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三騎士  作者: 和久井暁
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暗闇を忘れた娘

架空世界、大国アルヴァイナを舞台としたファンタジーです。

若干残酷描写あり?です。

アルバレスト大陸の北方に位置する国、アルヴァイナ国。その首都グレグナでは春を祝う祭りの直前であった。

 商店街には露店が軒を連ね、歓楽街、宿場街の一画も賑わっている。 その賑わいは城下だけではなく、王城内もそうであった。


 1 アルヴァレス王城


「そっちのシャンデリア終ったら、こっちのもお願いね!箒班!ちゃっちゃっと床掃いちゃって!」

 侍女の中でも十人一組の、班を束ねる班長の怒号が飛びかう。その中でも一際要領の悪い少女がいた。

 淡いエメラルドグリーンの髪、つぶらな瞳はブラウン、透き通るような肌はミルク色。 今年で十七歳になるココット・トイト。

 彼女は今、せっせと窓を磨いていた。 客室、大広間、書斎、議事堂、全部で二百からなる城の部屋を隅々まで掃除しなければならない侍女達は最後の追い討ちをかけていた。

 それからしばらくして班長が時計を見て、

「休憩!」の号令がかかると、侍女達はやれやれと言った様子で順次交代に休憩をもらう。 もちろんいくつかある待機スペースでだ。

ココットもその一人だった。 班で休んでいると、くるとした茶色い巻き毛のアメリーと、三つ編み、眼鏡をかけた長身の同僚のモーナが側に寄って来た。

「ねぇココット、あなた明日から三連休でしょ!?何処行くの?」

尋ねて来たアメリーは、興味津々とその輝く瞳が告げていた。

「うん、一日目は美術館に行って、二、三日目はエレミカに旅行に行って来るよ?」

そう言うと二人は「えーっ」と、素っ頓狂な声でもあげそうな顔をした。

「なんでぇ~、三騎士様たち見ないの?

 新しく決まったティルノス、キクロス、ユリウェスの称号をもらった若き青年騎士様たちを見ないなんてっ、絶対損よ損!」

 アメリーの悲痛な叫びに、周りの侍女が一瞬ぎょっとする。

多少の顰蹙を買いながら、話しはどんどん進んでいった。

「それで、エレミカ行って何するのよ。 ほとんど行くのに丸一日かかるのよ? それじゃあ行って帰ってくるだけじゃない」

 痛い所をスパッと切られてココットは苦笑いした。 ここグレグナからエレミカまでは、軽く百kmほどある。

確かに行って帰るくらいのものだった。

「なんで騎士さま見ないかな~。 壁画にそっくりなんだって、今回の三人の騎士様たちは。 生まれ変わりじゃないかって言われてるくらい」

 モーナが駄目だなァと言いたげに手を肩の所まで上げ、首を振った。

「そんなお手上げしなくても…いいじゃん。 私の休暇だもん。

何しようと文句あるの」

少し拗ねたようにココットが言うと、アメリーとモーナは声をそろえて「ある」と言った。

 ココットがまた何か言おうとしたところで、班長の「休憩終り」の声が響いて、言えないままうやむやになった。

そして掃除が終ると、各自持ち場に帰った。 ココットの持ち場は第二王女ハーネスト付きの侍女であるため、王城を構成する四つの棟のうち一番東にある。 南北に伸びた棟に入り、二階の一番日当たりのいい南側の部屋に行った。

 この部屋は本来国王夫妻が使っていたのだが、『ハーネストの我侭で、自分の部屋にしてしまった』という逸話がある。

ノッカーを鳴らして名前を言うと、「どうぞ」という気軽な声が聞こえた。 扉を開けると、三十路の落ちついた雰囲気の侍女リドナがテーブルに紅茶を準備しているところだった。

