第9話 深淵の日秀洞
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隆慶二年 永禄十一年 二月 真三郎八歳
真三郎こと唐名を尚久、大和名を大金武王子朝公が金武間切の按司王子、総地頭に就任したことは既にのびのびた……
「真三郎様!二期目の米の収穫がほぼ終わりました」
農業担当に設けた臨時の役職、農方の三良から報告があがる。
南国琉球では大風(台風)の被害を避けて、二月に田植え、一足早く梅雨のあける六月の初めにはもう一期作の米が収穫される。
二期目は大風襲来の時期を過ぎた秋の終わりに植え付けて冬、といっても雪もふらない寒さの冬、ハブの害もない冬こそが実りの、収穫の季節なのだ。
「今年の作柄は例年並みで、千歯のおかげで脱穀作業も順調であります。
金武、漢那、宜野座の三村で450石、その他の村から150石 、王府への貢納の用意も手配いたしますか?」
金武御殿の中級役人たる捌理が整えた帳面を確認していた樽金が次の手配について話を進める。
「そのことだが、三良、樽金。金武からだと米積みの船が入る安棟叔父の勘手納港まで運ぶ必要があるよな?」
「そうですね、金武間切内の港は喫水が浅いので、米を大量に運ぶのは困難です。
馬で首里の王府まで運ぶよりは遠回りになりますが、羽地までは馬、その後、勘手納港から蔵米を集める集積港、泊の港まで大型船で運ぶのが一般的でございます」
「そうですね、馬追いと羽地から船で約一割が、輸送にかかる経費となります」
真三郎が作らせた新式の算盤をパチパチとはじいて樽金が計算する。
試作した現代タイプの算盤はなかなかに使いやすいようで、すっかり樽金の愛用品となっている。
今は工房で材料の工夫と量産する為に生産体制を整えてる所である。
「樽金、米の、貢納の納付期限はどうなってる?」
「はい、金武間切のありまさす北部の二期の米は三月の十五日迄に泊の米蔵に納めることになっております」
帳面をめくりながら樽金が答える。
「琉球中の米が期日までに集まるのか?」
「先島や、大島は遠いゆえ、まだ、期限に猶予がございますが、王府への租税だけでなく、首里や那覇で品物を買うためにも荷が集まります。王府の蔵に二千石、町屋の蔵には約五千石は集結しましょう」
「なぁ、かんジィ。首里城にそんなに米蔵ってあったかな?」
白湯を飲みながら四人の話を聞いてるかんじぃに話振る
「ひょ、ひょ、ひょ。真三郎様、儂はなかなかに首里のお城になぞ登っておりませぬよ。
兄の留守居ばかりで、城の事なら真三郎様の方が詳しいのでは?」
「だよなぁ。俺もまだ子供だったし、御内原からたいして出たことないが、米俵にすると6000俵も入るような倉庫はないはずだか……」
まだまだ子供だろっ!という突っ込みとジト目をがん無視して話を続ける。
「そうですね、大和の戦乱続きの城なら、いざ籠城に備えて大量の食糧を常に蓄えているそうですが、首里のお城は戦乱、籠城を想定したような備えにはなっておらぬはずです」
真牛が結構戦術に詳しいのか思わぬ視点から補足する。
「一度納めた米は、確か直ぐに商人に売り払っておりますよ。
那覇や泊の米商人は納屋(貸し倉庫業者)を兼ねており者も大勢おりますゆえ」
「そうか、納屋かぁ。樽金、かんじぃ!国中の米が那覇や首里に一気に集まると値崩れとかはしないか?」
「ひょ、ひょ、余程大豊作にでも成らない限り値崩れするような事はありませぬよ」
「しかし、今の時期の相場と一期の収穫前だとかなり差があります。特に早い時期に大風が吹くと米の値はかなり高騰しますから」
パチパチと算盤を弾じく樽金。
「よし!輸送はとり止めだ!期限直前に値下がりした米を那覇で買って王府へ納めよ。手間はかかっても金武から運ぶよりは安くつくだろう。
お爺様の残した金を種金に使え!首里屋敷の金は安棟叔父に預けているだろ?」
「しかし、領内で集めた年貢はどうします?各村の地頭屋敷にぞくぞくと集まってるかと、御殿の蔵は精々50石が限度です。ですが麦や、粟、蕎麦といった雑穀の貢もこれからまだ……。
それに万が一でも雨で荷を濡らすと腐ってしまったり、質が悪くなり売値も落ちます」
「ふっ、ふっ、ふっ、三良!蔵ならあるだろ金武に、」
「……あっ!まさか、観音堂の!」
「そうだ!あそこならいっくらでも入るし、大風が吹いても安心してください、入ってます。って感じだろ?
