第102話 秀吉参上
1577年 天正5年9月17日 近江国 長浜
「ここが長浜の町か……復興しだしているとはいえ焼き討ちで荒れ果てた上京の町よりよっぽど活気があるなぁ」
堅田の穴生兄弟が用立てた石材を運搬する船にて対岸の長浜に渡った真三郎に護衛の真牛、卯屋の大番頭として商人風に誂えた樽金らの一行総勢十名。
「元々淡海の水運に若狭や美濃への馬借などが混じり会う流通の要所、商工業も盛んでして、さらに当初は羽柴様が税を免除すると布告したために小谷だけでなく、佐和山や、堅田、安土等近江各地からも商人や浮民が集まり、減免に留めざるを得なかったほどとか」
歩く真三郎に樽金が仕入れたばかりの豆知識を披露していく。
「おっ、あそこに見える浮き城が船からも見えた羽柴様の長浜城だな」
「北の山頂に聳えていた小谷城を落とし、羽柴様が長浜に入り築城を初め完成したのはつい昨年のこと」
周囲の地形にも油断なく目を光らしていた真牛が高台の城跡に白い山肌を覗かせるヤマトタケルの伝説にも名高い神秘的な霊山をそれぞれ指差す。
「そして右手に見える山が伊吹山だそうです、ただ、川船が入れる姉川の中域あたりに鉄砲の産地国友村があり、警備も厳しくそのまま山に向かうのは難しいそうで」
「穴生衆の手形もあるが、まぁそれよりは長浜城主 羽柴様次第だな。鉄砲の生産の管理も任されているようだし、足を伸ばすのは何時でもできる」
「真三郎様。近江長浜12万石で大名級とはいえ、陪臣ですぞ。琉球国の正使としてですなぁ」
羽柴に様をつける真三郎に樽金が思わず渋面を見せる。
「まぁまぁ。琉球国一国に匹敵する領土だ。織田内府様への取次役としてここはだなぁ」
◆
羽柴藤吉郎秀吉 40歳
尾張中村の百姓の子として生まれ、義父と不仲故に家を飛び出し駿河今川家の家臣松下家を経て故郷尾張の織田信長に仕える。
草履取りから薪奉行、墨俣の一夜城に金ヵ崎の退き口、小谷攻めと数々の逸話に残る大功を上げ続け、ついには北近江浅井家の旧領近江長浜12万石を与えられた織田家中一の出世人、後の太閤豊臣秀吉その人である。
長浜城 奥 秀吉私室
「ううぅー 小一郎ぅー わしゃぁ やってもうたがやぁ」
兄弟二人きりということで尾張弁丸出しの秀吉が反べそをかきながら畳間に転がる。
「あ、兄者ぁ」
「心・配・だらけじゃぁぁ あの猪武者のくそ勝家が上から目線で威張り腐るもんじゃから、ついカァーっとなってぇ」
右手を高々と掲げて心・配・とみえを切り掛けた途端に又も崩れ落ちる。
「し、しかし、兄者。柴田様はともかく敵前逃亡と見なされれば……上様はさぞかしお怒りに……」
「ううっ、そうじゃぁ小一郎ぅ。しかしのぅ播磨の情勢も気になるし、勝家の下について土竜のように次々と湧き出る一揆勢を一つ一つ潰して廻るなんぞぉぉ」
嫌なことを思い出したのか畳を拳で正にもぐら叩きのごとくバンバン叩きつけながら叫び続ける。
織田軍が加賀に入る手前から本願寺の残党に上杉の手の者らが入り込み九十年も百姓の持たる国と言われた所以か、武装した農民らが本願寺の坊官らの密かな指示を受け各地で蜂起を繰り返していたのだ。
先発隊総大将として四万の大軍を預かった柴田勝家ではあったが、北陸方面軍の与力として付けられた前田利家ら府中三人衆は兎も角、既に若狭一国の国持大名で安土城の総普請奉行を勤めながら参陣した丹羽長秀や、伊勢五郡を領しているものの、先年に木津川で毛利水軍に大敗した雪辱を晴らすべく新たな水軍を志摩の九鬼らと密かに編成中の滝川一益は将の格よりもかなり少ない手勢しか引き連れていない。