「あら、ココット。 今日のお掃除はやっと終り? 以外と長かったわね。 もうこんな時間よ?」

 象牙のような白い指が時計を指す。ハーネストの顔は逆光で見えなかったが、多分がいなくて拗ねているのだろう。 時計の針は三時四十分を指していた。

「すみません。 しかし掃除をすませないと、明日から来賓の方々が来られますので、掃除をしないわけにはいかなくて…」

「そんなこと、わかっていてよ? あぁもう、早くこちらへいらっしゃい?」

 ココットはドアも閉めずに突っ立っていることを自覚して、恥ずかしさのあまり勢い良くドアを閉めた。

そしてありふれた冗談のようにスカートの裾をドアに挟んだ。

「プッ…フフフ。 あー、もうココット、落ちついて。 あなた急ぐとすぐ失敗するんだから」

 お腹を押さえて笑うハーネストの表情が、ココットが動いたお陰で、逆光から外れ、ありありと見えた。

 それはこの世の誰もが、完成できないであろうと詠う美。 吟遊詩人たちはこの王女については単に『玉石の美貌』と歌っていた。

金の流れるような髪は絹糸の如く、長い睫毛で縁取られたサファイアのような瞳。 あどけない感じの輪郭は、それでも少しシャープに見せる。

長身のハーネストは優雅に足を組み、午後のお茶を楽しんでいた。きょうのドレスは全体にレースを散りばめた豪奢なものだった。

「ハーネスト様…」

 ドアを開けて慎重に閉めなおし、パタパタと小走りで近寄る。 まるで猫が主人に懐いているような絵に見えた。

「転ぶのだけはやめてね、ココット。 どうしたの?」

 最初の台詞にガクッときたが、なんとか転ばずハーネストとリドナの元まで辿り付いた。 部屋は全体が広く、軽く二十畳くらいはあるだろう。 天蓋つきのベッドは東の窓際。

その隣には自然の樹木をデザインした曲線の様式でゆったりとした花や蔦、葉が描かれているドレッサーがある。 その隣には腰の高さの白く四角いが、滑らかなラインのアクセサリー入れが置いてある。

床には赤を基調としたピンクや黄色、水色などの花が所々刺繍された絨毯が引いてある。 そして中央には丸い樫の木のテーブルと椅子。 残るほぼ右半分はハーネストの衣装部屋である。

「私、明日から休暇なんですけど、大丈夫……ですよね? 私がいなくても」

 ほぼ有休を使わないココットは、養母アネット侍女頭に三日間だけ、祭りの間に休みをもらっていた。 他の侍女達から言わせれば、かもしれないが、休暇でも平然と働きにくるココットの精神には、みな感服していた。

「はいはい大丈夫よ。 それで、あなた予定はあるの?」

 ハーネストは幼い子供を諭すように、鷹揚に頷いて尋ねた。

「はい、初日は美術館に行って、二、三日でエレミカに旅行に行こうと思ってます」

 それを聞いた王女の顔が一瞬きょとんとした顔になり、「エレミカ~?」と唸り声を上げる。

まぁ通常の人の反応はこうだろう。 何故ならエレミカは避暑地として有名な北領の最北端の地だ。 真夏に行くならまだしも、まだ春の花が咲き零れてる今の時期でも、エレミカは極寒の地である。

「あなた板滑りでも体験するつもりなの? ブーツに一枚ずつ長い板を取りつけて雪の上を滑るって言う」

 ハーネストは何を考えてるんだか、と言いたげにココットを見ると、紅茶を啜り飲んだ。 その仕草は完璧で、洗練されている。

「いえ、向こうに行ったら何をするべくもなく、帰るだけになると思いますけど…」

 語尾を濁したココットに、ハーネスト王女はハァとため息をついた。

「何の為に行くのよ。 私は剣舞会に出席しなきゃいけないと言うのに、羨ましい限りだわ。 ねぇ、リドナ?」

「全くご心中をお察しします。 しかしココットは良く働いてくれてますし、これくらいの贅沢は赦されてもいいんではないでしょうか?」

 落ち着き払ったリドナの意見に、ハーネストも頷き返す。

「それもそうよね。 あなたは日頃から良く働いているし、これくらいの休みがあっても不思議じゃないわね。 行ってらっしゃい?

