第7話 三方叙任
隆慶元年5月、真三郎七歳
琉球は大和より一足も二足も早く梅雨も明け太陽カンカン!
待ちに待った夏本番、そして、そろそろ大風気配漂う災害の季節でもある。
第一回金武間切振興会議から一ヵ月、真三郎達が金武に来て早二ヶ月が経っていた。
「…で、竈の普及はどうだ?実際の所、効果はでてるのかな?」
「はい、領内約1700戸のほぼ全ての家に整備されつつあります。各村で、二、三個実際に使って見せましたら瞬く間に広まりました。
材料となる赤土に粘土、石は直ぐに何処でも容易に手に入りますし、使ってみてひびがはいっても簡単に修復できてしまいますから」
「大屋子、地主の家や、比較的裕福な家庭では応用で二連や、三連の竈も作られております」
「安棟様の羽地だけでなく、噂を聞いた読谷や、名護からも作り方を教えて欲しいと民がまいるようです」
真牛、三良、樽金の順に報告があがる。
「別に金武だけの工夫ではない。間切にこだわらず、国中に拡げる為に、丁寧に教えるようにな!」
「えーと次に、千歯こきの製造状況は?」
「流石にやはり鉄の櫛歯は使えませんでしたが、安李様が手配した大工の工夫でより強固なものができました。
春の粟の収穫には間に合にあいませんでしたが、二期作目の米や麦の収穫前に50台程、各村に4、5台は設置できましょう」
「ただ……」
浮かない顔をした三良が珍しくいい澱む。
「ん?何だ三良、らしくないなぁ」
「いえ、千歯こきは確かに便利ですが、農閑期や、男手の少ない家や、力のないオバァらにとってはこき箸による脱穀は座り仕事で手間賃になる仕事でして……」
「うーん。大丈夫だ、安心しろ、手間賃となるよう苧麻を植えて、糸をつくり、布を織らせる、手間賃替わりになるよう仕事は御殿でもとう。
苧麻は年に四、五回は収穫できるし、葉は山羊のエサとなる」
「佇麻にございますか?」
「ああ、それにな、苧麻で織った上布は丹念に砧を叩けば美しい光沢に、滑らかで着心地もよく、夏場でも涼しいから大和に高く売れるらしいぞ」
真三郎が長持ちの中からひんやり艶やかな佇麻織の反物を取り出して場に広げる。
「良い糸や、布を織れる者にはさらに手間賃を弾む!それから糸芭蕉や、桑も植える。苧麻より時間はかかるが良い糸がとれるようし、養蚕は一枝姐様の浦添では行われてるらしいから技術を教えてもらおう。これが所謂重商政策ってやつだ!」
「成る程、佇麻や糸芭蕉から糸を紡ぐのは繊細な女の出来事。高価な反物はかなりの利になりましょう」
「だろっ?浦添御殿の曲輪のあちこちにも桑が植えられていてな、恩徳のおやつ用かと思ったら一枝姐自ら蚕を飼ってその世話をしているとか」
絹織物の材料となる生糸は明から大和への輸出品で琉球は進貢船で手に入れた陶磁器や薬種と共にその交易マージンで利を得ていた。
一方、大和では江戸時代になると益々高価な絹織物の需要が高まる。やがて莫大な金銀の流出という貿易赤字を解消するための国産化が推し進められる。
明治になって世界遺産となった富岡製糸場等に近代化、技術革新が進み、日本産の絹が世界を包むのだか、当時の絹はやっぱり中国産が質、量ともに格段であった。
「樽金!ラボ……、工房の準備はどうだ?」
「はぁ、真三郎様たっての希望でしたし、安棟様からの前借金、後、実は安桓様から私金までもを頂きまして、鍋や釜、その他要望のあり、某に手配出きるだけの工具や材料を取り揃えております。
それと安棟様が文子の中から手先の器用な者や職人に興味がある者を中心に人手も選抜しております」
「真三郎様、あそこでは何をなさるので?」
真牛に三良も最優先で増設された不思議な小屋について訊ねてくる。
「あれはな、金儲けの為の実験用だ。チート知識を実、いや、首里城の書庫で明だったか、大和だったか、南蛮だったかなぁ?