一方秀吉は中国方面軍大将として姫路の黒田官兵衛を通して御着の小寺家に調略の手を伸ばし、いよいよ播磨入りというところでの急転直下、旗下の全軍を動員しての北陸行きの命、しかも勝家の手伝い合戦である。腐るのもいたしかたなかった。
「何か打つ手は?」
ひとしきり愚痴った秀吉が落ち着きを見せたところで声をかける。
「天祐だがや、小一郎。今更勝家に頭を下げて加賀くんだりまで戻るのは癪じゃ。
じゃが先日、なんとあの松永弾正が本願寺と結んで上様にご謀反。しかも又も許すと上様の御寛恕を伝える使者に立った堺の松井殿を種子島を撃ちかけて追い返したとか。
俺とていきなり首を刎ねられる様なことはないだぎゃぁ。今しばらく大人しゅう長浜で謹慎するしかないが、上手くできりゃあ松永攻めでも下命を受けてひと働き、汚名を晴らして早く播磨に向かわにゃ」
「しかし、上杉攻めに後詰予定でありました信忠様の本軍美濃勢二万が安土におりますし、既に坂本の明智様と勝竜寺の長岡様の先手五千が信貴山城の付城を囲んでおられると」
「ちっ、光秀がおったかぁ」
出番が無くなるかもと舌打ちする。
「竹中様も未だ播磨調略で不在ですし、本願寺だけでなく毛利水軍までもが動けは播磨も……」
長浜に置かれた以降、正式に秀吉の与力として動きだした今孔明、竹中半兵衛。
秀吉の播磨出陣が直前に取り止めになり、ゆらぐ国人領主達を宥め、織田方に引き留める調略を任されていたのだ。
「くぅー、半兵衛がおればなんぞ良い知恵でも……そうじゃ小一郎。長浜の蔵に銭はいかほど残っておる?安土の茶坊主共や、女房衆に賂でも贈って上様のご機嫌をとるか……」
手っ取り早く賄賂工作を思い付く秀吉。
「はぁぁー、長浜の町に城の普請に北陸攻め、その他もろもろと。竹中様に播磨の調略用にもたせる工作資金すらも事欠く有様ですぞ。おかぁも姉上様も奥の庭で畑仕事をしているほどです」
指折り出費リストを数えながらため息をつく小一郎。実際にもっぱら秀吉一家の味噌汁の具に漬け物は長浜城内産、自給自足であった。
「おかぁは兎も角、新たに召し抱えた近江衆に尾張から連れて来た者にはそれなりの扱いをしたからのぅ。くぅー、都と長浜の商人からなんとか借財を、利権はのぅー、背に腹は変えられんか」
いきなり近江長浜に大領を与えられた農民出身の秀吉には頼れる一族がおるはずもなく。妻お寧の実家、木下一族に縁戚の浅野家からすこしでも仕える者を一門扱いで召し抱え、信長の命で下賤な者と心の中では下げずんでいながらも与力として秀吉に付けられた尾藤、神子田らの古参の武将、所謂黄母衣七騎らに高碌を与えて軍の中核とし、さらに浅井の旧臣で野に下っていた内政に秀でた者らを次々に召し出していた。
その中には後の石田三成親子や、秀長の臣となった藤堂高虎もいた。
「殿!よろしいでしょうか?」
「おおっ、なんじゃ、佐吉か。よいぞ!」
「先程、琉球国の商人、卯屋と名乗る商人が貴人らしきお方を連れて殿に面会をと、しかもこのようなものを」
三方に乗せられた包みをほどくと鈍い光を放つ銀子が十貫(1250万円)、明の渡りの薄絹が10反載せられている。
「琉球の?こ、小一郎!これはまさに渡りに船じゃ、卯屋とゆーうたな。どんな要件じゃろうと会う、会うぞ!佐吉!直ぐに奥に、いや、此方から迎えにでるぞ!茶の準備をいたせ!小一郎もついて参れ!」
◆
「おー!よーいらした!琉球国の商人と聞いたが、そちらの御方は?いや、失敬、失敬。ささっ。先ずは奥の書院に、上様より拝領した宇治の銘茶がございますぞ!」
ニカッと満面の笑みで駆け寄った日に焼けた小柄な男が真三郎らを出迎える。