私は明日の剣舞会興味ないけど、弟とお父様が楽しんでいらっしゃるようだかなね……」

案外素っ気無いハーネストの言葉に、ココットは少し言い沿えた。

「明日、顔見せ位には伺うかも知れません、剣舞会」

 途端にハーネストが、花を綻ばせたような笑みを浮かべる。

「そう、じゃあ待っているわね。 ながながと話していたらもうこんな時間。 あなた仕事もう終りでしょう。 寄宿舎に帰っていいわよ。 あっ…ちょっと待って…」

 急に思い立ったようにすっくと立ち上がり、ハーネスト王女はビロードの箱には言ったエメラルドのネックレスをココットに渡した。

「サーペント宝石で直してもらえないかしら? 留め金が壊れたみたいなの。 御姉様から頂いた物だし、大切にしてたから、お願いね?」

ココットはハーネストからエメラルドのネックレスを受け取る。

ハーネストは信頼しきった表情で言った。

「最近は街にいろんな人々が行き交ってるから、くれぐれも気をつけてね?」

「はい、畏まりました。では失礼します」

 一礼をして、去ったココットの後姿を見ながら、ハーネストは椅子から勢い良く立ち上がった。

「母の部屋に行くわ。 ついてこなくて結構よ」

 物憂げな王女の表情に、リドナは頷く事で承認した。


 夕暮れの日が沈む中、その部屋は一番日当たりがよかった。

王女のすぐ隣の、西側の部屋は母親である王妃が使っていた。

コンコンとノッカーを鳴らして返事を待つ。

 もう帰ろうかなと思った矢先に「どうぞ」という可愛らしい声が聞こえてきた。

「失礼します、お母様」

 ハーネストはドアをあけた。そして侍女も連れずにバタンっと重たいドアを閉める。

「お母様、お人払いをお願いします」

 娘のただならぬ様子に母親である王妃は少し、戸惑いながらも、扇を閉じてサッと侍女達を引かせた。

母子以外誰もいなくなった部屋で、ハーネストに負けず劣らずの美貌の王妃は読んでいた本にしおりを挟み、ハーネストにもう少し近くに来る様に手招きした。

「お母様…。 ココットが…ココットが北に行くと言い出しましたの」

 不安げに睫毛を伏せながら駆け寄ってきたハーネストに、目を見開いて王妃は驚きを示した。

「まぁ、あの子が? 本当に?」

 一介の侍女であるココットを何故王妃も知っているかというと、後に詳しく語る事となるが、北領の別荘へ静養に出かけたとき。

ある人物から十歳になろうかというココットを預かり、王城に招き入れ、現在の侍女頭に養女にしたのは他ならぬ王妃であった。

 王城に来る前頃のココットの姿を思い出して、「何かの間違いでは?」とハーネストに良く似た声で尋ねた。

しかしハーネストは首を振り、こう言った。

「何をしに行くのか分からないけれど、エレミカに行くのですって。他ならぬココット自身が言い出しましたわ。 だから私も不安でお母様に尋ねに来たんですわ」

 北領にいた頃のココットを、知っているのはごく少数の侍女達だけであった。 しかも忠義の厚い彼女達は自ら戒厳令を発し、その秘密の保持に努めている。


 ココットが王妃の元に預けられたとき、ココットは全く人と言うものを信用していなかった。 その姿はまるで手負の獣の如く、人と言うもの全てを拒絶していた。 服はもともと白かったのだろうが、汗や埃で黄ばみ、吐いたのかにまみれた前側は悲惨な事になっていた。

手足は長く、それでも骨のように細かった。 恐らく必要最低限の食料しか与えられていなかったせいだろう。 髪もふけがあり汚らしかった。 しかし王妃は少女を抱きしめ、身繕いをし、髪をシャンプーしてあげた。 それまでまるで、獣にでも育てられたかのような、少女は人間らしさを取り戻した。 それでも警戒心はなかなか拭えなかったが、それが幼き日のココットであった。

 それなのにココットは王城に上がり、一カ月もしないうちに人格をコロリと変えたように、明るく、活発に子供達と遊ぶようになっていた。 そしてそれは記憶に関しても言える事だった。 ココットは自ら、十年間王城で働きながら暮している、養母の側にいたと記憶が摩り替っていた。 つまり、獣のような子供だったココットの存在は、ココットの中では存在しなくなっていた。


「あのココットが? ……七年前の自分が嫌で、自らの記憶すら否定して、すりかえたあの子が北に、それも自分から行くと…?」

 王妃も金色の長い睫毛を瞬かせた。 嫌な不安が胸の奥底でトグロを巻く。

「まぁ、大丈夫だとは思うわ。 だって、あの子はもう七年前の幼い子供じゃないのだもの。 あれから七年。 十七歳のココットには、自分の事を決める覚悟があっていいはずよ」

 その覚悟しているのか、いないのか、それとも理解していないのか。 ……恐らく後者だろうが、本人が行くと言った以上止める理由はない。

もしかしたら忘れ去られたココットの記憶が、何処かで北領のことを懐かしんでいるのかもしれなかった。

「でも…記憶を消してまで逃げ出したあの子に、もし記憶が戻ってしまったら…」

「それ以上言うのはお止しなさい。 ココットをこの城に連れ帰ったとき、あなたは真っ先に言ったわね。 『この子を私の侍女にする』と。 少しは信じてあげなさい、ココットを我侭で振りまわすほどのお転婆さん」

 母親に痛い所を疲れて、ハーネストは顔を赤くしながら俯いた。

 心なしか青い表情の王妃に、それでも納得し、満足した顔のハーネストは「ありがとう」と言った。

「ココットももう大人だし大丈夫よね。 ごめんなさい、変な話しして、ちょっと不安だったの」

「わかるわ。 あなたの気持ち」

 王妃は優雅にお辞儀して、出ていくハーネストの姿を見ながら、それでも拭えぬ不安に心を砕いていた。

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