兎に角、役に立ちそうな書物をちょっと見たことがあってだな。なんて本だったか名前は忘れたが。
まぁ、なんにせよ何れ琉球でも同じ事が出来ないか考えていたので、その工夫を試したりするところね、お前らも研究員だからな!」
三人が怪訝なようすで顔をみあわせる。
「はぁ、具体的には何を?」
「そうだな。先ず、農業、【千歯こき】は実際に役立ちそうだろ?水車を利用して灌漑と言いたいところだけど、ちょっと予算が足りないし、新田開発に開墾して田畑を増やすことも簡単じゃない。
今の所は第二弾として【とうみ】って奴を作ろうかと、イメ……図面はこーんな感じね。
こう取っ手をぐるぐる回して風を起こして脱穀した玄米と籾がらを簡単に選別するわけ。試作は……そうだな、三良!お前に決めたっ!っー訳で三良を御殿に設ける新たな役職、農方に任命する。大工と手先の器用な者を使って、とうみの試作と千歯こきの増産を命じる。他に領内での作物の栽培状況を把握しろ!農業は国の基本だぞ、頼んだぞ三良!」
「はっ!」
国の統治のなる基本である農業の担当を拝命した三良があわてて平伏する。
「次は、真牛、山方に任ずる」
「真三郎様!某は、真三郎様の護衛のお役目が、」
真牛が、あわてて止めようとする。
「いや、御殿の外に巡回や、首里に出掛ける時は護衛を頼むが、 中で執務する時には別仕事でもしてもらわないと……信頼できる者が増えれば任せるが、今はお前達に頼むしかない。
それに、山方は、竈の普及で薪や柴の採取が減るが、山に乏しい島尻に売る量は増やす予定だ。それ以外に、治水目的もあるが、高く売れそうな材や、薬効等のある草木を増やしたい。
何が良いかはこれからだし、今は夏だ、本番は冬だから苗や実を集める準備と苗畑の確保を頼む」
真三郎が頭を下げると、護衛役の兼務というこで安心した真牛も慌てて平伏する。
「はっ」
「樽金は蔵方だ、かんじぃと共に、王府への租税分の勘定を任せる。
それから重要なのが、久米唐営からの仕入担当だな。明の進んだ技術や産物だけでなく、大和等に売れそうな物、国内で作れそうな物を調べることを頼む。
で、だ。先ず優先すべき特命として、明から芋を探しだして欲しい!」
「芋……にございますか?里芋や、田芋なら既にございますが?確か昨日の夕膳にも煮付けが……」
昨日の夕飯のおかずすら忘れたかと怪訝な顔の樽金。
「いや、芋は芋でも別の品種だ。なんでも明には干魃や痩せた土地でもよく育ち、種芋ではなく伸びた蔓からいくらでも増やせる芋がある……らしい」
「らしい?」
「そ、そのようなものが、」
「うー南蛮の方だったかもしれないが、珍しい植物を明や、アユタヤ等から仕入れて欲しい。特に南蛮人が、持ち込む珍しい植物は必ず!」
福州(福建省)のサツマイモが野国総官により琉球へ伝わるのは1605年、栽培に成功し、琉球五偉人の一人で殖産家の儀間真常により木綿や黒砂糖の製法と共に広がるにはさらに年月を要す。
ここが沖縄と気づくも未だサツマイモが伝来していないことを知りがっかりしていた真三郎。と、なれば後世の偉人の手柄を簡単に先取りすることに相成ったのである。
「父の伝も使いまして、久米や、倭寇の商人に当たりましょう。来年には進貢船が出ますので、資金を貯めれば、船員に頼むこともできましょう。それに実は兄が福州の柔遠駅(琉球館)におりますれば真三郎様のお役にも」
「うむ、迷惑をかけぬ程度で構わぬから頼むぞ。
よし、それからこの算盤だが……」
「はい、算木を使わず計算ができ、大変便利です。なんでも三国志の英雄の商売の神である関羽様が発明したらしく、久米でも廟がつくられております」
樽金が明から持ち込まれた彫刻等も掘られた愛用の算盤を懐から取り出すやカチャカチャと鳴らしてみせびらかす。
「そ、そうか。だが樽金、これはでかいし、五の玉が二つ、一の玉が五つでは、桁の繰り上がりとか計算しにくくないか?」
「いえ、特に。これ程便利なものはないですよ」
「うーん……えーと五の玉を一つ、一の玉を四つ、玉を小さく弾きやすい菱形の算盤に改良したいのだが」
「三良のところの大工に試作品を作らせて見るので樽金も試して欲しい。上手くできれば、普及する。はずだ」
「真三郎様がおっしゃるなら試してみますが、」
「三良、こっち、の試作品も頼むぞ。」
(竈がないのはびっくりだったけど、千歯こきととうみはチート定番の作品として、後は何かな?生産力をあげるに灌漑はよく解らないし初期投資がなぁ 水車とかで発電……は無理か。
米が二期作なのはびっくりしたけど、倍採れるのはなかなか。後はサツマイモかジャガイモがあるかだな。
そうそう、今西暦で何年なのか、サツマイモといえば薩摩の島津に攻められる前になんとかできるかだよなぁ)
徐々に真三郎の内政が始まろうとしていた。




