「えーと、できるだけ旨い芋の蔓を選んで増やすよーにな」
「はっ!」
「次は、真牛か、」
「はい、応急的に材木を切り出しを許可しましたが、比較的搬出しやすい、里山ばかりです。折角でしたので、比較的大きな苗に育った櫨を数ヶ所植えております。
また、選定した木の他に油が採れると指示のあった椿も山道の崩れ防止用に斜面を探して植えております」
「んー山仕事は育つのに、成果がでるまで時間がかかるからなぁ」
(櫨蝋燭に、椿油か、5、6年で実が採れるようになるかな?)
「他に朗報ですが、山藍の群落を数カ所確認しております。
これまでは、布を染めるにしても小量の染めにしか使えませぬが、苧麻の増産により布が増えると染料も相当必要になると思います」
「藍って藍より青いあの藍?」
「左様にございます。青藍の藍にございます。領内では苧麻を婦女子の新たな手仕事にせよとのご指示がありましたので、織物を殖産にするに必要かとと思いまして」
「そうだな、藍だとデニムっぽいのが作れるかな?」
「デ、デニムッポイでございますか?デニムッポイとはいったい?」
「いや、いや、なんでもない、藍の青は蛇が嫌うとかなんとか、聞いたような、聞いてないような、いや、迷信だったかな?」
「真ですか、真三郎様!虫避けに効能ありと聞いたことはあるのですが……ハブ避けに効果があれば……かなり売れますぞ!」
樽金が懐から特製ソロバンでパチパチと捕らぬ狸の皮算用を弾き出す。
いや、効かなくても金武産の布に効果があるとかなんとか噂を流せば………という樽金の黒い独り言に無視することが一番と残りの芋を静かに頬張る面々であった。




