第98話 本願寺
行くよ鶯、平安京。桓武天皇が山背の地に都を遷してはや800年。長安の都を模倣した壮大な都市計画は財政難から中途で頓挫したものの、現在まで続く碁盤目状の美しい町並みにその面影を残している。
その都に向かう琉球使節団
「琉球王子殿下!あの輿にお乗りなのでは?」
荷駄の列に続く空の御轎を運ぶ人足達に目を向けた油屋紹佐が同じく騎乗する真三郎に怪訝な表情で尋ねる。
「うーん、あれか。あれは御主より国王代理格の象徴として賜ったものだが、大和の風習で無礼扱いされると面倒だ。京の都で誰か有識故事にでも詳しい公家か僧に問題ないか確認するまで一旦封印だなぁ」
堺での事務仕事を樽金にまるっとぶん投げてきた真三郎一行、護衛役に新たに加わった熊野の三羽烏を含めて二十三名。半数は船の管理と支店準備の為に残さざるを得なかったが、堺で雇った人足に道中の護衛役。同行する油屋の大番頭紹佐その他の京に向かう商人らも含めた総勢200人もの規模の集団を作り京に向っていた。
◆
「真三郎様、天王寺砦を預かる守将が是非一目お目にかかり、一献差し上げたいとあります」
土煙を立てて文字通り駆け寄ってきた旗指物を差した騎馬武者。差し出した書状を三良が代わって受け取り中を改める。
「天王寺砦?というか、俺を御指名?って、誰が?どこから情報が漏れたのか?」
「ああ、天王寺砦は織田様が大坂本願寺を囲む為に塙直政殿に命じて造られた付城のひとつ、今の守将は堺に縁の深い松永霜台(弾正の唐名)様。恐らくその辺りから注進が及んだのでは?」
紹佐が軽く首をひねり、ポンと手を叩いたかと思うと情報の流出源を想定してみせる。堺の港に停泊してるガレオン型の信天号に博多でならともかく、ここ堺ではもの珍しい琉球の艤装を施した告天三号。それにも増して町に持ち込まれた琉球の産物に卯屋支店開設の動き、そしてなにより宿院頓宮の大祓の屋台で供した肉包の評判といい噂が漏れるのは必然であった。
「松永…霜台って?まさか!」
見る間に青ざめる真三郎。
「はい、日ノ本の副王とまで称されました三好長慶様の懐刀、恐ろしいまでの才人で今や織田様の覚えもよき方ですよ。三好縁の油屋も昔から世話になっております。どうです?渡辺津までは後二里程、少々寄るぐらいでしたら日もまだ高いですしお時間もありますが」
いやに松永を持ち上げてみせる紹佐
「い、いや、松永って……琉球には確か時の大樹(将軍足利義輝)を弑いたとか、奈良は東大寺の大仏様を焼いたとか……良からぬ噂が、ちょっと、それは」
(うわぁぁ、めちゃ有名人来たけど、近寄って自爆テロに巻き込まれるのは御免っすよ!ひぇーー!)
みるみる青ざめる真三郎。演技ではなく正にガクブル状態。
「ど、同行する商人達も大勢おるし、慣れぬ大和路。この後は淀川を上る初めての船旅も控えておる。ま、先ずは早めに渡辺津の船宿で休み、京の都向けて英気を養いたいので、此度は残念ではあるがご遠慮申し上げると、いいな!」
騎馬武者への伝言を三良に任せて借り物の馬を進める真三郎。
「ふぅ、全く大和も物騒だぁ」
◆
高いところでも標高30m弱、小高い木々に覆われた上町台地の西側、琉球ではありえないほど平坦な道をゆっくりと進む真三郎一行。もう後半里程で淀川の河口に位置し、瀬戸内を進む海の船と京を結ぶ川船が荷の積み下ろしを行う接合地点の港、今宵の船宿となる渡辺津に差し掛かろうととした時。
「真三郎様!!!」
不意に真牛の鋭い声が係り、真三郎の騎乗する馬の手綱を押さえて周囲に警戒の声を上げる。
いつの間にか、真牛の拳には蹄鉄を加工した宝具難駆流が嵌められている。
ピヨピヨピーヨ!ピヨピヨピーヨ!ピヨピヨピーヨ!!!
