宝石の声を聴く男
2 サーペント宝石店
一方、王女と王妃が会っていた時間、ココットはというと預かったペンダントを持って、貴族達の住居が立ち並ぶ高級住宅街の一角にあるサーペント宝石店に向った。
宝石店はこぢんまりとしていて、あまり大きくはないが、原石のカットから仕上げの研磨まで全てがオーダーメイドで、繊細な作品が多い。
この住宅街に住む貴族の中にも御用達にしている者もいるし、わざわざ遠くから買いに来る人間もいる。
古めかしい赤煉瓦の建物に入ると、ドアベルがカランカランと鳴って人の訪れを告げた。
「いらっしゃい…、おぉココット嬢ちゃんじゃないか」
店と併設してある工房のドアから、厳しく体格のがっしりとした赤っぽい肌の、熊のような大男が出てきた。
険しい表情がココットを見た途端に、人のよさそうな陽気な顔になった。 青いオーバーオールを着て、茶色のもじゃもじゃとした口髭を生やした、この人がサーペント宝石店の店主である。
ココットはハーネスト王女と王妃、ハーネストの姉セルマ王女の使いで度々来店していた為に、この店主の他にも工房の人間達とも顔馴染となっていた。
「おはようございます、サーペントさん。 珍しいですね、今日は誰も人がいないんですか?」
サーペントは、この大柄で決して美しいとは言えない容姿のために、自ら店に立つことは滅多になかった。
サーペントが店に立つときは、周りの人間が明日の天気を案じるほどである。
「ん? あぁ、今日一日だけみんなに暇を出しちまってな。 とんだ失敗をしちまったもんだが、言ったものは仕方ねぇ」
そう言って、サーペントは困り果てたようにポリポリと頭を掻いた。
「えっと、今日はハーネスト様のご用事で来たんです。 これ留め金の所が壊れてるみたいなんですけど、直していただけませんか?」
ココットは大事に持っていたペンダントをサーペントに渡した。
流石に職人らしい目つきでサーペントは、受け取ったペンダントを眺める。
「ふむ…。 わかった、だが少し時間がかかるぞ、最近は特に忙しくてな…」
気難しい顔をして尋ねるサーペントに、ココットはたおやかに微笑んで言う。
「実は、私も明日から休みで北に旅行に行く予定なんです。 だからこちらには、なかなか取りに来れないと思います」
「ほぅ…構わんよ。 じゃあサインをして大体でいい、取りに来れる日を書いておいてくれ」
サーペントは、その大きな体に合わない低いカウンターの引き出しから、必要な書類とペンを取りだし手渡して言った。
さらさらとココットは自分の名前を署名して、控えの紙を受け取る。
「それにしても北かぁ…、北はまだ寒いらしいぞ? 暖かい格好をしていかにゃあ、まだ雪も残ってるって話だ」
サーペントが顎の髭を撫でながら言うと、ココットはしっかりと頷いた。
「はい、その雪を見に行くんです。 ご忠告ありがとうございます」
ココットがそう言うと、サーペントはにっこりと笑顔になって大きく頷いた。
「んじゃあ、気をつけて行くんだな」
「はぁ~い、それじゃあよろしくお願いしますね!」
宝石店を後にしたココットは、一人しみじみと呟いた
「雪か…、しばらく見ていないなぁ。 グレグナは暖かいから、寒くても霜がおりるぐらいだもんね♪」
そう独り言を呟いて、ココットは「アレ?」と不思議に思った。雪は見た事がないはずなのに、どうして「しばらく見てない」なんて言葉が出たのだろう?と。
しかし、やがて「まぁ、いいか」と言って王城への帰路を急いだ。