「こ、これはまさか、羽柴様自ら……」
(こ、これが秀吉!まさに人たらし、心・配・御・無・用って感じだなぁ)
◆
「改めてじゃが、儂が長浜の羽柴秀吉じゃ。琉球国の商人があれほどの品を某に進呈とはなにか密かな願でも?しかもそちらの御方は?」
茶室となる書院に案内された真三郎が上座に座り、城門では商人の身なりをして前面に出ていた樽金が次席に座るのを見た秀吉が唐渡りの天目茶碗に茶を点てながら油断なく尋ねる。
「御初にお目にかかります。某、琉球国大金武王子朝公と申します。これは我が臣にて卯屋の大番頭も勤める程にごさいます」
「王子……殿下?」
秀吉の点てる茶筅の動きがピタッと止まる。
「琉球は遥か南海の果て。大和でいうと10万石にも満たない小国にございます。某などたかが二千石程の采地にて北近江長浜12万石の羽柴様に殿下などと」
「では、金武殿。でよろしいか?早速じゃが、率直に言おう。わざわざ遥か琉球から、王子ともあろう御方が、しかも某の居城に密かに参った理由に、あの賂の品は?」
半東役であろうか、真三郎達を取り次いだうっすら紅に化粧をしている長身の美童が茶碗を天目台にのせて客席に運ぶ。
(あれっ?先程のでかい小姓?秀吉はそっち系はないって話のはずなんだけど……)
「あっ、はい、是非とも安土の織田内府様への取り次ぎをお願いしたく。並みいる織田家中の諸将の中から羽柴様を」
「それはうれしいが……」
末席に座る秀長にやや困った表情で目を向ける。
「某もニ月は都に居り、安土に入る機会を伺っておりました。加賀能登での話は既に聞き及んでおります。
それ故の好機と長浜に参りました。あれだけではございません」
北伐中の離陣騒ぎは承知の上と言葉を遮り、脇の壺の中から黒い塊を懐紙の上に並べる。
「これは?」
「これは琉球特産の黒砂糖にございます。信長さ……上様は甘味がお好きとか、若い小姓や女房衆もことの他よろこばれましょう」
毒味とばかりに真三郎、樽金もまずは一摘を口にいれ、受け取った小姓が秀吉らにも懐紙ごと差し出す。
「これがとりあえず百斤(60㎏)程。更に差し上げる訳には行きませんが、交易用に持ち込んだ黒砂糖に南海の珍しき産物や資金。堺にあります銅銭で五千貫文程(1億5千万円)は御貸しできますし、もちろん、上様へお目通りの際の献上品も別に用意しております」
信長が堺の会合衆に二万貫の矢銭を要求したのが九年前の永禄11年の1568年。明から大量の銅銭が流入し十年間でその価値が減したとはいえ商工業を保護する織田政権下で貨幣経済が拡大したこともあり今でも莫大な金額である。
もちろん、明船の船底に積む重石として格安で琉球に入る銅銭は大和まで運べば数倍の値で捌ける目玉商品でもあった。
「兄じ、秀吉様!」
「おおっと、すまんすまん。余りの話につい儂としたことが、こやつは弟の小一郎秀長じゃ」
余りの旨い話に虚をつかれた秀吉が同席する秀長を改めて紹介する。
「これは秀長様。よしなにお願いいたします」
(有名な秀吉の弟……似てない、な。いやでも確か天下の調整役とかそんな異名だったかなぁ?うん、内政値高そうだ。)
「失礼ながら金武王子殿下。殿下がわざわざ大和まで参られた真の目的は?」
秀吉にかわり、茶を啜る真三郎に鋭く切り込んでくる。
「金武か、朝公とでも。率直に申しますと、琉球は米もとれず、大風に旱と貧しい土地。故に大和と明、南蛮を結ぶ南海交易、商いで成り立っております。
しかしながら薩摩大隅日向の三州を手中に治めた島津が琉球に交易で渡る博多や堺の船に自らの朱印状を求めだしており、更に琉球に対して綾舟(貢ぎ物を贈る船)の派遣を求める等高圧的な態度で臨んでおります」