騎乗する真三郎の後を生まれたばかりの雛とも思えぬ速さでトコトコ追いかけて来た茶胡坊、居呂ちゃん、現実様の三匹が警戒音らしき鳴き声を立てる。
「ん?どうした?お前ら」
「お、王子様!囲まれてる!!」
真牛の反対側に近寄った飛蓮が竿を解きながらそっと囁く。
慌てて三良も真三郎より預かっていた火縄銃を袋から取り出し手に取るが、当然火は点いていない。
「わっ!あれは本願寺の?」
「えっ!なんで、ここは中立地帯、堺の商人の旗に、御用の指物を建てて 」
「まさか荷を狙って?」
「ひぃー!」
「い、命ばかりは」
叢から湧き出るように道の前方を塞ぐ百ばかりではあるが完全武装した僧兵。背後も同じく、さらに台地側には弓をもった姿が垣間見える。
「琉球からの使節!王子朝公様ですな!御無礼致しました。本願寺十一世宗主 顕如様が是非御目通り願いたいと思し召しです。まさか御断りしますまい」
ドン!ドン!! ドン!ドン!! ドン!ドン!!
周囲を取り囲む僧兵達、掲げる剥き出しの刃が煌めく薙刀の石突きで一斉に大地を踏みしめるかのように叩く。
(ひぃー薙刀ドンドン キターーーァー!)
「真三郎様、ここは」
二百の連れの大半は荷運びの人足に方角が同じだけの商人、抵抗のしようがないのは明らかである。
「し、仕方あるまい。真牛、こ、ここは控えよ、仮にも御仏に使えし者、そう無体なことにはなるまい……」
(ヤバッ、こ、これは下帯ちょびっと濡らしたかも……)
◆
大坂本願寺
上町台地の北の端、淀川と大和川の合流地点の要地、大化の改新が起きたはるか古に難波宮がその偉容を誇った地に明応五年、西暦でいうと1496年に八世宗主蓮如が坊舎を置いたのが始まりである。
その地は仏の加護で資材に適した石材が不思議と産出したというが、おそらく難波宮の建材もしくは古墳の表面を覆っていた玉石だろう。
その得られた石材で総石垣の扉御門が完成したのが翌、明応六年、以来数多くの坊舎が作られ、堀や土塁、やがては総構えとなる寺地内に十の寺町を抱える難攻不落の城塞都市と化していた。
「ふーぅ、まさか行き成りこんな羽目になろうとは、しかし何の目的だろう?」
剃り上げた頭以外、どうみても僧には見えない筋肉隆々の男達に拉致られ、軟禁状態となった宿坊の中。待遇は良さげで隅々まで清潔に清められた畳間の方丈であり、荷もすべて僧兵達が室内に運び入れてくれている。
「本願寺は織田と長年争っておると聞きました。小康状態にあったとは言え、再燃したのでは?」
三良が堺で仕入たばかりの知識で情勢を分析してみる。
「でもよ、琉球の使節団と知っての狼藉だせ」
飛蓮がまともな意見をぶつける。
「では、交易目的か?南蛮より硝石や鉛を琉球経由で手に入れようとか」
とりあえず武装解除されなかった真牛が両手に嵌めた難駆琉をかち合わせなかわら考え込む。
「いや、琉球は南蛮人とは直接交易しておらんし、明国も硝石や玉薬を琉球に輸出したがらん。あるとすれば、そうだなぁ鉛……しかしそれもマラッカ王国との交易は既に途絶えておるし」
答えが出ない問題に樽金がここにいないことであっさり考え込むのを放棄する真三郎。
「まぁいい。ここは三羽烏!お前らの腕の見せ所だ。ドロンと一発ぶちかましてくれ!」
早速真三郎が熊野で旗下に置いた三人を手招く。
「「「えっ?いや、こんな処で何を?」」」
きょとんと顔を見合わせる三人
「いや、だってこう、蝦蟇を召還したり、火を吹いたり、そうそう分身の術や、変わり身の術とかお色気の術がいいかなぁ」
真三郎がウキウキした期待を込めた目で三人を見詰め、持ち上げてみせる。
「「………へっ?俺らそんな事できないっすよ!」」
「……いや、だって忍なんだろ?臨北投西白發中とか?」
怪しい手つきで印らしき手型を取りチャクラを回そうとする真三郎、どう見てもその手は麻雀をツモにあがっているようにしか見えない。真三郎の黒歴史がまた一頁刻まれた瞬間である。
「もしかして、それは九字の事ですか?あれは集中力や気合を高める呪で、修験道や神道で使われるものですが、」
こめかみを押さえる月烏が呆れた様子で期待に満ち溢れた真三郎に苦言を呈する。
「俺は高いところに飛んだり、飛び降りたりできるので、早く山道を走ったりぃ」
翔烏がぴょんと鴨居にまで飛び乗ってみせる。確かに凄いが消える訳ではない。
「御師と一緒に村を巡って市で薬の効き目のサクラをしたりとか」
明らかに詐欺師の片鱗を臭わせる発言の月烏
「いちおー間者働きなら……」
着ている白い小者用の衣にいきなり《仏魂》と墨書した影烏がどう見ても挙動不審なまま坊舎の外に出ようとするのを慌てて飛蓮が取り押さえる。
「そ、そんなの聞いてないってばよ!」
がっかり忍者……修験者の真実にすっかりうなだれる真三郎ORZ。
コンコン!
