入れ替えられた身柄
8 身代わり
修道女と、ココットに瓜二つの女性シャロットは、数日間平穏な日々を過ごした。 無論地下のココットをコケにしたりしながらだったが。
シャロットは修道女達の話しを聞きながら、彼女等も落とし入れる方法はないものかと画策していた。
七年、ココットの受けた仕打ちより軽いとは言え、人間以下の生活には変わりなかった。シャロットは全てが憎かった。
七年前、見つけた自分にそっくりな少女。 多少の意地悪をしたり、我侭を言っても聞いてくれた存在がココットだったと知って、シャロットは罪の意識に苛まれた。
それも父だった男爵が、自らココットを幽閉したと聞いた時は驚きのあまり声も出なかった。 こんな不当な扱いを受けていれば、当時のシャロットの我侭などそよ風が頬を撫でる程度だろうと確信した。 それほどココットに対する扱いを聞いていると感じられた。
さて、どうするかな…?
まずは北領の領主から、北領騎士団が捜索に来るだろう。そして頃合を見計らって、ふらふらと歩いている自分を発見させる。 そして王城からの向えと共に城内に潜入する。
シャロットの計画はそうだった。
その為にも待つ努力というものが、今のシャロットには必要だった。 ココットを探しに来るはずの人物を待ち、ココットに成りすまして首都グレグナで考えて、考えて練った計画を実行させるには、忍耐を覚えなければならなかった。
シャロットは室内の修道女達が、和気藹々としているのを尻目に、そっと室内からでて礼拝堂に行った。
普通の家庭の、居間のような食堂から抜け出し、廊下を歩いて礼拝堂に繋がるドアを開ける。 その通路が唯一教会と修道院の食堂を繋ぐ通路だった。
礼拝堂の教壇を真中に、左右に長椅子が列をなしている。 そのうちの教壇側から左手の、二つ目の長椅子をシャロットは動かした。
そして組み合わされた床板を順番通りに外す。 右、左、真中、右、真中、左と。
すると鉄の取っ手のついた板が出てくる。それを開けると、中に日が差し、本物のココットが眩しそうに顔を手で覆うのが見えた。
「どう? ココット? そこの居心地は? アンタが十年暮してた場所よ。 最も、つい最近までは私がアンタの身代わりとして、そこに押し込められていたんだけどね」
シャロットは相手をいたぶる事に快感を覚えていた。 ココットは痛めつけられるだけ、痛めつけられて、ぼろ雑巾のようになっていた。 ただその美しい顔をのぞいては。
「そんなに私が憎いのシャロット? そんなに私に復讐がしたかったの?」
毛布を羽織り、かつての自分がしていたように凍えながら、ココットは悲しげな瞳でシャロットを見詰めた。
「そうよ。 私は憎かった。 突然わけも知らされず、白いドレス一枚でこの寒い地下牢に入れられた日の事を。
私は絶対忘れない! あんたに分かる? 煌びやかな宝石やドレス、暖かな食事を一瞬で奪われた私の気持ちが! わかるわけないわよね? あんたはそんな事さえ知らずに、王城で幸せな日々を送ってきたんだから」
ココットと同じアーモンドのような茶色の瞳が、憎悪と嘲笑ですっと細くなった。
「私は…今の私ならわかるわ。 父さんも、母さんも、兄さんまでいてくれた暖かな家庭。 それを奪われたらどう思うか、今の私になら分かる」
ココットが声にするたび、白い吐息が紡がれた。 ココットは震えながら、今日と言う日をまた暗い地下室で終えるのだろう。
シャロットはそう考えて少し憐れみすら覚えた。 自分がした事とは言え、ココットに復讐するのは間違っている。 シャロットは今更ながらにそう感じた。
この数日間の尋問で、ココットが王城にいて、第二王女の世話をしていた事や、どうやらここでの過去の生活の記憶を全て忘れていると判断した。
「私はあんたに成りすまして首都で生きるのよ。 あんたは一生この暗い地下室で暮すのよ。 永遠にね! それじゃ、さよなら」
シャロットは逆の順番を正しく行い、地下を暗闇に戻した。 ドアを閉めるとき、ココットが出してと喚くのが聞こえたが、シャロットは知らない振りを決め込んで、食堂に戻った。
シャロットの立てた筋書きはこうだ。 北の街エレミカ観光に来ていたココットは、誰もが近寄らない森の奥深くに行き、そこで気を失った。 たまたま近くにあった教会の修道女に助けられ、体調が戻るまで静養する。 そしてエレミカまで送られたところを、宿で保護され、迎えの人と一緒に帰るという算段だ。
しかしそう簡単にいくであろうか?
