憧れの人
3 秘密の騎士様
ココットが城に帰る途中、王城の近くにある緑林公園に行った。 、ポケットにしまってある、養父母からもらった銀の懐中時計を見て時間を確認する。時刻はもう五時が来ようかとしているところ。
空も西側が茜色に染まっている。 こんな時間帯にはあの人がいる。 それを見計らって、ココットはいつも緑林公園に行くのであった。
その日もその人は公園にいた。
公園は一種の雑木林のような物で、その雑木林を縦に切るように、石畳の道路ができている。 しかし途中で馬車などが侵入できないように、真中に小さな低木を植えてあった。
その低木付近で、他にも人が来たら危ないからと、剣を木刀に持ち替えて、いつもの練習をしているその人がいた。
茶色い髪は、夕日の茜色を受けて燃えるような美しい紅色に染まった。 中肉中背の美青年がいた。
逆光のせいで顔の方はわからなかったが、それでも真剣な眼差しで、一心不乱に木刀を振っている。 その姿に一瞬ほぉっとため息をついて、ココットはゆっくりと、そぉっと近づいた。
しかし途中で素振りを止めた青年は、「やぁ」と気軽に声をかけてくれた。
「こんばんは、ティティス様。 いい夜になりそうですね」
ココットは青年ティティスに声をかけた。
「そうだね、ココットさん。 いつも様つけないでいいって言ってるのに。 ココットさんは気遣い屋さんだなぁ」
ティティスは苦笑しながら、ココットの方に身体をむけた。 右目に酷い傷が縦に入り、目が塞がれていた。
中肉中背で、けして男性の中でも高いとは言えない身長のティティスは、王城を守る隻眼の近衛騎士だった。
「お帰りですか?」
ティティスの言葉にココットは頷く。 少し顔が赤く見えるかもしれないと思って、ココットはさらに顔を赤くした。
「ティティス様はまだ素振りされるんですの?」
「いや、今日はこれくらいでやめようと思っていたところです。
日も暮れそうですし」
そう言って穏やかににこっと笑う。 ココットとティティスが会ったのは、七年前。
王城にココットが戻ってきたばかりのころだった。
これも後ほど詳しく話すとしよう。 二人は仲の良い友人として、お互い認め合っていた。 無論多少は心が浮き立つような甘い気持ちも含んでいたりするが、両者とも何も言わず、奥手なままだった。
「私、明後日の休暇から北領に行って来るんです」
「そうですか…。 少し寂しくなりますね。 …あ、明日からある剣舞会にはこられますか? 僕も出ることになっているんですよ。
三騎士の一人ティルノスの称号をもらってね」
思わぬティティスの告白に、ココットは心臓が飛び出るかと思うほど驚いた。 建国して千五百年ほど、歴史の古いアルヴァイナ国は、その昔、三人の英雄に国の大事を助けてもらった事がある。
それゆえ今は騎士の中でも三人の英雄の名が最高の称号として、騎士たちの目指す終着点になっていたりもする。
その一人に選ばれたとあって、ココットは心の底からティティスに「おめでとうございます!」とお祝いの言葉を送った。
「ありがとう、ココットさんには一番に伝えなきゃって思ってたんだけど、黙っていてごめんね。 いきなりだったでしょ?」
少し悪戯っ子のような笑みを浮かべて、ティティスは木刀を肩に担いだ。
「えぇ、驚きました。 でもこんな驚きなら、大喜びですけれど。
今日はこれで失礼しますね。 明後日の用意をしたいので」
胸を押さえ、心の底からの笑顔を向けて、ココットはティティスにお辞儀した。
「えぇ、では道中気をつけて旅行に行ってくださいね? 楽しい旅行になることを祈ってます」
「私も、剣舞会中のご武運を祈ってますわ」
それでは、とココットは顔が火照るを感じながら帰路についた。