「失礼いたします。琉球王子様、と側近の方々、宗主様の夜の勤行が終わりましたので御影堂に案内いたします」
いつの間にか境内中に地響きのように響いていた「南無阿弥陀仏」の名号の唱和が止み、カツンカツンと食事の合図を知らせる魚板を叩く音が大伽藍のあちこちから鳴りだす。
◆
「「本願寺十一世宗主、顕如様!御出座ー!」」
グワーン!
真牛と三良のみが側近として付き従うことが許された状態で大坂本願寺の中心のひとつ、開祖親鸞上人の木像が安置された普段は開示されることのない内陣を中心とする御影堂に案内されていた。
本願寺は寺の中心に金堂や、本堂と呼ばれる本尊を祀った堂がただあるのではなく、本尊である阿弥陀如来を祀った本堂と、開祖親鸞上人を祀った御影堂の二つのお堂が並び、廊下で繋がれた独特の形状をなしている。
「南無阿弥ぃーーぃ!」
「「「南無阿弥ぃーーぃ!」」」
金糸銀糸をふんだんに使った豪華絢爛たる法親王裘代五條袈裟姿。先の関白内大臣九条稙通の猶子にして法印大僧正、准三宮(三宮 、太皇太后,皇太后,皇后 に准じた待遇を許された者)である本願寺の宗主に許された法衣である。
その絢爛たる法衣を身に纏い阿弥陀仏が説教をする際に取るという仏の印相の一つである刀印。本来は下げた左手の人差し指と中指を伸ばし、他の指を曲げるが上げた刀印を左右に大きく降る顕如。
「もー!どんだけーーぇ!琉球の王子殿下よー!丁重に扱えっていったのにぃー!」
本願寺光佐 号して顕如 わずか11歳にして父証如の門跡を継ぎ、加賀能登、摂津、伊勢、三河、安芸に一向一揆の勢力圏を築き、甲斐の故武田信玄とは互いの正室を通して義理の兄弟。戦国乱世の世にその宗門の絶世期を築きあげた希代のカリスマ 時に34歳
「 」
「え、えーと……一向宗 (いっこうしゅう)?」
目をぱちくりさせた真三郎がやっと声にできた一言。
「もーどんだけーーぇ!一向は差別的ぃー!浄土真宗って読んでぇー」
浄土真宗と自らは名乗っているが、親鸞の師である法然の浄土宗。これを越える真なる教えと名乗ったことで周囲に多くの敵を作ってしまった本願寺。
三河の一向一揆に長年苦しめられた徳川宗家、江戸幕府は知恩院を代表とする浄土宗徒であり、豊臣時代にその牙を徹底的に抜かれた本願寺に布教は許したものの常に一向宗として扱い真の名を冠することを決して許さず、明治の世になってやっと真宗と名乗ることがゆるされ、戦後になって初めて浄土真宗と名乗れるようになったのである。
「し、失礼おば、り、琉球、国元では禅と真言宗ぐらいしか……えと、それに此度は琉球国王の正使として京の都に、大和の争い事に関わるわけには…」
「んーもー羽交い絞めぇー!そうじゃないのよ。私が用があるのは琉球の産物よ!商売の話よ!」
「く、薬はありますが、玉薬や、硝石などはちょっと……ああ、琉球櫨の蝋燭なら、寺には必……」
滴る汗を拭う間もなく説明する真三郎。
「キャー、玉薬だなんでおごとー!
私が欲しいのはね、化粧品。化粧品聞いてるわよぉ!最上の胡粉に琉球の真珠粉末を入れた白粉(ファンデーション)に紅と蜜蝋を練り、さらに真珠粉末で煌めきと艶を与える脂紅。普通の香とはまた違う琉球穢捨に使う精油や泥湿布(クチャの泥パック)。南国の花の香り付き石鹸とやらもあるそうねぇ、もーー全部でいかほどーー!!」
京の都で公家相手に販売予定の美容品の数々に何故か三点も作った甲・乙・丙・丁・戊・己、己型の鯨髭で作られた乳当て、申し訳程度に仏壇に添える蝋燭をひと箱お買い上げになられた顕如様は上機嫌で翌朝、渡辺津まで屈強な僧兵達に見送らせたのであった。
そうやすやすと都に着かないっすね。
前回炎上しなかったとはいえ、流石に今回の顕如様はやり過ぎたかな?
フィクションですので浄土真宗の方、ごめんなさい。