「ふむぅ」
「都に着いた際に既に不首尾に終わったと聞いたのですが、内府様の意向を受け先の関白近衛様が対毛利包囲の為にに豊後の大友、阿蘇の相良、日向の伊東の調停を図っておられたとか」
「うむ、対毛利の先陣は俺だ、その策は聞いておる」
薩摩に下向した近衛前久ではあったが、近衛家と縁の深い島津よりの調停案を繰り返した為に圧迫を受けていた相良、伊東の両家が先の関白の威光といえどホイホイ応じる訳がなく、却って豊後の大友家に頼るという始末となっていた。
その結果、九州探題を自称していた修羅の国の戦国大名大友義鎮(後の宗麟)の目は南に向かう。背後を脅かされることのなくなった毛利の手は秀吉の狙う播磨に伸びだしていた。
「その際に薩摩の島津に対琉球の優先権や、交易の制限等の朱印が出されぬよう、事前に琉球が直接織田様に意を通じる必要があり大和に某が。もちろん京の朝廷にも現関白二条様を通して既に働きかけております」
「薩摩の……」
「二条様……」
真三郎の独白にしばし考え込む羽柴兄弟
「……上様は約を違えぬ御方。日の本以外の異国が遠路恭順を示す為に参ったとあらば、まず喜ばれよう、ふむぅ」
「して、朝公殿は京のどちらに?」
「琉球から帰依するものが多く、我が学問の師が大和に参禅し、前堂主座として勤めておられる洛北の大徳寺の一宇を借りております」
「大徳寺、茶禅の……うむぅ、悪くはないなぁ。小一、秀長!例の……お犬様と左京大夫様の婚礼の準備はいかに?」
「お犬様の?能登攻めで中断しておりますが、屏風や内掛け等結納品の手配は京や堺の商人を通して既に安土の屋敷に」
来客中に主家の内輪話をいきなり振る兄に真三郎らをチラ見しながらも内務を支える秀長が適切に答える。
「……朝公殿。今は大軍を抱え、作事途中の安土城で上様にお目通りするのは難しい。だか、上様の妹君であらせるお犬の方、織田家と菅領細川京兆家の婚礼の席とあらば妹思いの上様のこと、必ずや山城に赴くことになろう」
「北陸上杉の情勢に大和の松永、大坂の本願寺。上様が安土から離れましょうか?」
「心・配・御・無・用!だからなのじゃ。此度の松永の件も含め、背後には恐らく備後の大樹(室町将軍足利義昭)がおろう。関東菅領の名目に拘る上杉にとって菅領の義兄の立場は役に立つ。丹波の旧幕臣達にとっても山城に丹波の守護でもある京兆様なら降りやすかろう」
秀吉らしく目力鋭く一石数鳥の効果を断言する。
「なるほど!」
「朝公殿には客人として参列いただいて、そう、何か琉球の珍しき趣向でもいたせば珍しき物がお好きな上様じゃ直ぐにお声がかかろう。及ばずながら口添えいたしますぞ!」
「ほう!婚礼の席!あります!お任せください!それに大徳寺の古渓様より室町の有識故事に大変詳しいというお方を京滞在中の指南役としてご照会いただけることにもなっております。是非宴のお手伝いも」
「ちょ、朝公様!」
真三郎の何か企んだ様な怪しげな笑みに米神をぐりぐり押さえる樽金が場の空気を読みながらも袖を引く。
「金武殿。あの、た、大変申し訳ございませんが、婚礼の費用として銭を二百貫文ばかりお借りしても」
「あはは、二百でも五百だろうと、もちろんお任せを!秀長殿。して、細川京兆様の婚礼の儀はどちらで?」
「山城の守護所、宇治の槙島城じゃ!うむ、佐吉、いや、三成!御前は秀長と共に婚礼の仕度を手伝え。平馬(大谷吉継)、虎之介(加藤清正)らは安土に付け届けじゃ。さぁ忙しくなるぞ!!」
(さ、佐吉?ってことは、石田ミッツナリーィ?)
秀長の影が薄い?