鍾乳洞の中は日差しも入らす、年中涼しいから保管してもさほど不味くはならんだろう」
「ほぅ!」
かんジィが真三郎の思わぬ提案に感嘆の声を洩らす。
「んで、夏前に値段が騰がった時に久米に運んで売り抜ける。
船や馬追いが暇な時だし、質がよければより利も得られよう」
「ひょ、ひょ、ひょ。成程、観音堂の鍾乳洞、それは誠に天然の納屋ですなぁ」
「よし!樽金は、首里の屋敷で早速手筈に取りかかれ、三良とかんじぃは観音堂の整備と搬入だ。鼠の害等に合わぬよう、猫の手配も忘れるなよ」
「はっ!」
「しかし、真三郎様。勘手納の船衆は薪や炭の輸送で忙しく、また安棟様のお膝元ゆえ仕事が減っても時期の問題だと思いますが、馬追い衆は当座の仕事が急に減っては困るののでは?」
「それについては真牛」
「ひょ、ひょ、ひょ、これはウージですなぁ」
「確か冬の今の時期になると甘くなりますが、かなり固くて……甘い物なら多少高くつきますが水飴の方が、」
「いや、この前の間切巡察で汁を搾るのを見ただろ?
小さく茎をきって臼と杵で餅をつくように砕いてから布で絞りその絞り汁を病の赤子に与えておった」
「はい、確かに高熱を発した時に薬代りに与えたりしております」
「いや、そうじゃなくて、やり方が悪い、あれじゃあ効率が悪いし、折角の汁が杵で叩く度に飛んじゃうだろ?
サトウキビは沖縄……じゃなかった、ウージから作れる砂糖は琉球の特産物になる可能性が高いから絞り方をもっと工夫しよう。
量があれば固まりの黒糖に加工して高く売れるはずだ」
疑心暗鬼な表情の四人を無視してつぎつぎと指示をだす。
「冬場の馬は汁を搾るのを手伝ってもらうが、今年は山からの薪の切り出しと、新田の開墾で労賃を払おう。田には向かぬ水の乏しい場所でもウージや雑穀ならいけるだろ?」
「絞り方は、二、三考えがあるので、工房で試作を頼む。これはそうだな、真牛と三良で頼む」
「はっ!畏まりました」
「はぁぁぁ、やっぱり御殿に人手が足りないなぁ」
「ひょ、ひょ、ひょ。真牛、山方の仕事の方はどうじゃ?」
「はっ、冬になりハブが冬眠しましたので領民総出で調査予定です。
櫨、樟、藪肉桂、椨、そして黒檀を増産出来るよう種や苗を集め、喜瀬武原の畑で幼木になるまで育てます」
「うん、その種の選定理由は?」
「はい、櫨は種子から脂、蝋燭が作れます。首里のお城や寺の仏前ぐらいしか使われませんが、高級品ですし、灰汁を丁寧に取ればいざ飢饉になればなんとか食すことも」
「樟は船等の材はもちろん、樟脳が取れ絹服の保管に必須な他、大和の交易船に高く売れるようです」
「肉桂は香辛料、椨は線香として寺院、黒檀は心材は三線の竿、回りの用材も硬く、今試作中の算盤の玉になりそうです」
「うむ、いいぞ!いいぞ!あと、浦添の一枝姉からの情報で、山桃の皮が良い染料になるらしい。実も美味いから桑と一緒に街道沿いに植えたい。あと防風林とこちらも黄色の染料となるフクギもな」
「はい、桑はもちろん選定済みです」
「樽金は米の手配の他、久米や那覇で情報収集を頼む。さぁ忙しくなるぞぉ!」