まぁ侍女の養女として育ったココットではあるが、一応この国の王妃が王城まで連れていった子供である。 そう無碍にもしないだろうし、王妃や第二王女ハーネストのお気に入りだと聞いていた。
それにココットは一度記憶を全て消してしまっていた事がある。
心理面が不安定なココットが、その不安から記憶をまた消したとしても、別段大して不思議ではないし、そんな風に消した記憶であれば、誰も傷つけまいと深入りはしないであろう。
シャロットは修道女たちの話を聞き、笑っていながらも、心の中で馬鹿にし、軽蔑していた。
なぜなら今までいなくなったココットの変わりに、虐げてきたシャロットが自分たちに復讐するとは、微塵も考えていないから。
シャロットのモットーは、『目には目を、歯には歯を』である。
ココットのせいでこんな場所に押し込められたとは言え、シャロットを拘束していたのは実質修道女だ。
修道女達にも、罰は受けてもらわねばなるまい。
修道女達はまるで掌を返したように、いろんな事をべらべらとよくしゃべった。
例えばココットがここに幽閉されていた理由。
シャロットの父は好色な事で名が通っていた。 そして屋敷で働いていた侍女、ココットの母親に手を出し、その末にココットが生まれた。
ただの愛人であれば、まあマシであった。
哀れむべきは『魔女狩りを行ない、世襲でそれを引き継いできた北部の領主』と、『ココットの実母は、狩られるべき魔女として生まれていた』という関係性である。
つまりシャロットと、ココットは異母姉妹。
そしてココットが逃げた後、魔女を取り逃がしたという失態を取り繕うために、修道女たちは北部領主にココットに良く似ているシャロットの身柄を求めた。
それも汚い手段を使い、シャロットの父親を疑心暗鬼に駆り立てさせて、自分から檻の中に放りこませるというようなやり方である。
シャロットの母親も恋多き夫に愛想を尽かし、他の男性に一時の慰めを求めたこともあった。
しかしその恋は、シャロットが生まれる三年前のことであり。
それ以外に男性との交流はなく、間違いなくシャロットは領主の子であるにも関わらず、諫言したのである。
曰く、「夫を裏切るような阿婆擦れの言葉が、本当に信じられるか?」と。
いくら母親が弁明しても、シャロットの父親は聞かなかった。
その方が、都合がいいからである。
シャロットがここで暮らしたのは、七年。 その間シャロットは南部地方で病弱な体の静養。 ということで世間を誤魔化しているらしい。
望むものも、待遇もあれよりもましであったが、こんなところでそう何年も耐えられるものではなく、シャロットは何度も脱走を図った。 その度に連れ戻されて、罰を与えられるのは屈辱以外の何物でもなかった。 最初はここに閉じ込められた復讐をするつもりで、ココットに辛くあたっていた。
やっと憎しみをぶつけられる相手が見つかったのだ。
それは仕方がないこととして、シャロットは修道女達がココットに過去行なった事のほとんどを聞いて、肌が怒りに泡だった。
シャロットはこの教会の柵越しに、ココットと会っていた僅かな過去の時を忘れたわけではなかった。
ココットは今もあの真っ暗な地下室で、一人悪夢にうなされている。 ココットを助けるためにも、今シャロットは自分の気持ち、これからの策略、全てを知られるわけにはいかなかった。
最近、修道女たちは交代でエレミカに出ていっている。
シャロットは修道女達とある契約を結んでいた、それも形ばかりのものであるが、「王城に入り込み、王家や宮廷内の内情を探ってくる」と、約束をしたのである。
「三騎士の名にかけて」と言った時点で半分は納得したが、それでも口約束だけでは納得しなかった。
だから切り札でもだすかのように、「北部の民が、北の損害になるような事をするか」と、言ってシャロットは修道女達を押し黙らせた。 信用さえしてもらえば、後はどうにでもなるであろう。
修道女達との他愛のない雑談をしていると、街に行った修道女が朗報を運んできた。
「ココットを探しに、街に王都からの兵士が来ている!」
その言葉に反応したシャロットは、ココットの服を着て外に出た。
そしてその日から計画は実行された。